これは何か不味くないか?
魔導帝国グレゴワール
グレゴワール皇帝により統一された帝国である。
帝国のオロール侵攻から三年。
今、帝国内では噂が流れていた。
その一つが、
“国境を越える者はいない。
越えようとする者には黒い騎士が災いを与える。”
この事はしばらく判らなかった。
魔導帝国自身が拡大政策を取っていた為、周辺の国との国交はなかった。
貿易商も国交のない国へ行く事はまずない。
何故なら、密偵の疑いをかけられ商売どころではない事が多いからだ。
それでもあえて挑戦する者もいた。
一攫千金を狙う借金で追い詰められた商人や店のない若手商人が魔導帝国に訪れようとする。
だが、そのような商人が旅先で死ぬ事は珍しくない。
皆、帰ってこない商人を不思議に思う事はなく”そんな物だ”と思っている。
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レッジもそんな若手商人の一人だ。
オロール王国では磁器の生産が世界的にも有名である。
磁器ならば国交のない魔導帝国でも高値で取引されるだろう。
魔導帝国で魔道具を仕入れてオロール王国で売る。
何回か繰り返すだけで店を構えるぐらい儲けることは出来るはずだ。
そう考え帝国へ向かって出発した。
ある意味、冒険者ともいえるが彼には危機に対する備えはない。
そして国境近くの砦で彼を見かけたのを最後に消息不明になった。
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商人以外で魔導帝国を訪れる者に盗賊がいる。
むしろ商人よりも人数は多いだろう。
彼ら盗賊は国交のない国同士を行き来する事で捕まらない様に画策しているのだ。
そんな盗賊たちが黒い騎士と出会ったのは必然と言えるだろう。
その日、盗賊の頭らしい男は手下たちの前で意気込んでいた。
魔導帝国が侵攻したことでオロール王国の国境警備が厳しくなり、
盗賊稼業は上がったりだったからだ。
”新たな稼ぎを求め、魔導帝国へ移る。”
その為に国境の丘に野営していた。
焚火の前で手下に発破をかける。
「よし野郎ども!魔導野郎の村も収穫の時期だ。」
「ぐひひひひ。
この頃、皇帝も積極的に盗賊退治をしなくなった様ですねぇ。
どうせなら根こそぎ頂いちまいましょう!」
「そうだな、もうオロールでは稼げなくなった。
その代わりに魔導野郎からいただくって寸法だ。
それに新しい場所、帝国に変わる頃合いだしな。
よし、野郎ども最初の仕事だ。派手にいくぞ!!」
「じゃ、じゃぁ、今日の村は?」
「好きに・・・・?!」
盗賊の頭が何かを言いかけて言葉を止めた。
少し前まで別の焚火で騒いでいた連中の声がしない。
「どうしたんです?お頭?」
「・・・他の奴の声がしねぇ。何があった?
野郎ども注意しろ!」
頭らしい男が手下に命令し辺りをうかがう。
それと同時に緊張が増していくようだ。
目の前には暗い闇が広がるだけで何も見えず聞こえない。
「・・・・・ 気のせいか?」
だが次の瞬間、鉄のような臭いが辺りに漂い”ドサリ“と言う音がする。
突然の音に頭らしい男はゆっくりと振り返る。
振り返ると先ほどまでしゃべっていたはずの手下がいない。
いやそうではない、
頭と胴が離れたかつて手下だったものが彼の視線の先に転がっていた。
ごくりとつばを飲み込む盗賊の頭。
「何だ、何がいやがる。」
辺りを見回すが静まり返って何も見えない。
ただ自分の心臓の音だけが大きく聞こえる。
どれほどの時間が過ぎただろうか?
視界の端に黒い影のような物が見え、
”ヒュン“と風を切る音が聞こえたような気がした。
次の瞬間、男は手下と同じ姿となり、地面に横たわった。
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僕たちが魔導帝国を偵察するにあたって、
最近、オロール王国から魔導帝国、魔導帝国からオロール王国への旅人を調べていた。
ある報告書によると、
国交が無いためかオロール王国に訪れた魔導帝国の人はいない様だ。
元々、町に住んでいる者は近くの町へ移動する事はあまり無い。
ほとんどの者が生まれた町で一生を過ごす。
その為、国境を越えようとする者は目立つ存在となる。
ここ二、三年、オロール王国からグレゴワール魔導帝国に行った商人の中で
戻ってこない商人の情報を調べる。
「これは何か不味くないか?」
十人近くグレゴワール魔導帝国に行っているが、戻ってきた商人は一人もいなかった。




