その名は関ヶ原
蝉がうるさいほど鳴いている暑い日。俺と琴子はしびれる足を誤魔化しながら母屋の一部屋に並んで座っていた。
「で?話というのはなんだ?ひかる」
目の前に座る熊男…島左近が不機嫌そうに口を開く。
「はい。この先の出来事について、父上のお耳に入れたく…」
熊男の脇に正座するひかるさんが頭を下げ、俺と琴子も頭を下げる。予め3人で練習していたので上手にできた。
「この先だと…?」
熊男はギロリとひかるを睨みつけ、その後俺たちのことも睨みつける。
「マジ…盗賊…」
琴子がボソリと言うのが聞こえて俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「はい…父上。こちらの太助様と琴子さんは遠い先の時代からいらした方です。私が2年間住んでいた場所もその先の時代です」
「そしてその時代の記録にはこの先の父上のこと、そして治部少輔様のことが残っております」
熊男は目を瞑り黙って聞いている。
「父上と治部少輔様は内府相手に大戦を挑みます」
「その戦の結果は…」
「くだらん!!!」
ひかるさんの言葉を遮り熊男が怒鳴る。
隣で琴子がビクッとする。
…俺は少し慣れた。
「戦の結果が最初からわかってたまるか!それならはなから戦などせんわ!」
熊男は怒鳴ると息を大きく一つ吐く。
「ひかる。その者たちはここに置いてやる。ただし二度と先のことなど口にするな」
熊男は静かに、しかし有無を言わせない声で言った。
俺も琴子も、そしてひかるさんも俯くことしかできない。
その時障子がすーっと開いた。
「左近…邪魔するぞ」
「と…殿!?」
「治部少輔様!?」
部屋に入ってきたのは石田三成だった。
「左近、ひかるたちの話、もう少し聞かせてもらおう」
落ち着いたよく通る声で言うと熊男が譲った上座に優雅な仕草で座る。熊男はしぶしぶ…といった具合に三成さんから見て左側、俺達から見れば右側に避けた。
「して…何故私と内府が戦をする?」
三成さんはひかるさんに問かける。
「はい…そ、それは…」
ひかるさんは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。
…ひかるさん緊張しすぎ…。
俺は琴子が説明してくれるかと期待して横をちらっと伺う。
琴子は両手を胸の前で合わせ、目をハートマークにして三成さんを見つめている。
…こりゃダメだ…。
「はい。きっかけは徳川家康が会津の上杉景勝を討伐しようとしたことです。そのことに反対する大名を糾合して石田様が上方で挙兵。東に下っていた徳川家康が上方に取って返して大戦になりました。」
俺が付け焼き刃の知識を披露すると三成さんは考え込む仕草をする。
「上杉殿を?内府が何故?そして上杉殿のために私が?一度、殿下がご存命の頃、饗応役として応対したことはあるが……ふむ…だとすれば上杉殿は互いの口実か…すまぬ。続けろ」
三成さんは涼しげな目をこちらに向け直す。隣で琴子が『はぅっ♡』と小さく奇声を発する。
「はい。結果は…残念ながら石田様方、いわゆる西軍の敗北です。士気の低さと裏切り者が出たことが敗因と言われています」
「貴様!適当なことを申すな!…殿?」
熊男が立ち上がろうとするのを三成さんが片手で制す。
熊男が浮かせた腰を降ろすのを見て三成さんは自嘲気味に笑う。
「士気の低さと裏切りか…ありえない話ではない。私の人望の無さは折り紙付きだ」
…憂いを帯びた表情もまたイケメンだ。
「それで?その後どうなる?」
三成さんはどこか諦めにも似た表情で更に聞いてくる。しかし…
…ここから先は…何と言えば良いんだろう…
「父上は戦場で討死。治部少輔様は捕らえられ斬首。その後は徳川家康が実権を握り征夷大将軍に叙任されます。その約10年後、徳川家康によって大坂城は焼け落ち豊臣家は滅亡します」
ひかるさんは決意を湛えた眼差しで、まっすぐと三成さんを見て言った。言葉が途中で詰まることはなかった。
俺は恐る恐る三成さんの様子を伺う。
…さぞショックを受けているだろう。部下を死なせ自分も死んで、その上、主家は滅亡。救いが無い。
…え?笑ってる?
そう、三成さんは笑っていた。声はあげず、しかし楽しそうに。
「そうか。…おい左近!どうやらひかるたちの言ってることは本当らしい」
楽しそうに熊男に笑いかける三成さん。何だか気味が悪い。
「はっ…?はぁ?」
熊男も困惑している。
「いや…すまんな。内府…いや家康があまりに私の思っていた通りの男でな。あの狸…本物の狸であったわ!あっはっはっ!」
とうとう三成さんは声を上げて笑い始める。
「あのっ!すいません!石田様はご自分が死ぬと聞いて何とも思わないのですか?」
俺は我慢できずに三成さんに問かける。
「無礼な!」
例によって熊男が立ち上がりかけるが三成さんがそれを制す。
三成さんは不思議そうな面持ちで俺を見返すと口を開いた。
「私が死ぬなど些末なことだ。個人の死は歴史に大きな影響を与えん。むしろ重要なのはそこに至るまでの行動だ。まぁ…そういう意味では徳川家康との戦で負けて死んだというのは私の最大の失策ではあるな…負けるくらいなら戦などするべきではなかった……だが、その話をしたということは私に協力してくれるということだな?」
三成さんは俺から目を転じてひかるさんを見つめる。
「はい…そのつもりでお話ししました」
ひかるさんはゆっくり頷く。
「しかし…良いのか?私はそもそも死ぬはずの人間だ、家康の野望を打ち砕き豊臣を残すことができるならば餓鬼、畜生に堕ちようとも怨みはない。しかしそなたたちは…」
三成さんは心配そうに俺達3人を見回す。
「私達がやろうとしていることが神仏に逆らう事であることはわかっています。わかった上で、お手伝いをさせて頂きます」
ひかるさんは俺を見て、琴子を見て、三成さんを見て頷いた。
「そうか…ならば改めて話を聞かせてくれ。何故戦になったのか。詳しくな……ところで、後世では私と家康の戦いは何と呼ばれている?」
三成さんは興味津々といった表情で俺達3人の顔を見る。
俺達も顔を見合わせて口を開く。3人の言葉が重なる。
『関ヶ原の戦いです』




