余罪
「辛抱強い男だね、君は」
ヴィドー公爵リベリオはサロンで勝手にくつろぐ親友を見下ろした。
野良猫のように出入りするエルは、周囲に第二王子という身分を明かしていない。リベリオも父親、先代のヴィドー公が第二王子の支援者になっていなければ、正式にお披露目されるまで知らなかっただろう。
「そんなに褒めるなよ」
エルはソファの背もたれに頭を乗せ、背後にいたリベリオを見上げてきた。兄のアロルドとは顔のパーツは似ているが、全体的な雰囲気は似ていない。
エルは生まれた境遇から、ひねくれた見方をすることがあった。己のことを王位継承者に何かあった時のための予備と自嘲し、脅威と見なされないよう能力を低く見せている。
ただ、この屋敷にいる間は違っていた。リベリオが自分を裏切らないと知るなり、堅苦しい第二王子としての振る舞いを捨てた。彼にとって、ここだけは素直になれる居場所だったのだろう。
親を亡くしたばかりの幼い妹とは、すぐに打ち解けた。月日が経つにつれエルがフランチェスカのことを想っていることは知っていたが、わざわざ口を挟むことはしなかった。実兄の婚約者だからと、心を押し殺す親友なら一生隠し通すだろうと思っていたからだ。
流れが変わったのは、フランチェスカとアロルドの不仲が噂されるようになってからだった。
「あの男爵令嬢が兄上を狙い始めた時は、どうなることかと思ったよ」
「白々しい。好機だと思って放置していただろう?」
リベリオは薄く笑うエルの向かいに座った。
「僕に男爵家の周辺を調べさせて、有力な証拠を探らせたほどだ」
「兄上があの女に誘惑されてフランを捨てるからだ。伴侶として大切にするなら、俺は死ぬまで何もしなかった。全てはあの二人が悪い」
「よく噂の出どころがエミリア嬢だと分かったね」
「情報提供者はリベリオ以外にもいる、とだけ」
そうだろうなとリベリオは思う。この男が自分以外の情報源を飼っていても不思議ではない。自分が調べていたのは、男爵家の金の流れだけだった。公爵のリベリオが集められる情報には限度がある。それなのにエルは不確かな噂の根源を突き止めていた。
フランチェスカも独自に調べていたようだが、発信者までは分からなかったようだ。
「しかし『王子の婚約者を外聞だけで悪役に仕立てる』か。面白いことを思いつく。権力を持たない者なりの戦い方だな」
「エル、笑い事ではないよ。今回はエミリア嬢の身分が低かったおかげで、本気で信じている者は世間知らずの令嬢ばかりだった。だが今後、似たような手口を使う者が出ないとは限らない」
「噂に踊らされる者は、もとより信じたい話しか聞かない。新たに心地よい話題を提供されれば、簡単に飛びついてしまう。そんな彼らをどうまとめるか……俺への課題だな」
まるで他人事のように言う。リベリオは目を閉じてため息をついた。
疲れてきたリベリオに、エルは追い討ちをかけるようなことを投げてきた。
「さて、ヴィドー公爵。フランチェスカ嬢からは明確に拒否されなかった。次に会う約束も取り付けたぞ」
「……分かったよ、フランに届いている見合いの話は全て断っておく。もっと厳しい条件にしておけば良かったな」
「読み違えたな、リベリオ。ダンスをすれば相手が自分のことをどう思っているのか伝わってくる。嫌われていないなら、後は好感を抱いてもらえるようにするだけだ。手が届かない相手だからといって、邪険にするわけがないだろう」
リベリオは逃げ道がない妹に同情した。悪い奴ではない。公私を弁えているし、フランチェスカのことを尊重してくれている。だが今まで抑えていた反動がどうなるのか予測出来ないところが怖い。
「フランに近づく男は、全て排除されそうだね」
「人聞きの悪いことを言うな」
即座にエルが否定してきた。
「フランの社交を邪魔する気はない。彼女に話しかけただけで睨むほど、俺は狭量じゃないぞ。一線を越えようとする奴には容赦しないがな」
その点を指して排除と言ったのだが、あまり通じていないようだ。
「程々に頼むよ。フランを『国を傾けた悪女』として有名にしないでほしい。大切にすることと甘やかすことは違うよ」
「俺には区別がつかないと言いたいのか」
「恋は人を盲目にするからね。君の兄のように」
エルは眉間にシワを寄せて黙った。しばらく視線をソファのひじ掛けに向けて静かにしていたが、やがて『心得ておく』と渋々答えた。
「手始めに、フランと婚約を望んでいる家を聞きたいのだが」
「……僕から断っておくから、余計なことはしないでくれ。いいか、偶然を装ってフランに会いに来ようとする男を闇討ちしたりするなよ?」
「要は俺だとバレなければいいのだろう?」
「君以外、誰がいるんだよ……第二王子はフランにご執心だと、皆が知っているんだよ?」
どうやらリベリオが安心できるのは、しばらく先になりそうだ。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
乙女ゲームと関係ない悪役令嬢ものって、どんなものだろうかという疑問から書いてみた話です。
連想ゲームのように設定を重ねていった結果、こうなりました。
恋愛小説って難しいなと反省しております。
面白かったなと思ってくださった方。おられましたら、下の星を塗りつぶしてやってください。
すごく嬉しいです。
2022/04/23 佐倉百