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決着!小早川

「なんとむごい…お辰が…」

お春ちゃんが大坂城内にいる高台院さんに事の次第を報告すると高台院さんは泣き崩れた。


「今すぐに稲葉と平岡の首を刎ねなさい」

高台院さんは顔をあげると傍らに控える孝蔵主さんに無表情で伝える。


孝蔵主さんは頷くと立ち上がろうとする。


「お待ち下さい」

声をあげたのはお春ちゃんだ。


高台院さんは何事かとお春ちゃんを見る。

孝蔵主さんは表情を変えずに腰を降ろす。


「今あからさまに小早川家の家老を2人も処分すれば小早川家は改易される恐れがあります」

お春ちゃんは頭を畳に擦り付けるようにして必死に喋る。


「小早川様は、それだけは先代隆景様のためにもどうしても避けたいとおっしゃいました」


「さりとてこのままではお辰が…」


お春ちゃんの言葉に高台院さんが心配げな声をあげる。


「はい。ですから…例えば、高台院様から直々に小早川家に禁酒令を出してはいかがかと…」

お春ちゃんが頭を下げたまま言う。


「禁酒令?」

高台院さんは首を傾げる。


「はい。今小早川様の身体を蝕んでいるのは酒の毒。あの2人はその毒で小早川様の判断力を奪おうとしています。しかし命を取る気まではない様子。となればまずは酒が手に入らない状態を作れば一先ず小早川様の身体は回復に向かうはずです」

お春ちゃんの言葉に高台院さんは考え込む。


「いや…でも小早川さん家にだけ禁酒令って無理がない?」

俺の呟きに高台院さんが頷く。

「そうです。他家から不審がられますし、私は政治に口出しする立場にありませんよ」

高台院さんの言葉にお春ちゃんは黙り込む。


「いえ…命令ではなく、叔母から甥への忠告…ということであれば問題ないのでは?」

口を開いたのは今までずっと黙って聞いていた孝蔵主さんだった。


「まずは小早川家の当主が酒に溺れているという情報を城内に流します。実際そうですし、登城して政務にあたっているのは家老で最近誰も当主の顔を見ていない。この情報にはかなりの信憑性がある。それに怒った高台院様が小早川家当主をお叱りになる。『政務を怠り酒に溺れるとは何事か!』と。そうすれば小早川家に酒を売るのは憚られ、自然と小早川家に酒は入らなくなるでしょう」

孝蔵主さんは流れるように喋る。


…案外綺麗な声をしているんだな。


「母上…」

お春ちゃんが呆然と呟く。

孝蔵主さんはそんなお春ちゃんを厳しい視線で睨む。

お春ちゃんは慌てて頭を下げる。


「そうね。良いでしょう。多少場当たり的ではありますが、一先ずはそれで時間を稼ぐことにしましょう」

高台院さんが頷くと孝蔵主さんは深く礼をした。


早速孝蔵主さんの手回しで城内に噂が流れる。

案の定噂は信憑性を増して『小早川秀秋酒に溺れる』の情報は城内だけでなく城外にも出て大坂中を駆け巡った。

その翌日には高台院さんが。小早川屋敷を直接訪ねる。


慌てた稲葉と平岡は秀秋は体調不良だと面会を拒絶するが高台院さんは「体調が悪いからこそ説教してやるのだ」と言って無理矢理に秀秋と面会した。


同行したお春ちゃんによれば「2人とも子供のように抱き合って泣いていた」ということだった。


その後は孝蔵主さんの思惑通り小早川家に酒を納入する者はいなくなり小早川家では酒が手に入らなくなった。


これで一先ず秀秋ちゃんの身体が悪化することは避けられるだろう。


しかし…




「…なるほど、小早川の家老がそんなことをなぁ」

三成さんと大谷さんは俺の話を聞いて同時に頷く。


平岡が言っていた内府が「戦を起こす」という話、及びその時に小早川家が家康に付くことで平岡と稲葉は大名に取り立てられるという話だ。


「だとすれば家康の唐突な会津征伐も納得がいくし小早川の裏切りも納得がいくな」

大谷さんは薄く笑いながら呟く。


「うむ。もともと家康は大乱を起こすつもりだったのだ。私は大した準備できていないのにまんまとそれに乗せられて挙兵した。我ながら愚の骨頂だな」

三成さんも笑っている。


「しかし今は違う。内府の狙いも戦いの流れもわかっている。いずれにせよ避けられぬ戦。勝つぞ!」

大谷さんが力強く言う。


「あぁ。家康のやり口は外道のそれだ。そんな奴に豊臣を…天下を譲るわけにはいかん」

三成さんも力強く宣言した。


「そのためにはやはり伊達が欲しいのですが…」

左近さんが溜息を吐く。


「確かに。いよいよ西の毛利と東の伊達が鍵になってくるな…」

大谷さんも左近さんの言葉に頷く。


「毛利さんは…何だか思ってたのと違ったなぁ。もしかしたら力になってくれそうじゃないですか?」

俺が言うと三成さんが頷く。

「私もそう思う。毛利殿は気骨のあるお人だ。恐らく家を守ることで迷いはあるのだろうが毛利殿個人的には内府に屈する気などさらさら無いと信じたい」

三成さんは拳を握りしめている。


「ならば毛利は治部が説き伏せろ。伊達には私が参ろう」

大谷さんが宣言する。


「刑部殿…行ってくれるか?」

三成さんが嬉しそうにしている。


「あぁ。もう時間がない。家康が戦を起こすと決めているのがわかった以上、顔色を窺う必要もない。動くぞ」

大谷さんも笑顔で頷く。


「治部。こちらは太助を借りるぞ」

大谷さんが突然俺の名を出す。


「ではこちらは左近と琴子を連れて行く」

三成さんも同じ考えだったようで反論はしなかった。


こうして三成さんは左近さんと琴子を連れて大坂へ。

大谷さんは俺と小次郎とすずを連れて陸奥へと旅立った。




「なぁ、佐渡よ。小早川はどうなるかの」

「大勢に影響はありますまい。稲葉も平岡も家老のまま。秀秋は女子ですからな。高台院様も甥っ子可愛さから口出ししただけのことです」

「ううむ。しかし今まで動きのなかった小早川が何故この時期に大坂の話題に上る?」

「それはわかりませぬが…」

「殿…」

「半蔵か?どうした?」

「は。佐和山に動きがありました。大谷刑部が東へ向かいました…」

「東…伊達か…」

「恐らくは…」

「手の者はまだ伊達に入り込んでいるな?」

「はっ」

「よし。伊達の動向には目を光らせよ」

「はっ…」

「はてさて…治部少輔にしては随分と大胆に動くな。佐渡、どう見る?」

「どのようにしてかはわかりませぬが、恐らく治部少輔は殿の狙いに気付いておりますな…即ち大乱を起こして豊臣の世を頂戴しようと…」

「佐渡よ。言葉の選びが良くないな…これは亡き太閤殿下の意思を継ぐ戦いだ。惣無事…いや偃武と言うべきか…」

「失礼いたしました…まさに武を偃せるための戦。我らも尽力いたします」

「うん。後は上杉だな。性懲りもなく戦準備をしているらしいではないか…少しつついてみよ」

「はっ。承知いたしました」


第2部完




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