50.親子
ちょうど50話。最終話である。
場所を移し、ヘンリクの司令室へ。部屋の主であるヘンリク、アイナ、ヨアキム、エステルが移動してきた。まあ、ヨアキムとエステルの護衛もいるけど。その中に今回は、メルヴィとニナはいない。一緒に来ているようだが、司令室には入っていなかった。
アイナはいつも付けているネックレスを引っ張り出して目の前にたらした。養父母に実の母親の形見だと言って渡されたものだ。
「それは俺がヘレナにあげたものだ」
「捨てる」
ヘンリクの言葉にアイナは即答した。エステルは「相変わらずだなぁ」と笑っている。
「まあ、喧嘩するほど仲がいいっていうしね」
アイナの目が細まる。なまじ顔立ちが整っているので、こういう顔は迫力のあるアイナだった。
「以前、首都での仕事を断ったな」
「私はキラヴァーラ城塞の職員だからね。ここから動くことはないよ」
エステルの言葉にアイナはそう返す。エステルなどは「では、キラヴァーラに来れば必ずお前に会えるんだな」と喜んだが、ヨアキムは違うようだ。
「この男が嫌いなら、ともに首都に来ればよいだろう。わしの孫なんだからな」
アイナは小首をかしげる。彼は先ほどのアイナの言葉を聞いていなかったのだろうか。
「司令のことは嫌いですけど、信頼しています。それに、キラヴァーラを気に入っているので」
「……」
娘に面と向かって嫌いだと言われたヘンリクは微妙な表情になった。まあ、娘の反抗期に対する父親の反応のような感じだろうと思っておく。
「ほら、言っただろう、おじい様。アイナがここを動くことはないよ」
「しかしだな……」
エステルがヨアキムの説得にかかる。エステルはアイナに向かって微笑んだ。
「血のつながった家族と一緒にいることが幸せだとは限らない。アイナはキラヴァーラで血のつながった家族以上のものを作り上げているんだ。だから、彼女がこの大きな家族から離れることなんて、ないんだよ」
うんうんとアイナはうなずいた。アイナはヘンリクを親だと思っていないが、家族の一人だと思っている。つまり、そう言うこと。
「……キラヴァーラはわしから娘を奪い、孫娘まで奪うのか」
「アイナのことは奪われてないでしょ。初めからいなかったんだからな」
「姫様、言い方」
さすがにどうかと思ったので、アイナは口をはさんだ。ヘンリクは「仲がいいな」と笑っている。わかっていないのはヨアキムだけだ。
「エステル、そのような言い方はやめんか。まるでアイナが初めから存在しなかったような……」
「言葉の通りだよ、おじい様。あなたの世界に、初めは、アイナはいなかった。失ったのはヘレナ様だけだ」
「……」
エステルが鋭いところを突いてくる。ヨアキムははじめはアイナの存在を知らなかったのだから、存在しないも同然なのだ。
「陛下は私を通して私の母を見ている。私が全く知らない、あなたの娘のことを。私が、ヘレナ王女の娘だと言うだけで。そんな人と、誰も一緒に行こうなどと思いませんよ」
世が世なら反逆罪で捕まりそうな言い分である。
「それに、陛下はヘレナ王女を奪っていった指令を恨んでいるのでしょう。同じことをしようとしていることに気付いています?」
アイナを連れて行くと言うことは、実父であるヘンリクから引き離すと言うことである。ヘレナの場合は自分からヘンリクを追って行ったが、アイナはヨアキムが連れて行こうとしている。冷静に考えれば、ヨアキムの方がたちが悪いだろう。
「……なるほど。おじい様、アイナを無理やり連れだすのはやめた方がいい。私がキラヴァーラにいた時、アイナを勧誘するものがいたんだが、キラヴァーラ住人達に叩き出されたんだ」
面白そうに語るエステルだが、笑って話す内容ではない。微妙に事実と違っている気がするが、逆恨みで攻め込まれて返り討ちにしたことを考えれば、あながち間違いでもないのかもしれない。
「アイナ。城塞を見て回りたいんだが」
「わかった。では、一緒に行こう」
エステルがこの場を立ち去りたいと思っていることははっきりとわかったので、アイナは断らずに立ち上がった。エステルがアイナに駆け寄り手をつなぐ。アイナは父親と祖父を残し、従妹と共に司令室を出た。
「……いや、悪いな。祖父を連れてきてしまって」
「いつかはこういうことが起こるだろうと思っていた。まあ、陛下本人が来るとは思わなかったけど」
本気を出して調べれば、いずれわかったことだ。ヘレナがキラヴァーラに向かい、ヘンリクがキラヴァーラ城塞の司令官であることは知られているのだ。そこに住まう十九歳から二十歳の人間のDNA鑑定でもすれば、いずれは見つかっただろう。まあ、相手方が見つける気があれば、だが。
「城塞の屋上に上がってもいいか? 異世界側が見たい」
エステルの言葉に、アイナは少し迷ったが、まあいいか、と思った。護衛はついてきているようだし、問題ないだろう。
屋上に上がり、異世界側をのぞく。今日は珍しく何も起こっていないので、屋上も静かだった。
「この場所も久しぶりだな。最近、何か起こったか?」
アイナはエステルが去ってからのことを思い出す。初春に別れてから、まだ四か月ほどしかたっていない。
「そうだね……面白いところとしては、街中に念写があったかな」
「念写って、突然絵とか文字が浮かび上がるあれか? 何が描かれてたんだ?」
「いや、何と言うか……モダンデザインみたいな紋様が街中に」
「何それ。逆に怖い」
魔法陣の念写は多いが、その手のいたずら書きのような念写は初めてだった。結局、魔導師たちがひと月くらいかけて順番に消していったのだ。
「今日もまた、そんなことが起こるかもしれない」
「ははっ。さすがはキラヴァーラ」
エステルが異世界の方を覗き込みながら言った。
「祖父はな。もう長くはないんだ」
「病気?」
「そう」
七十歳も越えれば、そうなってくるだろう。元気そうに見えたが、実はそうでもないらしかった。
「……死ぬ前に一度、ヘレナ王女に会いたいなどと言い始めてな。ヘレナ王女が死んだのなら、その子と、と」
一年くらい前のことだ、と言われて、アイナは「ああ」と何となく察した。エステルがキラヴァーラに遊学に来ることができた理由がわかった気がした。
そうなると、エステルはメルヴィがアイナを探しに来たのだ、と言うことも知っていた可能性がある。尋ねてみようとは思わないが、ほぼ確信に近かった。
「ま、アイナがキラヴァーラから動かないのはわかっていたからな。本当に顔を見に来ただけだ。心配しなくても、私がちゃんと爺様を連れて帰るよ」
言い切ったエステルを見て、アイナは目をしばたたかせた。
「姫様、かっこいいな」
「惚れた?」
「そうだね」
今適当に答えただろ、とエステルが半眼でアイナを睨んだが、彼女はふっと笑った。つられるようにアイナも笑う。
「爺様とアイナを会わせたかったのもあるけど、司令にも会わせたかったんだ」
「陛下の中では、司令は大事な娘を奪った極悪人だろうね」
「だろうな。仲直り、とは言わないけど、ちゃんと話をするくらいはしてほしいけどね」
「……見たところ、あの二人って似た者同士だと思うんだけど」
血はつながっていないはずだが、よく似ていると思う。いや、アイナはヨアキムの性格をよくは知らないが、話した感じは似ていると思う。エステルが笑った。
「アイナも司令と似てるよな」
「…………………………まあ、一応血はつながってるからね」
「その間が気になるけどな」
血はつながっているし、一緒に暮らさなかったが、住んでいる場所は近く、かかわりもあった。似てくるのは仕方がないだろう。
「アイナ、ちょっとデレ期なのか?」
「姫様。いくら姫様でも怒るよ」
会話がちょっとおバカな方向に移行しはじめたいとこ同士の二人に声がかかった。ヘンリクとヨアキムの仁義なき戦いが終了したらしい。
「そうか。では、アイナの顔も見たし、帰るか」
さばさばとエステルは言った。アイナが「もう行くの?」と尋ねると、エステルは笑顔で言った。
「ああ。公務に穴をあけてきているからな」
「それ、笑顔で言うことじゃないと思う」
冗談っぽく言っていたが、公務があるのは事実らしく、エステルはヨアキムをせかして帰って行った。彼女らはやはり根からの王族だ。私情を優先させるアイナとは違う。
「陛下との話し合いの決着はついたの?」
エステルたちを見送ったアイナは、隣のヘンリクを見上げて尋ねた。
「決着がつくような話じゃないからな。俺は、あの人の大切なものを奪ったんだ」
「ヘレナ王女が勝手に追ってきたんでしょ。自分の人生だ。好きに生きればいいんじゃないの」
アイナはくるりと身を翻す。
「追ってくるほど、ヘレナ王女にとって司令は大切な人だったってことでしょ。私にはわかんないけど」
「アイナ……」
歩き出したアイナの背中にヘンリクが声をかける。
「俺もお前が嫁に行くと言ったら、お前の旦那になる男を恨むかもしれん」
「大丈夫。結婚しても馬鹿親父に報告なんてしないから」
さくっと言い切ったアイナは背を向けていたので、ヘンリクの顔がゆるんだことに気付かなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これにて『世界の果てにて』は完結です。なんか家族の話みたいになっていましたが……。本筋は変わっていないのですが、思ったより姫様のキャラが強かったです。
お付き合いくださった皆様、ありがとうございました!




