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エピローグ

 昼前には、ヨークの町の港に到着出来た。

 セント・ベリーほどの賑わいはないが、港には大小様々な船がとまり、旅する人々や積み荷でごったがえしていた。

──ランス行きの船が出るまで、まだ三時間もあるな。

 船の出港時間を確認したハンクは、港を馬でゆっくりと進んでいた。桟橋では釣りをしている人々の姿もある。

──釣りかぁ。最近全然やってねぇよな。ちょっとだけ海に出てみるか!

 釣り人を見ると、釣り付きのハンクはいても立ってもいられなくなる。さっそく馬を駆け足で桟橋まで進め、一人の釣り人の元に急いだ。その男はちょうど小型の釣り舟に、釣り道具を乗せようとしている所だった。

「次の船が出るまでその舟と釣り道具貸してくれよ。釣った魚は全部やるから」

 髭を生やした中年の男は、胡散臭そうにハンクを見る。

「釣り道具ごと舟を盗むつもりじゃないだろうな?」

「まさか、信用しろよ。それと、馬の番も頼む。もちろん、タダじゃないぜ」

 ハンクは馬から下り、銀貨を一枚差し出す。

「ふーん、まぁ、いいだろう」

 男はハンクから銀貨を受け取り、馬の背を撫でる。

「なかなか良い馬だ」

「ちゃんと見といてくれよ!」

 ハンクは声を弾ませ、釣り舟に乗り込んだ。風は程良く吹き、海は凪いでいる。ハンクは浮かれ気分で、直ぐに舟を漕ぎ出した。



 雲一つない青い空。潮風は心地よく穏やかな波間を吹き渡ってくる。

 しかし、魚はなかなか釣れなかった。桟橋からかなり沖に出て、一時間ほど場所を移動させながら待ったが、魚は一匹も釣れない。

「あ〜あ、なんだよ。せっかくの釣りなのに……腕が鈍ったかな?」

 もう一度場所を変え、ハンクは思いっきり釣り糸を投げた。ポチャンと音を立てて浮きが海面に浮かぶ。しばらく待つが、浮きはピクリとも動かない。

 が、ハンクが諦めかけた時、バシャッと大きく音を立て、浮きが強い力で海に沈んでいった。

「きた!」

 ハンクは思いっきり釣り竿を引く。釣り竿はグイグイと海中に向かって引っ張られる。

「すげぇや! 大物だ」

 力を込めてグッと釣り竿を一気に引く。見る見る、海の中から黒い影が海面に浮かび上がり、水しぶきをあげながら姿を現した。

「ウウウウーッ!」

 声にならない声をあげながら、魚は呻く。声? ハンクは不思議に思う間もなく、それを釣りあげた拍子に、ドシンッと尻餅をついた。それと同時に何かがハンクの体にのっかってくる。

「た、た、助かりました! わ、私は死ぬところでございました!」

 口から水を吹きだし、美しい声で、何かが叫んでいる。それが吐き出した水は、タラリとハンクの体にかかる。

「な、何だ、お前!」

 ハンクは腹の上の物体を見て、悲鳴を上げそうになる。その美声からは想像も出来ない、黒いマントを着た醜い顔の生き物。

「お前、あの時の化け物だな!」

「化け物ではございません。私はエルフのリルでございます、エヘ」

 リルは顔をくしゃくしゃにして、微笑んだ。その不気味な笑顔を見るやいなや、ハンクはリルの小さな体をひっ掴むと、海に放り投げようとする。

「お待ち下さい! ハンク様!」

 リルはしっかりと爪を立て、ハンクにしがみつく。

「ハンク様……」

「あなた様は、リルの命を助けてくださいました。海の中でおぼれかけていた私に、救いの糸を投げかけてくださいました。ハンク様、今日からあなたが私のご主人様です、エヘ」

「ふざけんな! 誰がご主人様だ! お前はとっくに死んだのかと思ってたぜ」

「エルフはちょっとやそっとじゃ死にませんよ、エヘヘ。けれど、私、今回の不祥事の件で、ラーム様に破門されてしまったのです」

 リルは円らな瞳を潤ませる。ハンクはリルに見つめられゾッとして顔をそむける。

「じゃあ、彼奴、アビーの所に行けばいいじゃねぇか。彼奴も許されたんだし」

「いいえ……それは残念ですが出来ません。一度破門されたエルフは同じ主人をもつことは出来ないのでございます」

 リルはニッコリと微笑む。

「アビー様はたいそう素敵なお方でしたが、ハンク様もなかなか素敵でございますね」

「いい加減にしろ! 俺はこれから旅に出るんだ! お前なんか必要ねぇや」

 もう一度、ハンクがリルを海に投げようとするが、リルは一層力を入れてハンクを掴む。

「テテテッ」

 リルの爪が食い込み、ハンクは顔をしかめる。

「ハンク様……あなたの馬はもう桟橋にはおりませんよ」

「……何だって?」

「さっきの男が盗んで行きました」

「まさか!?」

「ハンク様は、釣りに夢中でお気づきになられなかったご様子。しかし、エルフのリルには何でも分かるのでごさいます、エヘ。それに」

 リルは言葉を切り、唖然としているハンクをじっと見つめる。

「リルはハンク様のことも手に取るように分かります。ハンク様があの娘ジェナに口づけしたことも」

「はっ!? あ、あれは薬を飲ませただけじゃねぇか!」

 慌てるハンクに、リルは冷ややかな視線を投げかける。

「ジェナがそのことを知ったらどう思うでしょうか? あの娘、初めてキスした相手はエレック王子様だと信じておりますからね、エヘヘ」

 楽しげにリルは笑う。

「それに、ハンク様はシェリンという娘に好意を抱きながらも、ドロシーやジェナのこともかなり気になっておいででございますね」

「な、何、でたらめ言ってんだ!」

「安心なさいませ。リルは口が堅いのです。

 頬を染めるハンクを見上げながら、リルは目を細める。

「それに、私は薬魔法という特技がございます。馬などなくてもハンク様の望むところどこへでもご案内致しますよ、エヘ」

「……」

 ハンクはフーとため息をつくと、リルを乱暴に船の中に放り投げた。

「けど、セント・ベリーまでだからな。いいか、それ以上は俺に付きまとうなよ!」

「はい、かしこまりました。リルは聞き分けのいいエルフでございます、エヘ」

 リルは素早く立ち上がり、スススッとハンクの側ににじり寄る。

「ハンク様、もう馬はいなくなったことですし、今日船に乗るのはやめて、ごゆっくり舟釣りを楽しむと宜しいですよ。薬魔法さえあれば、いつでもセント・ベリーに行けるわけでごさいますから」

「……そうだな。この船と釣り竿はもらっとくか」

 ハンクは、しぶしぶ納得し釣り竿を手にする。

──しかし、私、海の中に飛ばされたさい、薬を全てなくしてしまいました。まずは、お薬を作らないと、魔法も使えませんけどね。

 含み笑いをするリルの企みには気付かず、ハンクは釣り糸を海に投げ入れた。しびれを切らせた釣り人が、舟を盗まれたと思い代わりにハンクの馬を貰って行ったとは知らない。

──舟釣りに出ると、必ず魚以外のものが現れるんだよなぁ。最初がチェスで、次がジェナ、そして今度がこの化け物……『バラの十字架』は本当に幸運を呼ぶのか……?

「ハンク様、ハンク様、浮きが沈んでますよ」

 ぼんやりと釣り糸を垂れていたハンクの耳に、リルの可憐な声がする。

「おっ、今度は本物の魚かも!」

 ハンクは勢いよく釣り竿を引きあげる。この先の旅が吉となるか凶となるか今は分からない。考え込むのは好きじゃない。変な道連れが出来てしまったが、ハンクは運に任せることにした。

──俺には幸運のチェスの十字架がついてるもんな!

 エルフの恐れる聖なる光を放つ十字架。その十字架をハンクが持っているとは、まだリルも知らなかった。

 ハンクの胸元のバラの十字架が揺れ、照りつける太陽の光にキラリと輝いた。    了 










最後まで読んで下さってありがとうございました!

ようやく完結出来ました! 去年の三月から連載を始め、途中随分と更新が遅れることもありました…^^; でも、目標の年内完結! を達成出来て良かったです。(^^)

こんなに長く書き続けたのは初めてで、書き終わってしまうとなんだか寂しいですね。作品の登場人物達は、これからもずっと心の中に残って生き続けると思います。

これからもまた新しい連載や短編を書きたいと思ってます。

こうして最後まで書けたのは、読んでくれる方々がいたお陰です。本当にありがとうございました〜!

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