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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
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677 「ただの主婦です♪」



「えっと……酒上君のお姉さん、ですか? あれ? でも四月の職員資料では、妹さん以外のご家族は……」

「おや、各家庭のことをしっかりと把握されておられるのですね。まだお若いように見えて、とっても仕事熱心。そのようなお人ならば、我が弟を安心してお預けできるというものですわ♪」

「えっ、えへへ……そんなことは~……♪ す、素敵なお姉様ですね、酒上君っ」

「………………うむ」

「クス、もう。いつまでむくれているのですか?」

「……むくれてなどいない」


 授業参観が終われば、次は任意の三者面談がある。

 教室の中央には三つの席。片側二席には俺と姉上が隣り合って座り、向き合うように配置したもう一席には、糊のパリッと効いたスーツに身を包む若い女性教諭が座っている。

 結局、なぜ四月からここまでの期間に姉が生えてきたのかをはぐらかされたことに気付かぬ担任が、褒められたことでテンションを少し上げこちらに話を振る。若手とはいえ職は教諭。誰かに褒められるという機会もなかなかないのだろうな……。

 だが──、


「むっす~……」

「クスクス……♪」


 俺は……むくれていた。

 なぜならば……姉上が授業参観に来てくれなかったからだっ!

 可愛らしいものでも見るかのように、紫の着物の袖を口許に当てて笑う姉上と、分かりやすく頬を膨らませる俺。そんな保護者と生徒を前に、担任さえ苦笑を浮かべる。

 女々しいと笑わば笑え。だが俺は……今日という日を楽しみにしていたのだ! そのために隠れてチン立て伏せ(たんれん)にも励んでいたというのに!


「こともあろうに、バチカンの酔っ払いなど寄越しおって……」

「分身などできないのですから、役割分担するのは仕方のないことでしょう? ティア殿も行きたがっておられましたしね。今、私という存在が必要なのは、刀花ちゃんとリゼットちゃんだと判断したまで。それに、こうして三者面談ではお前を優先していますでしょう? お姉ちゃんの考えが不服ですか?」

「……むぅ」


 ……理解は、できる。

 刀花とリゼットは高校二年生たりとはいえ、どちらも親の愛に触れる機会がそうなかった。姉上が参観に来てくれて、それはそれは嬉しかったに違いない。我がご主人様は、素直にはそう言わんだろうがな。

 そして三者面談では、今年受験生である俺を優先してくれている。姉上らしい、合理的な判断と行動だ。それもまた理解できる。

 だが……! だが……!!


「姉上に俺のチン立て伏せ(はれすがた)を見てほしかったのだ……」

「嫌な予感がしたから行かなかった、というのも理解できますね? 愚弟?」

「あの、酒上君? 他の保護者がいるところでああいうのはちょっと~……」


 俺は俺にできる努力をしただけだというのに……! ちなみにあの授業を担当していた教諭はあの後、校長から呼び出しを食らっていた。面白い人間というのは体制に嫌われるのが世の常だ。

 俺がプイと横を向けば、担任は苦笑しつつも話を進めていく。


「こ、こほん。酒上君はお姉さんのことが大好きなんですね。先生、酒上君のそういうトコロが見られて、ちょっと安心しました」

「うちの愚弟が、ご心配をおかけして申し訳ございません。家でも言い聞かせてはいるのですが……」

「いえいえっ。最近は修学態度の改善もきちんとしてくれていますし、進路もしっかりと見据えてくれていて……成績は、まだちょっと頑張ろうって感じですが~……えっと、進路に関してはご家庭でのご理解も?」

「はい、はい。この子の希望に沿う形で、こちらも応援していく方針です」

「ふむふむ。では第一希望は調理系の専門校……将来的には喫茶店業務に携わること、ですね。承知しました。我々も酒上君の希望する進路に進めるよう、全力でサポートしていく所存です。何かありましたら、いつでもご相談ください!」


 この時期に進路が定まっている生徒が相手であれば、教諭も話が早いようだ。恐らくこの三者面談の主目的は、今の会話で終了した。

 トントン拍子に進んだ会話に姉上も嬉しそうにして、胸をポンと叩く担任に向け微笑む。


「ふふ。優秀で美人な先生で、こちらも頼もしい限りですわ」

「そっ、そんなことは……まだ二年目ですし、美人だなんてとてもとても……」

「そうですか? そのお歳で受験生の担任を任されるのですから、少なくともそれに足る能力があると管理職からは思われているのでしょう。ご謙遜なさらず。もちろん、その容姿に関しても」

「あ、ありがとう、ございます……でも──あ、いえ……」

「どうかいたしましたか?」

「お、お気になさらず……」


 言い淀む担任に、姉上はしっとりと微笑む。

 今日の姉上は、妹の成長をその目で確かめ、弟の拗ねるほどの愛情を感じているためかすこぶる機嫌がいい。


「クス、よいではありませんか。本題も迅速に終わったことですし、少しばかりの雑談程度」

「う……お姉さんを前にしてお恥ずかしい限りなのですが……実はこの前、彼氏にフラれたばかりでして……たはは……」

「おや。見る目のない殿方もいるものですね」

「あはは……望んだ職に就けたとはいえ、思ったよりプライベートの時間が取れず……私にもう少し魅力があれば~……あの、ちなみに、お姉さんはご職業などは……?」

「私ですか? そうですね……」


 保護者と教師の進路の話から、なにやら雑談へと移行していく。

 色々と苦労していそうな担任からの質問に、姉上は少し思考して……クスリ。


「いえ、私はただの主婦です♪」

「え゛っ。しゅ、主婦……? それにしてはお若い……」

「はい♪ まだ十代です♪」

「じゅうだっ……!? えっ、うそぉ!?」


 左手薬指にはまる紫水晶の輝きを見て、担任がすっとんきょうな声を上げた。

 目の前にいる少女が己より若く、かつ美人で、そして幸せになっているという事実があまりに衝撃的だったのだろう。さもありなん……。

 頬をヒクヒクさせる担任は、なんとも言えなさそうな顔のまま「そ、それはそれは……」と囁く程の声で繰り返す。


「み、身を固めるのが、ずいぶんとお早いようで……」

「クス……お相手から猛アプローチを受けてしまって、つい。とはいえ私も……ふふ♪ 決して満更でもありませんでしたので♪」

「うらやまッ──こほんこほん……へ、へへへへぇ~……そそそそうですかぁ~……?」


 狼狽える担任に色気を見せつけながら、同時にこちらへ「ねぇ?」と流し目をくれる姉上。

 ここで言う"お相手"というのはもちろん……俺のことだろう。姉上はきっと遠回しにその旦那について言及し、俺の機嫌を直そうという魂胆なのかもしれん。

 だが俺は泣く子も漏らす無双の戦鬼。旦那として紹介されたところで……いや、嬉しいがっ、そう簡単に機嫌を直す安い男と見られるのもなっ。

 そっぽを向きつつもソワソワする戦鬼を横に、姉上は頬に手を当ててゆったりと吐息をつく。


「私も旦那も……ああ、まだ婚約段階ですので明確にはそうではないのですが。若い者同士となると、何事も逸りがちで」

「そ、そう、ですかっ?」

「はい。甘えられると、ついつい応えてあげたくなってしまうのです。とはいえ、そこがまた可愛いらしいのですが……♡」

「か、かわいい、ですかっ? 彼氏がっ?」


 ぴくっ。


「えぇ、えぇ。しかし、頼れる時には思わずドキリしてしまうほど……♡」

「男らしい、ですかっ?」


 ぴくぴくっ。


「はい、はい。粗野で、普段は教養も解さない、頭の悪い殿方なのですが……」

「ごくり……」

「どうしてでしょうね……ああ、これが惚れた弱みと言うのでしょうか。愚かなところも、愛してしまうのです。こうなってしまうと、女はもう駄目だと日々痛感いたします。良いところも悪いところも愛してしまうだなんて……クスクス♪ これでは、何をしても許す女だと思われてしまいますね。事実そうなってしまっているのですが……ふふっ、このお話は、ご内密にお願いいたしますね♪」

「は、はははははい……!」


 ぴくぴくぴくっ。

 姉上の畳み掛けるような愛の言葉に耳をピクピクとさせていれば、その矛先は次第に隣の俺へと向けられる。


「ねぇ? お前も。とはいえ、お前もなかなかな男ぶりを見せる弟ですからね。お姉ちゃんが、"あの人"にひどく愛を寄せていること……内緒にしてくれますか?」

「っ」


 楽しげに言って、こちらの膝を一撫でする姉上。その感触にゾクリとする。

 深淵の瞳を楽しげに細めてこちらを覗き込む姉上に対し、俺は──、


「ふ、ふふ……もちろんだ。我が姉上がその者に愛を寄せる分、俺もそれに劣らぬような男とならねばな」

「まぁ♪ 良い子。さて、秘め事も明かしてしまいましたし、そろそろお暇いたしましょうか。その緩んだ頬は、学外に出るまでに直しておくのですよ?」

「承知した」

「それでは、今後も我が弟をよろしくお願いいたします先生。先生のお仕事も、プライベートも、今後上手くいくことを祈っておりますわ」

「あ、え、あ、はい……」

「では、ご機嫌よう」

「また明日だ、教諭」


 そうして愛しい姉上と連れ立って、教室を出る。


「クス、機嫌は直りましたか?」

「これで直らぬ男などいまい。俺も意固地になってすまなかったな」

「いいえ。行けなかったのは事実ですからね。それに……」

「む?」


 夕日の差し込む廊下を征きながら、姉上は少し目を逸らし、ポツリと呟いた。


「……お姉ちゃんの愛を、疑われても面白くありませんしね?」

「姉上……!」

「さ、帰りますよ。今日はお前の好きな献立にしてありますからね」


 長い黒髪から垣間見える耳が赤いのは、夕日のせいではあるまい。

 誤魔化すようにパタパタと早足にスリッパを鳴らす姉上を、俺はたまらぬ愛情を胸に抱きながら追うのだった。


『うぅ~~~~~……いいなぁ~~~~……!!』


 ……背後から響く、担任のそんな涙混じりの声を聞きながら。

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