第8小節目 ♫ 赤土の抱擁
クロウリーの転落から数時間後___。
「クロウリー様!クロウリー様!」
「どちらにいらっしゃるのですか!お返事を!」
捜索隊の叫び声がこだまする。
何十もの足音と蹄の音が塔のふもとをバタバタと駆け抜け、周囲の地形を懸命に探し回る。
しかし誰一人として足元の粘土塚には気がつかない。
王城のレンガと同じ色をした赤土色の塊は、夜の闇にすっかり溶け込んでいたのだ。
やがて捜索隊の声が遠のく頃、ふかふかの粘土の一部が微かに動いた。
すると赤土の中から、ニュッと一つの手のようなものが突き出される。
そして粘土を掻き出すようにして、中から何かが這い出てきた。
「プハッ…!なんなんだこれは…体が、ドロドロだ!」
クロウリーであった。
彼は生きていたのだ。
全身に粘土がべっとりと付いており、誰であるかも、いや人ですらあるかも分からない姿になっている。だが確かにこれは、塔から落ちて行方不明となっていたクロウリーだ。
この粘土は、オカリナ王国特産の天然粘土。オカリナを焼くための重要な素材であり、適度な柔らかさと弾力を持っている。
奇跡的にもクロウリーは、林の中に広がっていた粘土塚に落下した。
もし粘土が少しでも硬ければ、体を打ちつけて命を落としていただろう。
また逆に柔らかすぎれば、粘土の深くに埋もれて息をすることさえ叶わなかったに違いない。
運命としか思えない奇跡が、クロウリーを救ったのだ。
やっとの思いで粘土の沼から出た彼は、体中が痛みに包まれているのを感じた。
周囲は静まり返り、どこか湿った空気が漂っていた。
彼は自分がどこにいるのかを思い出そうとしたが、頭がぼんやりとして思考がまとまらなかった。
最後の記憶は断片的ではあるが、ミケルと口論になったこと、そしてバルコニーから転落したことを思い出した。
赤土の粘土に受け止められたとはいえ、あの高さから落ちたためクロウリーの全身は打撲と擦り傷だらけだった。
そして利き手の左手首に鋭い痛みが走る。
「骨折…良くて捻挫かな…。」
こんな時ですらクロウリーは、しばらくオカリナが吹けなくなるかも、などと考えていた。
そして彼の意識は次第に曇っていき、再び気を失った。
つづく