家系
白無相から得た情報を纏めながら、ふたりは屋根から降りた。
爛 梓豪の手には、ぐるぐる巻きになっている白無相がいる。しくしく泣いては「姫様ー! 許してー!」と、謝り続けていた。
彼はそんな男を無視し、紐を緩めることなく、全 紫釉に話しかける。
「阿釉、こいつの言ったことが本当だとするなら、異國が関わってるってことになるんじゃないのか?」
「間違いなく、関わっているんでしょうね。それよりも気になるのは、銀妃と呼ばれていた者のことです」
彼の意見を肯定した。
頷きながら、足元で情けなく泣く白無相を見つめる。けれどその瞳には優しさなどなく、冷めた表情だった。
「……ひょっ、ひょーー!」
全 紫釉の凍りつくような眼差しに、白無相ではなく爛 梓豪が悲鳴をあげる。ガタガタと震え、身動きの取れない白い男の後ろへと隠れてしまった。
直前まで泣いていた白無相は、彼のあまりにも残念な姿に涙が止まってしまっている。それどころか、訝しげな視線を送っていた。
「爛清、あなたという人は……」
頭痛を覚えてしまう。それでも今やらなければならないことを明確にし、彼を半ば無理やり立たせた。
「爛清、白無相が言っていた銀妃という言葉、聞き覚えありません?」
「……へ?」
爛 梓豪は、うーんと小首を傾げる。そして少しばかりの沈黙の後、「あっ!」と声をあげた。
「そうか。数ヶ月前に王都で起きた、皇帝暗殺事件。確かそれの容疑者が、そいつだって……あれ? でもさ……」
「なぜ、そのような重要人物の名が出てくるのか? ですか?」
「…………」
彼は声に出すことなく驚き、静かに頷く。
そんな爛 梓豪を前に、全 紫釉は踵を返した。
「聞いた話ですが、銀妃は異國の地から献上品として差し出されたそうです。禿の皇帝は相当な女好きとも聞きましたから、さぞや喜んだことでしょうね」
なぜ、女が献上品となったのか。その詳しい経緯までは誰も知らなかった。
それはこのふたりにも言えることで、これ以上の情報など持ち合わせてはないことを確認する。
「……なあ阿釉、こればかりは本当に、俺らの出る幕じゃないって思う」
普段明るく語る彼にしては珍しいほどに、淡々とした口調だ。切れ長の瞳で夜空を見ては、肩でため息をついている。
「そうですね。王都となると、試験の課題から離れすぎています」
全 紫釉の視線は夜空へと向けられてはないなかった。彼が持つ紐の先……白無相を凝視している。
白無相はへらへらと笑っていた。
──父上のことを裏切るつもりはない。だけど、独自に何かを暗躍はする。あまりにも勝手がすぎるな。
仏心など出していい相手ではないのだろう。そう悟り、とある提案を爛 梓豪へと伝えた。
「爛清、ひとまずあなたは、この男を叔父上のところに連れていってください。叔父上なら私の父上と連絡が取れますし、白無相の処分についても的確にしてくださいます」
「わかった、けど……阿釉はどうするんだ?」
「……私は、少しやり残したことがありますので、そちらへ向かいます」
柔らかく微笑む。
美しく、星の輝きにも負けない銀髪が、今は暗闇のせいでくすんでしまっていた。それでも、じゅうぶんすぎるほどの見目秀麗さを見せる。
「……そ、そっか。わかった。じゃあ、一旦ここでお別れだな」
そう言う彼のそわそわしていた。顔は、妙に赤かるんでいる。色の戻った提灯たちが浮かぶなか、耳先までもが林檎のように真っ赤になっているのが目にとまった。
そのことを疑問に思いつつ、全 紫釉は小首を傾げるだけに留める。
頭の上に乗る蝙蝠、そして抱きしめている仔猫。二匹とひとりは、こてんと小首を傾げた。
「んんっ! 好! 阿釉がかわいい!」
瞬間、爛 梓豪は涙を流し、両手を合わせて拝む。
「…………頭、大丈夫です?」
あきれのため息しか出てこなかった。直後、すぐに表情を消す。
「──爛清、あなたに、伝えておきかなければならないことがあります。私の実父は、人間ではありません」
──逃げられてしまうかな。怖がって、嫌われてしまうのだろう。でも、何も言わないまま、隠し続けるよりは……
爛 梓豪への好意を自覚したときとは違う、弱気な気持ちが芽生えていく。それでも言わなくてはと、心の底で決意を決めた。
顔を上げ、凪の眉をちょっとだけ曲げる。秋風に声音を紛らわせ、ゆっくりと話した。
「私の父上は、ここではない世界……闇だけの國にいる妖怪たちを統べる存在です」
恐る恐る爛 梓豪を見る。
彼は口を挟むことなく静かに耳を傾けていた。ときおり頷いたり、瞬きをしている。
嫌悪感というものを表情はおろか、空気にも出していない。どちらかというと興味の対象として、見られているようだった。
全 紫釉はホッとする。銀の髪を揺らし、数秒の沈黙を得てから口を開いた。
全 紫釉の父親は、妖怪たちの王である。
冥界と呼ばれる、人が肉体を持って向かうことができない地があった。
そこにはすべての妖怪が住み、専用の市まである。住んでいる妖怪は様々で、白無相たちのような者もいた。
そんな妖怪たちは、冥界の王と呼ばれる絶対神を王としている。
彼に逆らうことなかれ。
王を怒らせてはならない。
優しい王ではあったけれど、怒りに身を任せると手がつけられなくなる。そんな面倒な性格を持つ者が、妖怪たちを統べていたのだ。
「私は、冥王を父に持っています。でも母は人間です」
妖怪の父と人間の母を持つ全 紫釉は、半妖と呼ばれる存在でもある。
「そのことで、嫌な思いをしてきたわけではありません。父や母はもちろん、叔父上たちだって優しい。あ、爛 春犂叔父上は、私の母の実父です」
一呼吸置いて、彼の反応を伺った。
──何も言ってくれない。やっぱり、化け物のように思っているのかな? ああ……
嫌われてしまった。
好きだと自覚したというのに、自ら嫌われるような発言をしたのだ。当然の報いなのだろう。
両目をきつく瞑る。目尻に涙を溜めた。
初めて好きになった人への恋が終わる。そんな瞬間が来てしまったのだと、後悔ばかりが心を蝕んでいった。
「──そっか。すごいんだな、阿釉の家系は」
「……え?」
思ってもみないことに、全 紫釉は顔を上げる。
彼を見れば軽蔑するどころか、満面の笑みをしてた。無邪気で屈託のない、誰とでも仲良くなれる、純粋なあの笑顔だ。
その笑顔が、向けられてる。
──嘘。どう、して……
怖がられたり、逃げられたり。それを想定していた全 紫釉にとって、彼の笑顔は想定外のものだった。
「い、いつもは、この話をすると皆、逃げて行きます。なのに、なぜ……」
心を許せる友すらいなかった全 紫釉にとって、彼の行動は不可解でしない。
涙を堪えながら必死に尋ねた。
すると爛 梓豪は、あははとはにかむ。頬を掻きながら、少しばかり照れくさそうにしていた。
「うーん。そうだなぁー」
秋風が、夜の紅葉を誘う。宙に浮く橙色に光る提灯と合わさり、とても儚く舞っていた。
そんな光景の中、爛 梓豪は全 紫釉の頭を撫でる。そして、そっと抱きしめた。
「阿釉は、今まで頑張ったんだ。これからもそうなんだろうけど……少なくとも、今までとは違うって、俺は思う」
全 紫釉の目尻に水が溜まる。視界が滲み、彼の姿が上手く映らなかった。
「だってさ。俺がいるんだから」
抱きしめていた腕を離す。そして背筋を伸ばし、子供っぽく微笑んだ。
「阿釉がひとりぼっちになりそうなときは、俺が駆けつける。家系のことでお前を苦しめるやつがいたら、真っ先にぶん殴ってやる。……どんなことがあっても俺は……俺だけは、味方で、友だちだからさ」
「……爛清」
──ああ、よかった。この人を好きになって、本当によかった。私の心に掬う闇を払ってくれる。
裏表のない、純粋な笑顔と言葉が、全 紫釉の心の奥に光を差していった。




