竜のお世話係9
夜も更け、就寝の時間となった。
騎士たちは数時間おきに数人が見張り番として残り、竜のお世話係は休憩時間だ。
リズは女性テントで数人と一緒に寝袋にくるまった。
広いテントに少人数が割り当てられたため一人のスペースはかなり広く使える。
「けっこう快適ね」
「てっきり雑魚寝で、ギュウギュウに並んで寝るのかと思ったわ」
リズとマーシャルは横になりながら小声で話すが皆すでに寝ており声が思いのほかよく通ってしまった。
「騎士様たちは一人一個のテントらしいわよ」
マーシャルの言葉にリズは先ほど騎士の人たちがテントを立てていたのを思い出した。
「一人一個だと寂しいわね」
呟くと隣から返事は無い。見るとマーシャルはすでに寝息を立てていた。
リズも一つ息を吐いて目を閉じる。今日はよく働いた。
外は静かで見回りの騎士の気配すら感じない。
風が木々を揺らす音が聞こえいつもと違う環境で寝れるだろうかと心配になったがあっという間にリズも眠りに落ちた。
「きゃーーー!!蛇よ!!」
どれぐらい眠っただろうか、野太いウォルフの叫び声にリズは目を覚ました。
「なに?蛇?」
隣で寝ていたマーシャルも眠い目を擦りながら起き上がる。
テントの外に出ると、すでに騎士たちも集まっており中心に居るウォルフがテントの中を指さしている。
「蛇がいたのよぉ」
大きな体をくねらせて訴えるウォルフに先に来ていた団長が長いため息を吐いた。
「お前なぁ!騎士ともあろうものが蛇ごときで大声をだすんじゃねぇよ!それも女みたいな悲鳴を出しやがって!」
かなりご立腹の団長の怒気に怯むことなくウォルフは尚も訴える。
「蛇よ!私、蛇だけはダメなの!誰かテントから追い出してちょうだい!」
「団長さっさと蛇追い出して寝ましょうよ」
集まった騎士の一人が言うと 団長はもっともだと頷いてテントから蛇を掴んだ。
「帰ったら始末書書けよ!」
「蛇が出ただけなのに始末書ですって!」
驚くウォルフに集まった騎士たちは「俺たち起こしたんだから書けよ」と口々に言ってテントに帰る者がちらほら。
「なんだ蛇か・・・・」
何事かと思ったがたいしたことではなかったなとリズは胸を撫で下ろす。
ふと竜たちが寝ている少し離れた場所に視線を向けると一瞬だけ光が見えた気がしてよく見ようと視線を向ける。
またキラリと何かが月に反射した。
誰か居る。 それも数名。
セドリスもリズが見ている先を見る。
無言でリズに何も言うなとジェスチャーで送ってきたのでリズは頷く。
「よし、ウォルフもっと騒げ」
リズとセドリスのやり取りを見ていた団長が小声で命令をするとウォルフは明らかに狼狽した。
「無理よぉ」
小声で返すウォルフに団長は手に持っていた蛇の皮をはぎだした。
「いゃぁぁぁぁ!なんて野蛮なのぉぉぉぉ!」
生きたままの蛇をいたぶる行為にウォルフはありったけの野太い悲鳴を上げる。
マーシャルも小さく悲鳴を上げて目を逸らしている。
それでも団長の蛇をいたぶる行為は終わらない。
「むりよぉ!団長、ひどいわぁぁ!やめてぇ!気持ち悪いわぁぁぁぁ」
大嫌いな蛇がもっと嫌いになりそうな光景を見てありったけの悲鳴を上げるウォルフと団長のすることに集まっていた竜のお世話係の女性陣の中でも悲鳴を上げる人が出てきた。
それでもウォルフの野太い声には誰も敵わない。
「本当にやめてちょうだぃ!団長!あなた悪魔よぉぉぉ!」
団長が蛇を弄びながら視線を騎士たちに送ると数人が頷いて闇の中に消えていく。
しばらくすると剣がぶつかり合う音が響いた。
「終わったか」
団長が蛇を投げ捨てたと同時に闇に消えていった騎士たちが姿を現した。
後ろ手に拘束されている男二人を連れて騎士たちが団長の前に立ち敬礼をする。
「竜を盗もうとしたようです。全二名拘束しました」
「えっ」
竜を盗もうとした者がいると聞いてリズが驚いて声を上げる。
「竜は貴重だからな。竜を盗んで繁殖に成功すれば世界を統治する軍事力を得るからな。コゼット爺さんから勉強してるだろう。勉強は大切だといい機会になったな」
団長は驚いているリズに説明するように言うと拘束している男達を見下ろす。
「どこの国の者か知らんが、ちゃんと尋問には答えるように」
団長の言葉に男達は黙秘を貫く。
「なるほどな、何も話さんか。そろそろ夜が明けるな。日の出とともに連行開始しろ。
その他は通常通り野営訓練を行う」
団長の言葉に一斉に返事をして各々動き出した。
「びっくりした」
人が捕まるところも、竜が盗まれることが本当にあるのだとドキドキする胸を押さえてリズは配給された朝食のパンをかじる。
「なんか蛇の夢を見たわ・・。昨日のあの衝撃は抜けないし、気持ち悪いのを見て食欲無いわ・・」
寝不足なのか顔色が悪いマーシャルはちっとも食事がすすんでいなかった。
野菜スープを少しすすっただけで手が止まっている。
「マーシャルは意外と繊細なのね・・・」
そういえば初日はウォルフの女言葉にショックを受けて気絶したことを思い出しリズは一人頷く。
「私は普通よ。リズがおかしいの」
「・・・・そうかしら?団長は私が小さい時から蛇を見つけてはアレをするのよ。なんか蛇に恨みを持っているみたいなのよね」
「それをあんたは小さい時から見て何とも思わないっていうのが私にはよくわからないわ」
温かいスープだけを飲んでご馳走様と立ち上がったマーシャルを見送ってリズも慌てて残りのパンを食べる。
朝食を食べた後は急いで竜のお世話に回る。
走って、ルーメロスのいる場所へ行くとすでにセドリスがいた。
リズの姿を見ると今更来たのかという雰囲気にさすがのリズも顔が引きつるが何とか笑顔を作り挨拶をした。
「おはようございます。早いですね」
「・・・・そっちが遅いんじゃないの」
「ははっ、すいませんね」
日に日に関係が悪化している気がするが彼に嫌われる理由がわからずリズはため息を吐いた。
ウォルフやマーシャルのような関係がうらやましい。
「ルーメロスもおはよう」
挨拶をするとクゥと可愛く鳴いてくれる。
今はルーメロスだけが癒しだ。
よしよしと撫でて、朝食を与える。
おいしそうに野菜を食べたルーメロスに今日も体調に変化がないことを確認し、竜のお世話係に体調を報告をする。
それぞれすべての準備が終わり、後は帰城のみとなった。
テントの片づけなどをしてリズもマーシャルもクタクタになり前に立つ団長を見つめた。
整列をした騎士とその後ろに並ぶ竜のお世話係達。
「えー、今日も晴天に恵まれましてまさしく竜の飛行に素晴らしい日になりました」
「また結婚式の挨拶みたいなの始まったよ」
団長があいさつを始めると竜騎士の誰かがぼそりと呟いた。
「誰だぁ、今言ったやつは!」
カッと目を見開いて怒鳴る団長に答える者は誰も居ない。
「ということで、今日で最終日です。あとは城に帰るだけですが、竜を盗もうとするやつらがいたために他国の襲撃があるかもしれません。訓練だからといって気を抜かずに仕事に励むように。以上!」
団長があいさつを終えると騎士たちが一斉に敬礼をしそれぞれ解散となった。