裏に潜む者
呑気に人形遊びをする白無相相手に、全 紫釉は辟易していた。
話が通じたかと思えば、そうではない。話すだけ無駄と思ったときには、アッサリと答える。
そんなどっちつかずで、ハッキリしない性格だった。
それでも聞きたいことは山ほどある。捕まえて、冥王の元へと差し出してやりたい。
全 紫釉は僅かばかり、苛立っていた。
「……白無相、つまりあなたは、店主がどうやって女性を殺したのかは知らない、と?」
「ですからぁー。最初からそう言ってるじゃないですか。はい」
相手も苛立ちを見せている。錫杖で何度もくうをたたき、眉根をよせていた。
全 紫釉はため息をつく。白無相と視線を逸らし、隣にいる爛 梓豪へと移した。
「爛清、聞いてのとおりです。今回は、あの馬鹿を縛りあげて叔父上たちに差し出しましょう」
「え? それだけでいいのか?」
驚く彼をよそに、全 紫釉は決意を曲げずに頷く。そして彼の瞳をじっと見つめては、少しだけ照れてしまった。
「さ、さっきも言ったように、白無相は直接事件に関わってはいないと思います。私たちの目的は、女性が亡くなった事件を解明すること。であるならば、それ以上のことは口出ししても意味はありません」
照れを隠すために、銀髪の中にある黒い部分を指に巻きつける。くるくると巻きつけながらもにょり、涙目で彼を見上げた。
「んんっ! かわいい!」
爛 梓豪は両手で顔を隠し、ひたすら「好」と、好意を口にする。
そう言われた瞬間、全 紫釉の顔は一気に茹でダコのように真っ赤になった。言葉を失い、下を向いてしまう。
「…………あのぉー、姫様ー? わたしもいるんですけどー? はい」
甘い空気の外にいる白無相が、彼らを現実に戻した。若干白無相の顔がひきつってはいる。
強い咳払いで、ふたりだけの世界を破っていった。
全 紫釉は少しばかりの恥ずかしさを胸に「すみませんでした」と、苦笑いする。
直前までの溶けたような微笑みを消して、白無相へと向き合った。
「……とりあえず、あなたは人間たちで遊びすぎです。今すぐ、この遊びをやめなさい」
最後に怒気を含ませる。
空に浮く人々を視界に入れながら、白無相に睨みを利かせた。
けれど白無相はカラカラと笑うだけ。
「姫様ー、それは無理な話ですよ、はい」
「なぜ? 父上にこのことを報告してもいいのですよ?」
「権力振りかざすのはよくないですねぇ」
話が噛み合っているようで、実はそうではなかった。理解しているようで、本当はまったく反省もしていない。
それどころか、白無相たちを纏める存在を仄めかしても、屁の河童だった。
白無相は錫杖を空間へとしまい、はあーと、面倒くさそうに嘆息する。
「確かに我らの王……すべての妖怪を統べるのは、あなたの父君ですよ。でも、今のわたしの雇い主は違うのですよ、はい」
「…………」
──雇い主、か。なるほどね。
黒い衣を被りなおした。腰を少しだけ曲げて、足元にいる仔猫を撫でる。仔猫はにゃあと、かわいらしく鳴いた。
「つまりあなたは父上の元にはいるけど、完全に父上の配下として動くわけではない、と?」
端麗な顔を、一瞬にして怒りに変える。
白無相はわざとおどけてみせた。あわあわとわざとらしく動揺しながら、頭を何度も下げる。
「姫様、そのように怒ると、せっかくの美人が台無しですよ? はい」
「そんなことはどうでもいいんです! 答えなさい。あなた...…」
仔猫の首を軽く摘まみ、その姿を白無相へと見せた。
仔猫は、きょとんとした様子で尻尾をふっている。そんな仔猫に向かって、全 紫釉はボソッと何かを囁く。
瞬間、仔猫こと牡丹が、かん高く鳴いた。すると、仔猫の両眼がカッと見開かれる。
「謀反を起こすつもりなんですか?」
「ぎ、ぎゃあーー! ね、猫ーー! ひぃーー! 猫だけはーー!」
全 紫釉の透き通る声は、白無相の悲鳴にかき消されてしまった。
牡丹が我先にと、白無相へと飛びついたようだ。白い衣に爪を立て、長い尻尾で額を締めつけていく。
「ひぇーー! 姫様ー! 猫、猫だけ...…うぎゃあーー!」
やがて牡丹による拷問が終わった。白無相はボロボロになりながら、屋根の上へと足をつける。
白無相と遊ぶことに飽きた仔猫は、その場で寝っ転がった。お腹を出して全 紫釉たちに、撫でてと目線で訴えている。
全 紫釉の頬は、完全に緩んだ。我を忘れ、白無相や爛 梓豪の存在すら、眼中になくなってしまう。仔猫に言われるがままお腹を撫でた。ぎゅうと抱きしめては、もふもふとした毛並みをこれでもかと堪能し続ける。
「…………あ、あのぉ。姫様ー?」
「……はっ!」
ようやく正気を取り戻した全 紫釉だったが……何を思ったのか、頬を赤く染めながら白無相を睨みつけた。キッとガンを飛ばす。
「私を猫好きと知りながら、このような罠を使用するとは……何て、卑怯な!」
──うう。恥ずかしいところを見られてしまった。こうなったら……
すべてを白無相へ丸投げしよう。
我を忘れて猫と遊んでいた事実に恥ずかしさを覚えてしまった。結果、明後日な方向へと思考が進む。
「ええー!? わたし、何もしてませんけど!?」
「阿釉、それは無理があるだろう!?」
白無相と爛 梓豪の声が重なった。
白無相のせいではないと知っているからこそ、爛 梓豪は待ったをかける。
言われた本人の白無相は言われなき罪のせいで、泣きそうになっていた。
そんなやり取りがあった数分後、全 紫釉は爛 梓豪から軽い凸ピンを食らう。そのおかげもあってか、全 紫釉は正気に戻り、本題へと入っていった。
「……ともかく、あなたは敵ですか? それとも、父上の配下のままですか?」
いたたまれなさを残しながら、咳払いをする。眼前には、紐で体をぐるぐる巻きにされている,白無相がいた。
夜空を陣取っていた人々は地上へと降されている。糸に操られたまま各々の家へと帰っていった。
それらを見届けた全 紫釉は再度、白無相へと問う。
「答えてください。敵か。それとも、父上の配下のままなんですか?」
前者ならば、完全に敵対することとなるだろう。そうなれば國へ戻り、父上と呼ぶ者へ伝えなくてはならなかった。
後者である場合は今まで通りの、つかず離れずな関係のままでいれるだろう。
──できれば、戦いたくはない。白無相がどうこうではなく、私自身が強くないから。
己の弱さを知るからそこ、無益な争いは嫌だと願った。
「……姫様、その質問の答えはどちらでもない。としか言えませんねぇ。はい」
「……? どういう意味です?」
第三の意見が飛び出て、少しだけ驚く。簀巻き状態の男を見下ろした。
白無相はカラカラと笑いながら、低い声で口述する。
「わたしを含む多くの妖怪たちは、ある者と協定を結んでいます。はい」
「ある者とは?」
陸に上がった魚のようにビチビチと跳ねる男を凝望した。
白無相は一瞬、ほんの数秒だけ動きを止める。そして目を泳がせたのち、首を左右にふった。
「さあ? それは、わたしにもわかりません。見たことがないのです。はい。ただ……」
悩む素振りを見せる。そして、片口をいやらしく吊り上げた。
「異國の美しい女であり、高貴な身分……噂によれば、どこかの國の姫とも聞きます。はい」
「……っ!?」
これには全 紫釉だけでなく、爛 梓豪までもが驚愕する。
「詳しくは存じませんが……何でもその見た目から、【銀妃】と呼ばれているそうです。はい」
白無相はカラカラと笑い続けた。
ふたりは笑う男を横目に、数々の異國の問題に直面してしまう。ともに驚きながら、言葉すら失っていった。