第173話 砂漠の要求と要求
「くっ、何だ今のは! 何なんだ!」
さすがのシュデルにも焦りが見えた。いやシュデルだけじゃない。シュデル自慢の千鋭百鬼団にも動揺が見られる。
フィーの力は強大だ。火柱が上がったところは砂だった筈なのに今は真っ赤に染まっている。
勿論、これを今すぐにシュデルに放つわけにはいかない。そんなことしたら地下に囚われているであろうパピルサグ族も巻き添えを食ってしまうからだ。
ただ、相手にこちらの強さを知らしめる為には効果的だった。それは間違いない。
「テメェ、それでも人間かよ!」
シュデルが叫んだ。えっと、何かシュデルの選ぶべき言葉が微妙だ。それどっちかというとこっちの台詞だよね?
「ふん。貴様らは見た目だけで決めて掛かるからのう。まぁよい。さっきも言ったが今度は頭の悪い貴様らにもわかるようはっきりと教えてくれようぞ。その出来損ないの脳にもしっかり記憶できるよう、汚れの詰まった耳をかっぽじいてよく聞くが良い。妾はスフィンクス。未来がファラオに忠誠を誓いし眷属であり究極の従魔であるぞ」
威風堂々――この言葉がピタリと嵌るほどに厳かな声と態度でフィーが言い放った。
千鋭百鬼団からざわめきが起こり、シュデルの黒目が一気にしぼんでいった。肩もワナワナと震えている。
「馬鹿な、スフィンクスなんざただの伝説じゃなかったのかよ。だとして、どうしてそんな奴に!」
シュデルがぎりりと歯牙を噛み締め、殺気の籠もった瞳をこっちに向けてきた。
フィーがここまで僕を慕ってくれているのは、正直言えば僕としても謎な部分が多いけど、だけど、今の僕たちにとって頼りがいのある仲間であるのは確かだ。
「これでわかっただろう? 無駄な抵抗はやめてパピルサグ族を解放するんだ」
とにかく、フィーのおかげで動揺したシュデル達に解放を訴える。
「……意味がわからねぇな。何でテメェはそこまであんな蠍どもに拘る?」
「……大切な仲間だからだ」
「ハッ! 仲間だと? あの蠍どもが? 頭がどうかしてるのかテメェは?」
「いいからさっさと決めてくれないか? それとその言い方も止めろ。彼らはパピルサグ族だ」
「――城でわんわん泣くしか出来なかった雑魚が、いつから俺にそんな目を向けられるようになった」
射るような視線をシュデルが向けてくる。ただ、正直納得のいかない言い方だ。嫌がらせはさんざん受けたけど、僕はシュデルの前で泣いたことなんて一度もない。
「いい加減にしますの。お兄様は昔も素敵でしたが、今はもっと素敵ですの! 以前よりも遥かに魅力的になったお兄様がお前なんかに怯むことなんてあるわけないですの!」
モルジアがシュデルに言い返した。ただ、僕への評価は正直過剰すぎるなと思う。嫌われるよりは好かれる方がいいんだけどね。
「ふん。まぁいい。そんなに言うなら会わせてやるよ。蠍どもになぁ~」
シュデルはこの状況でも強気な態度を崩そうとしない。人の神経を逆なでするような薄ら笑いを浮かべて、シュデルが兵に命じる。
「おい。連れてこい」
「はい」
そして暫くして地下から僕たちのよく知る三人が連れてこられた。マインとクリムゾンとレッドだ。
「ホルス! す、すまない……こんな醜態を」
「ごめんなさい。私が悪いの……私がもっと注意していれば」
「おい、何勝手に喋ってんだ! 黙れや!」
クリムゾンとマインが僕たちに向けて申し訳無さそうに言った。謝る必要なんてないのに……悪いのはシュデルなのだから。
だけど、シュデルが黙れと言った途端、全く口を開かなくなったのが気になる。
「……それで解放してくれるってことでいいんだよね?」
「は? 何寝ぼけたこと言ってやがる? いいかよく聞け。コイツらは既にこの俺様の奴隷になった。俺の命令には忠実。例えば今から俺がこいつらに自害しろと言っただけでこいつらは死ぬってわけだ。どうだ? 面白いだろう? ギャハハッ!」
「何がそんなにおかしいんだあの野郎……」
ライゴウが眉を怒らせる。シュデルの態度はぼくたちの要求を飲むつもりがないことを如実に表していた。
「奴隷と言っても、見たところ首輪がないようだが?」
今度はスイムから疑問の声が上がる。確かに通常奴隷にした場合は隷属の首輪を装着するものだ。現に元奴隷だった子どもたちやジャックとラビアもそうだった。
「ハッ、俺にはそんな物は必要ねぇ。知ってるだろう愚弟。俺の魔法は剣魔法。あらゆる剣を自由自在に操ることが出来る。そしてこいつは俺のコレクションの一つ隷属剣セルディスだ。これがあれば首輪なんてなくても自由に奴隷にできる」
ベルトから飛び出た剣のサイズが変化する。剣であれば質量すら自由に変化できるのがシュデルの魔法だ。
そして同時にシュデルは剣のコレクターでもある。だからか、自分の剣を相手にひけらかすところがある。
「お兄様――」
モルジアが僕に耳打ちしてくれた。目立たないように控えていたチャガマの情報を教えてくれたんだ。
「僕の要求は皆の解放といったはずだけど?」
「そっちこそ立場をわきまえるんだな。こっちにはなぁ、この連中は勿論地下に蠍が売るほどいるんだぜ? そいつら全員今や俺の奴隷よ。さて一つ質問だが、お優しい愚弟はこいつら全員見殺しにすることが出来るかな? なぁおい?」
「な、ひ、人質に取るだか! そんなの卑怯だぞ!」
「黙れデカぶつ。戦いに卑怯もクソもねぇんだよ。それと人質じゃね。蟲質だ。ギャハハハハハハ!」
ジャックの批難を一蹴し、シュデルがまた腹を抱えて笑い出した。全く本当にいい性格している。
「……本当に嫌な性格をしているよね」
「ふん。何とでも言え」
「つまりお前らはパピルサグを解放するつもりはないということかのう?」
「そのとおりだ、といいたいとこだがな。ここにいる三人なら解放してやってもいいぞ。ただし、モルジアと交換だ!」
「……そんな要求……」
「呑めないってのかぁ? そうだよなぁ? お優しい王様も結局は大事なのは身内。こんな蠍連中と大事な妹を天秤にかけられるわけねぇよなぁ?」
挑発的な台詞をシュデルが吐いてきた。参ったな。本当、まさかここまでだなんて。
「……お兄様、わかりましたの。私が向こうに行きますの」
「え? モルジア? でも!」
「……私一人でパピルサグ族が助かるなら安いものですの。それに私ならあいつらも手荒な真似はしませんの」
「勿論だよマイハニー。ようやく私のもとに戻って来る気になったのだね」
どさくさに紛れてワズイルが両手を広げてモルジアに訴えてきた。だけどモルジアは完全に無視している。
「シュデル。私がそっちにいきますの。だから先ずそこにいる皆を解放しますの」
「駄目だ。先ずはお前が近づいてこい」
「そんなこと」
「黙れや愚弟が! 立場がどっちが上か考えろ!」
「貴様こそ何を調子に乗っておる? やろうと思えばいつでも妾は貴様らを消し炭に出来るのだぞ?」
「やれるもんならやってみろや。だがな――おい!」
シュデルが声を上げると地下から更に多くの兵や騎士がパピルサグ達を連れて上がってきた。
「こっちにはこの連中がまだまだいるんだ。地下にもな。テメェの魔法じゃそいつらを全て巻き込むだろう? それを撃てるのかおい?」
「…………」
フィーが黙ると、シュデルがニヤリと口角を吊り上げた。
「はは、やっぱり思ったとおりだぜ。さぁどうする? モルジアぁ! 何なら一匹二匹見せしめに殺してやってもいいんだぞ!」
兵達が連れてきたパピルサグの首に刃を当てた。脅しには思えない。
「……わかりましたの」
「へ、それでいいんだよ。おら、さっさとこい!」
シュデルが叫ぶ。それに従ってもルジアが前に進んだ。一歩、二歩く、そして――
「おっとそこで止まれぇ!」
「え?」
シュデルが叫ぶと、モルジアが立ち止まり戸惑いの声を上げる。
「馬鹿が。俺が忘れたと思ったか? さっきから随分と大人しく従ってるが、どうせ狙いはこの剣だろう? テメェの空間魔法を俺が忘れたと思ったか? だがテメェの有効範囲は十メートルだ。その位置からは届かねぇ。さぁそこで止まって目を瞑れ!」
シュデルが命じる。モルジアの収納魔法があれば範囲内にある目にしたものを収納できる。シュデルの持ってる隷属剣も収納できる。
だからシュデルは範囲に入れず更に目を閉じるよう命じた。その後に操作したあの隷属剣で奴隷化するつもりだったんだろう。だが――
「収納!」
モルジアが叫ぶ。途端にシュデルの手から隷属剣が消えた。それにシュデルが目を丸くさせる。
「――は? な、馬鹿ななぜ俺の剣が!」
『ケケケッ、まさかこんな手が本当に上手くいくとはな』
「えぇ、だけど、私はわかってましたですの。こいつは人を見下してばかりで、相手が成長している可能性なんて全く考えてないですの!」
「せ、成長だと!?」
シュデルが驚愕の声を上げる。そしてその目を見開いた。モルジアの視線に気がついたのか、すぐに後方に飛び退く。
「テメェラ俺の前で壁をつくれぇええ!」
慌てて下がったシュデルの前に兵達が並び立つ。モルジアの視界から離れれば収納出来ない。あわよくばベルトも奪えればと思ったけど甘かったようだ。
「チッ、上手くいきませんでしたの。だけど、お兄様!」
「うん! 砂魔法!」
そして、モルジアの声に合わせて砂魔法を行使。パピルサグ族の暮らす地下集落の入り口を砂で閉じた。
「な、入り口が? テメェどういうつもりだ!」
「これが僕の狙いだ。お前たちを完全に分断するのがね!」
シュデルに答える形で僕が叫ぶ。地下にはまだ千鋭百鬼団と人質が残ってるけど、そっちは信頼できる仲間、アインやハニーに任せている! だから地上の相手は僕たちが何とかするんだ!




