皇帝陛下は崩御なされた
ニコラ達が黒騎士と別れて三日後
帝都の東側、丁度オロールの方向へ向かう二人づれの旅人がいた。
森の中の道を雨が降り薄暗い中、二人乗りで馬を走らせ急ぐ。
どちらも長旅で薄汚れたローブを羽織っている。
大きさからすると親子だろうか?
頭巾をかぶっている為、性別は判らない。
時々、風ではためく頭巾から金色の髪がこぼれて見える。
手綱を握る者が走らせていた馬を止め、頭巾を取った。
中からは金髪で端正な顔つきの男性が現れる。
一方の頭巾からはまだあどけなさが残る少女が現れた。
「ここまでくれば大丈夫だろう。
この森を抜けると町に着く。
アディ、大丈夫か?疲れていないか?」
男は心配そうに少女に声をかけた。
彼の名はロムス・アッシュランド。
魔導皇帝四天王の一人、レクト・アッシュランドの息子である。
「はい、お父様。でもここは何処なのでしょう?」
「ガルバ領とマリデン領の間にある森だよ。
この森を抜けると領地境の町テリアがある。
テリアを抜けるとアッシュランド領へはもうすぐだよ。」
帝都のすぐ東にはガルバ侯爵の領地があり、その東にはマリデン子爵領がある。
アッシュランド伯爵領へはマリデン子爵領とオロールの国境近くの街道を通り南東に行く。
「アッシュランド・・・
でも、お父様、
帝都から出てきてよかったのでしょうか?」
アディと呼ばれた少女は父親に尋ねた。
帝都から逃げ出すように出てきたことを疑問に思っている様だった。
ロムスは少し考えると、
「・・・帝都では、もうじき内乱が起こる。
その時に逃げ出しても遅すぎる。
私やアディも無事では済まないだろう・・・。」
「え?内乱?
皇帝陛下がいる帝都でしょうか?
例え内乱を起こしても・・・
いいえ、起きる前に鎮圧されるのでは?」
アディの父親から聞かされたことは考えてもいない事だった。
不死身と言われる皇帝がいる帝都なのだ。
その様な人物がいる場所での内乱は考えられない。
「アディ、よく聞きなさい。
我が家はお爺様が皇帝陛下の影武者として仕えてきたのは知っているだろう。
お爺様が皇帝陛下の影武者をしているおかげで家はここまで大きくなった。
そのお爺様からの命令なのだよ。」
ロムスはしばらく目をつぶるとアディに告げた。
「皇帝陛下は崩御なされた。」
アディと言われる少女は父のその言葉を聞いた瞬間、
ほぼすべてのことを理解した。
いや、出来た。
グレゴワール魔導帝国は皇帝の力によって統一された帝国だ。
現在の帝国はグレゴワール魔導皇帝によって支えられていると言っても過言ではない。
その中心である皇帝が崩御すると、帝国が内側から崩壊するのは時間の問題なのだ。
さらに、悪いことがある。
皇帝には後継者がいない。
不死である為、後継者を作る必要が無かったのだ。
だが、今、
その不死であるはずの皇帝が崩御した。
アッシュランド家は四天王の一角である。
後継者争いの渦中に巻き込まれることは避けられないだろう。
家族にも災いが及ぶかもしれない。
それを危惧しての帝都からの脱出だったのだ。
「陛下が・・・
それは何時の事なのでしょうか?」
「詳しくはわからないが、お爺様が言うにはおそらく三年前。」
「三年?」
アディは怪訝な表情で聞き返した。
三年もの間、崩御を隠蔽していたのは間違いないだろう。
だが何故、今になって帝都から脱出することになったのだろうか?
「お爺様によると、アッシュランド領まで安全に移動できるようになったとか。
最近までは国境近くの街道は通れなかったそうだ。」
ロムスは話を続ける。
「アッシュランドへ行くことが出来ないお爺様は知らないが、
この森を抜ける道が最も早くアッシュランドへたどり着く。
今日はこの辺りで休み、明日はテリアで一泊しよう。」
彼ら二人は知らなかった。
一人の黒騎士が解放されたことで移動を阻む障害が一つ無くなっただけである事を、
二人に黒い影が接近している事を知るすべを持っていなかった。




