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気まぐれな客


「どう考えても変なのよ」


 第二王子のお披露目が行われる一月前、フランチェスカは自宅のサロンで困惑していた。


「昨日の午前中、私はこの屋敷でダンスの成果を披露していたの。それなのに聖ベルナルド教会に出没した私は、子爵令嬢のドレスを踏んで泣かせたらしいわ。午後は平民に無理難題を押し付けて、懲罰と称して冷水をかけたそうよ」


 己の不名誉な噂が書かれた書類をテーブルに置き、フランチェスカが続ける。


「ダンスを見ていたのは使用人だけじゃないわ。休暇中だったお兄様が私をからかいに来ていたし、もちろんダンス教師の先生も」

「ダンスの相手をしていた俺も、もちろん知っている」


 だらしなくソファーに寝転んでいた青年が起き上がった。襟元を緩め、昼寝から起きたばかりの気だるげな態度でフランチェスカを見上げる。栗色の髪がさらりと揺れ、濃い緑色の瞳が露わになった。


「ようやく俺の足を踏まなくなったから、よく覚えているよ」

「エル、それは言わないでって言ったでしょ!?」


 慌てて口止めをしてくるフランチェスカに、エルと呼ばれた青年は微笑んだ。黙っていれば近寄り難いほど整った顔をしているのに、口を開けば出てくるのはフランチェスカをからかう言葉ばかり。馬鹿にしてくるわけではなく、ただ面白がっているだけなので、本気で嫌だと感じたことはなかった。


「それで? 身に覚えのない噂を流されたヴィドー家令嬢フランチェスカは、このまま泣き寝入りするつもりか?」

「まさか! 犯人を明らかにして噂を訂正……しようと思って調べたけれど、出所が掴めないの」

「へぇ。積極的だな」


 フランチェスカの手から調書を取り上げ、エルは目を通していく。眺めているだけに見えて、ちゃんと読んでいることは付き合いが長いフランチェスカには分かっていた。


「俺の周囲にも面白い話が流れてきていてね。第一王子の婚約者が他の令嬢に圧力をかけて、候補者を辞退させたと」

「私はそんなことしないわ!」


 身に覚えのない非道に、フランチェスカは声を荒げた。


 自分が第一王子の婚約者になった経緯は、非常に政治的な理由だと聞いている。そこにフランチェスカの意志はない。まだ社交界も知らないほど幼い頃、一方的に婚約者が決まったと教えられたのだ。フランチェスカは自分の他に誰が候補者だったのかも知らない。


「誰かの恨みを買った覚えは?」

「ないわ。自分の教養を磨いて、他の家と良好な関係を築くことで精一杯なのに。嫌がらせをしている暇なんてないのよ」


 第一王子は次の王位に最も近い。このまま順調にいけば王妃となるフランチェスカは、誰よりも優れた女性であることを求められていた。未来の王妃が平凡では困ると、いつも監視されているようで気が抜けない。


「……だからか」

「え?」


 エルは何も言わずに調書を返してきた。


「噂に踊らされているのは、下級貴族ばかり。フランと仲が良い家は、そんなことは気にしていないようだ。よかったな」

「良くないわよ。ありもしない話で一方的に敵視されるなんて」


 フランチェスカが詰め寄ろうとしたとき、サロンに兄のリベリオが入ってきた。両親を不慮の事故で亡くして十代でヴィドー公爵家当主となったリベリオは、聡明で思慮深い自慢の兄だった。


 いつも通りの光景に、リベリオの頬が緩む。


「エル、あまり妹をいじめないでやってくれないか」

「申し訳ないが、これが俺の趣味でね」

「悪趣味って言うのよ、それは」


 フランチェスカが抗議しても、エルはいつも通り聞き流した。


「僕の用事は終わった。そろそろ行こうか」

「なんだ、もっと遅くなっても良かったのに」


 エルは不満そうだ。表情がすぐに変わるエルは、自由な猫のようで少し羨ましかった。


 彼は兄の古い親友だ。いつもふらりと兄に会いに来て、暇だからと屋敷の中で自由に過ごしている。フランチェスカとはリベリオの手が離せない時に話し相手になったことから、交流が始まっていた。出会ったのが幼い頃だったせいか、男女の仲に発展することなく幼馴染のまま距離を保っている。


「フラン。こいつの相手をしてくれてありがとう」

「いつものことですから」


 家を出るという二人を見送り、フランチェスカは楽しい時間が終わったことを残念に思った。また『令嬢として大切なこと』を学ぶ日々が戻ってくる。貴族に必要な教養を身につけるため、自由になれる時間は少ない。アロルドと結婚しても、似たような生活が続くのだろう。


「お嬢様、手紙が届いております」


 暗い気持ちになりかけたフランチェスカに使用人の一人が手紙を差し出してきた。礼を言って受け取り差出人を見ると、封蝋にアロルドを示す印がついている。


 すぐに自室に帰って封を開けたフランチェスカは、更に心が沈んでいくのを感じていた。


「……また、ですか」

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