初めての戦い
メイルアーマーの装着もまともに間に合わず、大樹も八重も胸甲のみを身に着け、それでも武器は両方共携えてテントの外に飛び出した。
「も、モンスターだ! 集団だぞ!」
テントから飛び出した他の冒険者がライトと焚火の明かりを頼りに、キャンプを取り囲む敵集団の姿を照らし出していた。
ハンターウルフ…森林地帯を好んで根城とし、集団で冒険者を襲う危険なモンスターだ。
大樹は騎兵銃を抜こうとして、自分達以外に周囲に六名の冒険者が居る事に気付き、銃を背負い直して騎兵刀を抜いた。
40式騎兵刀…刃渡り75センチのやや厚めで頑強な刀身。ナックルガードは着脱可。
父が設計した騎兵刀は大樹の手にしっくりと馴染んだ。
隣で八重も大剣・ウェルターをホルスターから引き抜いた。
…町のゲームセンターにあるシミュレーターなら何度か兄妹でプレイした。 だが、あれはあくまでゲームだ。命を賭けた実戦は初めてだった。
キャンプの冒険者八名を囲むハンターウルフは二十数体。
…もしも一人二人でこの集団に囲まれていたらと思うとゾッとする。
「兄貴ッ!」
怒鳴られると同時に、鼻先を掠めて大剣が振るわれた。間一髪、ぼんやりと物思いに耽っていた大樹の首筋目掛けて飛び掛かって来ていたハンターウルフが見事に切っ先で両断されていた。
「危ないよ! 集中して、兄貴!」
「す、すまん…!」
八重の言う通りだった。
ウルフ系は非常に素早い上に賢い。獲物の中で最も弱い者、隙を見せている者を集中的に遅い、一匹一匹確実に仕留めていく。
「こ、こんな群、初めてだ…!」
「おい、救難信号を撃った方が良いんじゃ無いか!?」
確かに、父が冒険を終えた後…この世界がギルドを通して現代日本人に解放され、一種のレジャースポーツ感覚になる程度に…この世界のモンスターの凶暴性はあまり聞かなかった。
稀に無茶な深入りをした者がモンスター集団の縄張りに入り込んで死亡する事はあったが、その程度の事だ。
キャンプ中の集団を大集団で襲うなんて…
…わざと見せた隙を衝き、自分に突進してくるハンターウルフを叩き斬った。
八重のように両断する事はできなかったが、ハンターウルフは倒れて動かなくなった。
「うわぁああっ!」
冒険者の悲鳴が聞こえたが、助けに向かうには方向が違い過ぎた。
「兄貴、行ってあげて!この状態でどこかが崩れると一気に全滅する!」
「けどお前は!?」
八重は襲い来るハンターウルフをまた一体、ウェルターで叩き斬った。
しかし隙の大きなウェルターを振り抜いた瞬間を狙い澄ましたハンターウルフが八重に飛び掛かる。
「八重ッ…!」
八重の動きは飛び出そうとする軽騎兵の大樹より速かった。
大剣を振り抜いた反動そのままに身を独楽のように一回転させ、強烈な回し蹴りを繰り出す。 思わず、大樹もハンターウルフも遥か遠くに吹き飛ばされた同胞を見送った。
蹴り抜くと同時にウェルターを戻して騎兵刀を抜き放った。神速の抜刀が一閃。
振り返ったハンターウルフの首が落ち、地面を転がった。
「心配ご無用!早く援護に行ってあげて! 兄貴の腕なら、落ち着けばこの混戦でも援護射撃だって出来る筈だから! エアガンだけど練習、してたでしょ!?」
やはり、八重は自分より遥かに強かった。
自分では真似しようとしてもこんな動きはできっこない。
――スーパーマンになれなくても良い。 お前だからできる事をやって、身の丈に合ったヒーローになれ――
大きく頷き、38式騎兵銃を抱え、悲鳴の聞こえた方へ向かった。
足を噛みつかれて引きずられていく冒険者の姿があった。
群の中に引きずり込まれたら一斉に急所を噛み千切られて終わりだ。
他の冒険者も助けに行こうとはするが、ハンターウルフの妨害にあって叶わずにいた。駆けつけた大樹が膝撃ちの姿勢を取って狙いを定めた。
タイミングよく、誰かが救難信号を打ち上げた。緊急SOSを意味する眩いオレンジ色の信号弾が夜空と、薄暗い周囲を明るく照らしだす。
信号弾に照らされた視界内に、地面に爪を立てながらも引きずられていく武器を失った剣士の男と、その足に噛みついて引きずる二頭のハンターウルフの姿が鮮明に見て取れた。
「そのまま! 頭を下げていて!」
ドン、ドン、と7.62㎜×51NATO弾の重い銃声が響き渡り、大樹の武器適性分も上乗せされた威力でハンターウルフの頭部、前足後ろに撃ち込まれる。
犬に似た甲高い悲鳴を上げ、ハンターウルフは崩れ落ちて動かなくなった。
「畜生…! 痛ぇ…! た、助かったぜ…!」
這ってくる男に向かうハンターウルフを狙い澄まし、立て続けに二連射。一発目は外れたが、二発目が側頭部を貫いて倒す。
「お、おい、誰かこっちも手伝ってくれ、敵が多すぎる!」
「今…!」
負傷した男に肩を貸してキャンプの中心部まで引きずり込み、大樹は他の冒険者の応援に回った。
射撃武器は援護に最適だ。この集団の中で遠距離攻撃を持つのは自分だけだったので、無理なく効率的に援護できる大樹は大いに助けとなっていた。
エアガンで練習し、父に教えられた「ガク引き対策」もバッチリだ。一発一発、味方に宛てないように静止した状態から確実に敵に当てていく。
数体のハンターウルフを仕留めていた。
残り八頭以下になったハンターウルフは唸りながら夜の森の中に逃げ込んでいった。
追撃の代わりに、脅しに夜空に二発、重たい銃声を轟かせた。
放出されたアドレナリンが収まり始めた所で背中を強く叩かれた。
「やるじゃん、兄貴」
「はは…お前には負けるけどな。 …怪我人を見てくれるか?」
「勿論。任せて」
例の男を始め、半数近くが大なり小なりの怪我を負っていた。 およそ日常生活では縁の無いような生々しい噛み傷を見ても八重は顔色も変えず、淡々と負傷者の怪我の程度をトリアージして治療に当たっていく。
八重が治療に当たり始めて暫くして、眩いヘッドライトの明かりが道の先から森を照らし出した。
二台の車と一台のバイクが駆けつけ、武器を手にした冒険者が次々と降りてきた。
周囲の警戒に当たっていた冒険者が駆け寄って、救援に駆けつけてくれた冒険者たちに経緯を事細かに説明した。
「とんでもない群だったんだ。二十以上は居た。何人か死にかけたが…あそこでヒールしてくれているお嬢ちゃんや向こうのボウズが活躍してくれて追い払ったんだ。わざわざ来てくれたのにすまないな」
話を聞き終え、ここで出来る事はもう無いと判断した一台は引き返して行った。
「ご無事なら何よりです。 …彼らと話をしても?」
「それは俺の許可する事じゃないな」
会話を終え、バイクから降りてきた女性と、一台のワンボックスに分乗していた二人が降りてきた。そして治療を続ける八重と、その傍に立つ自分の元へと歩み寄って来た。
「こんばんわ、大変な目に遭いましたね。 私は高位騎士の黒崎瑠衣です。お怪我はありませんか?」
バイカーの女性がヘルメットを脱ぎ、穏やかな微笑を向けた。 長い黒髪が美しい少女だった。
「俺、軽騎兵の大淵大樹です。 俺達は無傷です。 たった今、怪我人の治療も済んだみたいです」
黒崎と名乗った女性は微かに口を開け、何か言葉を発しかけたが、怪我人を治療し終えた八重に目を向けた。
最後の軽傷者を治療し終え、八重は負傷者に礼を言われながら別れて立ち上がり、来援してくれた冒険者たちと対面した。
「あ、私は妹の八重です。 わざわざ来てくれてありがとうございました。幸い、大事には至りませんでしたけど… けど、二十頭を越えるモンスターの集団が冒険者のキャンプを襲ってくるなんて聞いた事ありません」
「やべーんじゃねぇか? スタンピードの前触れとか?」
茶髪の、いかにも…大樹の常識からいえば間違いなくDQNと呼ばれる種の同年代の少年が興奮気味に口を挟んだ。
「ちょっと黙っていて、寺田君…。 私は高位弓士の水原綾です。私達も週末や長い休みの時にはしょっちゅうここに来ているんだけど、こんな事は初めてなの。 …ちなみにこちらの落ち着きのない男の子は汎用騎兵の寺田竜平君です」
「おうよ! 伝説の汎用騎兵・大淵大輔の後を継ぐニュージェネレーションの英雄・寺田竜平とは俺の事よ! よろしくな、眼鏡くん! …じゃねぇ、大樹…ダイキチ!」
(なんなんだコイツは… DQNと違って良い奴そうだが…破滅的にこう…)
引きつった笑みを浮かべていた大樹をフォローするように、いつの間にか大樹の傍に横づけしていたワンボックスの運転席から女性が声をかけてきた。
「うーん…寺田君、張り切っている所悪いんだけど、何なら目の前にいるのがその伝説の汎用騎兵のご子女だったりするんじゃないかな?」
運転席から人の良さそう…に見える…狐顔の美女がニンマリと満面の笑みを浮かべていた。
どことなく、雰囲気はアリッサに似ている、と思った。
「ね? 実際の所どうなのかな? 同じ姓だし名前も似ているし、そちらの妹さんも桜をイメージさせる名前だし」
「えぇ~ッ!? な、何だって…!?」
あからさまに驚愕の表情を浮かべる寺田に、三人の女性がそれぞれ呆れ顔を向けた。
「…名前を聞けば誰でも予想はつくと思うけど?」
「まぁ、たまたま同じ姓の人があやかろうと名付けただけという可能性も無いとは言えないだろうけど……実際の所どうなのかな、大淵大樹君、八重さん?」
八重はばつが悪そうに「どうする?」と大樹を横目で見た。
…ここまで勘付かれてしまっていては、わざわざ嘘を吐いてまで身分を隠す方が後から何かと問題になり兼ねないだろう。
「…まぁ、上位者を倒した父親と、その妻ですね」
「やっぱり…」
黒崎が小声で呟いた。 水原も興味深そうに兄妹を観察した。
「ま、マジかぁ…ッ ええい、でもでも、意思を継ぐのは血筋とは限らねぇ!俺の方が汎用騎兵だし!?」
良く分からない理屈を叫ぶ寺田をスルーして、運転席の女性が続けた。
「ああ、自己紹介がまだだったね、失礼。私は篁トウコ。車の免許を持っている程度には君達の先輩で、一応このパーティのまとめ役だけど、同年代として気兼ねなく仲良くしてくれるとお姉さんとしては嬉しいな。 …ところで」
篁は目を細め、妖艶な笑みを浮かべて大樹を見つめた。
「こんな所で伝説の英雄のお子さんに会えるのも何かの縁だろう。 …見た所徒歩のようだし、良ければお二人もこちらの車に乗らないかい? …折角だから、是非ともいろいろとお話したいし…ね?」




