第39小節目 ♫ 『非常に弱く』
建物に入るとすぐ、受付兼事務所の一角が目に飛び込んできた。
そこでは、学院の職員たちが忙しそうにタイプライターを叩いている。
だがここで使われているタイプライターは一味違うものであった。
よく見ると、その文字盤はどれもピアノの鍵盤そっくりなのだ。
文字を打つたびに、ピアノの単音が高速で奏でられていく。
何人もの職員が同時に作業しているため、まるでアレグロの楽曲が紡がれていくかのようだった。
「こんにちは。」
クロウリーが一番手前に座って作業していた女性に声を掛ける。
「4年前に卒業した、オカリナ専攻のクロウリー・ダイヤモンドです。
学院長の、エリーゼクラヴィ…コホン。エリーゼ(♪)クラヴィア先生にお会いしたいのですが。」
彼は恩師の名前と苗字の間に妙な八分休符を付けた上で、区切ってわざわざ言い直した。
「エリーゼ(♪)クラヴィア先生ですね。
ただ今ピアノ棟のホールで講義中ですが、あと15分ほどで本日は終了となります。
それまでホール近くでお待ちください。」
そしてクロウリーが軽く頭を下げた後、女性はタイプライターの鍵盤に向き直り、再びせわしなく音を打ち出した。
二人は礼を言い、ピアノ棟へと向かった。
ピアノ棟は、学院の中でも一際目を引く大きな建物だった。
その外観は、まるで巨大なグランドピアノを地上に立てたかようかデザインだ。
正面玄関に当たる部分には、ピアノの鍵盤を模した階段が設けられており、白と黒が交互に並んだ大理石が美しく輝いている。
二人はその階段を登り、最上階にあるホールの入り口にあったベンチに腰掛けた。
まだ講義は終わっておらず、ホールの中からピアノの音が漏れ出ていた。
ステンドグラスの窓から差し込む光は淡い虹色となり、静かな美しさを漂わせていた。
重圧そうなホールの金色の扉には張り紙がされており、ユーリはそれをじっと見つめていた。
『お静かに』
その言葉の下には、『pp』という記号のようなものが添えられている。
「pp、は…ピアニッシモ?」
ほとんど息の音と等しい小さな声で、ユーリは呟いた。
「そう。強弱記号のピアニッシモ、だね。」
この学院が独特なのか、グランドピアノ州が音楽を以って規律を守る文化であるからなのか。
ここでは話す際の音量までもが楽譜の記号で管理されるようであった。
つづく




