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3.非日常な妄想

 ここはQマートハタゴニア支店。

 アジフライからイカ墨ソフトクリームまで、何でも売ってるコンビニだ。

 ところで、ケープペンギンの美女博士が来店して以来、どうも店内がわさわさし始めたのはいうまでもない。

 博士自身はあれから姿を見せないが、山田くんがだいぶ前のニュース動画を発掘してしまったことで、この惑星の命運もある意味、あの博士が握っていることが判明したからだ。

 そのニュースとは、とある調査隊がナン・ベイ星系に向けて出発した、というものだ。扱いの小さなローカルニュースだったが、動画にはケープペンギンのあの博士がはっきりと映っていた。

 この宇宙を統べる銀河中央政府は定期的に辺境惑星に調査隊を派遣し、その星の価値を判断している。

 もちろんその価値とは資本主義宇宙における価値である。つまり、地下資源が豊富だとか、風光明媚なので観光惑星に適しているとか。

 ハタゴニアも十年前までは風光明媚な観光惑星であった。赤道近辺にはコバルトブルーの海と白い砂浜を持つ島々が点在しており、極域では虹色のオーロラが輝き、南半球の大陸に広がる森林は軌道衛星に深い緑を見せていたのだが……。

 いまは風景も灰色一色に塗り替わってしまったハタゴニアに、なぜ調査隊が派遣されることになったのかは分からない。ただ、こういったことを追及してもろくな答えにはたどりつかないものである。なぜなら、意味不明なおかみの行動の原因は「カネ」か「怠慢」かどちらかだからだ。

「要するに、年末になると行われる道路工事みたいなもんすかね? それで調査隊の報告次第ではキビシーことになるとかなんとか?」

 今日はいつも店長ゴリさんが居る場所に山田くんが同じポーズで格好つけている。

 片方のフリッパーをカウンターにちょいと乗せ、体を預けるあのポーズだ。ゴリさんがやればサマになるのだが、山田くんがやると足を怪我したペンギンに見えてしまう。悲しい経験値の差だ。

「えー、じゃあ、テロリストじゃないんだ? ……ほわちっ」

 熱々(あつあつ)のアジフライを食べながら、定位置に座るゲンさんが言った。

「みたいっすね。まぁ、いずれにせよメンヘラは入ってると思いますけど」

 山田くんは自論を曲げない。

 ケープペンギン博士のあの澱んだ目は絶対ヤバイ、と言い張る。ちなみに、この「ヤバイ」という若者言葉にはいろんな意味があるので、文脈で判断しなければならないことはだいぶ前に学んだ。本社の方々も、前後の文脈で判断してくれたまえ。

「う~ん。あの顔はどっかで見た顔だと思ったんだけどねぇ~」

 ゲンさんはまだなにか言っている。

「どっかって?」

「いや、ほら、指名手配犯の写真とか?」

「ニュース動画になってるくらいだからそれで見たんじゃ?」

「いや、そんな最近の話じゃなくてさ。もっと昔よ、昔」

「最近つっても、この動画、もう二年くらい前っすよ?」

 自分の携帯端末をいじりながら、山田くんは保存してある動画の日付を確認している。

 星間旅行は時間がかかるものなので二、三年の旅程は普通だ。生身の肉体は制約が多い。

「……ところで、ゴリさんは?」

 ゲンさんがカウンターの奥をのぞき込みながら聞く。今日はまだ店長の姿を見ていない。

「店長は配達っす」

「配達? まさか、あの博士のところ?」

 わずかに身を乗り出して聞くも、

「いや、常連の母子家庭のところにいつもの食糧のお届けっすよ」

 あっさりと山田くんに否定された。

「なんだ……」

 ゴリさんがあの博士のことを気にしているのはゲンさんも長い付き合いで分かっている。ただ、どういう種類の「気になる」なのかは神のみぞ知るだが、ひょっとして色恋沙汰なら面白くなるぞ、と無責任に思っているのだ。

 しかし、一方でゲンさんはいまいち腑に落ちていない。

 どうもイメージと合わないのだ。あの『スプーンランド帰り』の異名をとるゴリさんが、バリキャリ風の年増……P―!……働き盛りの大人の女を好きになるだろうか?

 ゴリさんにはあまり口数の多くない、柔らかなイメージの女性が似合う。少なくとも、ゲンさんは勝手にそう思っていた。

 あの博士の場合は、トガった美女、といった表現になるのだろう。戦場帰りの寡黙な男と並ぶと不協和音になりそうなことは確かだ。

「それよりも先生、いつになったらアルコール解禁になります?」

「まだ当分ダメ」

「えー、発泡酒くらい、いいじゃないっすかー」

「ノンアルならいいよ」

「それじゃ意味ないっす……」

 山田くんはつい最近まで重度の薬物依存症だったのである。

 ゲンさん指導のもとで治療を始めたものの、まだまだ禁断症状は続いている。気を紛らわせるために軽いアルコールくらい飲ませて欲しいと訴えているのだ。

「アルコール……そっか……!」

 ゲンさんがなにかを急に思いついたらしい。

「なんすか?」

「なにも危険な爆発物を取り寄せなくったって、エチルアルコールで十分じゃない?」

「なんの話です?」

「ほら、あの博士さ、色々妙なもん、注文してたでしょ? なにを爆発させたいのかは知らないけど、ウィスキーの一本でもあれば彼女の目的は叶うんじゃないかな、って話」

「DV彼氏を葬る話でしたっけ?」

「え? そんな話だったっけ? ハタゴニアに潜伏しているテロリストの元カレを逃がすために、宇宙港を一時占拠するとかそういう話じゃなかった? そのために火力が必要なのよ」

 二匹とも好き勝手に話を作って適当なことを言っている。

 要するに暇なのだ。惑星に一軒のコンビニでは、刺激的な出来事もあまり起きないので(ジャンキーが現れてナイフを振り回したりはするが)、非日常な妄想で遊んでいるだけである。

「違う。宇宙船の着陸事故で閉じ込められたスタッフのためにクレープを焼いているだけだ」

 配達から戻ってきたゴリさんが妙なことを言った。

 事実は妄想より奇なり。



(続く)


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