私が恋した人は激甘王子でした。
アリス視点のお話です。
一部「天真爛漫なご令嬢」の補完です。
「お嬢様。おはようございます。朝ですよ」
「んんー。あとごふん」
「お嬢様!起きてください!今日は王城へ行くんですよ!」
「うーん。おうじょう?」
「そうですよ!今日はクラウド殿下にお会いするんですから!」
「ふわぁ。くらうどでんか?」
私は身体を起こし、一つ大きくあくびをする。
「お嬢様、寝ぼけ過ぎていませんか?婚約者のクラウド殿下ですよ?」
「こんやくしゃ?・・・はっ!!」
「やっとお目覚めですか?」
「メイ、ごめんなさい。起きたわ」
「おはようございます。では準備を始めましょうか」
「うん。よろしく」
私の名前はアリス・ベイサード。6歳。
ベイサード公爵家の長女。
家族構成は父、母、兄、私の4人家族。後は使用人の人たち。
婚約者はクラウド・アスタロイド。同い年の王子様。
うん。大丈夫。全部思い出した。ついでに前世の事も。
「お嬢様、本当に水色のお召し物で良いのですか?ピンク色の方がお似合いですし、可愛らしいと思うのですが」
「良いのよ。最初から女の子全開で会わない方が警戒されないと思うわ」
「そうですか」
この国の王族は、3年前の離宮の惨劇で女性への警戒心が強くなったらしい。そんな理由から、私は派手なピンクではなく控えめな水色のドレスをチョイスした。もっと言ってしまえば、この世界の私のメインカラーが水色なのだ。
乙女ゲーム『薔薇色の未来』のアリスの色が。
私はどうやら乙女ゲームの世界へ転生してしまったみたい。結構ハマっていたはずなのに、昔過ぎて細部は思い出せない。
うーん。アリスってぽっと出の脇役だよね。ヒロインが居なければクラウド王子と結婚できるのが唯一の救いかな。でも私、ショタのクラウド王子より、陰のあるリオナード王子推しだったのよね。まぁ、いっか。
私は準備を終えると、お父さんと一緒に馬車に揺られて王城へ向かった。
「陛下、この度はお招き頂き誠にありがとうございます。この者は娘のアリスです」
まずはお父さんが陛下へ挨拶した。私は頭を下げたまま、まだ声を出さない。失礼にあたるから。クラウド王子もそれは同じ。
「堅苦しい事はよい。今日は子供達の顔合わせみたいなものだ。私はこれで執務に戻るが、ゆっくりしていってくれ。アリス嬢も私が居ない方がクラウドと話が弾むだろう」
陛下は出ていくみたい。良かった良かった。
「御気遣い、感謝致します」
「うむ。アレン、後は頼む」
「畏まりました」
陛下は侍従に後を託して部屋を出ていった。すると、お父さんから目配せされる。わかった。自己紹介しろって事ね。
「お初にお目にかかります。アリス・ベイサードと申します」
私は今まで散々習ってきた淑女の礼をする。
「ご丁寧にありがとうございます。僕はクラウド・アスタロイドです。これからよろしくお願いしますね」
ヤバイ!本物の王子様スマイルだ!効果音の聞こえる笑顔なんて初めて見たよ!画面越しとは全然違うじゃん!!
「アリス様、大丈夫ですか?お顔が赤いみたいですけど」
「――はい。大丈夫ですわ」
クラウド王子!お願いだから覗き込まないで~!!
「クラウド殿下、娘は緊張してしまっている様です。そうだ。私には構わず、二人で城内を散策されては如何でしょうか。その内緊張も解けるでしょう」
お父様!!何を仰っていらっしゃいますの!?いきなり王子様と二人きりとか!後はお若いお二人でじゃないよ!?思わず人格ブレブレだよ!
「そうですか。では中庭へでも行きましょうか」
「それは良いですね。アリス、殿下と一緒に中庭へ行っておいで」
「わかりました。行って参ります」
言われるがままクラウド王子と出てきちゃった。これ、滅茶苦茶緊張するんですけど!?心臓が口から出そうだよ。
「アリス様、この時期はアジサイが見頃ですよ」
「アジサイですか?珍しいですわね」
「えぇ。今の時期でしたら薔薇もまだまだ見頃です」
「それは楽しみですわ」
・・・沈黙が辛い。初対面で二人きりとかハードル高過ぎだよ。隣はキラキラ王子だし。貴族に転生したって私は結局小市民なんだよー。
「はぁ」
「アリス様、つまらないですか?」
「え?そんなことありませんわよ?」
「でも、さっきから心ここに在らずで。溜め息も吐かれている様ですし。中庭は止めて、部屋へ戻りましょうか?」
「そんな事はありませんわ!ちょっと、その。緊張してしまって。――本物のクラウド王子が素敵すぎるから・・・あっ!」
慌てて口を閉じてももう遅いよね!?つい、口が滑って思考までしゃべっちゃった。・・・あれ?
「アリス様。その、そんなこと言われると恥ずかしいです///」
「っ!!」
そんな顔をしないで!可愛すぎる!駄目だ。こっちまで照れちゃうよ。私さっきより絶対顔赤い!
「コホン。それでは、このまま中庭へ参りましょうか」
「――はい。よろしくお願いします」
私達は中庭へやってきた。クラウド王子の言う通り、アジサイの花が咲き誇っている。
「うわぁ!キレイ!!」
「くすっ」
「は!すいません。つい」
やだー!クラウド王子の前ではしゃいじゃった!恥ずかしい!!
「気に入って頂けて良かったです。せっかくですし、もっと近くへ行きませんか?」
「はい!」
「やっぱりアリス様にアジサイはとってもお似合いですね」
へーきでそういう事を、王子様スマイルで言わないでよ!!しかも、少し手折って髪に飾るなんて!何なのよ。天然タラシなの!?
「あ、ありがとうございます///」
「アリス様、知っていますか。ピンク色のアジサイの花言葉は『元気な女性』らしいですよ」
「それは。私の事をお転婆娘と言いたいのでしょうか?」
「違いますよ。でも、真意は内緒です」
きゃー!ここでウインクとか!もう、お転婆娘って思われてても良い!!私、完全に恋に落ちたよ!
――――――――――
今日、クラウド王子の10歳のパーティーが開かれる。同時に、婚約者の私のお披露目の場でもある。
あれから数度、私はクラウド王子と会った。会ううちに判った事は、彼のショタ属性は外見だけ。中身は天然タラシで激甘王子。しっかり男の子らしい部分もあって、あの見た目とのギャップが堪らない。
惚れた方の負けって言葉の通り、2、3人の側室は覚悟しないといけないかもしれない。いや、相手は王子様なんだから側室が居て当たり前か。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ちょっと緊張しているの」
取り留めもなくクラウド王子の事を考えてたなんて、いくら相手がメイでも恥ずかしくて言えない!
「お嬢様はすっかり恋する乙女ですね」
「え!?なんで!?」
「ふふ。今クラウド殿下の事を考えてたのではありませんか?」
「な、何を言っているの?」
まさか、バレてる?
「お嬢様は分かりやすいですから。そのままのお嬢様でいてくださいね」
「――そんなことより、そろそろ出発ではなくて?」
「そうですね。あ、迎えが到着したみたいですね」
私は侍女のメイと共に馬車で王宮へ向かった。今日は両親とは別行動。両親はすでに会場へ入っている。私は時間まで控え室で待機。暫くすると、王城勤めのアレンさんが部屋へやってきた。
「アリス様、本日はお越し頂きありがとうございます」
「こんばんはアレンさん。お久し振りですわね」
「はい。退屈かとは思いますが、もう少しこちらでお待ちください」
緊張して退屈どころの話しじゃないから大丈夫!
「あの、顔色が優れない様ですが大丈夫でしょうか?」
「緊張しているだけですわ。御気遣いありがとう」
「そうですか。では、時間になりましたら呼びに参りますので」
「わかりました」
あーもう!緊張し過ぎて気持ち悪い!コルセットちょっと緩めて貰おう。
「ねぇ、メイ。ちょっとコルセットを緩めて貰えないかしら」
「お嬢様?大丈夫ですか!?お顔が真っ青です!」
「大丈夫。ちょっと苦しいだけ」
「今すぐ緩めますので!」
「ありがと・・・」
フラッ。バタン。
「キャー!お嬢様!しっかりしてください!お嬢様!!」
「はっ!え?ここは?」
私は確か、クラウド王子のパーティーに来てたよね。なんでベッドで寝てるの?あ、そうか。緊張と息苦しさで倒れたのか。パーティーはどうなったのかな。
「お嬢様。お目覚めですか?急に倒れられたので驚きました」
「心配かけてごめんなさい。パーティーはどうなったのかしら?」
「まだ続いていますよ。お嬢様が倒れてからまだ30分くらいしか経っておりません」
「そう。良かったわ」
王子の婚約者がパーティーに来ないなんて事になったら、ベイサード家的にまずいもんね。
「先程アレン様が一度迎えにいらっしゃいましたが、事情をお話しして調整して頂いております。もう少し体調が戻りましたら会場へ向かいましょう」
「わかったわ。メイ、コルセット無しでパーティーに出ても大丈夫かしら。どうせまだ胸も小さい子どもなのだし」
今はまな板だもん。悲しい事にまだ寄せる物も無いよ。将来はそれなりに育ってくれるかな。ぐすん。
「お嬢様がそれで宜しいのでしたら、そのように準備します」
「うん。また倒れるより良いから、お願いするわ」
「畏まりました」
私はアレンさんに先導されて、パーティー会場に入る。そのまま会場の前の方へ連れて行かれた。楽団の音楽が徐々に小さくなる。宰相が登壇し、話を始めた。
「えー、諸君。これからクラウド殿下の婚約者を発表する。婚約者はベイサード公爵家のアリスとする」
私は緊張しながらも、指示されるがまま前へ進み出た。
「只今紹介に預かりました、アリス・ベイサードと申します」
私は挨拶を済ませると、早々に後ろへ下がった。あの1分弱がとても永く感じられた。でも、とりあえず今日のミッションはクリアだね。
「ふぅ」
「アリス様は今日も可愛らしいですね」
不意打ちでクラウド王子!?さっき倒れたばかりなんだから手加減してよね!!
「――本日はおめでとうございます。クラウド殿下もいつも以上に格好良いですわ」
「ありがとう。アレンから倒れられたと聞いたのですが。お加減はいかがですか?」
そんなに心配そうな顔をしないで。本当に申し訳ない。
「今は大丈夫ですわ。ご心配おかけしました」
「それは良かった。その、最後の曲だけでも良いので、僕と一緒に踊って頂けませんか?」
「1曲くらいでしたら大丈夫だと思います。それまでは向こうの椅子で座って静かにしておりますわ」
「くすっ。では、また誘いに来ますね」
キャー!ここでウインク!?
「――はい。御待ちしております」
クラウド王子は本当に心臓に悪い・・・。
私は会場の端の椅子に座って待つことにした。
遠目に見ても、王族の方々は貫禄と威厳があるね。あそこだけ空気が違うわー。最早異世界。
アイリス王子とリオナード王子がクラウド王子と話してる。2人して優しそうなお兄ちゃんって感じだなー。クラウド王子が前に行っちゃった。やっぱり今日は忙しそうだな。あ、アイリス王子がこっち見た。前言撤回。全然優しそうじゃないよ。寧ろ冷たい目でこっちを見てくる!いや、私の事を見定めてる?アイリス王子がリオナード王子に耳打ちした?リオナード王子が少し驚きながらこっち見た!いやいや、2人でこっち来た!?急展開すぎる!
「初めまして。リオナードです。貴女はアリス様ですよね?」
呆けてる場合じゃなかった!
「も、申し遅れました。アリス・ベイサードです」
どうにか淑女の礼になったかな?急に勢いよく立ってクラっとしたし。無様に倒れなくて良かった。
「こんばんは。アイリスです。どうしてこちらに1人でいらっしゃるのですか?」
「先程、緊張し過ぎて控え室で倒れてしまいまして。大事を取って休んでおりますの。あの、場所を移動した方が宜しいでしょうか?」
「あはは。兄上はクラウドが振られたのかと心配しているのですよ。クラウドが貴女の元へ向かったのに、少し話して戻ってきてしまったからね。もし宜しければ、僕達とあちらへ行きませんか?」
いやいや、私がクラウド王子を振るわけないでしょ!てか、リオナード王子が指してるのって王族の方々の居る方じゃん。そっちはさすがに行きずらいな。どうやって断ろうか。
「リオ、アリス様が困っているよ。静かなここで座っていた方が落ち着くんじゃないか?」
そうそう!さすがアイリス王子!判ってる~!!
「でも、義母上が話したがっていましたよ?」
「そうだったね。うーん。じゃあ、母上をこちらへ連れてきてしまおうか」
ぇえー!?なんで良いこと思い付いた!って顔してるの!?全然名案じゃないから!!
「い、いえ。私から参りますわ。こちらからご挨拶に伺わなければならないのに、既にお2人には来て頂いてしまいましたし。その上王妃様にまでご足労頂く訳には参りません」
「そうかい?それなら一緒に行こうか」
「はい」
リオナード王子がコソっと耳打ちしてきた。
「体調が万全でないところ、申し訳ないですね。クラウドとアリス様の仲を疑う輩もいるものですから。向こうに行ったら椅子に座っていて良いですからね」
「お気遣い、ありがとうございます」
ここで1人でいるとそんな風に思われるのか。それにしても、ツインズは揃って策士だな。
てか、ゲームのリオナード王子ってこんなに気さくだったっけ?もっと陰を背負ってて、ぶっきら棒なイメージだったけど。まだ本編始まってないし、相手がアリスだからかな?
王族の方々に混ざって座っていると、リオナード王子が飲み物を持ってきてくれた。隣の席に座り、話し掛けてくる。
「アリス様、飲み物をどうぞ。その後御気分はいかがですか?」
「お気遣いありがとうございます。だいぶ落ち着きましたわ」
「それは良かった。クラウドがお相手出来れば良かったのですが、まだ諸侯からの挨拶が続いていまして。僕で申し訳ありません」
「そんなことはありませんわ。その、この機会にリオナード殿下から見たクラウド殿下のお話を聞かせていただけませんか?」
「そうですね・・・」
リオナード王子はクラウド王子のいろいろなエピソードを話してくれる。
しばらくリオナード王子と話しているとクラウド王子がやってきた。
「アリス様、大変お待たせしました。リオ兄様、アリス様と何を話していらしたのですか?」
「クラウドが可愛かったって話をね」
「!!またいらぬ事を!アリス様!兄様の言った事は話し半分で聞き流してください!」
「わ、わかりました」
いつもの余裕がどっか行ってるよ!
「クラウド、アリス様が驚いているよ」
「コホン。アリス様、僕と最後の1曲、一緒に踊って頂けませんか」
クラウド王子はそう言って手を差し出してきた。すごい。まだ10歳なのに様になってる!カッコイイ!!私はその上に手を置きながら答える。答えは当然。
「はい。喜んで」
「いってらっしゃい」
リオナード王子が笑顔で送り出してくれた。
私はクラウド王子に連れられて、会場の中央へと出てきた。さすがに最後の曲なだけあって、スローテンポで良かった。てか、ダンスってこんな近いっけ?背丈が同じくらいだからかな?
クラウド王子が躍りながら話し掛けてくる。
「アリス様、今日はなかなか御相手出来ず申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらず。今日の主役はクラウド殿下ですもの。どうしても忙しくなってしまいますわ」
「御気遣いありがとうございます。僕からダンスに誘っておいてなのですが、ご加減は大丈夫でしょうか」
「ええ。今はすっかり良くなりましたわ。ご心配お掛けして申し訳ありません」
「それは良かった。その、倒れられた理由をお伺いしても?」
「はい。今日はとても緊張しておりまして。その上、初めてコルセットを締めたので息苦しさで倒れてしまいましたの」
「・・・アリス様、理由を尋ねた僕が言うのもおかしな話ですが、さすがに女性の下着事情は話さなくて宜しいかと」
「あ!ごめんなさいっ///」
私は恥ずかしくて俯いてしまった。すると、クラウド王子にグッと腰を抱き寄せられる。
「アリス様、貴女は僕の婚約者なんですから、堂々としてください。ね?」
「はいっ。すみませんでしたっ」
顔近いからー!!ちょっと離れようよ!!恥ずかしすぎるよ!!
「くすっ。やっぱりアリス様は可愛いですね」
「っ!!」
最後はクラウド王子に良いように翻弄されて、私のパーティーデビューは幕を下ろした。
――――――――――
貴族は12歳になると次の4月に学院へ入学する。
今日は王立学院の入学式。私たちはとうとうゲームの舞台に上がるのだ。
クラウド王子は徐々に男らしくなってきて、会うたびにドギマギしてしまう。これから毎日会うんだよね!?心臓が保つかな・・・。
入学式が終わると、3年生が校内を案内しつつスタンプラリーをするらしい。確か、ヒロインがクラウド王子と出会う為のイベントだったはず。大丈夫かなー。ところで、私のペアは誰なんだろう?講堂の出口でアイリス王子に案内された場所へ向かう。
「アリス様、御入学おめでとうございます」
誰かが後ろから話し掛けて来た。
「ありがとうございます。って、え?リオナード殿下?まさか、私のお相手はリオナード殿下ですの!?」
「あはは。そうですよ。驚き過ぎではありませんか?」
「も、申し訳ありません。まさか、お相手がリオナード殿下とは思わなかったものですから」
王子自らご案内。なんて、私はどんだけくじ運が良いんだ!?
ボソッ。
「僕としては丁度良かったけどね」
うんん?リオナード王子、今何か言った?
「すみません。今なんとおっしゃいましたの?」
「気にしないでください。では、行きましょうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
「あ、あれはクラウドかな」
いろいろな場所を案内して貰っていたら、向こうにクラウド王子が見えた。隣の女生徒はまさか!
「そうみたいですわね。リオナード殿下、クラウド殿下を案内している先輩とはお知り合いでしょうか?」
「僕のクラスメイトですよ。彼女の名前はクレア。アリスさんなら知っているのではないですか?」
「あの方が!去年の星降祭の時にお兄様と出ようとした方ですわね!エミリー様がお怒りで大変でしたの」
お父さんもカンカンに怒ってたし、ホントに大変だったんだからね!!ヒロインだからって私の兄ちゃんに手を出さないで欲しいわ!
「エミリー様?どなたですか?」
「あ、兄の婚約者でエミリー・フロント様です。アレックス・フロント様のお姉様ですわ」
「トーマス君の婚約者はアレックス君のお姉様だったのですか。知りませんでした」
「リオナード殿下の気になさることではありませんわ。それより、クレア様ですけど。クラウド殿下と距離が近くありませんか?」
ちょっと!離れてよ!!私のクラウド王子なんだから!!
「そうですね・・・。アリス様。今後クラウドの周りで気を付けてほしいことがあるのですが、お願いできませんか」
「何でしょうか。私でお役に立てるのでしたら承りますわ」
何だろう?急に改まって。
「今、クラウドと一緒にいるクレアさんなのだけれど。今後クラウドにも近づこうとするのではと思っています。そのときはアリスさんが守ってあげてくれませんか。同じクラスですし、僕より適任だと思うのです」
え?クレアって要注意人物なの!?確かに、リアルでゲームの通りに貴族に手を出しまくってたらそうなるか。
「わかりました。リオナード殿下が懸念なさると言うことは、そのようになる可能性が高いのでしょう。私がクラウド殿下をお守りいたしますわ!」
「ありがとう。アリス様が味方になってくれると心強いよ。さあ、次の場所へ行こうか」
私はリオナード王子と共に残りの場所へと向かった。
――――――――――
私は日々クレアを警戒しながら過ごしている。今の所は大した接触もなく、とりあえずは大丈夫そう。
正直、クラウド王子ルートを朧気ながらも知っている私には簡単なミッションだと思ってた。でも、ゲームのイベントを回避しても類似したイベントが発生したりする。全部回避するのは、なかなか根気のいる作業なんだよ。モブにも意志があるからか、ゲームとはやっぱり違うみたい。
学院にはクラブ活動がある。ゲームにはそんなの無かったはず。
私は馬術クラブに入ろうとしていたけど、女子はダメだって。仕方ないから、貴族の女子の大半が入る家庭クラブへ入った。
家庭クラブは毎日の様に女子達がお菓子を食べながらおしゃべりしているだけ。退屈すぎる。せめてそのお菓子を作ろうよ!学院の敷地からも滅多な事じゃ出れないし!息が詰まる!!
あー馬を操って駆け回りたい!!あの風を感じたい!!私は前世で馬の調教師を目指していたこともあるくらいに乗馬が大好きなのだ。結局なれなかったけど。
クラウド王子は馬術クラブへ入った。羨ましすぎる。いいなー。
アイリス王子は剣術クラブに入っている。
噂によるとリオナード王子は魔術クラブらしい。
クレアに至っては全く分からない。
――――――――――
今日から夏休みに入る。学院の寮から屋敷へと帰ってきた。
休みは1月もあるのか。今まではこんなに会えないのが普通だったけど、入学してからは同じクラスで毎日会ってたからな。寂しいな。
クラウド王子は他の人がいると今までの甘さはどこへ?ってくらい素っ気ない態度だったんだよね。文化祭でも結局2人きりになれなかったし。これからどうなるんだろう。もう前みたいに構ってくれないのかな。
「はぁ」
「お嬢様、何かお悩みですか?」
「あら、メイ。いつからいたの?」
「先ほどからずっとここにおりましたよ?」
「ごめんなさい。気がつかなかったわ」
「心ここにあらずですね。そうだ!気分転換に旅行へでも行きませんか?夏休みはまだまだ長いですし」
「そうね。屋敷にいても暑いし。どこか涼しい所へ行きたいわ」
「では、避暑地の別荘に行けるように手配しますね」
「お願いね」
私はメイに連れられて避暑地の別荘へとやってきた。そこは日本の軽井沢みたいな雰囲気に西洋の建物を足した感じの街。
「やっぱりここは涼しいわね!」
「はい。それと、お嬢様が元気になって嬉しいです」
「メイ。心配かけてごめんなさいね」
「いえいえ。お嬢様の心配をするのが私共の仕事ですから」
「いつもありがとう」
「さぁ、お嬢様。せっかく遊びにきたのですから出かけましょう!ここなら人目を気にせず思いっきり乗馬も楽しめますよ!」
「そうね。お願いできる?」
「はい。準備をして参りますので、少しお部屋でお待ちください」
私は厩舎から愛馬を連れ出し、供を連れて遠乗りに出る。
「お嬢様はさすがですな。馬がとても気持ちよさそうです」
「本当?アルにそう言われると嬉しいわね」
彼はベイサード家の馬の調教師。50歳位のおじさん。
調教師は資格の必要な立派な職業で、アルはその中でも最上位の特級を持っている。
私はそんなアルが側に居るから好きな時に馬に乗れる。普通のお嬢様なら乗れないんだろうな。
「あら?あそこの木陰に誰かいるわね」
「この辺は貴族の避暑地ですからな。どこかの貴族の方でしょう」
「そう。貴族の方ならご挨拶だけでもした方が良いわね。近くに行ってみましょう」
「わかりました」
私はぐんと速度を上げ、木の下で馬を休ませている人物の元へ向かった。相手の馬を驚かせないように少し遠くで止まる。馬から降りてアルに預け、更に近寄るとその人物は1人で休んでいた。
うん?貴族なのに1人で居るの?とりあえず、挨拶をしてみよう。
「こんにちは。アリスと申します。今日はお一人ですか?」
「こんにちは。って、え?アリス様!?」
そこには驚いた顔のクラウド王子がいた。
「え!クラウド殿下!!なんでお一人でこのような場所にいらっしゃるのですか!?」
「ちょっといろいろありまして。そんなことより、アリス様は乗馬をなさるのですね。騎乗服も良くお似合いですね」
「女性が乗馬するなんて、生意気ですわよね。って、そうではなくて!!どうして供も連れずにこんなところにいらっしゃるのですか!?」
「そんなに責めないでください」
「ごめんなさい。でも、何か有ってからでは遅いのですよ?ご自分のお立場を考えなさってください」
「そうですね。でも、今は独りになりたいので」
「そうですか」
私は一度クラウド王子の傍らを離れる。拒絶された感が半端ない。ちょっとショック。
「アル、ちょっとお願いがあるのだけれど」
私は少し離れたところに控えるアルに声を掛けた。
「なんですかな?」
「クラウド殿下が1人で屋敷を出てきてしまったみたいなの。たぶん御付きの方々が探していると思うから、夕方までには連れて帰ると伝えて来てくれないかしら」
「それは早くお知らせした方が良いですな。お嬢様はその間いかがされるのかな?」
「私はアルが戻るまで殿下とここに居るわ。殿下の事が心配ですもの」
「わかりました。ワシが戻るまで絶対に馬には乗らないように」
「わかっているわ。お願いね」
私はアルに言付けを託すと、再びクラウド王子の居る木の元へ向かった。そして、クラウド王子のいる木陰が見える、程よく距離が離れた木陰に陣取る。
一瞬クラウド王子がこちらを見たが、私からは話し掛けない。彼から話し掛けるのを雲でもぼんやり眺めて待とう。
「アリス様、先程はすいませんでした」
「・・・お気になさらなくて結構ですわ」
「それでも、すいませんでした」
「私はただ、のんびり雲を眺めているだけですもの・・・。
ねぇ、クラウド殿下」
「なんですか?」
「話したくなったら教えてくださいね」
「――ありがとうございます」
「うふふ。今日は風が気持ちいいわ。なんだか眠たくなってきちゃいました」
「寝てても誰も見てませんよ」
「ここにはクラウド殿下がいらっしゃるじゃないですか・・・」
私はそのまま、久し振りにのんびりとした眠りに落ちていった。
私はふと目が覚めた。いや、寝てた事に気付いたって方が正しいかも。
「んんー」
「お目覚めですか?眠り姫」
「え?クラウド殿下?」
私は何故かクラウド王子に膝枕をしてもらっている!?
「も、申し訳ございません!!」
ぇえ!?急いで頭を上げようとしたら、肩を手で押さえられた!
「その、もう少しこうしていてはダメですか?」
「普通は逆ですわよね!?」
「今は僕がこうしていたいのです。それでもダメですか?」
これ、かなり恥ずかしい。でもそんな事言われると、NOとは言えないじゃん・・・。唯一の救いはクラウド王子の顔が見えない事だね。
「わかりました。少しだけですわよ?」
「ありがとうございます」
そう言って、クラウド王子は私の髪を玩ぶ。き、気まずい・・・。
「アリス様。このまま少し話を聞いて頂けませんか」
「なんでしょうか」
「僕は、アイ兄様が信じられなくなってきてしまいました」
何かあったの?もしかして、これが一人で出て来てしまった原因かな。
「アイリス殿下に何かあったのですか?」
「はい。最近、ソフィア様と離れて過ごす事が多くなってきたようで。先日の15歳のパーティーの時には、他の女性を連れていましたし」
ソフィア様って面識は無いけど、アイリス王子の婚約者で、アイリスルートの悪役令嬢だったよね。それで、この流れからすると他の女性はたぶんクレアだよね?
「あんなに仲の良かった2人が、すれ違っているというか。兄様がソフィア様に対して興味を失ったというか。なんだかやるせない気持ちです」
「その、アイリス殿下の連れていた女性とはどなたなのでしょうか」
「クレア様という方です。兄様達と同じクラスの」
やっぱり!!リオナード王子が警戒するだけあるわ!どうしよう。一応入学式の日の事を伝えておいた方が良いよね。
私はクラウド王子の膝から頭を上げ、彼の隣に座り直して視線を合わせた。
「クラウド殿下。その女性についてお話があります」
「彼女に何かあるんですか?」
「はい。そのクレアという女性ですが、私のお兄様にも近づいてきておりますの。それに、リオナード殿下から彼女には注意するようにと仰せつかってもおります。
実は、クラウド殿下にも近づくのでは無いかと懸念されておりまして」
「僕にもですか?何故でしょう」
「彼女が近づいている男性は皆、権力ある者の御子息様なのです。ですから、第3王子であるクラウド殿下にも近づくのではないかと」
「そんな・・・。アイ兄様は何故そんな方に」
「それは私には分かりかねますわ。でも、後ろに何か不穏な動きが在るとは思いますの。リオナード殿下も何かを探っていらっしゃる様です。ですから、クラウド殿下もお気をつけくださいませ」
そう。ここは乙女ゲームの世界では無い。ただの平民が次々と貴族を籠絡していくなんて、リアルでは無理な話だよ。
「わかりました。でも、そんな重要な話を僕は知らされていなかったのですね」
なんて寂しそうな顔で微笑むの。場違いって分かってるけど、胸がキュンってする。守ってあげたくなる!!
「これは私の考えですが、リオナード殿下のお心遣いだと思いますわ。クラウド殿下の学院生活を守る為の。学院では学生という身分で多少窮屈でも自由に振る舞えるのですもの。それが例え仮初めの自由だとしても」
「そうですね。リオ兄様の考えそうな事です。一度リオ兄様と話してみようと思います」
「それがよろしいと思いますわ。
さて。折角ですし、一緒に乗馬を楽しみませんか?」
さっき起き上がった時に向こうにアルが見えたから、私が起きたのは気づいたでしょ。ほら、準備を始めてる。
「そうですね。アリス様のお手並み拝見と行きましょう」
そう言ってクラウド王子は手を差し出して私を立ち上がらせてくれる。
「うふふ。簡単には負けませんわよ?」
私たちはアルの元へと向かった。
――――――――――
今日は初めての星降祭。
私は先日クラウド王子に貰ったアジサイの髪飾りを身に付ける。そう言えば、フリーの人は星のアクセサリーを身に付けるんだっけ。
これを貰う時にもひと悶着あったなぁ。主に私の勘違いだったけど。まぁ、クラウド王子からの愛情を感じられて良かったかな。
「お嬢様、用意が出来ました。きっとクラウド殿下も可愛らしいお嬢様にメロメロです!」
「そ、そうかしら?」
最近、メイのノリがよく分からない!
「はい!ささ、殿下との待ち合わせ場所まで行きましょう!」
「そうね」
私はメイと共にクラウド王子と待ち合わせている場所まで向かう。
うわぁ、今日はいつも以上にキラキラ全開!そしてとんでもなく格好いい!!私はこんな人とパートナーなの!?
「アリス様、こんばんは。今日は一段と可愛らしいですね。やっぱりピンク色の方がお似合いです」
「ありがとうございます。殿下も格好良いですわ///」
もう。相変わらず甘々なんだから!そんな顔で見ないでよ!!
「くすっ。では、参りましょう」
「はい」
私達は会場へ向かった。会場へ着くと、リオナード王子とソフィアの元へ挨拶に向かう。私はこうしてソフィアと言葉を交わすのは初めてだ。
暫く4人で話していたけど、リオナード王子がクラウド王子を連れて行ってしまった。
ソフィア様と何を話せば良いんだろう。話題が全然思い浮かばない。
「アリス様ってとっても可愛らしいですね。まるでお花の妖精みたい」
「そんな。ありがとうございます。ソフィア様はとってもお綺麗ですわ。その凜とした雰囲気に憧れます」
「ふふ。ありがとう。アリス様は一緒に話していると、元気を分けて貰えそうね」
ソフィアは寂しそうに笑っている。この女性にこんな顔は似合わない。彼女の言う通り、私の元気を分けてあげたい。
「そうだ。ソフィア様、あちらのデーブルに行きませんか?おいしそうなスイーツが並んでいますの。殿下達はどこかへ行ってしまったみたいですし。一緒にパーティーを楽しみません?」
「そうですね。アリス様とゆっくりお話できる絶好の機会ですし。では行きましょうか」
私はソフィアと他愛のない事をいろいろ話した。彼女はゲームの悪役令嬢なんかじゃない。普通の女の子だった。
暫くすると、王子達が戻ってきた。私はクラウド王子に誘われて踊る。
「あの、クラウド殿下」
「なんでしょうか」
「ソフィア様の為に、私が出来ることはないのでしょうか。気丈に振る舞われているのを見ていて辛いのです」
「いずれアリス様にもお願いすることがあると思います。今は静観するしかありません」
「わかりましたわ。その時がありましたら迷わず御指示を頂ければと思います」
この状況からどうにか助けてあげたい。私で役に立てることはないの!?このままじゃ卒業式の断罪イベントに間に合わないよ!
――――――――――
私は今日、カフェテリアにソフィアとエミリーを呼び出した。「悪役令嬢会」と心の中で名前を付けてみる。ちょっと笑えない。
「こんにちは、アリス様。今日は誘っていただきありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ御越しいただきありがとうございますわ。ソフィア様とは一度のんびり話したかったのです。もうすぐ、エミリー・フロント様もいらっしゃいますわ」
「エミリー様もいらっしゃるのですね。楽しみです」
私たちはウェイターに各々飲み物を頼み会話を楽しむ。
簡単に紹介すると、ソフィアは見た目とおりに可憐な令嬢で、いつも凜とした佇まい。性格はゲームの過激な印象と違って「深窓のご令嬢」がぴったり。
エミリーは見た目と中身のギャップが激しいんだよね。虫も殺せませんって顔で、しゃべりもおっとりしてるんだけど。性格が、その、なんて言うか「姉御最高!!」って思わず言いたくなる。うん。さすが騎士団長の娘。ゲームでは確か友達になれるルートがあったはず。
私?私は某不思議の国でウサギを追いかけ回してた見た目。性格は・・・ご想像にお任せします。
「こんにちはー。ちょっと遅くなってしまいましたー」
暫く二人で雑談していると、エミリーがやってきた。
「エミリー様、こんにちは。お越しいただきありがとうございます。こちらはソフィア・セントル様です。そしてソフィア様、こちらがエミリー・フロント様です」
「初めまして、ソフィアです。よろしくお願いします」
「私はエミリーです。こちらこそよろしくお願いしますねー」
これで悪役令嬢が揃ったよ。やってやったぜってね。全然後悔はしてない。
仮にもし他の転生者がいてこの状況を見たらびっくりするだろうなー。まぁ、居るわけないけど。
なんでこのタイミングでお茶会?って思うよね?それは来月2人が卒業だから。クレアに振り回されてる2人を元気づけたいの。
3人であそこのケーキが美味しいとか、あのデザインのアクセサリーが可愛いなどとワイワイと歓談していると、ソフィアが疑問を口にした。
「そういえば、アリス様はどうして私たちを招待したのですか?共通点が見あたらないのですが」
「それは、お二人が将来の私のお義姉様になられるからですわ。卒業前にお二人にも仲良くなっていただけたらと思いまして」
「言われてみればそうですねー。私はトーマス様の婚約者で、ソフィア様はアイリス殿下の婚約者ですもの」
「そうですね。でも、私はアリス様の義姉になれるでしょうか」
「ソフィア様・・・」
私はクレアが義姉なんて認めない!ソフィアの方が良いんだから!!
「ソフィア様、何を諦めていらっしゃるのかしら?自分に非が無いのであれば、堂々とするべきです」
はっとしてエミリーを見た。普段のほわほわした感じを微塵も感じさせない強い意志を持った令嬢がそこには居た。
「すでに婚約者の居る殿方にアプローチを掛けるなど言語道断!ましてや、貴女はこの国の王が決めたアイリス殿下の婚約者。あの女のやっていることは国家に対する謀反と同じです!!」
「さすがにそこまでの事ではないと思います。王には側室も認められておりますし」
「いえ、これは譲れません。未来の王妃たる貴女がここで諦めてはいけません」
「そうですわ。ソフィア様は諦めてはいけません」
「お二人とも・・・」
ソフィアの目から一筋涙が流れた。
後日、クラウド王子から卒業式後にソフィアの元に行くと伝えられた。
決めた。絶対ソフィアを守る。
――――――――――
今日は運命の日。卒業式。
卒業式が終わると、クラウド王子に連れられてソフィアの元へ移動する。
私は心細そうにしているソフィア様の手を握った。大丈夫。私が守るから。
「国王陛下。私、アイリスより陛下へご報告があります」
「どうした。申してみよ」
「はい。私の婚約者であるソフィア・セントルとの婚約を継続出来ない為、これを破棄したいのです。よろしいでしょうか」
ソフィアはアイリス王子の発言に肩をビクッと震わせた。私はすぐにでも連れ出してしまいたい衝動をなんとか抑える。
「突然何を言い出すのだ。しかも、この様な晴れの場で」
「申し訳ありません。しかしながら、今日のこの場でないと意味が無いと思いまして」
「・・・理由を申してみよ」
「はい。私はこちらのクレア嬢がソフィアから嫌がらせの数々を受けている事が許せないのです」
「それは誠の事なのか?お前の勘違いではなく?」
「はい。証人もおります。トーマス、2人をここへ」
「はい」
「陛下、この2人が証人です。彼女達はソフィアの指示でクレア嬢に嫌がらせをしていたと証言しています」
兄ちゃん!?何をやってるの!!クレアにほいほい騙されて!!
「アイリスよ。ソフィア嬢が直接関与していた訳では無いのだな」
「そうです。自分の手を汚さない卑怯ものなのです」
クラウド王子が手を白くなるまで握りしめている事に気づいた。大丈夫かな。
私の視線に気づいた彼は悲しげに微笑んだ。
「そうか。リオナード。お前から見てもそうであったか?」
「――陛下、急に話を振らないでください。
そうですね。今の話に僕は 否 とだけ答えましょう。僕の話も聞いて頂けますか?」
そうそう。ソフィアがそんな事するはずないじゃない。
「許す。申してみよ」
「そうですね。どこから話しましようか。まず、そのアイリス殿下は操られています」
は!?
「リオナード!何を言いだすんだ!私は操られてなどいない!」
「まぁ、今の発言が証拠です。兄上は僕が殿下と呼ぶと、まず泣きそうな顔をします。今の様に憤慨はしません。そして、僕のことをリオナードとは呼びません」
そうなの!?
「確かに。親いものしか知らない事実だ。だが、それだけでは薄いぞ。他にも何か決め手は無いのか?」
「はい。陛下は納得されても他の方々は納得されないと思い、きちんと用意しております。レオル、例の物をこちらへ」
「畏まりました。リオナード様、どうぞ」
へ!?事務のレオルさんってリオナード王子の従者だったの!?
「陛下。これが証拠です。隣国スターレンが崩壊した際に消えた魔道具でございます。クレア嬢の使っている部屋から見つけたものです」
うん?魔道具??
「リオナード、どういうつもりだ!これが本当にクレアの部屋から出てきたと言う証拠はないだろう!」
「まだ僕をリオナードと呼ぶのですね。では兄上、両手を貸していただけますか?」
「何をする気だ?」
「こうするのです」
バチッ
「痛っ。リオ、ありがとう。陛下、お見苦しい所を御見せして申し訳ありません」
正気に戻った!?ほんとに操られてるの!?じゃあ兄ちゃんも?
「アイリス?正気に戻ったのか?」
「はい。一時的にではありますが。
先程私から進言したソフィア様の件は保留させていただいてもよろしいでしょうか」
ソフィアが息を飲む音が聞こえた。私は繋いだ手に力を込める。彼女はこちらを見た。私は大丈夫と微笑んだ。
「構わん」
「ありがとうございます」
「兄上、保留なんですか?撤回ではなく?」
「良いから。リオ、続きをお願い」
クラウド王子が私の肩を抱いてきた。たぶん、彼は事の顛末を知っているのだろう。
「わかりました。次に、クレア嬢に嫌がらせをしていたそちらの御二人ですが、本当はクレア嬢の侍女です。そして、クレア嬢は隣国スターレンの元王族です。他にも何名か協力者がいます」
はい!?元王族!?そんな設定あったっけ・・・
「静粛に。リオナード、それは誠か?」
「はい。ここからはレオルが説明します。その前に、そこの者達が逃げられない様にしてください。協力者の方は僕が対処しましょう」
リオナード王子がパチンと指を鳴らす。
何人かがうめき声と共に倒れる音が聞こえた。
ちょっと待って!それだけで魔術って発動するの!?
「衛兵、講堂を封鎖せよ。では、始めてくれ」
「ただいまご紹介に預かりました、リオナード様の侍従レオルです。この様な大役を仰せつかり、恐縮でございます。
今回の騒動は簡単に言ってしまえば、隣国の元王族がこの国を乗っ取る為の茶番というところでしょうか。
彼女はまず、この国の国民として学院に潜り込みます。元王族ですから、入試なぞ大した試練ではなかったはずです。
そして、王子を誑かし、この国の王族になる予定だった様です」
なんですって!?
思わずクレアを見ようとするが、クラウド王子に止められた。
「その者達はそもそも、自国の滅亡理由を理解していないのです。自ら蒔いた種だと言うのに」
「そんな事はありません!」
「ほぉ、ではなんだと?」
「あなた方が祖国に攻め入ったから滅んでしまったのです!あなた方が来なければ姫様にこの様な苦労は無かったのです!」
そうなの?クラウド王子を見ると彼は首を横に振った。
「それが理解していないと言うのです。元王族の侍女のくせに知らないのですか?この際ですから、本当の滅亡理由を聞いて絶望でもすれば良いのです。
事の発端はスターレン王家が後継者争いをしていた事です。それにより国政が滞ってしまった事を宰相は良しとせず、我々へと助けを求めました。だが、遅すぎた要請だった為、王国滅亡の歯止めにはなれませんでした。
当時のアスタロイド国王はスターレンを形式的に攻め、統合すると共に属国に近い扱いとしました。面倒事を避ける為、何代か先には完全に独立出来るように配慮して。あなた方ではない方の王家がその土地の領主なのですよ。
そもそも、後継者争いで負けたことも忘れている様では救いがありませんね」
確かにそれは自滅だね。そしてかなりの好待遇。クレアは負けた側じゃあどうにもならないね。
「大体、スターレン家の者共は滅んで当然なのです。リオナード様にあの様な傷を負わせ、母君を殺した者も分家とは言えスターレン家の者なのですから。あなた方は一体何がしたいんですか?アスタロイドに厚待遇で迎えられておきながら、この仕打ち。人間としてどうなんですか?」
そうなの!?スターレンの人って人間としてだめじゃない!?
暫く怒濤の言葉責めが続く。
「つい、熱くなってしまいました。申し訳ありません。
この者達は最初、婚約者のいないリオナード様を狙いました。しかし、リオナード様は直感的に避けて事なきを得ました。
リオナード様を手に入れることは難しいと分かったのか、ほかの御令息様を先に籠絡しようと計りました。結果は今そこでクレア嬢を守っている方々です。彼らも操られています。
クラウド様も毒牙に掛けようとしましたが、リオナード様とアリス様のガードが固く、難しかった様です。
後の無いクレア嬢は侍女達と結託し、ソフィア様を上手いこと除けて、アイリス様へと取り入ったのです。アイリス様は悪女達の罠に嵌まってしまい、今に至ります」
ははは。ソフィアもさすがに唖然としてるよね。うん。私も。
「レオル、ありがとう。陛下、以上が事の顛末です。操られている者達を開放するために、この魔道具の破壊許可を頂きたいのですがよろしいでしょうか。一刻も早く兄上を元の兄上に戻したいのです!」
「許可しよう。リオナード、任せる」
「はい!ありがとうございます!」
リオナード王子は魔道具を手に取り、魔術で焼き払った。操られていた貴族の子息達がバタバタと倒れる。
兄ちゃん・・・
「アリス様、トーマス様はきっと大丈夫です」
「そう、ですわね」
クラウド王子は私の肩に回した腕にぐっと力を込めた。
「教師はその者達を介抱せよ。衛兵、そこにいるスターレン家の者と倒れている協力者共を捕縛した後城の牢へ連れていけ。以上、解散」
これってもしかして、ざまぁってやつだったのかな?
「ソフィア様、僕らと一緒に来ていただけませんか?」
「はい。わかりました」
私達はクラウド王子の先導で植物園のサロンへ向かった。
暫くすると、アイリス王子がやってきた。彼を見つけたクラウド王子は嬉しそうな顔をしている。
「アイ兄様。待ちくたびれましたよ?」
「悪かったね。父上とリオと少し話をしていたんだ」
「そうですか。では、僕たちはこれで。後はよろしくお願いします」
「あぁ。ありがとう」
私とクラウド王子はサロンを後にした。
「クラウド殿下。ソフィア様はもう大丈夫ですわね」
「そうですね。やっと終わりました」
「はい。お疲れ様でした」
なんだかとんでもない事になったけど、とりあえず終わったー!!
「――さぁ、帰りましょうか。僕の可愛いお姫様」
なぜこのタイミングでこんな。負けない!!
「はい。私の王子様///」
私は照れながらもクラウド王子の腕に自分の腕を絡ませた。
私はこれからもこの王子様に振り回されるんだろうなー。
でも、楽しみだな。
END
女の子目線を初めて書きました。
ちょっと自信ありませんが、どうにかなったかなと思っております。
次はあの人を書こうかな・・・。