第334話 剥製王の城
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バラムドーラからレクター・コレクトの居城まで連れてこられたロキ。縄を引かれ、足取りもままならないまま辿り着いた先は、やけに静かな謁見室だった。
広い。天井が高い。壁は重厚な石造り――のはずなのに、空気が薄い。音が吸い込まれるようで、足音すら自分の耳に届くまで一拍遅れる気がした。
そして正面、玉座に一人の男が鎮座していた。
「――アマネトは連れてこられなかったか」
抑揚のない声でレクターが言った。梟を思わせる相貌。茶色い中分けの髪に顎髭。体格はどっしりとしていて、全身を覆うマントがその輪郭をさらに重く見せる。
だが一番目を引くのは、やはり双眸だった。フクロウのそれを連想させる瞳は、こちらを見ているのに“見ていない”。血の通わない硝子のような冷たさだけが宿り、感情の所在が読み取れない。
「今回は偵察がメインと聞いていたからな。代わりにドワーフを一匹捕まえて来たから、それで納得してくれよ」
「俺を動物みたいに言うな!」
ギルの物言いにロキが声を荒げた。
そのロキを観察するように、レクターの視線がゆっくり動く。視線だけが動き、表情は微動だにしない。
「ドワーフか。確かに珍しいな」
「はい、旦那様。しかもこの漢、北のニルヘイムからやってきたとのこと。ドワーフの中でもかなり珍しいタイプですな」
淡々と語るクレヴォを、ギルが横目で見ていた。いつの間にそこまで調べたんだ、と感心しているようでもある。執事ってのはどこまでも抜け目がない。
「ふむ。確かに珍しいのかもしれんが、容姿がな。むさ苦しい」
「勝手に連れてきて随分な言い草だな」
「キュ~イ……」
「オイッスゥ……」
目を窄めながらロキが文句を言う。ノームたちとファーは不安そうに身を寄せ合った。
謁見室の空気は静かなのに、視線の圧だけが重い。まるで壁も床も天井も、全部がこちらを眺めているみたいだった。
するとレクターが指を鳴らした。乾いた音が一つ。
それだけで、背後に控えていたメイドたちがすっと前に出て、玉座の横にずらりと並ぶ。歩幅も、姿勢も、首の角度すら揃っている。整いすぎていて、逆に息苦しい。
「これが私の自慢の剥製たちだ。美しかろう?」
レクターは笑ってみせた。だが顔が笑っていても瞳はまったく笑っていない。笑顔の内側に、言いようのない淀みがある。
――美しいものを眺めているはずなのに、そこに“温度”がない。
そんなレクターとメイドを見たロキはというと――
「うっひょぉぉおぉおお! 素晴らしいではないか!」
声を張り上げ、ロキはなんとメイドへ飛びかかろうとした。
それを察したクレヴォの動きは速い。床を滑るように詰め、ロキの腕を捻り、体重を預けて一息で組み伏せる。縄があるのに、それでもなお確実に抑えるのが腹立たしいほど上手い。
「え~い! 何をする、離さんか!」
「黙れ。旦那様に手を出そうというなら容赦はしない」
「旦那様? 何を勘違いしている! 俺はあのメイドを近くで見たいだけだ! 最高のスタイルと美しさを兼ね備えた素晴らしいメイドをな!」
組み伏せられながらもロキは叫ぶ。ノームたちは揃って頭を抱え、ファーは仰向けにひっくり返って、もうどうにでもしてくれと言わんばかりに「キュ~イ……」と情けない声を漏らした。
「ほう――」
そこで別の反応を見せたのはレクターだった。
声が少しだけ“上がった”。それだけで、この男の興味が動いたのがわかる。
「お前、この私のコレクションの美しさがわかるのか?」
「勿論だ。素晴らしい趣味ではないか。是非とも近くで見たいぞ」
レクターが視線で合図した。
クレヴォの拘束が解かれ、ロキは弾かれたように立ち上がると、すぐさまメイドの前へ。顔を近づけ、角度を変え、首筋、指先、頬のラインまでまじまじと眺めた。
その姿を、レクターは飽きもせず見下ろしている。嬉しそうでもないのに、目だけがじっと“所有物を確かめる”ように動いていた。
「どうだ、我が作品は――」
「素晴らしい。確かにメイドの出来は最高だ。これだけの剥製を作るとは感服するぞ。だが――この城のつくりはなってないな」
言い切った瞬間、謁見室の空気が一段落ちた。
ノームたちが固まり、ファーがぱちぱちと瞬きする。ギルが面白そうに口角を上げ、クレヴォは眉ひとつ動かさない。
「何? 何か不満があるのか」
「俺は鍛冶師だからな。これでも物を見る目はある。特に気になったのは大砲だ! あれは全くなっとらん!」
「ほう」
先程までとは打って代わり、レクターはロキに興味を抱いたようだった。
無機質な瞳が、初めて“獲物”ではなく“素材”としてロキを見始めた――そんな気配が、ひやりと背筋を撫でる。
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