第七話・残念と残念でないの違い?
再リメイク版と差し替え
「おい、聞いたか? 今年の受験生にすごい子がいたって!」
「全米一って人気モデルの娘だろ? 本人もティーンモデルで断トツ一位って話題の!」
「すげえ! どんな娘なんだろな?」
「お前にゃ縁がないから心配するな!」
「ひでえな、見るくらいはいいじゃないか!」
高校一年ももうすぐ終わる二月半ばのある日、始業前からすでに男子共は美少女受験生の話題で盛り上がっていた。
僕の妹の話なのは分かってるけど、出来ればそっとしといて欲しいよな。などと思いつつも、僕は一人静かに始業ベルが鳴るのを席で不貞寝しながら待ってるわけだけど。
え? なんでそんな暗いことしてるかって? だって僕、こんな顔だし人見知りひどいし、それに……ゴニョゴニョ……
と、とにかくっ! 僕は友達なんていらないんだよっ!
ここ「私立修得学院高校」は伝統のあるといえば聞こえはいいんだけど、ただ単に古いだけの進学校だ。板張りの校舎の床もあちこち歪んでいて、歩くたびにミシミシ言う場所もあったりして生徒たちもブツブツ不平を言っている。
近年は生徒数も減少傾向らしく、最盛期には六百人以上いた生徒数が近年では四百人を割りこむほどにまで落ち込んでいる。
「シオン、もしかしてお前みたいなかわいい娘だったりしてな!」
「一平やめろよ、僕は男だって何度も言ってるじゃないか!」
現在僕に絡んでいるのはある意味悪友の典部一平、見た目さわやかなイケメンといえば聞こえはいいが、俗にいうがっちりスタイルのスポーツ馬鹿だ。そして、この歳にしてかなりエロい思考の持ち主、僕と知り合ったきっかけも僕らの入学式の日に「一目見た時から君のことが好きでした! だからヤラせて!」という彼のとんでもない告白があったから。どうやら当時、本気で彼は僕のことを女の子と思っていたらしい。消せるものならこの記憶も早く消したいよ。
「ほんとお前って変なやつだよな? 絶対性別間違えて生まれただろ?」
「俺らの入学式の時も『とっても残念な超絶美少女』ってすごい話題だったもんな!」
「そうそう! あの時お前、一体いくつラブレター貰ったんだ? お・と・こ・か・ら♪」
一平に続いて僕に絡んでくる鈴木、佐藤、田中の悪ガキ三人組。そういう彼らもあの時僕にラブレターを出した当事者たちであったりする。
ほんと、こんなことになるなら美形じゃなくていいから普通に男の顔に生まれたかったよ!
「僕の暗黒史をほじくらないでくれっ!」
ブスッとしながらそっぽを向くと、「これがほんとに女の子だったらなあ!」なんて頷き合ってる悪ガキ一同。こんな連中が僕の妹を見たら……いや、深くは考えないほうがいいよな。
まあ三学期といえばいろいろ忙しいようで暇なもの。入試休み以外は普通に授業があるので、ただ淡々とそれをこなすだけ。
一応学年末試験はあるから油断はできないけどね。
「お疲れ~!」
「また明日~!」
一日の授業が終わり、帰り始める同級生たち。僕も帰ろうと下駄箱を開いて靴に履き替えていたところ
「おい、あれ見ろよ!」
「すっげえかわいい子がいるぞ!」
「でも、誰かに似てないか? あの……とっても残念な美少女ってやつ?」
な、なんだよっ? 俺に似てるって言えば、一人しかいないじゃないかっ!
恐る恐る生徒たち人垣の隙間から顔を出すと
「やほ~♪」
「……シエリ……!?」
やはりそうだ、徒歩で来れる範囲とはいえ、あいつ不用心にも一人で校門前で待ってたのかよっ!?
「お兄ちゃん! 待ってたよ~♪」
「お前っ! 今日は早く帰るって言ったじゃないかっ!」
「だってぇ、さっき入学願書出したばっかで一人で帰るの寂しかったんだもん!」
心配し過ぎでつい怒気がこもる僕に対し、上目遣いにシエリがグズる。と、なぜかわらわらと集まってくる同級生以下生徒一同。
「おい、この子誰だよ!?」
「お前の妹か? それとも彼女か?」
「くううっ、独り占めなんてズルいぞ! 俺に紹介しろっ! ヤラせろっ!」
「誰がヤラせるかっ!」
ちなみにヤラせろといったのはもちろん彼、一平だ。そんなこと言ってると本気でそのうちあだ名がかわいらしい「典部一杯」から、おぞましい「歩く煩悩」に変わってしまうぞ?
「っつーかさ、本気でこの子、誰?」
「僕の一つ下の妹だよ!」
「「「お、お兄様っ!?」」」
「えっ!?」
妹だと紹介したとたんに何やら変な単語が複数の口が聞こえてきたような?
「妹さんを僕にくださいっ!」
「いや、俺に紹介してくれっ!」
「手取り足取り腰取り、必ず最後まで導きますっ!」
「最後まで導くって、なんの最後だよっ!」
ううっ、この悪ガキ共と言ったら……!
甘い目で見ていると次の瞬間何をしでかすか分からないから、全員の頭を拳骨で一つずつ殴りつけておく。これで少しは頭が冷えただろう。
「いってえっ! にしてもよく似てるなあ!」
「ほんと、確かに兄妹だよな」
「じゃあこっちは『残念じゃない超絶美少女』なわけだ!」
「なにその、『残念じゃないナントカ美少女』って?」
悪ガキ共の会話にキョトン、としたシエリは、不思議そうな顔をしながら僕に問いかける。
と、悪ガキ以下全員が僕の方をビシッ! と指差し
「「「「こいつが『とっても残念な超絶美少女』だからだ!」」」」
「なにそれぇ!?」
綺麗にハモった悪ガキ共の返答に、思わずころころと笑い転げるシエリ。さらには僕の顔を指差して
「お兄ちゃんってば、やっぱり女の子扱いされてたんだっ、あはははっ!」
「バカよせやめろっ!」
「うぷぷっ、け、傑作うっ! 『とっても残念な超絶美少女』だなんてっ! あははっ♪」
大爆笑のシエリにつられて同じく爆笑し始める悪ガキ共、これでまた僕の暗黒史の一ページが埋まっちまったよ……!
「いやあ、君面白いね! 名前なんていうの?」
「あたし? 留碕シエリ、十五歳! 四月から新入生としてお世話になるので、お兄ちゃんともどもよろしくねっ♪」
「「「「おうっ!」」」」
「もしかしてアメリカでモデルとかしてた?」
「うん、してたけどどうして?」
「「「「この子だっ!」」」」
うわあ、バレちゃったよ! ってかそんなことケロリと認めたらまた周りが騒がしくなるじゃないか!
「シエリ、お前高校生活くらい穏やかに過ごしたいと思わないのか!?」
「なんで? やっぱみんなでワイワイやるほうが楽しいじゃん!」
「はぁぁ、こいつだけは……!」
仕方ないのかねえ、こいつはもともとお気楽な性格だったし。
ただこのままみんなに囲まれたままだと、いつお手付きされるかわからないので早めに退散するほうがよさそうだ。
シエリの手を掴み、強引に生徒たちの輪をこじ開けて脱出を図る僕。連られて僕の後ろをぞろぞろついてくる生徒たち。
「ねえ、仲良くしようよお!」
「お兄さん! シエリちゃんは僕が必ず幸せにして見せますっ!」
「一晩でいいからシエリちゃん貸してくれよぉ!」
「全部却下!」
「「「「けちぃっ!」」」」
「けちぃ! じゃないっ! 常識考えろっ!」
なおもグズる同級生たちを無視して足早に僕は妹と我が家への道を歩く。
と、目の前に現れたのは、この寒空の下で虎縞のフンドシだけを身につけた、いかにもスポーツマン風の大男。
どういうわけか顔にはかわいらしいクマのお面をつけ、背後に数人のゴロツキを連れている。
まあそのゴロツキも顔面にでかでかと「漢」という字を染め抜いた白い覆面で顔を隠しているが。
「止まれっ!」
フンドシ男は凛とした太い声で命令する。けど僕らがそれに従わなきゃならない理由はないわけで。
「断るっ!」
すたすたと横を通り抜けようとすると
「者ども、こいつらを止めろっ!」
「「「「がってんだいっ!」」」」
フンドシ男が命令すると、ゴロツキどもは僕ら生徒全員の前に立ちふさがり、一触即発の睨み合い状態に発展する。
生徒たちは僕と妹を守るように輪を作り、絶対に奴らには手を出させないぞモードになってくれている。
「シエリちゃんファンクラブ会長、典部一平! 我らがアイドルシエリちゃんのために、行きますっ!」
いきなり叫んだかと思うと、一平はゴロツキの一人に猛烈なタックルをかけるべく突進! そして、……
「おわっ!?」
片手でタックルを止められた挙句に足払いで転倒させられ、いきなり悶絶を始める一平。って、こいつらそんなに強いのかよっ!?
残る生徒たちもたじろぎ、じわじわと後退している。それに合わせてずいっと歩を進めるフンドシ男以下ゴロツキ一同。
やばいよこれ、いくら人数で勝ってても、僕らじゃ勝てるはずがない!
「お兄ちゃん! あれ!」
「ううっ、やるしかないのかよ……」
けどみんなの前で変身なんてしたら、僕は完璧に変態だ。さすがにそれだけは避けたい。
「ううっ、僕トイレ行ってくるっ!」
いかにも漏れそう! という素振りをして僕は路地裏に駆け込むと、ステッキを取り出して素早く叫ぶ。
「ドレスアップ!」
相変わらずのスローモーションで一枚一枚の女性用着衣が着せられていく。キュートなピンクのショーツに、フリルやレース、十字架の装飾をあしらった黒いお嬢様風ゴスロリドレス、腰には白いフリル付きエプロン。
僕のスカイブルーに染まる髪の編みこみが解けると、頭には白いフリルのカチューシャに変装用眼鏡、上端に豪華なレースの縁取りが付いた白いオーバーニーソに黒革のストラップシューズ。
「世のため人のためパトスのため! メイド服女装戦士ゴスロリ・スピカ、主人に代わってご奉仕よっ!」
体の中心に熱くたぎるものを感じつつ、僕は飛び出しざまに決めポーズを取りながら声高らかに名乗りを上げる。
「すっげえっ! 魔法少女だ!」
「本物だぜ本物!」
「かっわいい~っ♪」
「ゴスロリ・スピカか、俺、ファンになっちゃうかも!」
なにやら変な雑音がするけどこの際気にしちゃいられない、今はフンドシ男以下の悪い奴らを倒すことが先だ!
「行くわよおぉぉっ!」
先週瞬間接着剤で直したばかりのステッキを握りしめ、僕は一平を倒したゴロツキに向けて全力でダッシュする。肩越しに手を構え、そいつの胸をめがけて素早く滑りこませる!
くりっ!
「はにゃあぁぁ……」
ポッチを刺激され、間延びした悲鳴を上げつつ延びてしまうゴロツキその一。
後ろで同級生たちがちょっと引いてる気もするけど、うん、気のせいだよね?
「にしても間抜けな戦い方だなあ……」
「かわいいんだからいいじゃないか!」
「まあそうなんだけどさ」
はうぅ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ、シクシク……
でも落ち込んでても敵は待ってくれないし、この場は一気に!
「えーいっ!」
後ろに近づいたゴロツキその二の脇腹をすれ違いざまに撫で、続いて飛びかかってきたその三は胸のポッチをひとつまみ。
「三人っ!」
残るゴロツキも三人だけど、この調子なら勝てるかも♪
見ると一平も這いながら生徒の輪に戻ったようで、少しだけど不安材料も減ったし頑張るぞっ!
「おい、今の見たか?」
「ピンク……いい♪」
「違うって! 俺見ちまったんだよ!」
「なにをさ?」
「パンツの前がもっこりしてたのをさ!」
なにやら一平以下数人がひそひそ話をしているのが耳に入る。
……ええっ!? も、もっこり……!?
不安になってそっとスカートの上から中心部分に触れてみると……
(ま、まぢ!? 本気でもっこりしちゃってるよっ! どうしよう……!?)
あまりの恥ずかしさに膝はガクガク、もはや戦うどころじゃなくなって、ただただモジモジしているしかない僕。
「スピカがんばれっ!」
「負けるなスピカっ!」
まばらな生徒たちの応援にももはや応えることのできない僕、ああ、どうしたらいいんだよっ!?
「おやあ? もう降参ですか? なんとも頼りないヒーローですねぇ」
フンドシ男はつかつかと僕に歩み寄ると、僕の顔に手を伸ばし、眼鏡をぱっ! と取り払った!
しかも後ろには、倒したはずのゴロツキ三人を含めた計六人の手下たち。もしかしてさっきの攻撃からもう立ち直ったのっ!?
「シオン! お前シオンなのかっ!? じゃあお前って、男の娘なのか!?」
僕の顔をまじまじと見て叫ぶ一平。その表情は信じられないかのように固まり、口はあんぐり外れたかのように開かれている。
「え!? はうっ、ふえぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」
バレた! バレちゃったよ! これで僕は変態の仲間入りだよっ!
戦うことも忘れてえんえん泣くしかない僕。もうダメだよ! もう僕には戦うことなんてできないよっ!
「お兄ちゃん……!」
みんなとシエリが呆然と見ている前で、僕はただただ大粒の涙を流して泣くしかなくて……
「美少女と変態は根絶すべき悪だ! 食らえっ! 正義の鉄槌っ!」
号泣している僕に向け、フンドシ男は大きく振りかぶった拳をものすごい勢いで繰り出した!
お読みいただき、ありがとうございました。