第十二話 結界半球
「ソルフのとことレオナのとこは雑魚の相手だ。ヨモギとクルースのとこは俺たちとだ。で、問題のトウヤだが」
「俺はここに残って防衛、だろ?」
「はっ、よくわかってるじゃねぇか」
だいたいそんな所だろうと思った。
「群れは親玉が率いてる。そいつを潰せばあとは有象無象だ。ちりぢりになって逃げるに決まってる。とにかく頭を潰すことだけ考えろ。心配しなくてもそこのトウヤが結界を張ってりゃ里は無事だ」
今回も便利に使われているが、それで里が守れるならそれでいい。
手柄を立てられなくても、べつにいい。
「ねぇ、お兄ちゃんたちが行かなくて大丈夫なの?」
「たぶんな」
不安そうなミーファの頭を撫でて安心させる。
「なーんか、気にくわないなぁ」
「今回は」
「わかってるって。里の安全が優先。トウヤがここで待機するのにも意味があるから別にいいけど……なんだかなぁ」
マドカは納得がいっていない様子だった。
§
「さて、いよいよだな」
数時間前にラインが率いる冒険者たちが里を出発した。
待機組である俺とマドカ、あと数名はここに残って万が一に備えている。
「万が一なんて起こらないけどな! わっはっは!」
「ラインの真似か?」
「そ。似てたでしょ?」
「似なくて良い」
似てたら似てたで、それも嫌な感じだ。
「今頃はもう魔物の群れとかち合ってるねぇ」
「無事に頭を潰せてるといいんだが」
気を揉むだけ無駄なことだけど、気にせずにはいられない。
魔物の群れが突っ込んでくるかも知れないと思うと、待機していても気は抜けなかった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。差し入れだよ」
「おっ、ありがとー。これなあに?」
「ミーファの手作りお菓子! クッキーに花の蜜を絡めてあるんだ」
「へぇ、そうなの! じゃあ、一ついただきまーす。んー、美味しい!」
「俺も」
皿から一つ拾い上げて口へと運ぶ。
いい塩梅の甘さ加減とクッキーの食感が合わさって、とても美味しい。
「よかった。あとで作り方、教えてあげるね」
「じゃあ、楽しみにしてるね」
残りのクッキーも頬張りつつ、森の奥を見据える。
今のところは静かなもので、この向こうで冒険者たちが戦っているとは思えない。
でも確実に死闘は繰り広げられていて、恐らく死者も出るだろう。
最悪の事態を想定しつつ、動きがあるのを待つ。
そんな折り、一人のエルフが血相を欠いて森から飛び出てきた。
「報告! 冒険者パーティーはほぼ壊滅! 魔物がこちらに向かっています!」
瞬間、周囲が騒然とし、同時に魔物の雄叫びが里に木霊した。
にわかに慌ただしくなるエルフたち。兵士は弓を構え、女子供は家へと避難する。
「ミーファ! はやくこっちに!」
「でも……」
ミーファの不安そうな瞳が俺たちを写す。
「大丈夫だ。俺が何とかする」
「ちゃんと守るから、安心して」
「……わかった。怪我、しないでね?」
「里をお願いします」
ミーファは母親に連れられて家の中へと避難した。
丁度その頃になって魔物の姿が見え始める。
乱雑に生えた木々を交わして突き進む無数の魔物たち。
そこへ何本もの矢が射かけられるが焼け石に水だ。
幾ら射貫いても数が減った気がしない。
地面を覆い尽くすような魔物の群れが蠢き、大きな波となって里を飲み込もうとしていた。
「ダメだ! 押さえられない!」
「里が、里がッ」
うろたえる兵士たちの側を抜けて里の縁に立つ。
そこから迫り来る魔物の群れを見据えて、大きく呼吸をし、スキルを発動する。
「悪いが通行止めだ」
エルフの里を覆い尽くすほどの結界をせり上げ、半球状に包む。
結界は瞬く間に完成し、激突した魔物のすべてを弾き返す。
激突の衝撃で骨が折れたもの、進行方向を阻まれたことで渋滞し、ほかの魔物に踏みつぶされてしまうもの。
それらの悲鳴が森中に木霊し、勝手に数が減っていく。
「うひゃー、すごい光景。大丈夫? 平気」
「あぁ、まぁな。ちょっと疲れるけど、大丈夫そうだ」
これほど大規模な結界は出したことがない。
だからか、疲労感が強いが立ってられないほどじゃない。
すでに群れの動きも止まりつつあって、引き返している魔物もいる。
このまま維持していれば返っていくだろう。
そう思っていると――
「ッ」
目の前に巨大な猪の魔物が現れる。
森の暗がりから両目を光らせ、じっとこちらを見つめていた。
それと数分か十数分かにらみ合うと、向こうからゆっくりと引いていく。
それに合わせてほかの魔物たちも来た道を帰っていった。
「びっくりしたー。あんな大きな魔物いるんだねぇ」
「あぁ、あいつが突っ込んできてたら流石に危なかったかもな」
そして、たぶん奴はまたやってくる。
しばらくは結界を解けなかった。
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