1.トラックに轢かれたら、異世界転生どころか妹まで出来ちゃう
死ぬ瞬間に思ったのは、「あ、これ典型的なやつだ」だった。
青信号を渡っていた。スマホは触っていなかった。音楽すら聴いていなかった。なのに信号無視のトラックは、まるで俺を選んだかのように真っ直ぐ突っ込んできた。衝撃より先に、視界が白くなった。
——俺、山田健二。二十歳。大学二年生。一人っ子。彼女なし。趣味は読書と昼寝。ついでに言うと、異世界転生モノのラノベが好きだった。
過去形なのがつらい。
◆ ◆ ◆
気づいたら、草原にいた。
青い空。見たことのない形の雲。遠くに見える城壁。そして——鼻をくすぐる、どこか懐かしいような草の匂い。
「……うん、まあ、そうか」
俺は立ち上がり、両手を見た。五本指、ちゃんとある。体も痛くない。むしろ、なんか軽い。
「転生、か」
口に出したら急に実感がきて、膝から崩れ落ちそうになった——その瞬間。
「おにい!!!」
声と同時に、何かが激突してきた。
正確には、誰かが。
小柄な少女が俺の胸に飛び込んで、次の瞬間にはその細い腕が俺の腹を殴っていた。
「どこ行ってたの!? 三日間! 三日も連絡なしで! あたしが何度呼んでも!」
拳が、容赦なく。
「っ、ちょ、痛い! 痛いって!」
「うるさい! 痛くて当然! 当たり前!」
短い栗色の髪。耳の先がほんのり赤い。瞳は夕焼けみたいなオレンジで、今は憤怒と——どこか安堵の色が混じっている。
見知らぬ少女だ。完全に初対面だ。なのに。
「……えっと、」
「なに、えっと、って。覚えてないの? あたしのこと!」
「覚えてない、というか——お前、誰?」
静寂。
少女の動きが、止まった。
俺の腹に当たりかけた拳が、宙で止まった。オレンジの瞳が大きく開いて、次の瞬間——
「は?」
地の底から絞り出すような、低い声。
「は? は? は? 誰って言いました? 今、あたしに、誰って——」
「ちょっ、待って待って——」
「《ファイアボール》!!」
——火球が、俺の眼前を通過した。
横の木が、綺麗に燃えた。
「……魔法……?」と呟く俺に、少女は涙目で叫んでいた。
「あたしはナツ! お前の妹のナツ! ふざけたこと言ったら今度は外さないからね!!」
頭が追いつかない。俺は一人っ子だ。妹なんていない。転生してきたばかりで記憶喪失というわけでも——いや、でも待て。この世界に来て俺の記憶は完全にある。日本での二十年がまるまる残っている。でもこの子は、俺を「おにい」と呼んでいる。
だとしたら——
俺はもともと、この世界の人間だったのか?
いや、そんなはずは——
「なんで黙ってるの! 返事して! おにい!!」
また拳が来た。今度はちゃんと当たった。
俺は草原に倒れながら、ぼんやりと空を見上げた。
青い空。見たことのない形の雲。
——帰る世界があるのか、俺には。それとも、ここが俺の場所なのか。
わからない。何もわからない。
ただ一つだけわかるのは——隣で「おにい! ちゃんと聞いてる!?」と騒いでいるこの暴力系少女と、しばらく一緒にいることになりそうだということだ。
俺は深く、深く、息を吐いた。
「……とりあえず、その魔法、俺に向けるのやめてくれ」
「やめない。反省するまで」
「何に反省すればいいんだよ」
「……三日間、心配させたこと」
耳まで赤くなって、ナツは横を向いた。
——ああ、そういう子か。
俺はまた空を見て、今度は少しだけ笑った。




