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出現☆熊男!

 立派な和室に通され、俺はひかるさんの隣で正座している。足は早くも痺れ始めていた。


 横目でちらっと見るとひかるさんは涼しい顔で正座している。背もピンとして姿勢が良い。


…やはり良いとこのお嬢様なんだ…こんな立派な家で育って、正座しても苦もなさそうだなんて。


 スーッと障子が開く。

ぬっと現れたのは身長180センチ以上あるだろうか?熊のような大男であった。これもまた時代劇の殿様のような服を着ている。


 ひかるさんが畳に両手をついて頭を下げる。慌てて俺もそれにならう。


 熊男はのしのしと歩いてドスンと上座に腰を降ろした。


 もう1人、着物を着た女性の脚が見える。そそ…と歩くと熊男に向かって左側に正座する。


「何だ。ひかる。そのケッタイな装いは!」


 熊男はその見た目に違わぬ野太い声でひかるさんを叱りつける。俺は思わずビクッと肩を揺らす。


「ご無沙汰しておりました…父上。母上」


 ひかるさんは動じていない。俺は急に恥ずかしくなる。


「質問に答えろ。そのケッタイな装いは何だ?」


…いや、あんたの方がケッタイやろ…と内心突っ込むが怖くて顔はあげられない。


「今住んでいる場所ではこれが正しい装いなのです…」

 

「ふん…2年も文1つ寄越さず、突然帰ってきたと思えば…それで?そこで縮こまっているのは何だ?」


 俺はまたビクッと肩を揺らす。脂汗がだらだらと流れる。


「はい。私の夫になる方です。本日はそのご挨拶に参りました」


 ひかるさんは凛と通る声で俺を紹介してくれた。


「夫だと?勝手に…」


 熊男が明らかにイライラした声をあげる。


「まぁまぁ…とにかく話を聞きましょう」


 そう声を上げたのは左側に座る女の人だ。


「ひかる?ちゃんと順を追って話しなさい。この2年間のこと。この殿方のこと…」


「こんな男今すぐ…」

「殿は一旦お静かに!!」


 熊男の怒鳴り声をぴしゃりと遮る女性。


…強い…。


「さぁ。ひかる」


 女性に促されひかるさんが口を開く。


「私は2年前家を出て、こことは違う場所に行きました。たまたま見つけた洞窟を通り抜けると、そこには見たこともない場所に繋がっていました。そこは本当に不思議な場所で、一口ひとくちには説明できません。ただ、私にはとても居心地が良かったのです」


 ひかるさんは一度言葉を切る。少しのがあって再びひかるさんが言葉を続ける。


「父上。母上。出戻でもどりの私を快く迎え入れてくれたこと、そして次の嫁ぎ先を必死に探してくれていたこと。感謝してもしきれません。けど、私はここを出てこの方と生きていきます」


 そう言うとひかるさんは俺の肩に片手を置いて、背中にもう片手を添えると、頭をあげさせる。


 熊男と女性の視線が俺に集まる。俺はとりあえずペコっとしておく。


 熊男と女性は何か不思議な物を見たかのような顔でマジマジと俺を見る。

…どうせ変な顔ですよ!


「父上…母上…ひかるは死んだものと思ってください。ここには二度と戻らぬ覚悟です」


 ひかるさんはそう言うと畳に手をつき頭を下げる。俺も慌ててそれに合わせて頭を下げる。


「そんなの認めん!…許さんぞ!」


 熊男が声をあらげる。俺はどうしても反応してビクッとなってしまう。我ながら小心者しょうしんものだ。情けない。


「ひかる…この家のことなら気にしなくていいの。いつまでだって居てくれて構わない」


 女性は優しく、しかし悲しい声でひかるさんを引き留める。


「母上…ありがとうございます。でも、このお方…太助様と生きて行くと決めたのです。父上…申し訳ありません」


 ひかるさんは畳に手をついたまま静かに、しかしはっきりと言った。


 俺の見間違いでなければ、頭を下げたひかるさんの目には涙が浮かんでいた。


「ふんっ…もう二度と家の敷居は跨がせんからな!」


 熊男はそう言うと腰を上げ大股でのしのしと部屋から出て行ってしまった。


「貴女が決めたのならもう何を言っても無駄ですね…わかりました。幸せにおなりなさい」


 女性はそう言うとひかるさんの頭をあげさせる。

俺はそれを見て勝手に頭をあげる。


「さぁさぁ…もう日も暮れる。今日は泊まって明日帰りなさい。ね?そうなさい」


 女性に言われて見ると確かに夕陽が障子しょうじをオレンジ色に染めていた。


 確かにこれからあの道のりを戻るのは少し辛いかもしれない。正直この家は一刻も早く退散したいが、お腹も減ったし女性の申し出はありがたかった。

 そんな思いが表情に出ていたのかひかるさんは俺の顔を見ると「お言葉に甘えます」と頭を下げていた。


 

 てっきりひかるさんと同じ部屋かと思っていたら俺だけ門の脇にある小屋に連れてこられた。連れてきてくれたのは門前で会った老人だ。


「ちっ…なんでこんなやつがひかる様と…」


 などとずっとブツブツ言っている。

…え?俺もしかして今晩このお爺さんと一緒に寝るの?


『ゴトッ』

 

 乱暴に置かれたお椀にはお粥が湯気を立てている。箸を手渡される。老人は無言で自分のお碗を箸で掻き込む。俺も倣ってお粥を食べる。


「…」


「…」


 無言でひたすらお粥を掻き込む。

 得体の知れない緊張感でお粥の味もわからない。


 食事が終わりしばらく老人から睨まれていると小屋の扉がコトコト叩かれる。


 老人が億劫そうに立ち上がり扉を開ける。


「ひかる様!?いけません!こんな時分にこんな場所に!」

 老人が大声を上げる。声をした方を見るとそこにはひかるさんが立っていた。ワンピースではなくて赤い着物を着ている。…綺麗だ。すごく似合っている。


「少しよろしいですか?」


 ひかるさんは老人ではなく俺に言った。老人は何か言いたそうにしているが、俺はここから抜け出す大義名分たいぎめいぶんを得ていそいそと戸口に向かう。


 老人に睨まれながら外に出る。ひんやりとした空気が気持ちいい。空を見上げると満天の星空だ。天の川が見える。


「おぉっ!すげぇ!」


 俺は思わず声を上げる。ひかるさんも俺と同じように星空を見上げる。2人でしばらく星空を見ていた。


「申し訳ありませんでした…」


 ひかるさんが唐突に頭を下げる。俺はそれが何に対しての謝罪なのかわからずにただひかるさんの顔を見返す。


「私の事情を何も知らせずにこのような場所にお連れしてしまったこと…何とお詫びをすればよいか…」


 ひかるさんはもう一度頭を下げる。


…確かに。俺は今でもひかるさんのことがまったくわからない。

 知りたいこと、聞きたいことが山程あった。とりあえず今一番聞きたいことは…



「ひかるさん…ここはどこなんですか?…いや…違うな。いつなんですか?」


 俺の質問にひかるさんは表情を変えずに答える。





「西暦で言えば1599年。元号で言えば慶長けいちょう4年です」

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