buzz.8 バーバリアンの謝肉祭(カーニバル)
「久しぶりの『狩り』だッ! 腕が鳴るぜ!」
退路を断っていた二頭目の熊の前で、大気を切り裂くような高笑いが響いた。
そこに顕現したのは、ミツバチの優雅な女王とは対照的な、血と硝煙の匂いを纏ったアマゾネスの女帝。スズメバチのアバター、ツェンドリカである。
彼女が従えるのは、規律ある軍隊ではない。それは、戦場を食い荒らすバーサーカー(狂戦士)の魔軍。通り過ぎたあとにはペンペン草一本すら残らないという、生態系の「破壊と殺戮」を体現した軍団だった。
二頭目の熊は、自分がいつの間にかこの世で最も怒らせてはいけない「死神」の機嫌を損ねたことに気づき、本能が警鐘を乱打していた。極限の恐怖は、時に獣を無謀な特攻へと駆り立てる。熊は、ハチミツの過剰摂取で昏睡状態にあるユキオ目指し、泥を蹴って飛びかかった。
その瞬間。
「カチカチカチカチカチッ……!」
周囲の空間を埋め尽くすように、無数の「歯(顎)」を打ち鳴らす乾いた音が、不吉なリズムを刻み始めた。スズメバチの威嚇行動。それは、処刑執行を告げるカウントダウンである。
「……逃がすかよ。全軍、食らい尽くせっ!」
ツェンドリカの号令一下、スズメバチ軍団は全個体の「体内ニトロ」を点火させた。
彼らのエネルギー代謝は、生物の限界を超越している。一日平均五十頭の昆虫を無慈悲に解体し、巣全体では年間一千万もの生命を処理する、空飛ぶ肉挽き機。一日百キロを飛翔し続けるその無尽蔵のスタミナが、今、熊一頭を標的に収束した。
「グアッ、アアアァ!」
熊の脳髄は、全方位から突き刺さる殺意と、神経系を破壊する毒の霧によって焼き切られ、すでに「正気」を喪失していた。
スズメバチ軍団の攻撃は、洗練とは程遠い。それは、強靭な大顎で肉を引きちぎり、何度でも刺せる毒針で激痛を流し込む、暴力の飽和攻撃。巨躯を誇った熊の体は、黄金の稲妻のようなハチたちの旋回に飲み込まれ、見る間に削られていく。
「見ろ、これぞ里山の食物連鎖の頂点。俺たちの『謝肉祭』だ!」
ツェンドリカの嘲笑が、逃げ惑う熊の悲鳴をかき消す。
一分前まで最強の捕食者であったはずの獣は、今や肉食昆虫の胃袋を満たすための「餌」へと成り下がっていた。夏の陽光の下、里山の小道は、静寂を切り裂く羽音と、剥き出しの生存本能が支配する、逃げ場のない処刑場と化した。
「蜂の女王たち、今日もご機嫌な平常運転でなによりだ」
嵐のような羽音と獣の悲鳴が遠ざかり、里山に再び蝉時雨が戻ってきた。邑人英二は、満足げに姿を消した二つのアバターを見送ると、ハチミツの過剰摂取で深い眠りに落ちているユキオを、ひょいと背中に担ぎ上げた。
銀色の箱に格納されたカプセルを操作すると、蜂の女王と臣下の蜂軍団たちは、周囲から音もなく消え去っていた。それが収められた銀色の箱を脇に抱え、少年を背負って歩く。
その足取りは、険しい山道であっても驚くほど軽く、規則正しかった。




