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悪い噂と悪役令嬢


 きらびやかなドレスをまとった淑女に、上品な振る舞いの紳士。舞踏会に集まった貴族は、華やかな夜を過ごしていた。


 笑顔の下に打算と嘘を隠し、互いの足を引っ張りあう。

 もしくは部屋の隅で目立たぬよう、仲間と時間を潰す。


 目的は違えど、共通していることは『欠席することは望ましくない』という一点のみだった。


 表向きの理由は、王妃主催の夜会――外国に留学していた第二王子が帰国し、初めて皆に紹介される日だ。

 本音は第一王子アロルドと二人の令嬢を見るため。


 社交界に降ってわいた愛憎劇を間近で見物しようと、好奇心に駆り立てられて集まっているのだ。


 ホールの入り口に小さなざわめきが起きた。声につられて視線を向けた人々は、そこに噂の公爵令嬢の姿を見た。


 淡いクリーム色の髪に水色の瞳の才女、フランチェスカ。美貌ではなく才能でアロルドの婚約者に決まったと噂されている。藍色のドレス姿の彼女は、たった一人で会場に現れた。


 本来なら女性が一人で来ることはない。夫婦ならば夫が。未婚なら家族、又は婚約者が。必ず男性が連れてくることが当たり前だった。


 フランチェスカが歩くたびに人垣が割れ、静かになっていく。薄く微笑む令嬢に、周囲の者は誰も話しかけることができなかった。


 婚約者であるはずのアロルドに放置されるという侮辱に対し、彼女が何を考えているのか全く分からない。


 問題のアロルドはと言えば、会場の一角で側近と共に座っているだけだ。彼の隣にいるのは、もう一人の噂の令嬢だった。男爵令嬢という身分であるにも関わらず、大胆にもアロルドに接近し、真実の愛を育んでいるという。


 明るい茶色の髪に焦茶色の瞳を持つエミリアは、よく笑う可愛らしい令嬢だった。純粋さを持ったまま大人になろうとしているところがあり、それが男性の庇護欲を掻き立てる。


 才能はあっても無愛想で悪女と囁かれるフランチェスカ。

 愛らしく素直なエミリア。

 アロルドが惹かれるのも無理はないと、擁護する声もある。


 フランチェスカは婚約者の姿を見つけ、そっと扇子で口元を覆った。近くにいた者は落胆した表情に気が付いたが、後で婚約者に苦情の手紙でも送るのだろうと解釈した。ことあるごとに小言を伝えたせいで、王子の心が離れていったのだ。あれは自ら愛情を枯渇させた愚か者だと、勝手に評価を下す。


 静まりつつあったホールにダンスの曲が流れた。フランチェスカの登場を見守っていた貴族たちは、それぞれの相手と共に中央へ移動してゆく。


 アロルドの婚約が白紙になる日は近い。政治のために結婚するのが貴族ではあるが、こうも性格が合わないと、その後の政治にも支障をきたす。


「フランチェスカ様はどうされるのかしら」

「公爵令嬢ともあろう方が、まさか壁を彩るために来るなんて」


 華やかな音楽に溶け込めない忍び笑いが、どこからともなく聞こえる。エミリアと懇意にしている令嬢だった。


「いえいえ、もしかしたら誰かが哀れんでダンスに誘ってくださるかも」

「まさか! だって相手はアロルド様の婚約者でしょう? 性格も悪いと噂ですし、罵倒を浴びせられるのでは……」


 いつの間に近づいたのか、仮面をつけた男がフランチェスカを誘っていた。初めこそ驚いていたフランチェスカだったが、どこか安心した顔で男の手をとる。


「いったい、どなたなの……?」

「分かりませんわ。せめて仮面を取ってくださらないと」


 仮面の男は優雅にフランチェスカをリードしていた。その慣れた振る舞いから、貴族であることは間違いないのだろう。だが噂をしていた令嬢たちには、該当する者の名前が出てこなかった。


 二人は付き合いが長いのか、息が合ったダンスをしていた。次第にフランチェスカの表情が柔らかくなっていく。婚約のお披露目として、彼女がアロルドと踊っていた時のような、ぎこちない動きとは全く違う。


 二人のダンスは、いつしか周囲を魅了し始めていた。強制されたわけでもなく場所を譲り、足を止めて鑑賞する者が増えていく。


 エミリアと談笑していたはずのアロルドも、信じられないといった顔で見つめていた。一人で訪れた婚約者に、まさかダンスを申し込む男がいるとは夢にも思っていなかったらしい。だが曲が終盤に差しかかると我に返り、不機嫌さを押し殺して二人に近づいていった。


「なんだその男は。フランチェスカ、お前は婚約者がいるにも関わらず、得体の知れない奴と踊る女だったのか」


 楽しい時間を邪魔された二人は、感情がこもらない瞳でアロルドへ視線を寄越した。ダンスを中断して手を離し、フランチェスカがアロルドに向けて軽く膝を折る。相手への敬意ではなく、王族という立場への挨拶ということは、その表情によく現れていた。


 アロルドの後ろには、不安そうなエミリアが従っている。いよいよ始まりそうな修羅場を察し、周囲から好奇の目が集まっていた。


 フランチェスカは広げた扇子で口元を隠して、小首を傾げた。


「あら、私のことですの?」

「ほ、他に誰がいる!?」

「迎えに来て下さらなかったので、てっきり婚約は解消されたのだと思っておりましたわ。では私は今、浮気現場を目撃していることになりますわね」


 すっと目を細めたフランチェスカがエミリアを見た。エミリアは顔を青ざめ、両手を胸の前で握る。怯えた彼女を守るよう、アロルドがフランチェスカに詰め寄った。


「そんな低俗な言葉で彼女を貶めるのは止めてもらおうか」

「低俗な行為をなさっている方を、他にどう呼べと仰るの? まさか真実の愛の前には、どのような行為も許されると?」

「真実の愛、か。そうだな。俺はエミリアに出会ってから、互いを尊重して愛することの尊さを知った。義務で婚約した君とは、何もかも違う」


 エミリアの肩を抱き寄せたアロルドは、何かを決意した顔でフランチェスカを睨んだ。


「君が他の令嬢へ嫌がらせを繰り返し、婚約者の座に収まったことは調べがついている。自らの感情を優先させるような者に、未来の王妃はふさわしくない! この場で婚約を――」

「貴方にそれを決める権限は無いはずですよ」


 アロルドの言葉を遮ったのは、仮面をつけた男の方だった。ダンスの相手として健全な距離を保っていた仮面の男は、フランチェスカを後ろに下がらせる。アロルドとは対照的な振る舞いに、聴衆は知らず知らずのうちに好感を持ち始めていた。


「何だ貴様は。その仮面も失礼だろう」

「まだ取ってはいけないと申し付けられております。時が至れば、すぐに」


 王族を前に引かないどころか、貴族として挨拶すらしない。彼の素性について、周囲からは疑惑と憶測が流れ始めていた。

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