670 「お嫁さん力が欲しいですっ」
「それじゃあ兄さんはこれから、週に一回くらいのペースでガーネットさんの魔術教室を受けることになっちゃったんですね? その後輩アイドルの魔法使いさん? と一緒に?」
「ああ」
平日、日も長くなった晴れの放課後。
買い出し当番を任された我等酒上兄妹は、睦まじく手を繋ぎながら商店街を歩いていた。
リゼットは「集中したいイベントがあるから」とゲームを理由に早々帰宅。綾女は家業。ガーネットは仕事。姉上は屋敷内の掃除。ティアと聖剣はその手伝い。
周囲には主婦や小さな子ども達、店先で客引きをする威勢のいい店員などがいて活気があるが……あくまで、ここにいるのは俺と妹の二人だけだ。
こうして刀花と二人きりの時間を過ごすというのも、おかしな話だが、どこか久し振りのような気さえする。
「……むふー♪」
同じことを刀花も思っているのか、彼女は校舎の中から既に手を繋ぎ、ルンルンとご機嫌に腕を振っていた。
温かい手のぬくもりをじんわりと染み渡らせながら、制服のミニプリーツスカートをフワフワとさせて歩く妹を横目に頷いた。
「きっと、刀花のためになる魔術を習ってこよう」
「むふー、ありがとうございます♪ 最近では、ガーネットさんどんな魔術使ってましたか? ガーネットさんは視野が広いというか、意外な視点から殴ってきてくれますので楽しいんですよね!」
そうだな……。
「……女の子に巨大な男性器を生やす魔術を、嬉々として使っていたぞ」
「お~……兄さん、兄さん」
「む?」
くいくいと袖を引く刀花は、琥珀色の大きな瞳を煌めかせて言った。
「──私も、その魔術教室に参加していいですか?」
「やめておいてくれ」
「えぇ~?」
なぜ今の話を聞いて魔術教室に興味を示すのか。俺は妹が心配だ……俺の尻も心配だ。
「兄さんを気持ちよくしてあげたいだけですのにぃ……」
「穏当な手段で頼む」
「あっ、お魚見せてく~ださいっ♪」
こんな話の直後で食材を買うのもどうかと思うが、まぁ妹相手なので仕方がない。
直線上に軒を連ねる数々の商店。その中の一つに、刀花は笑顔で歩みを寄せた。その楽しそうな笑みに、店主の親父もほんわかと唇を綻ばせている。我が妹の笑顔は、周囲の者を皆自然と笑顔にしてくれるのだ。
「こんにちはっ」
「こんにちは。偉いねぇ、兄妹で買い物かい?」
「はいっ♪ あ、いえ……あ、はいっ」
「む?」
一瞬、何か言いたそうな口振りだったが、刀花は笑顔で再び頷いていた。
それに関して聞こうかと思ったが、刀花は既に新鮮な魚の吟味を始めてしまっている。今は、彼女の集中を乱さない方がいいだろう。共に過ごす皆の食卓を彩るため、妹も気合いを入れているようだからな。
「むむむ~……あ、じゃあこれとこれと……こっちので!」
「おぉ、お嬢ちゃん良い目をしてるね。全部ちょうど──」
「──ちょうど四時間と十八分前に死んだ子達ですよねっ。新鮮で美味しそうです~♡」
「あ、あぁ……うん……そう、だね……うん……」
俺の妹は、死体を一目見ただけでそれが完全に死んだ時刻が分かるという特技がある。
「あの……こっちも、おまけしておくよ……」
そして笑顔でそんなことを言い当てる彼女が無意識に纏う覇者の気にやられ、店員が勝手におまけをつけてくれることが多い。
「わぁい! ありがとうございます~♪ 得しちゃいましたね、兄さんっ」
「ああ。さすがは俺の妹だ」
やはり生鮮食品の買い出しの供は、妹に限る。姉上もまた話術を使った値切りが上手いため、彼女達は大変に買い物上手な姉妹なのであった。俺は……あれだ、荷物持ちが上手い。
「それで、何か引っ掛かることでもあったか?」
「ありゃ……」
荷物持ちの役目を存分に果たしながら、次の店舗へ足を進めつつ妹に聞く。
苦笑して「気付かれちゃいましたか」と舌をペロリと出し、刀花は少し恥ずかしそうに言った。
「いやぁ……私達、こうしておててを繋いで歩いてるじゃないですか」
「そうだな」
「店員さんの前でもそうだったじゃないですか」
「ああ」
「……兄妹ではなく、カップルって。そう呼んでいただけないかなぁ~と。ふと思ったのです。もちろん仲の良い兄妹も嬉しいんですけどねっ」
幸せそうに「にへ~」と笑う刀花。
一から鬼と家族の絆を紡ぎ、家族を大切にする少女は、周囲からそう見られることに喜びを覚えるのだ。
「カップル、か」
確かに、先の店員は俺達をして『兄妹で買い物かい?』と言っていた。もちろん、それも間違いではない。
だが俺の妹は、こちらの呟きに対し愛らしい唇をちょっぴり「むむむ」と曲げて呟く。
「確かに妹ですけど~。でもでも、私達はもう禁断の未成年兄妹エッチだって済ませてるわけじゃないですか」
「色々な意味で、あまり大きな声で言ってくれるな」
「なのに、一目で妹だって見抜かれるのは……ちょっと納得いきませんっ。せめてカップルでとかっ。できれば新妻とかっ、幼妻とかっっっ」
新妻がセーラー服で買い物などするだろうか……いるところにはいるのかもしれんが……。
「その服装では難しいのではないか」
「でしたら、せめてカップルって思われたいです!『ラブラブだね』って! ヒューヒューってされたいです!」
「……ふむ」
悔しそうに胸の前で拳を握る刀花。
カップル……カップルか。だがなまじ血を分けた兄妹ゆえ、容姿はあまり似ておらずとも、似通った雰囲気程度は感じられてしまうのだろう。
俺と比べ刀花も背は平均より高く、加えて乳も尻も太股もむちむちとはいえ……その無邪気でいとけない笑みや、身振り手振りの大きさゆえ、見た目より幼く見られがちだ。
これは最早、生まれ持った属性とでも言うべきもの。それを彼女は常に振り撒いている。
そんな少女が、同じ学園の制服を着用した大柄な男と、嬉しそうに手を繋いで歩いていたとすれば……なるほど。そんな者達が他にいれば、俺も兄妹と思うかもしれん。
「と思うのだが、どうだ」
「ガーーーン、です」
こちらの考えを伝えれば、刀花は目を見開く。
「私には……私にはっ、お嫁さん力が足りないということでしょうかっ」
「初めて聞く概念だが、どうだろうな。どのようなものだ?」
「なんというかこう……私の姉さん、みたいな?」
あの大和撫子という文字が服を着て歩いているような姉を手本とするには、刀花でもなかなかに骨が折れるだろう。
だがそのまま伝えてしまえば、この可愛い妹はより気落ちしてしまうだろう。ここはまず慰めつつ、彼女をその気にさせるべきだと心得る。
「なるほど。だが確かに、俺の妹は同年代の中では遥かに料理上手であり、その他の家事もそつなくこなしてくれる」
「……むふー、そうですか?」
「もちろん。常に愛嬌があり、他人に対しても愛想が良い。これはつまり、ご近所づきあいとて上手くこなせる証左であろうな」
「おぉ! なんだか主婦っぽいです!」
「そして最近分かったことだが……俺の妹は、とても床上手だ」
「あんっ♡ 兄さんったら……♡」
ミニスカートの裾からさりげなく手を滑り込ませ、その尻を揉む。元気な赤子を生んでくれることを予感させる、豊かな尻だ。
兄の手の感触にゾクリとした様子で熱い吐息をつく刀花に、俺は改めて「うむ」と頷いた。
「刀花はどこに出しても恥ずかしくない立派な妹であり、同時に俺の嫁だ。そう気落ちせず、堂々としていてくれた方が俺も嬉しい。店員も、そんな姿を見ればなにか思い直すやもしれんぞ?」
「むふー、むふー♪ そうですか? そうですか? もう兄さんったらぁ♡ そんなに褒めても、エッチなお汁しか出ませんよっ♡」
だいぶ出てるな。
「ですが、分かりましたっ。私は兄さんの自慢の妹であり、お嫁さん! きっとさっきの店員さんも、ちょっと見間違えちゃったのでしょう!」
何も見間違えてはいないのだがな。
「次に行きましょう、兄さん! 私の溢れ出るお嫁さんオーラに、次の店員さんはきっと『おっ、エッチな幼妻さんが来てくれた!』と言ってくださるはずです! むしろそう言ってくださるまで、私、口を開きません!」
そんな店員がいる商店街など二度と来ん。
興奮した様子でこちらの腕を胸に抱き、刀花は意気揚々と次の店へと歩を進める。次は肉屋だな。
「こ~んに~ちはっ♪」
「おっ」
そうして向日葵のような笑顔を見せる刀花に、店員もつられて笑みを浮かべ、
「いらっしゃい。お兄ちゃんとお買い物かい?」
「はい!!!!」
………………。
…………。
……。
「見られませんでした……しょぼん」
「……そうだな」
「……店員さんの前で兄さんの身体に抱き付きながら大人のキスをしてたら、そう思ってくれませんかね?」
「変人としてか?」
我が妹の目指す立派なお嫁さん道は、まだまだ始まったばかりだ──!!




