789 「無双の戦鬼は跪く」
この俺、酒上刃に与えられし朝の使命は、まずご主人様を起こすことから──、
「薄野ちゃん離れろ! なんかよく分かんねぇけど魔法釜が爆発する! ほああああああ!!」
「せ、先輩ーーー!?」
……始まらないことも、最近はよく増えるようになった。
我がご主人様の私室へ向かうまでの道のり、ガーネットに割り当てられた部屋の扉が唐突に爆発したのだ。これで今週三回目だろうか。あともう二回は起きるだろう。
黒い煙がモクモクと立ち込める中、黒の魔女帽子とマントを身につけるいつもの魔法使い衣装のガーネットが廊下に転がりながら悪態をつく。
「けほっ、けほっ……あー、くそ。何が駄目だったんだろ。まぁ考えたところで、感覚派魔法使いのガーネットちゃんは感覚で材料混ぜ混ぜしてるからレシピなんて覚えてないんだけどな! ガハハ!」
「先輩、レシピは守りましょうよ……あ、刃君。おはよ♪」
「おはよう、綾女。ガーネットも。だがこうも朝から騒がしくしていると、またマスターに部屋を取り上げられてしまうぞ」
「爆笑必至のこのアフロスタイルで許して☆」
「先輩、髪型が○○○ー○・○ー○○みたいになっちゃってますよ……」
「すげぇ、何一つ聞こえねぇのに何のこと言ってんのか分かる」
今はまだ夏休み。場所は日本のブルームフィールド邸。
どういった心境の変化があってか、前から部屋を欲しがっていたガーネットに、マスターは専用の部屋を与えていた。無論、綾女にも。生活拠点を別に持つこの二人だが、マスターの提案に二人はたいそう喜んでいたのを覚えている。おかげで二人がお泊まりする機会も増えた。俺としても二人と接する時間が増えたことは喜ばしい。
とはいえ……やはりそこはガーネット。既に何度も部屋を爆発させ、火災報知器を鳴らすなど日常茶飯事。我が麗しのご主人様の睡眠を妨げる主な原因となってしまっていた。付き合わされている綾女の身にもなれ。
「はよう二人して煤を払ってこい」
「あーい。行こっか薄野ちゃん。ぐふ、このガーネットパイセンがくんずほぐれつ、君を丸洗いにしてあげるからね♡」
「あ、ありがとうございます……ところでずっと気になってたんですけど。吉良坂先輩って、どうして私のことずっと『薄野』って名字呼びなんですか? 名前でもいいのに……」
「下の名前で呼ぼうとするとガチ恋しそうで駄目だった。いやガチ恋されてもいいならそう呼びますけどね!?」
「ん~……ふふ、いいですよ。ガーネット先輩♪」
「悪いなダーリン。あたし、こっからは"ガチ"であ、ああああああああ綾女ちゃんのこと、奪りにいくから」
「えへ。じゃあ仲良しになった証に、今度刃君もまぜて三人で夜の営みを~……」
「さて、ちゃっちゃと風呂入ろか薄野ちゃん。サヤちゃん特製ゲロウマモーニングがあたし達を待ってるぜ!」
「先輩?」
無情にも足早に去るガーネットを、綾女はしょぼんと肩を落としつつも、こちらに小さく手を振ってから追いかけていく。俺がこの魔物を生み出してしまったのだ……この責は、一生をかけて償っていくつもりだ。
「さて……」
気を取り直し、俺はマスターの私室へと歩みを──、
「吐きます……」
「頑張ってくださいティア! ここでは! ここではさすがに掃除が大変ですので!」
進めようとしたが……横合いの扉が開き、口許を押さえる修道女と、懸命に背中を擦るメイドが出てきた。
「また酒盛りか、ティア」
「あるのがいけません……あるのがいけません……」
「責任転嫁しないでくださいティア。飲む方が圧倒的に悪いのですから」
「あ、先生……おはようの、チューを……うっ」
「口に流し込まれてもかなわん。代わりにエリィとしておいてやる」
「なんで私っ……!? ちょっやめっ、せんぱ──あ、なんだ頬か……いや頬でもっ」
「寝取られによる脳破壊と飲み過ぎによるムカムカで聖女の身体はボロボロです……お゛っ、ちょっと吐きます……小分けにして吐きます……!」
「わー! わー!」
そうして大慌てなエリィに背中を押され、トイレ方面へと足早に去っていくティア。
聞こえてくる聖女のえずきに胸を悪くしながら、俺はご主人様の寝顔で浄化されようと足を踏み出そうとし──、
「あ、兄さん! おはようございます!」
「……おはよう、ございます……ぐ、愚弟……」
だが一階へ続く大階段に差し掛かったところで、階下から元気よく挨拶をされては足を止めざるを得ない。酒上家家訓『朝の挨拶はしっかりと』だからな。
活発なポニーテールが今日も愛らしい刀花と、和服と長大な黒髪も艶やかな姉上。階段上からで申し訳ないが、そんな血を分けた姉妹と挨拶を交わす。
「おはよう刀花、姉上。ラジオ体操は終わったのか?」
「はいっ。今日も一日、刀花は元気いっぱいです!」
「姉上は死んでおるようだが」
「大丈夫、です……朝のラジオ体操は、健康によいのですから……」
健康を得る前に力尽きそうだ……姉上の体力の無さは折り紙つきだな。お労しいことだ、姉上……。
「朝食作りで、何か手伝えることはあるか」
「わ、私を誰だと思っているのです……私はいかなる時でも、自前の昆布出汁を欠かさず冷蔵庫にストックしておく女……あとは煮込む段階となってから、刀花ちゃんとのラジオ体操に赴きましたとも……」
「あとはお任せください姉さん! 妹がきちんと仕上げをしますから、姉さんは休憩しながら見守っててくださいね!」
「はい、はい……刀花ちゃんは良い子ですね……」
「それでは兄さん、のちほどっ。ん~、ちゅっ♡」
妹の投げキッスにときめきつつ、仲良しな黒髪美少女姉妹を見送る。俺は良い姉と妹をもった……。
「さて」
いよいよ俺は、朝の使命を果たすべくご主人様の私室へと──、
「うるさいから目が覚めちゃった……」
しかしそこにはしっかりと着替えて部屋から出てくるご主人様の姿が……しまった!
まだ眠たげな目をしょぼしょぼとさせるマスターは大変可愛らしいが、眠り姫を優しく起こす朝の業務を怠ってしまった……俺としたことが……。
気落ちしつつ彼女の目前まで歩みを寄せ、彼女の眷属として小さく頭を下げた。
「すまないマスター、起こしてしまったか。爆発音でか?」
「決定的だったけれど、それより前から目は覚めてたわ……トーカのラジオ体操の音でね」
「ああ……」
街の雑踏から離れた森に佇むブルームフィールド邸だが、夏休みの朝はこれこの通り。実はそれほど静かではない。
先のようにガーネットが部屋を爆発させ、運動大好きな刀花がラジオ体操を爆音で流し、それに付き合わされ息も絶え絶えになる姉上は泣き、昨夜には飲みすぎていた聖女が時折トイレで吐く。
……この場所も最初は廃墟も同然であり、俺と刀花、そしてリゼットの三人が住むだけだったというのにな。
「賑やかになったものだ、この屋敷も」
「早くも後悔し始めてるわ」
そんなことを言いつつ、きっと内心では満更でもないに違いない。俺のご主人様は寂しがり屋でツンデレだからな。
クツクツと肩を揺らしていれば、リゼットは紅い瞳をじっとりと細めてこちらを見上げてくる。
「今、私のこと『寂しがり屋でツンデレだ』とか思ってるでしょ」
「ああ。実際そうだろう」
「……そんなこと、ないもん」
憮然としてそう言い、身体を落ち着きなさげに揺らすご主人様。
「ね、ねぇ。それより……」
「おっと、俺としたことが。マスター?」
「う、うん……」
口では『そんなことない』と言いつつも。
おはようの口付けは欠かさないようにするご主人様は、やはり寂しがりの女の子なのではなかろうか。
「んっ♡」
頬に手を当て、目を瞑る少女と口付けを交わす。
──たとえどれだけ環境が変化しようと、こうして彼女と交わす朝の口付けは、決して変わることはないだろう。
「お、おはよう……ジン……♡」
「ああ、おはよう。我がマスター」
そうして蕩けた顔で朝の挨拶をするご主人様と共に洗面所で朝の支度を整え、一階の食堂へと赴く。そうする頃には大方の住民が集まり、長机に料理を並べ終えているところだ。
『いただきます』
一斉に手を合わせ、一部は十字を切り姉上手製の朝食に手をつける。最近は異世界だの英国料理だのと外での食事が続いていたため、姉上の和食が五臓六腑に染み渡る心地だ。
「はふ……お姉さまの和食美味しいです……胃に優しくて、帰って来たって感じがしますね」
「あなた最近来たばかりでしょ」
「ご飯のおかわりいる人いますかっ」
「ガーネットちゃんいらないよ。炭水化物はアイドルの敵だからよ」
「そう言うと思い、玄米も用意しておりますよ」
「あ、私ももらおうかな? じゃあ刀花ちゃんと先輩のも私が入れてきてあげるよ」
「お待ちを、綾女。ここはこの敏腕聖剣メイドにお任せください。ふんすっ」
「途中でこけそうだ。手伝うぞ、エリィちゃん」
「エリィちゃんと呼ぶな!」
……食堂へ一堂に会し、わいわいと朝食を摂るリゼット、刀花、綾女、ガーネット、姉上、ティア、エリィ、そして俺。
一年前はたった三人で食卓を囲んでいたというのに、今ではその倍以上に増えているというのだから、人生は何が起こるか分からん。だがこれも、我が麗しのご主人様の人徳が成せる業というものだろう。
賑やかな朝食が終われば支度をし、皆で外に出る。今日は全員時間が空いているというのだからな、出掛けねば損だ。行き先はまだ決めていない。気の向くがまま、赴くがままだ。
「おや、リゼット様。郵便受けにお手紙が」
「お父様かしら。今……じゃなくて、帰ってきてから読むわ」
「着信には気付きつつも既読にはしたくないから後で見ようとする現代っ子かよ」
「それの何が悪いのっ」
「分かる……」
最近では、郵便受けに古めかしい造りの手紙が突っ込まれていることも増えた。リゼットは照れ臭そうにムスッとしているが……夜には自室の机に向かい、楽しそうに返信を書いている。
「……」
あれから。
リゼットとその父親は表立ってとはいかないが、徐々にその距離を縮めていっている。
そのためか……契約に際し、リゼットから流れ込んでくる黒い感情も減りつつある。このままいけばいずれ、彼女は妖刀を抜けなくなるかもしれん。
「ふ……」
俺は笑う。
妖刀と契約しておきながら何も斬らず、あまつさえその感情を洗い流してしまうとは。
出会った頃から美しく、誇らしく、気高き俺のご主人様。その眩い煌めきは、憎しみに穢れた悪鬼すらも照らす。これほど清々しい心地は、顕現してから初めて味わう。
そうして一人で唇を綻ばしていれば。そんな眷属の様子に気付いたリゼットが、こちらの顔を見て瞳をパチパチと瞬かせた。
「ジンが、笑ってる……」
「む? 珍しげにどうした。悪鬼とて笑うぞ」
「いえ、なんだか……」
しげしげとこちらを覗き込むご主人様。
「なんだか、あなたの顔を初めて見るような……そんな気がして……」
「ふ、異なことを」
そんなことを言うリゼットに、笑みを向ける。
ああ……先日にはティアが、俺という存在を憎しみから解放したいなどと言っていたものだが。
「──」
こうした時間の積み重ねが、いつか。
戦鬼の胸に渦巻く憎悪を、鎮めていくのかもしれん。
だがたとえ、そうした繋がりが絶たれようとも……無双の戦鬼は、永遠に彼女達の下へ跪き続けるだろう。
──夏の朝日が誘うようにして我々を照らし、今日も善き日になることを予感させる。
「むふー、さぁさぁ兄さん! リゼットさん! 早く行きましょう! 夏は私達のことを待っていてはくれませんよっ」
「どこに行くかも決めてないのにそう言われても……ちょっ、引っ張らないでってば! もうっ、あなたはそうやっていつも……!」
「クス、急いで転んではいけませんよ刀花ちゃん。あまりに早いとお姉ちゃんも追い付けませんから、ゆっくりと行きましょうね」
「ふふ♪ 後輩ちゃん達は元気いっぱいだね……あれ? 先輩それは……ど、ドローン?」
「ダーリンにカメラ勧めてたら、あたしもなんか撮りたくなっちゃって。でも普通のカメラだと致命的な欠陥があるじゃん? そう! カメラマンが写らねぇ! だからこうして撮影用のドローンを組んだってわけ☆ 笑って~☆」
「あのっ、あのっ、私、今日撮影用のメイクしてなくって! ナチュラル二十七歳のお肌でっ」
「うるせぇ~~~! ですがご安心を。このカメラはメイクも服装すらも、"その人に似合う感じ"に変換して撮影してくれっから!」
「何かの都合を感じます……あ、ではほら、エリィも♪」
「メイドは自己主張せず、主に侍るのみ……いえ決して『カメラで撮られると魂が取られそう』と怖がっているわけではありませんのであしからず。ササッ」
「やだ私の聖剣迷信が古い……」
「ヒャッハー! シャッターチャンスだァ!」
そうして我々は、今日も我々なりの王道を征く。
「ククク……」
さて──、
今日は、何をして過ごそうか──……。
~HAPPY END~ 『無双の戦鬼は跪く』
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