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鏡の中の魔法使い  作者: 星野 葵
4/6

#3 鏡の中の獣

セクエは目を開けた。頭がぼんやりしている。体がだるい。どうやら自分は森の中に倒れているようだった。


「ここは…?」


思わず呟く。別に返事は求めていなかったのだが、すぐそばで声がした。


「ここは反転の世界。わらわが作った、鏡の中に存在する世界じゃよ。」


声がする方を見る。そこには長く黒い髪をした女性が座っていて、セクエを見ていた。


「私は…どうなったの…?」


セクエは体を起こし、この見ず知らずの人に警戒することもなく尋ねた。


「そなたは魔獣に襲われたのじゃ。そして意識を失った。」


話をしているうちに、だんだん頭の中がはっきりしてきた。セクエは続けて尋ねる。


「魔獣、って何?」

「その名の通り、魔力を持った獣のことじゃよ。知能が高く、人の言葉を話すものもおる。まあ、あの泥は話さなかったがの。」


女性はさらに言う。


「そなたは、助かっただけでも感謝するのじゃな。魔獣に襲われ、ピドルを頭からかぶり、それでもなお意識を保ち続けるなど、わらわにとっては奇跡に等しいことじゃからの。」

「ピドル…?」

「魔獣の中に流れる魔力の塊じゃ。黒い色をした液体で、触れた者の魔力を増幅させる作用を持っておる。それを頭からかぶったそなたの中には、肉体が崩壊してもおかしくないほどの魔力が溜まってしまっておる。体がだるいのはそのせいじゃ。」

「私は…死ぬの?」


そうきいてから、セクエは後悔した。どんな答えを求めているのか、自分自身が分かっていなかったからだ。死ぬ、と言われたら嫌だし、そんなことはない、と言われても自分は喜ぶことはないだろう。なぜなら、自分が生きている限り、自分はいつも暴走しそうになる魔力を抑え続けなければならないのだから。そして、それはもう限界が近いのだから。女性は答えた。


「この世界から出て行かぬ限り、そなたは死ぬことはない。この世界には時というものは存在しないのじゃ。だから、時の流れとともに魔力が大きくなる心配がない。」

「じゃあ、元の世界には…。」

「戻れぬ。戻ったとたん、魔力が暴走を起こし、そなたの肉体と精神は崩壊する。確実に。」


セクエはうつむいた。生きているためには、この世界にいなければならない。でも、この世界には自分と彼女の他には何もいないようだった。鳥も獣も虫も、もちろん、アトケインも、ティレアも、バリューガも…。


(あれ?)


「バリューガは?」


セクエは尋ねる。自分のそばにはバリューガがいたはずだ。だが、ここにはいない。どこにいるのだろう。


「ばりゅーが?なんじゃそれは。」

「私の近くに、男の子がいなかった?」

「ああ、あの少年のことか。…なるほど、仲が良いのじゃな。それならば、教えねばならぬか。」


女性は少し苦しそうな顔をした。何か言いにくいことがあるようだった。何があったのかは気になったが、セクエは黙って彼女が話し始めるのを待った。


「…あの少年は、そなたよりも、ずっとひどい状態なのじゃ。わらわが見つけた時、あの少年は全身ピドルまみれじゃった。魔力が急激に上昇し、意識を失ってしまっておる。すぐにすべてのピドルを取り除いたが、それでも増加した魔力は元には戻らぬ。命はまだあるようじゃが、目を覚ますかどうかは…。」

「そんな…。」


どうしよう。どうしたらいいんだろう。バリューガが危ないのに、自分は何もできないのか?もう大切なものは何も失いたくないのに。


「バリューガはどこにいるの?」

「知ってどうする。そなたにできることは何もないぞ。」

「近くにいれば、魔力が安定するかもしれない。」


一瞬、女性は驚いた表情をした。そして、呆れたような口調で言った。


「何か勘違いをしておるようじゃな。よく似た魔力が近づくと安定するというのは、間違ったことなのじゃ。」

「え?」

「よく似た二つの魔力が近づくと、お互いに引き合う力が生まれる。魔力が安定したように感じるのは、その力によって魔力が向かう方向が一つに定まるからじゃ。だが、今、その魔力は大きくなりすぎておる。その二つの魔力が近づけば、魔力が引き合う力も当然大きくなり、結果、そなたたちの魔力は肉体を突き破って外に飛び出すことになる。」


セクエは黙った。彼女が何を言いたいのかがよく分からなかった。魔力が体を突き破るなんて、そんなことがあるとは思えない。女性は、セクエに伝わっていないことが分かったようで、しばらく空を眺めて考えてから、言い方を変えてもう一度説明した。


「そうじゃな…そなたらの中には今、磁石があると考えてみよ。その磁石が弱いうちはお互いに引き合うことでその重さを軽減できる。しかし、その磁石が大きく、強力になりすぎた今、磁石はそなたらの体を突き破って外へ出てしまう。もしそうなってしまうと、そなたらの体から魔力が抜けてしまうことになる。だから、それは危険なのじゃ。」

「でも、バリューガは剣使いだから、魔力が抜けたって平気なんじゃないの?」

「自分のことを除外して考えるでない!」


女性は険しい顔をして怒鳴った。


「魔法使いから魔力が抜ければ、命に関わるのじゃぞ?そなたにとってその少年が大切な存在であるなら、その少年にとっても、そなたは大切な存在なのではないのか。それに、外に出た魔力はどうなる。行き場を失い、魔力が爆発を起こす可能性もあるのじゃぞ。」


セクエは黙る。なら、どうしたらいいというのだろう。


「もし、そなたがどうしてもその少年を助けたいというのなら、一つ考えがある。」


女性は口調を落ち着けて言った。


「そなたらの魔力は大きすぎて制御できぬ。さらに、魔力を落ち付けようと近づくと、体が引きちぎられる。であるなら、離れたまま魔力だけを繋げればいいだけのこと。魔法、もしくは魔道具を使って、そなたらの魔力を一つに繋げるのじゃ。そうすれば、魔力が繋がっておる限りは魔力の暴走は起こらぬ。絶対にな。」


セクエは顔を上げた。女性をまっすぐに見つめる。もう女性は怒ってはいなかった。ただ淡々と、助かる可能性の話をしているだけだった。


「まあ、あいにくわらわはそのように魔力を一つに繋げるための魔法も魔道具も知らぬ。新たに作らねばならぬため、それなりに時間も必要になる。それから、何よりもまず、あの少年の意識が戻るのを待たねばならぬ。それらの条件がすべて揃って初めて、その案は実現可能になる。それから…。」


女性は立ち上がった。視線をセクエから外して呟くように言う。


「その条件はできるだけ早く揃わなければならぬ。この世界に時は無くとも、この外の世界では時は動き続けておる。あまり時間が経ちすぎると時間のズレが生まれ、今度は世界の方がそなたらを受け付けなくなってしまうからの。」


女性はそう言うと、もう言うことはすべて言った、とでも言うように伸びをした。視線をセクエに向けて言う。


「そなたも、体を動かせるなら動かしておれ。ただし、むやみに歩き回るでないぞ。バリューガとかいう少年を探すことも駄目じゃ。暇じゃろうが、我慢せい。わらわは少年が少しでも早く目覚めるよう、魔力を抜いてきてやるとするかの。」


女性は歩き出す。セクエは声をかけた。


「待って。あなたは誰なの?」


女性は立ち止まる。そして振り返らずに答えた。


「わらわもまた、あの泥と同じく、魔獣じゃ。」


女性はそれだけ言って立ち去った。余裕そうな、ゆったりとした足取りだった。バリューガに目覚めて欲しいのはセクエであって、彼女は別にどうでもいいのだということを改めて思った。まあ、他人なのだからそれが当然だ。いや、人ではなく、獣だったか。


(魔獣なのに、魔獣を倒したんだ…。)


なぜそこまでしたのだろう。魔獣は魔獣のことを仲間とは思わない薄情な生き物なのだろうか。でも、もしそうなら、なぜ自分たちを助けたのだろう。考えても、答えは見つからなかった。


ーーーーーー


「やはり、招かれざる客が一人、紛れ込んでおったようじゃの。」


その女性はセクエから十分に離れ、声が届かないところまで来てからそう呟いた。


「そんな言い方はされたくないな。我は別に悪さをしようとしているわけではない。」


そう言い返したのはナダレだ。ナダレと女性は近くにいた。だが、お互いに近寄ることもなく、顔を向けることもなく会話を続けた。


「わらわはあの少女には何もせぬと言っておいたはずなのじゃが、聞こえなかったのかの?死者の魂よ。」

「そういう問題ではないだろう。我はセクエに何かしなければならないことがあるのだ。それを思い出すまでは、誰も何もせずとも、様子を見るくらいのことはして当然ではないのか。」


フンッ、と女性は鼻で笑った。


「守護霊のように、か?なんの力も持たないただの魂であるだけのそなたに、一体何ができるというのか、ぜひ知りたいものじゃなあ。」


ナダレは女性のその言い方になんだか腹が立ち、語気を強めて言った。


「我を守護霊などと言わないでもらおうか。」

「なぜ?生者を見守り、危機が迫れば駆けつけるというのは、守護霊の特性だと思うのじゃがのう。まさかそなた、今のようにあの娘を死ぬまで見守り続けたいなどという目的のためにここにいるのではなかろうな?聞いただけで虫唾が走るわ。」


小さくため息をつき、ナダレは言う。


「そもそも、なぜ会ったばかりのお前にそこまで嫌われているのか、それすらも分からんな。我が何をしたというのだ。それほどまでにあからさまに嫌がる理由がどこにある。」

「そんなこと、そなたがすでに死んでおるということだけで十分じゃろう。わらわは、死後もなおいつまでもこの世に残り続ける未練がましい奴が大嫌いなのじゃ。」


女性は吐き捨てるように言った。


「フッ…なるほど。」


ナダレは笑う。そして空を見上げ、会話を続けた。


「確かに我は、未練がましくこの世に留まり続けているな。早く消えろと言いたくなるのも分からんでもない。だが、我は自分のしたいことのためにここにいる。そのために誰かに迷惑をかけたつもりはない。我が何をするかについてお前に口出しをされる覚えはないな。」

「ならば、なぜあの娘に会わぬのじゃ?会って話をすれば、すべきことも見つかるじゃろう。なぜそれをしない。」

「我はすでに死んでいる。死者は生者と深く関わるべきではないのだ。この世界の道理に反する。」

「ならば早く消えればよいのじゃ。すべきことをして早く消えろ。でなければ今すぐ消えろ。」

「それはお前に決められることではない。」


女性は黙った。ナダレは、今度は何を言うのかと思って黙って女性が話し出すのを待った。


「…わらわは、ここに来てから、幾度となく死のうと思った。目的もなく、理由もなく生き続けることにどんな意味があるのか、と思ってな。」


女性は話し始めた。ナダレは黙って聞いている。


「だが、長生きするものじゃの。そなたのように面白い存在に出会ったのは初めてじゃ。」

「我としては、一体我のどこを見てそう思ったのかが不思議でならんのだがな。」

「今まで、わらわはそなたのような存在に出会うたび、同じようなことを言っていた。その全てが、いさぎよくあの世へと消えるか、何もせず、何も言わずにわらわの前から姿を消すかのどちらかじゃった。だが、そなたはそのどちらでもない。」


ナダレは一つため息をつく。


「今の話を聞く限り、面白いのは我ではなくお前であるような気がするのだが?」


死者にどれほど出会ったのかは知らないが、出会うたびにわざわざそんなことを言って半ば無理やりあの世へ行かせるなど、悪趣味なことこの上ない。女性は目を閉じて顔を上に向け、笑い声を上げた。


「フフフフッ…!そなたのそのようなところか気に入ったのじゃ。そなた、名は何という?」

「…ナダレ。」

「しかし、それは本名ではなかろう?」

「ああ。…だが、元の名前は忘れた。今の我の名はナダレ。それ以外にはない。」

「そうか。」


女性はどこかつまらなそうに言った。


「お前の名は何というのだ?」

「わらわに名などない。与えられなかった。」


女性は一呼吸置いてからまた話し出した。


「わらわは他の魔獣の中では魔法が上手かったのでな。わらわを『魔法姫』と呼ぶ者も少なからずおった。だが、それはそなたから見れば名前ではなく肩書きに過ぎぬのだろう?」

「そうだな。そんなものは名ではない。」


ナダレはしばらく黙った。女性も黙った。


「フィレヌ。」


ポツリと、ナダレは呟いた。


「ん?何か言ったか?ナダレよ。」

「フィレヌ、と呼んでもいいか。」

「突然訳の分からぬことを言うのじゃな、そなたは。それはどういう意味の名前なのじゃ?」

「…分からん。」


フンッ、と、また女性は鼻で笑った。馬鹿にされている。まあ、それはそれで仕方ない。


「フィレヌとテタム。その二つの名は、何か、大切な人の名だったような気がするのだ。誰の名かは、とうに忘れてしまったがな。」

「で?なぜフィレヌの方を選んだのじゃ?」

「テタムは、男の名だったような気がするのでな。お前には合わん。」

「ではなぜ、わらわにそのような大切な名を与えるのじゃ?」


ナダレはまた黙った。言うのが少しだけ恥ずかしかった。


「その名で呼べる存在がほしいのだ。その名を…もうこれ以上忘れることがないように。」

「そうか…。まあ、使いたくなったら使ってやろう。気分次第じゃ。」


そう言って女性は歩き出す。バリューガの所へ向かうのだ。歩きながら彼女は言う。


「にしても、悲しいものじゃな。死者というのは。…大切だった名前さえ、忘れてしまうというのじゃから。」


ナダレは女性を追いかけることはせずに、黙ってその言葉を聞いていた。


ーーーーーー


ティレアは息切れしていた。走って、ようやくトモダチに追いついたのだ。そこには木が倒れていて、その根元に黒い水が飛び散っている。


「二人は?」


息を整える時間さえ惜しみ、ティレアはすぐに尋ねる。その様子を見たミルルが不安そうな顔をしてティレアに回復魔法を使った。フィラは興奮していて、辺りをビュンビュン飛び回っていた。ポポと目が合う。その瞬間、少しずつ、ポポの意思が伝わってきた。ティレアは目を閉じて意識を集中させた。


まぶたの裏にある光景が浮かぶ。泥のような何かがいて、二人がそれに向かい合っている。場面はすぐに変わり、どこかから黒い水が飛び散る。女の人が現れて、鏡のようなものを作り出した。どの光景も一瞬しか見えないので、具体的なことは分からなかった。もう少し何か知りたかったが、それ以上は感じ取ることができない。


ティレアは目を開けて首をひねる。トモダチは自分の意思を言葉ではなく相手に見せることによって伝えようとする。これは、言葉で説明されるより便利なこともあるが、伝わりにくいこともある。その上、まだティレアは彼らの考えをすべて正しく感じることができないため、分からないことは多いのだ。だが、フィラの様子から、何か普通でないことが起こったことだけは伝わってくる。


「と、とにかく、賢者様を呼んでこないと!」


ティレアは呟く。これは行方不明ということでいいだろう。二人がどこへ行ったのか分かっているならば、彼らが案内しないのはおかしい。できれば自分の力だけで解決できたらいいのだが、セクエのことを誰かに話すわけにはいかない。セクエは親を殺したということだから、警戒されて探してくれないかもしれないし、そんな子と一緒にいたことを怒られる可能性もある。いや、細かく言えばもっと他にもあるのだが、とにかく頼ることはできないのだ。そうなったら、事情を知っている賢者に知らせるしかない。


「みんな、よく聞いて。大事な話だよ。」


そう言ってティレアはトモダチを呼んでそばに寄せた。


「いい?まず、フィラは、この辺りにまだ二人がいないかどうか探してて。あまり遠くに行ったら駄目だよ。ポポは、この木が倒れたのが最近のことなのかどうかと、この黒い水が何なのかを調べて。ミルルは、ポポの手伝い。私は賢者様を呼んでくるから!」


ティレアがまだ言い終わらないうちに、彼らは自分のすることに取りかかった。だが、ティレアはそれを確認もしないで村へと走り出した。回復魔法のおかげで体力は回復している。村まではそう時間はかからないはずだ。


ティレアはとにかく走り続け、賢者の館の前に来た時にようやく立ち止まった。ここまで何も考えずに走って来たが、さすがにここに来ると緊張する。


(でも、行かなくちゃ…。)


一つ深呼吸をする。体が小刻みに震えていた。だが、入り口でずっと立っている方がよほど恥ずかしいと思い、ビクビクしながらも、ティレアは館に入った。幸いと言うべきか、誰ともすれ違わない。なぜ緊張していたのか分からないほどあっさり賢者の部屋の前にたどり着くと、ティレアはまた深呼吸をして、扉を叩き、中に入った。


「君は…。」


久しぶりに会ったからだろう。賢者はどうやらティレアのことを覚えていなかったらしく、しばらく何の用事なのかと、いぶかしそうな顔でティレアを見ていた。


「お、お久しぶりです。賢者様。その…今日は、セクエさんのことで、来ました。」


自分で言っていて、話し方がぎこちない。


(『セクエさんのことで話があって来ました。』って言った方が良かったかな?)


早く本題を話さなければならないのだが、どうしても自分の言葉のおかしなところを探してしまう。普段の会話ならそこまで気にしないが、何せ相手は賢者だ。ティレアはこれまでにないほど緊張していた。賢者の方は、セクエという名前が出たことで、ティレアのことを思い出したらしく、すぐに察した様子で言った。


「ああ。たしか、ティレアといったな。セクエ殿に会いに来たのか?今なら、部屋にいると思うのだが。」


その言葉を聞いて、やはり賢者は知らないのだと確信する。セクエが自分と一緒に外に出たことも、もっと言えば、ティレアが頻繁にセクエに会いに行っていることさえ知らないのだろう。


「そのことじゃないんです。そ、その…セクエさんがどこへ行ったのか、分からなくなってしまって…。」


その言葉を聞いて、賢者は少し顔色を変えた。


「それは…どういうことだ?」

「え、えと、さっきまで、私はセクエさんとバリューガさんと一緒に、森に遊びに行ったんです。でも、私だけ二人と離れてしまって、それから、すぐに探したんですが、どこにも気配がなくて…。」

「それは、まだ君がセクエ殿たちを見つけられていないだけじゃないのか?」

「そ、それは…。」


違うのだ。絶対に二人に何かがあった。それはトモダチから教えてもらったし、地面に飛び散っていた黒い水や、妙な胸騒ぎから、確実なことだ。それが危険なことなのか、そうでないのかまでは分からないが。


「お、教えてもらったんです。だから、何かあったことは間違いないんです。」

「教えてもらった?誰に?」


賢者はティレアの言うことを明らかに疑っていた。


(あれ、知らないのかな?)


セクエは召喚者について賢者に調べてもらったと言っていた。だから、てっきり賢者にトモダチのことや、そういう力を持っている人がいるということぐらいは伝えてあると思っていたのだ。だが、この様子では賢者はそこまでは知らなかったらしい。


「セクエさんが言うには、私は、召喚者と言うらしくて、それで…。」


(ああもう!なんて説明すればいいの?時間がないのに…!)


「セクエ殿が調べてほしいと言っていた、召喚者のことか?」

「そ、そうです。」

「召喚者は、自分の魔力で分身体を作り出せるという。つまり、君はその分身からセクエ殿たちのことを知ったんだな?」


ティレアはコクコクと頷く。良かった。召喚者のことは話していたようだ。


「分かった。そういうことなら見に行ってみよう。セクエ殿と一緒いた辺りまで案内してくれるか?」

「は、はい!」


そうして、ティレアは再び森に向かった。さすがに息切れが激しかったが、そんなことは言っていられない。できる限りの速さで走った。途中で気配を察知したのか、ミルルがやって来て回復魔法を使ってくれたが、ティレアはそれもほとんど無視して走った。


ようやく到着した時には、当然のことながら、息切れをしていた。地面に両手をついて座り込んだ。一方、大人で、しかも男である賢者は体力的にはまだ余裕があるようで、辺りの様子を確認していた。すぐに黒い水に気づいたようで、調べようとして手を伸ばした。


「あっ、だ、駄目ですっ!」


ティレアは叫ぶ。今、ポポから何か危険な感じが伝わってきたのだ。賢者は驚いて手を止めた。


「これが何か分かるのか?」

「もっとちゃんと教えて、ポポ。大事なことなの。」


ティレアは目を閉じる。伝わってきたことをそのまま言葉にして賢者に伝える。


「この水は、魔力の塊です。…触れると、魔力が、増加するみたいです。賢者様は、魔力が大きいから、触らないほうがいいと思います。」


ティレアは目を開ける。ここまで鮮明に感じようとすると、さすがに疲れる。賢者は、不思議そうな顔をして尋ねた。


「この辺りに、分身がいるのか?」

「…はい。水の辺りに一人、上空に一人、それと、私のすぐそばに一人います。」

「私には見えないが…?」

「私の友達にしか、見えないんです。ごめんなさい。」


それだけ言うと、ティレアは他のトモダチからも何か分かったことがあるか尋ねた。


「この辺りには、二人はいないようです。それから、この木はごく最近、何かものすごい力でなぎ倒されたみたいです。この辺りに二人がいたことは間違いないので、それと何か関係があるのかもしれません。」


そう言ってから、ティレアは眉をひそめ、呟くように言った。


「でも…心配しなくていい…?」


どうやら、ここでそう言った人がいるようだ。トモダチは言葉を持たないため、誰かが言った言葉を伝えることが苦手だ。文は途切れ途切れにしか聞こえなかった。


「目を覚ましたら…戻す。それまでは…預かる…?」

「分身が、そう教えているのか?」


賢者が尋ねる。ティレアは頷いた。


「おそらく、ここでそう言った人がいたようです。はっきり感じることはできませんけど、二人は今、危険な状態みたいです。でも、安全な場所に保護されたようです。…誰かが、二人を助けようとしているのかもしれません。」

「…今は、その言葉を信じるしかないな。ここまで全く気配が感じられないとなると、探すのはかなりの時間がかかるだろう。」


ティレアはうつむいた。


「ご、ごめんなさい…。私が、外に出ようとしなければ…こんなことには…。」


今頃、セクエたちはどうしているのだろう。自分のせいで彼らが危険な状態になってしまった。それを助けることもできないなんて…。


「ティレア、気にしないでくれ。これは誰にも予想できなかったことだ。君のせいじゃない。」

「でも…だって…二人が…。」


賢者はティレアを慰めるようにその背に手を置いて言った。


「君は不思議に思うかもしれないが、私は君には感謝しているんだ。」


賢者は続ける。


「最近、セクエ殿は外に出なくなってしまったんだ。あの大きすぎる魔力が暴走することがないようにという考えなのだろうが、それでも長い間部屋の中に閉じこもっているというのは辛いだろう。だが、理由が理由なだけに、無理に外に出すこともできなかった。君が彼女を外に連れ出したことは、セクエ殿にとっていい刺激になったと思うし、きっとセクエ殿も喜んでいたと思う。だから、そんなに深く思い悩まないでくれ。」

「でも、それでもやっぱり、私のせいじゃないですか。思い悩むななんて、そんなこと、無理に決まってるじゃないですか…!」


ティレアは両手で顔を覆った。どうしようもなく涙が溢れてしまう。剣使いの時といい、今回といい、自分は周りを巻き込んでばかりだ。ティレアが突然泣き出したことで、トモダチがティレアの周りに集まって慰めてくれるが、そんなものは何の意味も持たなかった。

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