6話
「テオ」
「なんだ?」
「なんでアンタは警官になろうと思ったの?」
「考えちまったからさ。『リーサルウェポン』や『バッドボーイズ』や『ビバリーヒルズコップ』を観て、シアトルが舞台だったら俺が主人公だろうってさ。かっこいいじゃねぇか……。でもメル・ギブソンはロスの出身じゃない。ウィル・スミスもマイアミ出身じゃないし、エディ・マーフィーもビバリーヒルズ出身じゃない。俺はシアトルで生まれて育って……シアトルのために戦った。ヤツらよりかっこよかったはずだぜ」
「ええ。アンタはシアトルのために……」
「死にそうな警官ってのは、定年間際に禁煙を誓ったばかりと決まっているはずなのにな……禁煙してたのにな、って最後のタバコを吸いながら……」
テオ・カシージャス(享年29歳)は勇敢な警官だった。ベラトリクスがゾンビ殺しとしては「殺害数が足りない」と苦言を呈されるのは、テオのような警官がシアトルを守っていてゾンビ被害が少なかったからだ。
テオ・カシージャスはベラトリクス・サンダーランドの家の近所で生まれた。十二歳の頃、ベラトリクスの家の木から降りられなくなった子猫ちゃんを助けようとして落下して、骨折したのがテオの最初の名誉の負傷、そして“正しい行い”への忠誠と動機だった。何しろ子供の頃から美人だったあのベラトリクス・サンダーランドが、救急車が付くまで部屋で看病してくれたのだ。ケガの功名だぜ! 見返りを求めてはいけないが、“正しい行い”をすれば後悔なんかしないで済むし、誰かは認めてくれる。テオは知らなかったが、ベラトリクスもこの経験からナースを志すようになった。この日のことはベラトリクスの中でもテオの中でも真実だ。
ベラトリクスが誰にも告げずにビアガイザーのお宝探しからバックレ、シアトルに着いた頃、既にシアトルは未曽有のゾンビ危機に陥っていた。シアトルの様な大きくてインフラが整っている町でゾンビ危機を起こすのに最も効率的な方法は何か? 病院を狙うことだ。病人やケガ人は抵抗力が薄く、すぐに死んでゾンビ化してしまう。点滴を打っている患者なんてウイルスの付着した針で点滴の袋やチューブを一刺しすればいい。“キュンストレーキ”なら誰にも気付かれずこのテロ行為を実行できる。
だからベラトリクスはテオを呼び、まずはこの病院にやってきたのだ。ベラトリクスがナースのイロハを学んだこの病院は、もはや薬品のにおいではなく血のにおいが強くなってきている。
「……」
ベラトリクスはテオ・カシージャスの遺体の足の腱を切断した。シアトルのために走り回って鍛えられた足。腱を切ればゾンビ化しても徘徊することは出来ない。ゾンビとしても再起不可になるほどテオを傷つけることはベラトリクスには出来なかった。
「これだからジョックスって嫌いさァベラトリクスゥ。かっこつけちゃってェ」
「ダグラス、アンタ確かわたしの幼馴染のはずよね?」
「そうだよォ。幼馴染のダグラスだよォ」
「おかしいわね。テオはジョックスじゃないわ。いつもコミックを読んでて、本物のジョックスのアメフト部のビットやセスに腹パンされたり食堂のトレイをひっくり返されてたわ。カーラもミシェルもテオのことはシカトした。テオはリア充なんかじゃない」
「でもベラトリクス、お前とイチャイチャしたり」
「わたしもテオのことは彼が十四歳から警官になるまでの間はシカトしてたわ。あの頃、テオはグロテスクなジャパニーズポルノアニメーションにハマってたから。そんなヤツよ。テオはそんなヤツ。アメフト部に意味もなく殴られて、チアの連中にはシカトされる。ジャパニーズポルノアニメーションにのめり込んで、“幼馴染”にすら愛想を尽かされる。それがテオ・カシージャス。警官になってからはかなりマシになったけど、あの頃のテオよりミジメな人間はいなかった。そんな人間でも、正しいと信じる行いのために、自分をイジメたりシカトした人間たちのために! 命を賭けて戦った。お前は?」
「簡単なことさァ。一つのことをやりぬくことって意外と簡単なのさ。他人がどう思うかなんて考えず、迷うことすら放棄して同じことをずっとやってればいい。“正義”なんてのは最も簡単だ。褒めてもらえるからなァ。思考停止でやってても問題ない。一番簡単な行いだ。だからこそ、“正義”は質が落ちて、“偽善”の概念が生まれるんだよォ」
「てめぇ、ブッ殺す!」
メスを振り回す。しかし今更ダグラスに当たるはずもない。ダグラスのことは無視し、今はゾンビを減らすしかない。そうとわかっていても、シアトルの誇りを貶められると感情を抑えきれない。
「スマンスマン、ちょっと嫉妬しちまったよォ。俺が先に死ぬんなら、その時もそうしてくれよ? お前を全米1位にしてやった立役者だぜ」
テオの無線機が鳴っている。腸が煮えくり返るが、ダグラスは無視しなければならない。
「テオ、テオ! 応答しろ。こちらマーフィ警部だ。応答しろ」
「テオは死んだわ」
「テオが死んだだと? テオは私が鍛えた警官だぞ! テオが死ぬなど……。お前は?」
「ベラトリクス・サンダーランド。テオはわたしが殺したも同然よ」
「君がベラトリクス・サンダーランドか。テオは今、どこにいる?」
「セイント・サウス・スワン大学病院。ここの患者がゾンビにされているわ」
「そこにはゾンビが多いか? ベラトリクス・サンダーランド」
「ええ。だってあのテオが殺される程よ」
ベラトリクスはため息をついた。警官としてこのマーフィ警部に鍛えられたテオすら、この数のゾンビには敵わなかった。テオはゾンビになりつつある患者たちを見捨てられなかったのも理由だが、ベラトリクスが今持っているメス、トンカチ、麻酔銃マジックワンド、あまり扱いきれない拳銃でこの場を切り抜けるには、手段はたった一つしかない。ダグラスにお願いすることだ。ダグラスにお願いし、自分だけは助けてくれと頼む。この病院にいては殺されてしまい、全米1位のゾンビ殺しになれないので、キュンの力で自分もゾンビに無視させて病院から出してくれ、とお願いすることだけだ。
テオは“正しい行い”のために命を使い果たした。自分はどうだ? 死に場所としてこの病院は悪くない。言い訳はいくらだってできる。「テオを置いていけなかった」とか「青春時代を過ごした場所」とか「精いっぱいやったけどダメだった」とかこの場所で死ぬ言い訳はいくらでも出来る。
何人かのゾンビが、窓を突き破り身投げ自殺した。ベラトリクスとダグラスがいる部屋でもそうだ。フランキー・ランドン(享年61歳 ゾンビ年齢0歳)はヒトゲッティミートソース“最高のセクシー&クレバー味”を素通りし、首が折れる程の頭突きで窓にひびを入れ、アントニオ・チャステイン(享年63歳 ゾンビ年齢0歳)が突き破り、ユージン・マッキノン(享年59歳 ゾンビ年齢0歳)も五階の窓から飛び出す。蘇ってしまったテオ・カシージャス(享年29歳 ゾンビ年齢0歳)も呻きだし、窓の外に向かって手を伸ばす。
その割れた窓から、血でも薬品でもないが覚えのあるグッドなスメルが病院内に流れ込んできた。ベラトリクスは壁にもたれかかり、ズリズリと蹲って自慢のスキニージーンズに顔を埋めた。もう言い訳を考える必要はない。
テオの無線機から日本語訛りの英語でこう聞こえた。
「Scavengers! Assemble!!」
CZK3 11-6-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
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CZK3 11-6-B
Glacier Goldgrape(19歳)。
愛称は“シスター”! ウォールドロワーという町の出身で、とある陰謀に巻き込まれ七歳の頃から人殺しのやり方を教え込まれた孤児の修道女。ウォールドロワーから逃亡した後は人殺しから足を洗い、教師の道を目指してドクから勉強を教わったり、ミセスから武器の扱いを教わったり、ベラトリクスから女の子の生き方を教わったりした。ウォールドロワーにいた頃は粗末な食べ物しかなかったが、栄養をちゃんと摂っている今は、優れた身体能力と勘の鋭さによって、ゾンビ殺しとして素晴らしい才能と大器の片鱗を見せている。肩を痛めやすいのがタマにキズだが、身体能力やスペックでは同年代のミランダよりも上だろう。そのシスター・グレイシャの振るうナギナタ・スピアはレイモンド・ハリス(享年30歳 ゾンビ年齢0歳)、ジーナ・スカリア(享年25歳 ゾンビ年齢0歳)を貫き、叩き壊し、斬り伏せる!
Ricardo MacFarlane(41歳)。
愛称は“サイコ・パトリオット”! 祖国への愛と敬意で頭のネジが飛んでしまった男だ。彼の心のメモリの大半を占める愛国心は、リカルド・マクファーレンの中から恐怖の概念を吹っ飛ばしてしまったし、どの国が発行するパスポートにも“犯罪歴”の記入欄があると思っている。ベラトリクスがシアトルを、ノーマン兄妹がカリフォルニアを想う様な気持ちを国単位で過激にやっているのがリカルド・マクファーレンと言える。ステイツの誇りを汚すものはショットガンと二丁のマグナム“デス”と“ロイヤー”で射殺してしまう! シアトルにふさわしくないニコル・ウィックス(享年44歳 ゾンビ年齢0歳)やヘイゼル・ウィートン(享年87歳 ゾンビ年齢0歳)もリカルドによってあの世へのパスポートに判を押された。
William Rogers(59歳)。
愛称は“キャプテン・カリフォルニア”略して“キャップ”! このU.S.Zで彼以上の人格者はいないだろう。田舎町ウィンターパークの町長と、超金属製のゴミ箱の蓋を盾として戦うスーパーヒーロー“キャプテン・カリフォルニア”の二重生活を送っている(町民にはバレバレだけど)。高齢と重病と息子ロビンの死の克服、そして“スカベンジャーズ”への加入により、彼のゾンビキラーとしての全盛期は今である! その盾捌きで、スカーレット・ベイティ(享年16歳 ゾンビ年齢0歳)を止めてみせた!
Lloyd Rollsroyce(29歳)。
愛称は“ミスター・ライト”、自称“大陸最高の弁護士”! ブレスオブソフィアの出身で、親友のフィル・サリバンと共に新興宗教“オラクル”を立ち上げた男。その優れた頭脳、容姿、トークスキルはハッタリじゃない。一度は道を誤り、全てを失ったが、闇の中でも光の中でも足掻き続け、親友フィルの残した“スペイン王の隠し財産”の発見という正しいと信じる夢、そして善であり続けた親友に恥じないために今、“正しい行い”として、自慢の金ストライプの青スーツが返り血で汚れるのも厭わずバールのようなものでキャップが止めたスカーレット・ベイティ(享年16歳 ゾンビ年齢0歳)に止めを刺した。
Shinobu Imagawa(30歳)
愛称は“ドク”! サンフランシスコの骨董兼バー兼クリニックの主で、“スカベンジャーズ”のリーダーを務めるクレバーで怪しい日本人だ! 今は、ロイドの裏切りに備え、コメディアン御用達の気絶しない程度のビリビリマシンのスイッチをミランダから預かっている。ミランダはもうロイドからビリビリマシンを外してもいいと言ったが、ドクも自分で確かめるまでロイドは信じられなかった。
この五人が病院の外のゾンビをぶっ殺す!
「おぉっとここでベラトリクスの陽気なお仲間登場ォ~。あのおチビちゃんがいないなァ~?」
「ええ、終わりよダグラス」
「終わり? 何がだ? こないだあのおチビちゃんは何が出来た? 同じことをするだけさ。今度は殺害すだけ。どうなる?」
「さぁね? わからないわ。でもアンタは終わりよダグラス。アンタはわたしを絶望させた。わたしから冷静な判断力を奪う程深く、深くね。でも希望は持たせることは出来なかった。例えば、さっきまでの状況でアンタと一緒に逃げれば命だけは助かるとか、そうだとしても希望にはなりえなかった。嫌悪される対象は所詮、嫌悪の対象よ。あら?」
「ん?」
ダグラスの背後でガラスが割れる小さな音がした。パキパキとガラスが割れる音は近づき、ゾンビの呻きは消えていく。
Michiru Tsuburaya(39歳)。
愛称は“ミセス”! 多くのリスペクトを集めるドクの用心棒で、北米大陸最強の生物兼最強の帰宅難民の日本人だ。義理の父親から教わったカタナ捌きでバンデン・カッサーノ(享年42歳 ゾンビ年齢0歳)の首を刎ね、洗練された動きで血を払う。
Charles Dean Norman”(30歳)。
愛称は“カリフォルニアゾンビキラーズの兄”! 鍛え抜かれた筋肉と運動神経、ジョークのセンスで“王道ゾンビ殺しの継承者”とされる、今、最も将来が楽しみなゾンビ殺しだ。愛用のクギバットは、生前はピスタチオ野郎と呼ばれた石頭ケーシー・コンラッド(享年63歳 ゾンビ年齢0歳)の頭をコンパクトなスイングの一撃でリーマンショックのようにした。
Miranda Rachel Norman(20歳)。
愛称は“カリフォルニアゾンビキラーズの妹”! 幼少期からゾンビ殺しをしてきた経験は彼女の人格形成に多くの影響を与えた。冷徹で優れた判断力を持つゾンビ殺しの申し子だ。キュンストレーキには不発だったジャパニーズサムライソードアンブレラでの突きは体育会系ハゲのカルロス・メンドーサ(享年51歳 ゾンビ年齢0歳)にスマッシュヒット! この感覚をキュンストレーキにも当てていきたいところだ。
“スカベンジャーズ”のBIG3がそろい踏み! セイント・サウス・スワン病院の廊下は、レーザー付きのバリアーが迫るようにゾンビを確実に殺し、通り過ぎた場所からは全ての生命が消える。
「ようベラトリクス。取り込み中か? そっちのアゴヒゲに用があってな」
「いえ、大丈夫よチャールズ」
「ならよかった。まだそのアゴヒゲに言い残すことがあったら困るからな。おい、そこのアゴヒゲ野郎。準備をしな」
チャールズはクギバットを床に置いて両手の指の関節を鳴らし、チョイチョイとダグラスを挑発した。
「準備だって? なんのだ?」
「そうだな。まずお前が準備をしなくてもいいものを教えてやる。それは“後悔”とか“謝罪”だ。お前がベラトリクスやシスター、ミランダにしたことに対するな。お前に準備が必要なのは、この世で生きていることに対する“後悔”と“謝罪”だ。これなら一回でまとめてやれるからそれだけやってろ。以上!」
「ヒマな時に墓場で言ってなタフガイスーパースター。きっとアンドレ・ザ・ジャイアントやブルーザー・ブロディが聞いてくれるよォ」
「おいおい、このお方が俺たちに礼儀を教えてくれるとよぉ!」
ミランダとミセスも得物を上げる。そして、雪辱に燃えるミランダが先陣を切った!
「Fuck it!」
しかし、やはりダメだ。ダグラスの姿はミランダに見えなくなり、アンブレラは空を切る。
「何してるんだミランダ! お前らしくもない!」
「だって兄さん、こいつは見えなくなるのよ?」
「見えなくなるだァ? そんな訳ねぇ。俺にはちゃんと見えてるぞ。Take this!」
THUNK!
チャールズのアッパーカットがダグラス・ダックワースの顔面を捉えた。前歯が折れ、唇と歯ぐきから血が滲む。メリメリと拳が鼻にめり込み、激痛と熱を帯びる。
――……
「オメデトウゴザイマス。元気な男の子ですよ!」
「ダグラス。この子の名前はダグラスにしましょう!」
……
「おいダグラス! 俺様の宿題は終わったか!? 筆跡もちゃんと変えろよゴミクズ野郎」
……
「おいダグラス! 隣のハイスクールにベラトリクスっていう美人がいるんだってよ! いっちょパンツでも拝みに行きますかねぇ!」
……
「おいダグラス! 靴ひもがほどけてるぞ! もしもォ~し? 誰か入ってますかァ~!?」
……
「ダグラス・ダックワースだ。このファンクラブに欠けているピースを埋めにやってきた。よろしく」
……――!!
「……?」
「死んでんじゃあねぇぞこのカス」
襟を掴まれ、混乱から徐々に恐怖に表情を変えていくダグラス。痛いだけじゃない。怖い。わからない。
まさかこのタフガイは……。その人生で誰一人として、ただ一瞬として、“無視”をしたことがない? “無視”という行為そのものをしたことがないから、“無視”の仕方がそもそもわからず、通用しないということか!?
「ま待て」
「Suck it!」
THUNK!
「ブ……」
「で? で? どうした!? どぉぉおしたぁぁぁ!?」
ガクガクと襟を揺さぶられ、視界がぐらつく。その端っこで、ダグラスは病院の外にいるある男を見つけた。
「……ロイド・ロールスロイス?」
ロイド・ロールスロイスだ。ダグラスはロイドを知っていた。ベラトリクス程ではないものの、ロイド・ロールスロイスも新興宗教の司祭様としてそこそこに名の通った有名人だ。彼を最高の弁護士やイケメンとして称える者や、あくどいインチキ野郎の詐欺師だとする者もいる。ダグラスは後者として知っていた。金と権力にガメつい、いつでも空腹でなんでも食らい尽くす世紀の大悪党。
「ロイド・ロールスロイス! 俺を助けろォ! 俺を助ければ、無敵になれる術を教えてやるゥ! 誰からも見えなくなり、やりたい放題になれる能力だァ!」
「……?」
「ロイド・ロールスロイスゥゥウウウウウ!!!!!!!」
ロイドはバールでゾンビを殴るのをやめ、手を当てて叫び声に耳を澄ますが遠すぎてよく聞こえない。
「俺を助ければ今度こそ最強のロイド・ロールスロイスだァアアアアア!!?」
ロイドは眉間に皺を寄せ、ドクの顔を窺った。ドクも首を傾げている。
ロイド・ロールスロイスゥウウウウウ!!!!!
「何か聞こえますか? ドク」
「なんのことかにゃ?」
「本当に聞こえないんですか?」
「なんのことかにゃ?」
「ならば僕にも何も聞こえませんね」
ロイドはダグラスを無視した。
「それに、本当に見えなくなってしまったらもったいないじゃあないか! こんなにいいイケメンでいいスーツを着ていい腕時計をしてるってのにね! 僕は史上初の天国に行く弁護士だ。天国に初めて来る弁護士という職業はこうですよって神様に説明しなきゃいけないんだから、身なりは整えないと」
ドクは袖の中に隠していた、後は押すだけのビリビリマシンのスイッチから手を放した。
〇
SEATTLE 20XX
シアトルから脅威は去った。ゾンビたちはスカベンジャーズが始末し、シアトル始まって以来のゾンビ危機による混乱はマーフィ警部を筆頭したシアトル警察が上手く収めた。火災は消防署が、ケガ人は病院が……。シアトルは死ななかった。ベラトリクスはシアトルで一番お気に入りのファミレスに仲間を招いた。
「いい町ね。月にはいつ行く? ベラトリクス」
「アンタの姪っ子がアンタより生意気になる前に行くわ」
「あなたの初恋がシアトル・マリナーズのイチローだったって本当?」
ベラトリクスはまたミランダに恩が出来てしまった。だが重荷に感じない。きっと二人が友達になれたからだろう。
「本当よ。誰から聞いたの?」
「わたしが好きだった人よ。もう死んでしまったけど」
「なら、お墓を作ってあげなきゃ。スペイン王の隠し財産でね。フフッ」
「今度はナメないでね。わたしたちを」
「そういうキャラだったっけ?」
「少しの間だけいい人ぶらせて」
ダグラス・ダックワースは逮捕された。チャールズに殴られて以降、ベラトリクスはダグラスの顔や存在を忘れたりしなかった。最初に人体模型を作った犯人、シスターの下着を盗んだエドウィン・ヘンダーソン、シアトルでゾンビを作ったダグラス・ダックワースは、みんな奇妙な能力を持っていて、その能力と悪意を継ぐキュンストレーキという病が根絶出来たという証拠はない。だがベラトリクスは前向きな気持ちになれた。シアトルにも自分にも不安は残すが、病巣を手術で切除したらすぐ完治、とはいかないのだ。だが、シアトルには術後、回復できる体力があるし、キュンが完全に死んでいなかったとしても、テオのような人間も絶滅したとは思えない。
「やぁ、シスター。隣に座っても? 君にお酒は勧めませんよ。ジャパニーズ・インフェルノには“僧侶に酒を飲ませた罪”があるそうですから」
「どうぞ、ロイドさん」
シスターは鞄をどけ、スペースを作ってあげた。
「別に君をナンパしたい訳じゃあありませんよ。ただ訊きたかったんだ。法律の世界では、反省すると減刑があったりする。上手くやればO・J・シンプソンだって無罪に出来てしまう。O・J・シンプソンが反省していたかは知りませんがね。……神はどうですか?」
「さぁ? わたしは人殺しもゾンビ殺しもするナマグサシスターですので」
「参ったなぁ」
「しかし、あなたが後悔と謝罪を出来るのなら、天国に行くことは出来ます。このゾンビ時代では天国も地獄も入国者が多すぎて忙しいので、死ぬ時だけキチンとしていればバッチリです。しかし、それは簡単なことではありません。人はいつ死んでしまうかわかりませんから、いつ死んでもいいように普段からバッチリしていないと」
「やはり後悔と謝罪と反省か。勉強が足りなかったなぁ。どうすればいいのやら」
「なら、一ついい案があります」
「ほほう、なんです?」
「アビゲイルという女性を探すのです。髪はブロンド、瞳はブルー。身長はミランダと同じぐらい。彼女はミランダとチャールズの母親なのです。わたしも人殺しをしていた大罪人です。七歳の頃から人殺しの手段を教え込まれた殺人鬼。あの兄妹に出会い、殺人を悔いて贖罪の道を考えたのです。今はあの二人と一緒に、アビゲイルを探すことを目標にして生きています。これがわたしの贖罪です。神や法ではなく、友人のためになることをすれば、少しの間は罪が軽くなった気になれます」
「ちゃんとしてるじゃないです。あなたは紛れもなく、シスターですよ。そして……。善人です。僕がそうなりたい、と思うようなね」
〇
SEATTLE 20XX
誰もいない部屋がある。この部屋には、かつてはエドウィン・ヘンダーソンやダグラス・ダックワースがいた。彼らはいかにベラトリクス・サンダーランドがスゲェかを熱烈に語り合った。
……。この部屋には誰もいない。ダグラス・ダックワースが撃ち殺した人物の死体……ベラトリクス・サンダーランドの非公認ファンクラブを作り、人体模型を作り、誰からも悪意を向けられ無視されたこの人物の死体は、誰にも発見されることはなく、先のゾンビ危機の際にゾンビ化し、シスター・グレイシャのナギナタ・スピアで頭を吹っ飛ばされた。シスターも自分がキュンのゾンビを殺したことには気付いていない。
こうして“キュンストレーキ”はこの世から消えた。





