表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/120

家系

 白無相(バイウーシャン)から得た情報を纏めながら、ふたりは屋根から降りた。


 爛 梓豪(バク ズーハオ)の手には、ぐるぐる巻きになっている白無相(バイウーシャン)がいる。しくしく泣いては「姫様ー! 許してー!」と、謝り続けていた。

 彼はそんな男を無視し、紐を緩めることなく、全 紫釉(チュアン シユ)に話しかける。


阿釉(アーユ)、こいつの言ったことが本当だとするなら、異國が関わってるってことになるんじゃないのか?」


「間違いなく、関わっているんでしょうね。それよりも気になるのは、銀妃(ぎんひ)と呼ばれていた者のことです」


 彼の意見を肯定した。

 頷きながら、足元で情けなく泣く白無相(バイウーシャン)を見つめる。けれどその瞳には優しさなどなく、冷めた表情だった。


「……ひょっ、ひょーー!」


 全 紫釉(チュアン シユ)の凍りつくような眼差しに、白無相(バイウーシャン)ではなく爛 梓豪(バク ズーハオ)が悲鳴をあげる。ガタガタと震え、身動きの取れない白い男の後ろへと隠れてしまった。


 直前まで泣いていた白無相(バイウーシャン)は、彼のあまりにも残念な姿に涙が止まってしまっている。それどころか、訝しげな視線を送っていた。


爛清(バクチン)、あなたという人は……」 


 頭痛を覚えてしまう。それでも今やらなければならないことを明確にし、彼を半ば無理やり立たせた。


爛清(バクチン)白無相(バイウーシャン)が言っていた銀妃という言葉、聞き覚えありません?」


「……へ?」


 爛 梓豪(バク ズーハオ)は、うーんと小首を傾げる。そして少しばかりの沈黙の後、「あっ!」と声をあげた。


「そうか。数ヶ月前に王都で起きた、皇帝暗殺事件。確かそれの容疑者が、そいつだって……あれ? でもさ……」


「なぜ、そのような重要人物の名が出てくるのか? ですか?」


「…………」


 彼は声に出すことなく驚き、静かに頷く。

 そんな爛 梓豪(バク ズーハオ)を前に、全 紫釉(チュアン シユ)は踵を返した。


「聞いた話ですが、銀妃は異國の地から献上品として差し出されたそうです。禿(とく)の皇帝は相当な女好きとも聞きましたから、さぞや喜んだことでしょうね」


 なぜ、女が献上品となったのか。その詳しい経緯までは誰も知らなかった。

 それはこのふたりにも言えることで、これ以上の情報など持ち合わせてはないことを確認する。


「……なあ阿釉(アーユ)、こればかりは本当に、俺らの出る幕じゃないって思う」


 普段明るく語る彼にしては珍しいほどに、淡々とした口調だ。切れ長の瞳で夜空を見ては、肩でため息をついている。


「そうですね。王都となると、試験の課題から離れすぎています」


 全 紫釉(チュアン シユ)の視線は夜空へと向けられてはないなかった。彼が持つ紐の先……白無相(バイウーシャン)を凝視している。

 白無相(バイウーシャン)はへらへらと笑っていた。


 ──父上のことを裏切るつもりはない。だけど、独自に何かを暗躍はする。あまりにも勝手がすぎるな。


 仏心など出していい相手ではないのだろう。そう悟り、とある提案を爛 梓豪(バク ズーハオ)へと伝えた。


爛清(バクチン)、ひとまずあなたは、この男を叔父上のところに連れていってください。叔父上なら私の父上と連絡が取れますし、白無相(バイウーシャン)の処分についても的確にしてくださいます」


「わかった、けど……阿釉(アーユ)はどうするんだ?」


「……私は、少しやり残したことがありますので、そちらへ向かいます」 


 柔らかく微笑む。


 美しく、星の輝きにも負けない銀髪が、今は暗闇のせいでくすんでしまっていた。それでも、じゅうぶんすぎるほどの見目秀麗さを見せる。


「……そ、そっか。わかった。じゃあ、一旦ここでお別れだな」


 そう言う彼のそわそわしていた。顔は、妙に赤かるんでいる。色の戻った提灯たちが浮かぶなか、耳先までもが林檎のように真っ赤になっているのが目にとまった。


 そのことを疑問に思いつつ、全 紫釉(チュアン シユ)は小首を傾げるだけに留める。

 頭の上に乗る蝙蝠、そして抱きしめている仔猫。二匹とひとりは、こてんと小首を傾げた。


「んんっ! (ハオ)! 阿釉(アーユ)がかわいい!」


 瞬間、爛 梓豪(バク ズーハオ)は涙を流し、両手を合わせて拝む。


「…………頭、大丈夫です?」


 あきれのため息しか出てこなかった。直後、すぐに表情を消す。


「──爛清(バクチン)、あなたに、伝えておきかなければならないことがあります。私の実父は、人間ではありません」


 ──逃げられてしまうかな。怖がって、嫌われてしまうのだろう。でも、何も言わないまま、隠し続けるよりは……


 爛 梓豪(バク ズーハオ)への好意を自覚したときとは違う、弱気な気持ちが芽生えていく。それでも言わなくてはと、心の底で決意を決めた。

 顔を上げ、凪の眉をちょっとだけ曲げる。秋風に声音(こわね)を紛らわせ、ゆっくりと話した。


「私の父上は、ここではない世界……闇だけの國にいる妖怪たちを統べる存在です」


 恐る恐る爛 梓豪(バク ズーハオ)を見る。

 彼は口を挟むことなく静かに耳を傾けていた。ときおり頷いたり、瞬きをしている。

 嫌悪感というものを表情はおろか、空気にも出していない。どちらかというと興味の対象として、見られているようだった。

 

 全 紫釉(チュアン シユ)はホッとする。銀の髪を揺らし、数秒の沈黙を得てから口を開いた。


 全 紫釉(チュアン シユ)の父親は、妖怪たちの王である。

 冥界と呼ばれる、人が肉体を持って向かうことができない地があった。

 そこにはすべての妖怪が住み、専用の市まである。住んでいる妖怪は様々で、白無相(バイウーシャン)たちのような者もいた。

 そんな妖怪たちは、冥界の王と呼ばれる絶対神を王としている。


 彼に逆らうことなかれ。

 王を怒らせてはならない。


 優しい王ではあったけれど、怒りに身を任せると手がつけられなくなる。そんな面倒な性格を持つ者が、妖怪たちを統べていたのだ。


「私は、冥王を父に持っています。でも母は人間です」


 妖怪の父と人間の母を持つ全 紫釉(チュアン シユ)は、半妖と呼ばれる存在でもある。


「そのことで、嫌な思いをしてきたわけではありません。父や母はもちろん、叔父上たちだって優しい。あ、爛 春犂(バク シュンレイ)叔父上は、私の母の実父です」 


 一呼吸置いて、彼の反応を伺った。


 ──何も言ってくれない。やっぱり、化け物のように思っているのかな? ああ……


 嫌われてしまった。


 好きだと自覚したというのに、自ら嫌われるような発言をしたのだ。当然の報いなのだろう。


 両目をきつく瞑る。目尻に涙を溜めた。

 初めて好きになった人への恋が終わる。そんな瞬間が来てしまったのだと、後悔ばかりが心を蝕んでいった。



「──そっか。すごいんだな、阿釉(アーユ)の家系は」


「……え?」


 思ってもみないことに、全 紫釉(チュアン シユ)は顔を上げる。


 彼を見れば軽蔑するどころか、満面の笑みをしてた。無邪気で屈託のない、誰とでも仲良くなれる、純粋なあの笑顔だ。

 その笑顔が、向けられてる。


 ──嘘。どう、して……


 怖がられたり、逃げられたり。それを想定していた全 紫釉(チュアン シユ)にとって、彼の笑顔は想定外のものだった。


「い、いつもは、この話をすると皆、逃げて行きます。なのに、なぜ……」


 心を許せる友すらいなかった全 紫釉(チュアン シユ)にとって、彼の行動は不可解でしない。

 涙を堪えながら必死に尋ねた。


 すると爛 梓豪(バク ズーハオ)は、あははとはにかむ。頬を掻きながら、少しばかり照れくさそうにしていた。


「うーん。そうだなぁー」


 秋風が、夜の紅葉を誘う。宙に浮く(だいだい)色に光る提灯と合わさり、とても儚く舞っていた。

 そんな光景の中、爛 梓豪(バク ズーハオ)全 紫釉(チュアン シユ)の頭を撫でる。そして、そっと抱きしめた。


阿釉(アーユ)は、今まで頑張ったんだ。これからもそうなんだろうけど……少なくとも、今までとは違うって、俺は思う」


 全 紫釉(チュアン シユ)の目尻に水が溜まる。視界が滲み、彼の姿が上手く映らなかった。


「だってさ。俺がいるんだから」


 抱きしめていた腕を離す。そして背筋を伸ばし、子供っぽく微笑んだ。


阿釉(アーユ)がひとりぼっちになりそうなときは、俺が駆けつける。家系のことでお前を苦しめるやつがいたら、真っ先にぶん殴ってやる。……どんなことがあっても俺は……俺だけは、味方で、友だちだからさ」


「……爛清(バクチン)


 ──ああ、よかった。この人を好きになって、本当によかった。私の心に掬う闇を払ってくれる。


 裏表のない、純粋な笑顔と言葉が、全 紫釉(チュアン シユ)の心の奥に光を差していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ