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異世界第六迷宮~深淵からの新生は螺旋を描く黄金の進化~  作者: マリエッティ
陽昇

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第82話 ヴァサ西

ヴァサ西の初日は昼前の段階で、すでに目的の5階層まで降りていた。

5階層に出現するスネークマンショー。

そのドロップ品『ウロボロス』が今回の狙いである。


昨日まで探索していたナヨキ東では、結局出会えず終いであったが……

騎士団情報では、今日にもリポップする見込みらしいので、

今度こそ、大丈夫だろう。


1階層からここまで、ほぼ流れ作業である。

騎士団にもらった地図通り進むだけで、道に迷う事はない。

それに、レオノールが魔物の気配を音で聞き取ってくれるおかげで、

不意な遭遇もない。


さらに、前衛のカーリナが張り切っているおかげで、

自分とレオノールの出番などない。

魔物が二体同時に出現する4階層以降でも、カーリナひとりで事足りてしまう。


たまにカーリナの槍攻撃をすり抜けた魔物がいたとしても、

そこに、レオノールが冷静にヘッドショットを決めてしまうのだ。


襲いかかってくる魔物に、自分なんぞはつい慌てふためいてしまうというのに、

落ち着いて対応できるレオノールには感服である。

まあ、自分が慌ててしまう理由は自覚している。

カーリナが全て倒してくれると思い込んでいるばかりに、

気が抜けてしまっているからである。


しかし、レオノールは気を抜く素振りなどなく、

じっとクロスボウを構え、待ち受けるその姿には、なんとも敬服である。


そして、魔物を仕留めた後は、

ドロップアイテムまでも回収してくれるのだから、

これには心服してしまう。


***


また気が抜け始めたころ、5階層の中間部屋に辿り着いた。


「お兄ちゃん、誰かいるみたいだよ」


レオノールの声に中間部屋を覗くと、中には見覚えのある二人の影、

数日前にナヨキ東で出会った冒険者のボニーとリーザである。

こちらに気付いたボニーが軽く手を上げる。


「なんだ、あんたらもこっちに来てたのか」


リーザは一瞬だけ視線を向け軽く会釈をした。


「ウチら、近くのヴァサの村で寝泊まりしてるんだが……

 あんたら、村で見かけないな。

 まさか、ずっと迷宮の中で寝泊まりしてるのか?」


ボニーの質問に、自分は内心で首を傾げた。

迷宮で寝泊まり?

冗談ではない。

いくら冒険者が少ない小迷宮とはいえ、

こんな薄暗い場所で寝袋にくるまるなんて御免だ。

見知らぬ誰か、あるいは何かに寝込みを襲われるかもしれないというのに、

そんなリスクを背負って、落ち着いて寝られるわけもない。


しかし、よくよく考えれば自分たちが使う地上拠点は、騎士団専用の小屋だ。

一般の冒険者は利用できないのだから、ボニーがそう考えるのも至極当然か。

聞けば、十分な準備さえすれば、

この安全な中間部屋で夜を過ごす冒険者も少なくないらしい。


「いや、自分たちは……今日来たところで……」


適当にごまかすと、リーザが静かに口を開いた。


「ここヴァサ西の小迷宮は、村から比較的近いですわ。通うこともできますの。

 ナヨキ東は村から倍以上離れておりましたから、

 わたくしたちも何日かは迷宮内で寝泊まりいたしましたけれど」


なるほど、プロの冒険者というのも過酷な労働環境なんだな。

そんな世間話をしていると、カーリナがふと思い出したように二人に言った。


「そういえば、お二人はカリスマ狙いでしたよね。

 今日にも出現する見込みらしいですよ」

「へえ、そりゃいい事を聞いたな。ありがとよ」


ボニーは短く答えると、リーザと共に立ち上がった。

どうやら探索に戻るらしい。

自分たちも二人と別れ、少し早いが地上に戻り、

快適な小屋で昼食をとることにした。


***


小屋の外で、温かいスープとパンで腹を満たす。

ふと、スープの器を両手で持ったレオノールが、不思議そうな顔で口を開いた。


「あのお姉ちゃんたち、迷宮でご飯食べてるのかな?」


その疑問に、パンにかぶり付いたままのカーリナが答える。


「食料を携帯しているはずだよ。

 火起こしの道具を持っていれば地上に戻って食事するのも考えられるけど、

 荷物になるからそれはないんじゃないかな」

「リーザさんが、この小迷宮は村から比較的近いと言っていたが、

 戻るのも手間だろう。中間部屋で簡単に食事を済ませてるんじゃないかな?」


自分の考えも聞いて、レオノールは手元のスープが入った器を見つめた。


「そっか……じゃスープなんて飲めないんだね。

 ねー、お兄ちゃん。今度、二人を食事に誘ってみてもいいかな?」

「ああ、もちろん。構わないよ」


自分が了承すると、レオノールはパッと顔を輝かせた。

彼女の優しさには心が温まるが、

自分は別の意味でこの冷めかけたスープを見つめていた。

こんな薄味のスープでも、

パンだけの味気ない食事よりは幾分か喜んでもらえるだろう。

だが、もう少し美味ければもっと胸を張って誘えるのだが……


「よし、近くだというヴァサの村へ一度行ってみるか」


自分の突然の提案に、二人が目を丸くする。

目的はもちろん『食料調達』である。

村に行けば気の利いた調味料……せめて塩くらいはあるかもしれない。

この薄口の味付けを何とかしたいというのが狙いである。


カーリナが慌てて小屋の中から周辺地図を探し出し、口を開く。


「今から出発したとして、四の鐘までには戻って来れる距離です」

「……え?」


自分は内心で耳を疑った。

ずっと歩き詰めではないにしろ、往復で三時間もかかるのか?

結構な距離だぞ。

これでも『比較的近い』と言うのか。

ボニーたちはよくこんな距離を通えるものだ。


学生時代も含め、近距離の徒歩通学・通勤しかしてこなかった自分には、

到底真似できない信じられない所業である。

そんな距離を歩いたら、着いた頃にはくたびれ果てて、

働く気なんぞ起きないぞ。


しかし、お目当てのスネークマンショーは午前中に見当たらなかった。

見過ごしてしまった可能性を否定はできないが、

明日にリポップする見込みが高い。

スネークマンショーを後回しにして、

先に4階層のオーガプリンセスが落とす指輪を狙っても良いが、

何としてでも今日の午後に迷宮へ入り直さなければならない理由にはならない。

食事のクオリティ向上のため、自分たちはヴァサの村へと向かうことにした。


***


ヴァサの村に到着した自分たちは、さっそく交渉に入った。

自分たちの交渉材料は『蛇の毒牙』、

午前中に死ぬほど狩ったヴェノモススネークのドロップアイテムである。

アイテムの整理と食事クオリティ向上の一挙両得を狙い、

村人と物々交換を持ちかけた。


結果として、無事に目的の『塩』を手に入れることができた。


しかし、冷静に考えて村人が毒牙なんぞ手に入れて何をしようというのだ?

交渉の席に着いたのは、洗濯物を取り込み中のおばさんだ。

快く物々交換に応じてくれたが、

毒牙が食材になるわけでもないし、洗濯バサミの代用品になったりするのか?

いや、もしかしたらこの風体は世を忍ぶ仮の姿で、

実は、悪のシンジケートの一員で……ありえないか。


目的の塩が手に入ったのだ。

用途を詮索するのも無粋だし、自分があれこれ考える必要もないだろう。

深く考えるのはやめた。


「さて……戻るか」


これからまた一時間半かけて歩いて戻るのかと思うと、

途端に足取りが重くなる。


ため息をつきながら気を重くしていると、目の前に見覚えのある二人が現れた。


「おや、あんたらじゃないか。こんな所で奇遇だな」


ボニーとリーザだ。

少し疲れた顔をしている。


「お姉ちゃんたち! 明日、一緒にお昼ご飯食べない?」


レオノールが嬉しそうに駆け寄り、昼食の誘いを切り出した。

しかし、ボニーは少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「悪いな、嬢ちゃん。ウチらはここでの探索はもう切り上げなんだ。

 さっきカリスマを倒して、目的の『真相の鍵』が手に入ったからな。

 明日からは別の小迷宮に潜る予定なんだわ」

「えっ……」


レオノールの顔からスッと笑顔が消える。


「そっか……ざんねん」

「またどこかで会えるさ。じゃあな!」


ボニーとリーザが手を振りながら村の奥へと消えていく。

残念がりながら小さく手を振り返すレオノールの背中を、

カーリナが優しく撫でて慰めていた。


自分は手の中の『塩』を見つめ、小さく息を吐いた。

ボニーたちが目当ての魔物を狩って、目的を達成したのはめでたい話だ。

問題は、ここからまた一時間半かけて、

自分たちの拠点まで歩いて戻らなければならないという、

とてつもなく面倒な現実だけだった。


***


二日目も、5階層奥を歩き回って終わった。

出てくるのはヴェノモススネークばかりで、

スネークマンショーの姿は影も形もなく、

マジックバッグの中では蛇の毒牙だけが順調に増えていった。


***


三日目の四階層奥、最後の一撃はカーリナの槍だった。

自分の放った水弾がオーガプリンセスの足元で弾け、

レオノールの矢がその肩口をかすめる。

ほんの一瞬だけ、腰の落ちた鬼姫の動きが止まった。

その隙を、カーリナは逃さなかった。


「師匠!」


呼びかけと同時に、カーリナが踏み込む。

槍の穂先が暗い通路の中で鋭く閃き、オーガプリンセスの胸元を貫いた。


鬼姫の手は、まだ刀の柄にかかっている。

もう一度抜かれれば、こちらの誰かがただでは済まなかっただろう。

壁には無数の亀裂が走り、石床には深く抉れた傷が残っていた。

砕けた破片が靴底で小さく鳴るたび、今さらになって背中の汗が冷える。


オーガプリンセスの輪郭が崩れ、黒い煙となって迷宮の空気に溶けた。


「お兄ちゃん、落ちてるよ」


レオノールが拾い上げたのは、指輪ではなかった。

鞘に納まった一本の刀である。


鑑定結果は、刀(業物)だった。


悪くない。

いや、かなり良い物なのだろう。

だが、目当てはオーガの指輪だ。

良い物が出たのに、目的と違うだけで微妙な顔になるのだから、

人間の欲とは扱いにくい。

自分のことながら、なかなか面倒な生き物である。


その日の夕方、小屋の外では鍋が火にかけられていた。

塩を少し入れたおかげで、湯気の匂いはこれまでよりもまともに感じる。

あの交換してくれたおばさんに感謝だな。


カーリナがスープをすすりながら、横に置いた刀へちらりと目を向けた。


「師匠、あの刀、どうするんですか?」

「ん? あれか……どうしようか……」


答えながら、自分でもひどく頼りない返事だと思った。

売るのか、誰かに譲るのか。

あるいは、資産としてただ保管しておくのか。


少なくとも自分が使う武器ではない。

刀を振り回して格好よく戦う自分の姿は、想像した瞬間に足元から崩れた。

まず間違いなく、振り回されるのは刀ではなく自分の方だ。

いや、自分は未だ新米魔法使いなのだから、刀に浮気などしてはダメだ。


「カーリナは使えそう?」

「ボクは槍の方が慣れています。刀も興味はありますけど、

 今すぐ使うのは難しいと思います」

「だよね」


そうなると、残るはレオノールだが、それは論外だな。

自身と同じ背丈の刀を彼女に装備させるなんて、

アンニたちに見られたらまたどやされてしまうし。


レオノールは鍋の湯気越しに刀を眺め、少し不思議そうに首を傾げた。


「でも、すごい刀なんだよね?」

「ああ、すごい物だと思うよ。業物だし」


目的地に着いたと思ったら、隣の駅に降ろされたような気分だ。

歩けば戻れるし、景色も悪くない。

けれど、そこへ行きたかったわけではない。


レオノールのマジックバッグに刀をしまうと、

すっと吸い込まれるようにして刀が収納された。


悪い成果ではない、むしろ十分な成果だ。

そう自分に言い聞かせながら、

明日こそはスネークマンショーが見つかるようにと、

薄く塩味のついたスープを口に運んだ。


***


四日目も、5階層奥を探し回って終わった。

出てくるのは相変わらずヴェノモススネークばかりで、毒牙だけがまた増えた。


***


五日目の午前、下層へ続く階段近くの通路で、ようやくそいつは現れた。

今までどこに隠れていやがった。


通路の先に立っていたのは、魔物というより大道芸人だった。

ターバンのような布を頭に巻き、額の上では羽飾りめいた装飾が揺れている。

素肌の上に派手な袖なしのチョッキを羽織り、

白と金の刺繍が薄暗い迷宮の中で妙に目立った。

恰幅の良い腹を堂々と晒し、濃い顔立ちは笑っているようにも見える。

問題は、その首に巻き付いている二匹の大蛇である――鮮緑と黒の大蛇。


あれさえなければ、迷宮に迷い込んだ芸人で押し通せたかもしれない。

いや、5階層奥でそんな言い訳をされたところで、

自分なら即座に職務質問したくなるが。


「師匠、あれがスネークマンショーです。

 情報では、弱点は風、耐性は土、毒で攻撃して来るようです」

「風か……」


弱点が分かっていても、それを使える手札がなければ意味がない。

自分は水と土、カーリナは槍、レオノールはクロスボウ。

風が吹く要素は、今のところ自分のため息ぐらいである。


スネークマンショーがゆっくりと片足を引き、芝居がかった仕草で腰を折った。

まるで見えない観客に向けて、開演を告げるような仕草だった。

次に取り出したのは、白と黒からなるリコーダーのような笛。

その瞬間、妙な掛け声が頭をよぎった。


――レッドスネーク、カモーン


蛇は赤くないのになぜだろう。

その疑問が形になるより早く、スネークマンショーが笛を口元へ運んだ。

笛の音が通路に細く響いた瞬間、鮮緑の蛇が弾けるように伸びた。


「カーリナ、足元!」

「はい!」


カーリナが半歩下がる。

鮮緑蛇の牙が石床をかすめ、その直後、口の端から飛んだ毒液が壁に散った。

石に染み込むような音がして、嫌な湿り気だけが残る。

あれが皮膚や目に入れば、動きが鈍るどころでは済まないだろう。


カーリナが体勢を立て直した瞬間、今度は黒い蛇が横から飛び込んだ。

鮮緑蛇が足を止め、黒色蛇が本命を狙う。

分かりやすい二段構えだが、分かっていてもあの速さはズルいだろ。


「お姉ちゃん!」


レオノールの矢が黒色蛇の首筋を射抜いた。

黒い大蛇はびくりと身を震わせ、

カーリナの革のグローブの端をかすめるだけで首元へ戻る。


「よくやった、レオノールちゃん。

 カーリナ、念のため毒消し草を使っておけ。持ってるよな」

「あっ、はい。持ってます」

「お兄ちゃん、あの蛇、倒れてないよ」


レオノールの言う通りだった。

矢は確かに刺さったはずだが、黒色蛇は黒煙にもならず、

スネークマンショーの首元でまた鎌首をもたげている。

蛇だけを相手にしても終わらないのか、本体を倒すしかないということらしい。


本人は笛を吹くだけで、実働は蛇二匹。

ずいぶん楽な商売である。

ただし、楽をしているように見える相手ほど、こちらが苦労するというものだ。


「カーリナ、本体を狙う。レオノールちゃんは蛇を止めて」

「はい、師匠」

「うん、わかった」


カーリナが前に出ると、見計らったように鮮緑蛇が足元を狙い、

次いで黒色蛇がその後ろで大きく口を開いた。

しかし、笛の音がわずかに跳ねると、命令がずれたのか、

鮮緑蛇が空を噛み、黒色蛇がその頭にぶつかりかけた。


蛇には自我がないのか?

一瞬、滑稽だったが、笑うにはまだ早い。

黒色蛇が怒ったように首をしならせ、今度はカーリナの喉元へ伸びる。

そこへ、レオノールの矢が飛んだ。

黒色蛇の頭部が弾かれ、軌道が外れる。

自分はその隙にワンドを構えた。


「アクア・バレット!」


水弾がスネークマンショーの足元で弾けた。

濡れた石床に柔らかい靴が滑り、恰幅の良い体が一瞬だけ後ろへ傾く。

笛の音が途切れた。


そこへ、カーリナが踏み込む。


鮮緑蛇が戻ろうとするが、間に合わない。

黒色蛇も身をよじるが、レオノールの二射目が首筋を押さえた。


「これで!」


槍の穂先が派手なチョッキごと本体の胸を貫いた。

スネークマンショーの顔から、笑っているような表情が消える。


笛が指の間から落ち、石床に乾いた音を立てた。

次の瞬間、本体の輪郭が崩れ、黒煙となって広がる。

鮮緑と黒の大蛇も同時にほどけ、首元から煙に変わって消えた。


通路に静けさが戻った。


「お兄ちゃん、見て見て!」


レオノールが拾い上げたのは、小さな輪だった。

蛇が自分の尾を噛むように丸くなった意匠のアイテム。

鑑定の文字が浮かぶ。


ウロボロス


ようやく出た……ようやく落ちた……長かった。

五日間が長かったのか、出てこない蛇を探している時間が長かったのか、

いや、そのどちらもだろう。


自分が息を吐き、レオノールの手の上にある輪を見つめていると、

カーリナものぞき込んで来た。


「師匠、これって……」

「ウロボロスだ」

「やったー。目的達成ですね、師匠」


カーリナの声に頷く。

本当に、ようやくである。

蛇の毒牙ばかり増えていく探索にも、これで意味があったと言える。

そう思わないとやっていられない。

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