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鏡の中の魔法使い  作者: 星野 葵
2/6

#1 思い出せない人

「さて…これで心置きなく戦えるな。」


ナダレはそう言って他の神に戦いを挑んだ。挑発するように発した言葉だったが、ナダレは勝つ気など無かった。


(いくら我が魔法を使えるといっても、これほどの数を相手にできるわけがない。我にできることは、セクエが逃げるだけの時間をかせぐこと。)


そう決意した次の瞬間、ナダレは無数の魔法に取り囲まれていた。


(やはり、数が多いな…。)


ナダレはすぐさま魔法を使って魔力を打ち消す。炎と炎、風と風、それぞれの力と同じ力をぶつけて消していく。


だが、やはりナダレが彼らを食い止めるのには無理があった。大量の魔法を打ち消した後、ナダレにはすでにほとんど魔力が残っていなかったのだ。いくらセクエから魔力をもらっていたとはいえ、数十人、もしかすると数百人いる神たちを相手に一人で戦うなど無茶だった。もう一度同じ攻撃がしかけられた時、ナダレは何もできずにそれらを直撃することになり、その場に倒れた。


「なんだ、口ほどにも無い。」

「私はバリューガを探しに行くわ。」

「じゃあ僕は主様を追いかける。」


神たちはあっという間に何もできなくなったナダレをこれ以上攻撃することはなく、それぞれの目的のために動き始めた。


「させるか…!」


ナダレは残っているわずかな体力と魔力を振り絞り、倒れたまま自分の周囲に結界を張った。近くにいたすべての神たちを覆い、誰も外へ出られなくしたのだ。


(我は、時間をかせがなくてはならない。自分がたとえ死ぬことになろうとも、セクエとバリューガだけは、逃さなくては…。)


おそらく、この場所から抜け出し、生きていけるのはその二人だけだ。他の器は魔法の存在を恐れ、たとえセクエが助けようとしてもそれを拒むだろう。だが、バリューガならば、きっとセクエの助けを借りる。彼は魔法をそれほど恐れてはいないようだったから。


神たちが結界の存在に気づいた。彼らはさらにナダレに攻撃を続けた。薄れていく意識の中で、しかしナダレは結界を消さなかった。


(勘違いするなよ、セクエ。我は決してお前を助けたいわけではない。我はただ、我の本性を知ってもなお、我を神と呼んでくれたお前の力になりたいだけなのだから…。)


自分はどれだけの時間をかせいだだろう。セクエはそろそろメトと向き合っている頃だろうか。それとも、もう外へと脱出しただろうか。そんな疑問がふと頭をよぎったが、その答えを考える間も無く、ナダレの意識は途絶えた。だが、結界だけはナダレの体が消滅する瞬間まで消えることはなかった。


ーーーーーー


(ここはどこだ…?)


気がつくと、自分はそこにいた。慌てて辺りを見渡す。だが、やがて気づいた。ここは自分の知っている場所ではない。


(そうか…。我はとうとう死んだのだな。)


メトにこの体を与えられた時から半ば死んでいたような自分は、今ようやく本当の意味で死んだのだ。辺りは真っ暗で何も見えなかったが、はるか遠くに光のようなものが見えた。


(あそこへ行けばいいのか…?)


光の中には二人の人影が見えた。一人は背が低いので子供だろう。だとすると、あの二人は親子なのだろうか。


(ああ、覚えている。)


その名はたしか、フィレヌとテタム。大切な人の名前だ。そこまでは覚えていた。だが、その他は何も覚えていなかった。


「我はあなたの所へ行ってもいいのか?我は、名前の他に何も覚えてはいない。そんな我が、あなたの所へ行くことが許されるのか?」


怖かった。自分はもう何も覚えてはいないのだ。それなのに、あの光の中に入ってもいいのだろうか。


その人影は、確かに頷いたような気がした。


「そうか。それならば、行こう。あなたたちの所へ。その光の中へ。」


自分は進み始めた。驚くような速さで光は近づいてくる。彼らの声が聞こえた。


ージハード…。ー


これは自分の名前だ。直感でそう思う。自分の第一の名前。もう忘れかけていた名前…。


(第一?)


なぜそう思うのだろう。その名前が一つ目とするならば、二つ目の名前はなんといっただろう。無意識のうちに立ち止まる。なぜか、思い出さなくてはならない気がした。思い出さないままあの光の中に入ったら、きっともう二度と思い出せない。


(なんといっただろう。我の名前は…。)


ーナダレ。ー


声が聞こえた。聞き覚えのある声。


(そうだ。我にはまだ、やらなければならないことがある…。)


その名を呼んでくれた少女に、まだ何かしなければならないことがあったはずだ。ナダレはもう一度光を見た。二人は残念そうな顔をしてこちらを見つめている。


「すまない。許してくれ。我にはまだ、やることが残っている。」


彼らの残念そうな顔を見ていると、ナダレも苦しかった。だが、ナダレは後ろを振り返った。


そこは真っ黒で、何も無かった。黒といっても、まるですべての色を混ぜ合わせたような、汚く、どこか青や赤の色が見えそうな、そんなごちゃごちゃした色だった。ナダレはその中を歩き出した。体は思うように動かず、手足に何かがまとわりつくように重い。しかし、ナダレは歩くのをやめなかった。


(まだ何か、あるはずなのだ。やり残したことが。それを果たすまでは、我はあの中へは入れない。)


ナダレは進み続けた。あの少女、たしかセクエという名のあの少女に、もう一度会うのだという思念を抱きながら。


ーーーーーー


ハッと目を覚ました。さっきまで、どこか遠い場所にいた気がする。


「おやおや、てっきりこのまま消えていくかと思っておったが、引き返して来たか。いやはや、これには驚いたわい!」


すぐそばで声がした。顔をそちらに向けると、見覚えのある老人が立っていた。


「あなたは…ゲイウェル。」

「おお。そうじゃとも。そなたと会うのは久しいのう。懐かしいことよ。」


フォフォフォ、とゲイウェルは笑う。その仕草もナダレが知っているものと変わらない。


「我は…死んだのではなかったのか?」


思わず呟く。ゲイウェルは驚いた顔をした。


「何を言っておる?そなたは間違いなく死んでおるぞ?」

「だが…我はこうしてここにいる。我はここが死後の世界とは思えんのだが…。」

「フォフォフォ!こいつはけっさくじゃな!おぬし、自らこの世界に帰って来たのじゃぞ?あのまま何にも逆らわなければ、間違いなくあの世へ旅立っておったというのに。」


(自ら、戻ってきた?…何のために?)


ナダレはそれを覚えていなかった。そう考えてみると、もともとそんなものは無かったような気がしてくる。だが、どうしてもこのままどこかへ行ってはいけないような気もする。


「まさかおぬし、何も覚えておらんのか?」

「どうやら…そのようだ。何かをしなければならないのだが、それが何かが分からんのだ。」

「ふむ…。」


ゲイウェルは考え込んだ。本来なら、ナダレが考えるべきことなのだが、ゲイウェルは一つの結論を出した。


「おぬし、たしかナダレといったな?」

「あ、ああ。そうだが?」

「ナダレよ。一度外へ出てみるとよい。こんな狭い場所では、なんの手がかりも見つからんじゃろう。」

「外…?ここはどこなのだ?」

「ここは地下牢。わしとわしの魂を封じる本がある所じゃ。」


ゲイウェルはなぜか面白そうに付け加えた。


「そして、おぬしとセクエが初めて出会った場所でもある。」


ナダレはゲイウェルが何を言いたいのか分からず、首をひねっていたが、分からないものは分からない。とりあえずは言われた通り外へ出ることにした。


ーーーーーー


(結局、あれから何も分からんままだな…。)


ナダレは自分がこの世界に戻ってきた時のことを思い出しながらそう思っていた。


外へ出て、そこがシェムトネだと気付いた時、何か閃きそうな気がしたのだが、それが何なのかはいまだに分からないままだ。


(あれからどれほどの時が流れたのだろうな…。)


すでに死んでしまっているせいか、最近時間の感覚が無くなってきている。まあ、夜になっても眠る必要がないのだから当然だ。むしろ同じ時間を繰り返しているのではないかと思うほどだ。


(いや、最近村を剣使いが襲うという騒動があったからな…。時が止まっているわけではないのだが…。)


しかし、何をするためにここにいるのか分からない以上、やることは無いのだから、退屈なこと極まりない。村をぶらぶらと歩いていても、もちろん誰の目にも映らない。賢者にもバリューガにも、セクエにさえも。


(こんな所で、一体我は何がしたいのだろうな…。)


行くあてもなく村を歩く。そうしているうちに、何か思い出しそうな気がするのだ。だが今日は、そのかわりに、ある男と出会った。道を曲がろうとしたところで、出会ったのだ。


(なんだと…!)


信じられなかった。自分の目を疑うとはこういうことなのかと改めて思う。その男は、メトだったのだ。白い髪といい、青い瞳といい、間違いない。相手も自分に気付いているようだ。ということは、メトも同じく死んでいるのだろう。


「貴様っ…!まだ何かしようというのか?」


ナダレはメトを睨みつけながらそう問い詰めた。だが、メトは表情をあまり変えずにこう言い返した。


「あなたは…私を知っているのか…?」

「なに?」


これは、本気で言っているのだろうか。それとも、何かの挑発なのだろうか。


「私は、何も覚えていないんだ。あなたは、私について、何か知っているのか?」


メトは続ける。ナダレは怒鳴った。


「ふざけるな!あれだけのことをしておいて、今さら忘れただと?調子に乗るのもいい加減にしろ!」


いきなり怒鳴られたことに驚いたのか、メトはナダレから視線を逸らし、うつむきがちに言った。


「私は…何かひどいことを、あなたにしたんだな。」


よく見れば、唇を噛み締めていた。その様子を見て、ナダレは警戒心を緩めた。どう見ても、これは演技には見えない。


何もかも忘れているとは、不思議なことだ。だが、よくよく考えてみれば、そう不思議でもないのかもしれない。自分だってなぜここにいるのかを忘れているのだ。そう考えれば、メトと自分の立場にそう大きな違いは無いだろう。


「本当に、何も覚えていないのか…?」


ナダレは言う。メト少し驚いてナダレに視線を戻したが、すぐに暗い顔になって言った。


「ああ。何も…。」

「…そうか。」

「教えてもらえないだろうか?自分のことについてならなんでもいい。」


ナダレは迷った。彼にどこまで教えればいいのだろう。もし記憶を思い出し、またセクエやバリューガを狙い始めたら、きっと自分には止められない。だったら何も教えない方がいいのかもしれないが、それはなんだか可哀想だ。


「…我はナダレという。」

「ナダレ?」

「そうだ。この名はお前につけられた。」

「私が、あなたに?」

「そうだ。そして、お前の名前はメトだ。」

「待ってくれ。なんで私があなたに名前をつけたんだ?」

「悪いが、それ以上は答えたくない。」

「…そうか。」


メトはまた残念そうな顔をした。自分はどんなひどいことをしたのだろうと心配しているのだろう。


「我はお前が嫌いだった。だが、お前の記憶が戻るまでなら、話し相手になってやる。少なくとも、我も自分が何をするためにここにいるのかが分からんからな。何かの手がかりになるかもしれん。」


メトは驚いたようで、ナダレの顔を見つめて言った。


「い、いいのか?」

「ああ。お前だって、やることが分からなければいつまでも死後の世界には行けんだろう。」


メトはこの言葉にも驚いたような顔をした。そんなに協力することが意外だったのだろうか。


「死後?私は死んでいるのか…?」


この反応にはさすがにナダレも驚いた。


「気づいていなかったのか?」


まさかそこまで分かっていないとは思わなかった。意外、というよりは驚愕だった。


「我も最初は気づいていなかったのだから、そう偉そうなことは言えんが、それでも村の中を歩いていれば分かるだろう?誰にも見られないのだから。」

「い、いや、そうなのだが、それでもやはり面と向かって言われると驚いてしまって…。」


決して褒めてはいないのだが、メトは照れ臭そうに言う。まったく、困ったものだ。


(いや、むしろ、メトがこんな男で安心しているのかもしれんな…。)


メトが剣使いを憎む前は、こんな感じだったのだろうか。失礼だと分かっていたが、メトがずっとこんな性格でいてくれたら、と思わずにはいられなかった。


ーーーーーー


ティレアは朝ごはんを食べ終えると、自分の部屋に戻って学校から出された宿題に取りかかった。


剣使いとの騒動からだいぶ経ったが、いまだにティレアは情報の整理が追いついていない。


あの後、賢者の館で、セクエが昔犯罪を犯したこと、それにより、村人の前では名前を出さないでほしいことを告げられた。


その後、家に帰され、母からいきなり抱きつかれた時には驚きで失神しそうになったものだ。それに対してヤーウィは暗く沈んでいて、おかえり、としか言わなかったことをよく覚えている。もしかしたら二人の人格が入れ替わってしまったのではないかと心配で仕方なかった。まあ、ただ単に母は自分のことを心配していただけで、ヤーウィは自分を探しに行かなかったことを後悔していただけらしい。その後遅れてやってきた父にはこっぴどく怒られた。でもその目がなんとなく潤んでいたように見えたから、もしかしたらとても心配していたのかもしれない。


騒動の影響で、学校はしばらく休みになり、その間に何度か、ティレアは勇気を出して賢者の館に向かい、セクエに会いに行った。その時の会話はおそらく一生かけても忘れられないだろう。セクエはおもむろに自分の過去について話し始めたのだ。


ー私の親のこと、知りたい?ー


いきなりそんなことを言われたらそれは驚いて当然だ。たしかセクエの親は二人とも死んでいて、もうこの世にはいないのだ。それなのにその話をしようと言い出したのだから、断るべきか黙って聞くべきか迷ってしまった。


ーあの時は…まだ三歳だったかな。お母さんと森に入ったところを熊に襲われたんだ。ー


まだ答えないうちにセクエは勝手に話し出した。まあ、知りたくなかったわけではないので、ここは素直に聞くことにした。


ーお母さんは私をかばったよ。でもね、お母さんは爪で引っかかれたり噛みつかれたりして血まみれだった。倒れて、ほとんど動かなくなっていたのに、熊はひっかくのをやめなかった。私がその時何を思っていたかまではもう覚えてないけど…。ー


ティレアはその光景を思い描いて背筋が寒くなった。このままだと、セクエまで襲われてしまうのでは?と思ったが、ここでセクエはとんでもないことを言い出したのだ。


ー私はお母さんが死ぬのをずっと見てたんだ。多分、熊が自分を襲わないことが分かってたんだよ。きっとその時、私は熊を操ってた。私は、お母さんを殺したんだ…。ー


そんなことを言われたら、一体何と言い返せばいいのか、ティレアには分かるはずがなかった。慰めればいいのか、怒鳴って叱ればいいのか、黙っていればいいのかが分からない。さらに追い討ちをかけるようにこんなことまで言い出した。


ーティレアは、そんな私とでも、友達になってくれるの?ー


困った。この質問に一番困った。なんと答えてほしいのか?なんと言えば正しいのか?完全な混乱状態。


ーで、でも、いいですよ。ー


もう何が何だか分からなくなりながらティレアは言った。


ーだって、助けてくれたじゃないですか。だから、別に構いません。ー


嘘ではなかった。正直なところ、友達はほしかったから。でも、いくら友達がほしいからといって母親を殺したという人と友達になってしまうなんて、さすがに自分はどうかしていたな、と今さら思う。まあ、自分自身が後悔していないので、特に問題はないだろうが。


ティレアは顔を上げた。ずっと机と向かっていると疲れてしまう。首を回していると、視界にミルルが入ってきた。他の二人はいない。どうやらフィラが退屈という理由で部屋を飛び出し、ポポがそれを慌てて追いかけたのだろう。最近は彼らに性格があるということが分かってきた。青い帽子のミルルは大人しくて、いつでもティレアのそばを離れない。赤い帽子のフィラは活発で、とにかく飛び回ることが大好きだ。緑の帽子のポポはその仲裁役で、ミルルを外に連れ出そうとしたり、どこかへ行ってしまったフィラを探しに行ったりと忙しい。


そういえば、トモダチについても新しく知ることがあった。ティレアがおそらく生まれて初めて友達を作り、そして友達らしくセクエの住んでいる部屋に遊びに行った日のことだ。


ーところでさ、ティレアがいつも連れてるそのとんがり帽子のことなんだけど…。ー


なんてセクエが言い出した時には、それはそれはもう、驚きで悲鳴をあげてひっくり返りそうになったものだ。いや、実際にはもちろんそんなことにはなっていない。ただ驚いただけだ。そもそもトモダチは自分にしか見えないものだと思っていたが、どうやら親しくなった相手には自然と見えるようになるらしい。後でそれとなく調べてみたところ、他に見えている人は妹のヤーウィだけだった。


ーいろいろ調べてみたんだけど、それって、もしかしたらすごいことかもしれないよ?ー


驚いているティレアに気を使ったのか、セクエは少し小声でそう言った。だが、その言葉の意味を理解するのに、いくらか時間がかかってしまった。


ーケインに調べてもらったんだけど…。ー


ここでティレアはセクエが賢者のことをあだ名で呼んでいることを知った。これにも驚いた。その日はもう驚きの連続である。心臓が止まるかと思った。実際は止まっていないが。


ーどうやらティレアみたいな力を持つ人のことを召喚者っていうらしいんだけど、その言葉、知ってる?ー


その言葉は聞き覚えがあった。教科書の端っこ、授業ですら取り上げられないところに書かれていた気がする。確か、ずっと昔に村に現れた、精霊を召喚する力を持った人だ。だが、その力は子孫には現れず、その人以来召喚者はいないとされていたはずだ。


ー召喚者はね、生まれつき体の中だけじゃなくて、外にも魔力を持っているんだって。それで、その魔力に命令して形を与えることで、まるで何か他の生き物を召喚しているように見えるらしいんだけど…。ー


ここまで聞いて、ティレアは自分は違うと思った。もしそれが本当なら、ポポたちは自分の前で魔法を使って見せることなどできなかったはずなのだ。解毒魔法の影響で魔力が変質しているのだから。だが、セクエはこう言った。


ーだから、魔力が生まれつき体の外にあるんだって。体の外にあるから、ティレアが解毒魔法を使うようになって、魔力が変質しても、影響を受けなかったんだよ。ー


この説明だけでティレアはあっさり納得してしまった。どれだけ自分の意思が弱かったのかと自分が情けなくなったが、そんなことは気にせずにセクエはこう続けた。


ーだからさ、ティレアは魔法が使えないって言ってるけど、そのトモダチの力を借りれば、普通の人と同じくらいの魔法が使えることになるんじゃないかなって思うんだ。元々は同じ魔力なんだから、お願いしたら魔法くらい使ってくれると思うよ?ー


目から鱗が取れた気がした。なるほど、そんな考え方もできるな、という感心と、ようやく自分は他の人と同じようになれるのか、という感激で、その時はセクエの手を取ってピョンピョンと飛び跳ねてしまった。(これは本当にやってしまった。)


それからは、セクエの所に通いつつ、魔法を教えてもらった。その練習の甲斐あって、ティレアは雪が溶ける頃になっても学校にいることを許され、そしてめでたく発展学習の学年に進学することができたのだ。これほどすばらしいことがあるだろうか。そしてティレアが数ある科目の中から何を選んだかというと、魔道具作成・研究科だ。この科目では魔道具のしくみや作り方などを実習を通して学び、身につけていく。ティレアがこの科目を選んだのは、いつまでもトモダチの魔法に頼らずに、一人でできることを増やしたいからだった。


というわけで、今ティレアはその授業で初めて出された宿題、魔道具を作って来なさい、というものをやっているのだった。もちろん大まかな作り方は学校ですでに習っている。だから、道具さえあれば、簡単なものなら作れるのだが、これがなかなか難しい。形から性能まで、すべて自分で考えなくてはならないのだ。さらに、自分が持っている魔道具は参考にしてもいいが、全く同じものは作ってはいけないという条件付きだ。これは難題である。とりあえず店に行って、何の効果も装飾も無い、ただの銀色の指輪を買ってきて、それを元に魔道具を作ることにした。自分の魔力は使えない上に、フィラとポポはいないので、ミルルから魔力をもらって指輪に込める。あとは、どんな効果を持たせるかということだ。


(といっても、今はミルルしかいないから、ミルルが得意な回復系か防御系の魔法しか使えないけどね。)


トモダチにはそれぞれ得意な魔法が決まっている。ミルルは結界を張ったり炎や水の壁を作る防御系、傷を癒したり痛みをやわらげる回復系が得意だ。フィラは火の玉を作り出したり、氷の槍を作り出す攻撃系の魔法が得意だし、ポポは魔法の力を大きくしたり小さくしたりする補助系の魔法、転移やすり抜けといった特殊系の魔法が得意だ。三人でうまく役割分担ができている。というより、その他の魔法が使えない。それに関しては、ティレア自身が解毒魔法しか使えないので、お互いに似た者どうしと言えるだろう。


「ミルル、お願い。」


何をするかを決めると、ティレアはそれだけ言った。何をするのかを言わなくても、もともと同じ魔力を持っている彼らとなら簡単な意思の疎通ができる。さらに言えば、彼らは言葉を持たないため、言葉の説明の方が伝わりにくいのだ。


ミルルがそっと、少し緊張しながら指輪に触れる。ミルルが指輪の中の魔力に命令を与えていく。どんな時、どんな効果を、どのくらい発揮させるのか。それらの命令は普通の魔法と比べてかなり複雑なものになり、当然それ相応の時間がかかる。一見するとこの行為は完全にトモダチに頼っているように見えるが、この命令はすべてティレアが考えたもので、それをミルルに伝え、それをミルルが魔力に与えているので、つまりこれはトモダチに手伝ってもらっているだけなのだ。


ようやく作り終えた時、ティレアは疲れきっていた。こんなに魔力に複雑な命令をしたのは初めてだ。ミルルはそんな様子を見てティレアが危ないとでも思ったのか、おでこに手を当てて回復魔法を使おうとした。


「いいよ、大丈夫。少し疲れただけだから。」


ミルルに限らず、トモダチは少し過保護だ。断る時にちゃんと断らないと、いつまでたっても頼りっぱなしになってしまう。


「さてと。それじゃあ、少し休みながら、二人の帰りを待つとしようか。」


ミルルにそう言う。トモダチは全員話せない上に言葉をまだうまく理解できないので、どこまで伝わったかはティレアには分からない。大人しくティレアの肩の上に乗り、うつ伏せに寝転がったところを見ると、おおよその意味は伝わったようだった。


ティレアはその様子を眺めていた。もうトモダチがどこかへ消えることはない。彼らはきっと、自分たちが誰かに見つかってしまうのではないかとティレアが恐れていたことを分かっていたのだろう。だから姿を隠していたのだ。だが、自分たちがティレアの信頼できる人にしか見えないということが分かったので、今はいつでもティレアに見てもらえるこの状態でい続けている。


春が近づいてきて、窓から差し込む日差しが暖かいのか、ミルルは肩の上でウトウトし始めた。ティレアもそれを見て二度寝とも言える昼寝を始めた。フィラは、たとえポポにせかされたとしても、戻ってくるまでに時間がかかる。一休みできるくらいの時間はあるだろう。


ーーーーーー


「そうか、つまり、あなたはある少女のために何かをしなくてはいけないが、それが何かを忘れてしまったということだな?」


ナダレの簡単な現状報告に対して、メトはそんなふうに答えた。ナダレはすっかり記憶を失ったメトに打ち解けていて、セクエやバリューガの名前は出さずに、自分がこの世界にとどまる理由を探していることを伝えた。


「ああ、そういうことだ。」


ナダレは答える。今は村から少し離れた所で、地面に腰を下ろして話をしていた。こんなふうに誰かと話すのはお互いに久しぶりのことだったので、この村のことや死後の世界のことなど、会話は盛り上がった。


「まさか、お前とこうして話す時が来るとはな…。あの時は夢にも思わなかった。」


ナダレはしみじみと言う。


「あなたは…。」


と、メトが言いかけてやめた。不自然に思ったナダレがメトの視線を追うと、そこでは何人かの大人が会話をしながら通り過ぎて行くところだった。こちらのことは視界に入っているはずなのだが、彼らは見向きもせずに立ち去ってしまう。


「やはり、誰にも見えないんだな。」


少しがっかりしたようにメトは言う。


「これでは、私の記憶が戻るのにどれだけかかるか…。」

「いや、誰にも見えないからといって、誰とも意思の疎通ができないというわけではないと思うぞ?」


ナダレは思いついたように言った。


「そうなのか?」

「…前から思っていたことなのだが、直接見ることができないのなら、間接的に見ればいいのではないかと思うのだ。」

「間接的に見る?」


意味が分からないらしい。まあ、当然か。常識的に考えて、そんなことは不可能だ。


「つまり、水面や鏡に映してみればいいのではないか、ということだ。」

「ああ、なるほど。鏡か。」

「我からみれば、鏡はずいぶん不思議なものだと思う。大げさに言うなら、鏡の向こうはもはや異世界だ。」


メトは首をかしげる。まあ、この考えを理解してもらおうとは思わない。だが、言いかけたことなので、一応最後まで言うことにした。


「お前は、不思議だと思わないか?鏡に映るものはどれも左右が逆になる。だが上下は逆にはならん。さらには、現実の世界とは違い、なんだかゆがんで見えることもある。」

「うーん、そうだろうか。私には分からない感覚だな。」

「だから、我には鏡が特別な何かに思えるのだ。実際、自分の目で見えないものが鏡を使うと見えることがあるしな。」

「何か見たことがあるのか?」

「ああ、ある。」


メトは驚いていた。一体何が見えたのかと不思議がっているのだろう。そんなメトの顔も面白かった。


「…自分の鼻、がいい例だろう。」


そう言うと、メト少しがったりしたようで、つまらなそうにため息をついた。


「からかったのか?」

「フフッ、まあ、少しからかった。だが、鏡を特別に思うというのは本音だ。ゆがんで見えるというのもな。」

「そう思うんだったら、なぜ試さないんだ?そうしたら、自分の目的が分かるかもしれないんだろう?」

「まあ、そうなのだが…。」


そう言って、ナダレはなぜ自分がそうしていないのか、理由を考えてみたのだが、なぜか理由が分からない。かといって、やることには抵抗がある。ナダレはとりあえず、適当に理由を作ってごまかすことにした。


「そうだな…考えてみろ。もし自分が鏡を見ているとして、そこにいないはずの人が映っていて、しかもその人がこちらを見ていたとしたら、どう思う?」

「ああ、それは…なんと言うか、怖いな。」

「そうだろう。下手に騒動を起こすと、それだけこの世界での行動が思うようにできなくなる。村全体に知れ渡って、みんなが鏡に注意するようになったら、今度は鏡に映らないよう行動しなければならなくなる。そんな面倒はごめんだ。」

「なるほどな…。では、やはり私たちは自然と思い出すのを待つしかないわけか。」

「今のところは、な。」


まあ、それでもいいのかもしれない。ナダレはそう思う。確かに、ずっとこのままの状態が続くのは嫌だが、だからといって、今すぐどうにかしたいというほどの状況でもない。こうして話していると、メトという男の素顔が知れて、嬉しいような、ホッとした気分になるのだ。


(セクエが聞いたら、笑うどころか、しばらく口をきいてくれなくなるかもしれんな…。)


そんなことを思ってしまうのは、やはり普段からセクエのことを考えているせいなのだろうか。これでは自分のことをまるで父親だと言っていた賢者に反論できないな、と、そんなことも思った。

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