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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP 4 キャプテン・カリフォルニアの最期
13/86

2話

 チャールズの吸ったタバコはウィンターパークの空気に溶けて消えた。代わりのゾンビ殺しがウィンターパークに到着するまでボランティアでノーマン兄妹が町を守ることになっていた。


「で、誰が来るって?」


「日給三〇〇ドルでミセスが来るらしい」


「……それって安いのかしら?」


 ゾンビ殺し雇用の相場は誰も知らない。ノーマン兄妹が知りうる中で唯一のゾンビ殺し斡旋業者はサンフランシスコに住む日系の医者兼バーテン兼古物商のドクター・イマガワだけだった。これはノーマン兄妹には内緒だが、ドクター・イマガワによる格付けではアナハイムのバラチ兄弟は日給一〇〇ドル(実力はあるがバカだから)、シアトルのベラトリクス・サンダーランドは日給五〇〇ドル(面識がないがハンパなくホットでセクシーだから)、ノーマン兄妹は日給二〇〇ドル(顔見知りだから)で雇える。ちなみにドルは旧通貨だ!


「ミセスはドクターのボディガードだ。それが三〇〇ドルで借りられるんなら安いもんだろう。それにどれだけサンフランシスコが平和かわかる。……無視か」


 ミランダはジャパニーズサムライソードアンブレラを日傘代わりにし、コーラの蓋を開けた。


「ノーマン兄妹ってのはアンタたちかい?」


 町のゾンビ殺しに使えそうな粗大ゴミを物色していた二人の前に、ホッケーのスティックを背負ったそばかすの目立つ赤髪の少年が立ち塞がった。


「いきなり呼び捨てな生意気なクソガキをぶっ飛ばさない心の広い持ち主だったらイエスって言ってくれるかもしれないな」


「僕はロビンだ」


「おいおいおい、俺たちはまだノーマン兄妹だって決まった訳じゃないぜ?」


「そうだろう? さっきパパの病室で見た」


「パパ?」


「僕はキャプテン・カリフォルニアことウィリアム・ロジャースの息子だ」


「おいマジかよ! キャプテン・カリフォルニアの正体があの末期癌患者のイカしたオッサンだってのか!? なんで正体を知ってる? まさかお前は“恵まれし子らの学園”出身か?」


 チャールズはまともに向き合わない。ミランダもだ。


「確か……。チャールズとミランダだ。なぁチャールズ。悪い話じゃない。どんなヒーローにも相棒(サイドキック)が必要だろう? 僕なら大いにその仕事を全うできるぜ」


「何言ってんだ?」


「僕がアンタのロビンになるって言ってるんだ。アンタも言った通り、もうパパは長くないだろう? じきにくたばっちまう。でも僕はパパみたいにダサいコスプレをしてゴミ箱の蓋を隕石から採取した超素材で出来てるなんて言いながらがらゾンビを殺したくはないんだ。一流の腕と経験が必要なんだよ」


 チャールズは不満げにタバコを指で弾いた。ミランダは重心を少し兄から離す。タバコを投げ捨てるのは不機嫌なチャールズのクセだが、指だけで弾くのは食料を探しに入ったイチバンマーケットにミッキー&マロリー社のチキンブリトーしかなかったときくらいのすごく気分が悪い時だ。


「いいかボーイ。まず一つ、俺の相棒(サイドキック)はミランダだ。そいでもってミランダはロビンじゃねぇ。俺たちはそれぞれにバットマンだ。二つ、俺たちは旅をしている。ここには偶然立ち寄っただけでこれから俺たちがゾンビだったら心臓と脳ミソを置き去りにしてでも逃げ出したくなる凄腕のゾンビキラーが来るから習いたきゃそっちに習え。三つ目にキャプテンを侮辱するのは絶対に許さねぇ。病に侵されようとダサいコスプレだろうと彼は十年も町を守り抜いた英雄だ。最初はコスプレをしてゾンビをぶっ殺してみようっていうパーティ気分だったかもしれないが、今は自分の命と引き換えにしてそれを使命として全うするヒーローだ。町を守りたいっていうお前の心がけは悪くない。だがキャプテン・カリフォルニアの正体を吹聴する、まだプロムの相手も見つからねぇケツの青いガキにキャプテン・カリフォルニアを侮辱されるのは大人としてもゾンビ殺しとしても許せねぇ。四つ目に! 妹はお前が思ってるほど簡単な女じゃないぞ。例えばゾンビを見つけたら……」




 〇




 At that time(その頃……)


 ケニー・ブランクスは息子トニーのバースディパーティのサプライズのアイディアを実行に移そうとしていた。既にリビングルームでは妻のグウェンがバースディケーキでトニーをリビングに釘付けにしている。貧乏なブランクス家はトニーへのプレゼントを用意出来なかった。出来ることはこのサプライズぐらいである。あとはサプライズで“あるコスプレ”をしたケニーが家に入り、少しトニーを驚かせた後、ネタバラシをしてパーティを再開するだけだ。


「ねぇママ。パパはいつ帰ってくるの?」


「そうね。ロウソクの火を吹き消す時にパパ、帰ってきて、ってトニーがお願いしたら帰ってくるわ」


 これがグウェンからの合図だった。貧乏なブランクス家ではトニーがもし最新のラジコンや可愛い子犬が欲しいと言ったらそれを与えられないのだ。だからトニーのお願いはパパ帰ってきて、にするしかなかった。

 ケニーがコンコン、とドアをノックする。


「うぉー、あぉーハッピバースディ、ト」


 キュゥーン……ビシャッ!


「きゃあああああ!!!」


 グウェンの悲鳴がウィンターパークに響き渡る。ケネス・ブランクス(享年35歳)。息子トニーのバースディパーティのサプライズのためにゾンビのコスプレをしていたため、通りすがりのゾンビ殺し、ミランダ・レイチェル・ノーマン(17歳)にゾンビと間違えられ、頭部を撃ち抜かれて死亡。




CZK2 4-2-A

「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」

「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」

「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」

「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」

 クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中

CZK2 4-2-B




 At that time(その頃……)


「例えばゾンビを見つけたら瞬きする間もなくブチ殺すから、下心ありだってんなら俺がてめぇをゾンビと同じ目に遭わせてやる。ん? あのゾンビ、やけに血が赤くないか?」


「殺される!」


 鬱陶しい自称町の英雄の息子に絡まれていたミランダは自分たちから興味を逸らしたかった。だからそこにゾンビがいて自分の早撃ちと狙撃の腕を披露するチャンスに恵まれたことは幸運だった。もちろん、撃つ前に「殺される!」と言って正当防衛を成立させることも忘れない。


「きゃあああああ!!!」


 ゾンビに襲われていた女性の悲鳴に誘われて町の住民たちがゾンビの死体に集まる。その人垣をかき分け警官のニコラスとダニーがゾンビを検めた。


「大変だ! ケニーが殺されちまった!」


「人でなし!」


「誰がやりやがった!」


「あの旅人か?」


 警官二人は顔を真っ赤にしてチャールズとミランダに銃を向ける。


「武器を捨てて両手を頭の後ろに置いて跪け!」


「待てよ! ミランダはゾンビを殺しただけだろう!?」


「置け! 警告はあと一回だ!」


 ミランダは警官の指示に従い銃を捨て、手を頭の後ろに置く。だが跪きはしなかった。彼女なりにゾンビ殺しと言う正義をなしたと言うプライドがあったからだ。チャールズもそれに倣う。


「ダニエル、どうやらケニーは……。コスプレしていたようだ」


 警官の一人が額のぱっくり割れたケニーの状態を報告する。


「コスプレ?」


「ああ、ゾンビの」


「バ、バカな」


 ミランダはため息をついた。


「ねぇお巡りさん。正当防衛じゃない? わたし、ちゃんと殺される! って言ったのよ」


「……」


 誰がどう見ても悪いのは平和ボケにかまけてゾンビのコスプレをしたケニーだったが頭がラシュモア山の大統領よりもカッタァ~い警官は殺人には殺人で対処するしかなかった。


「とりあえず身柄を拘束しろ」


「おい待てよ! 俺たちを拘束したらゾンビが来た時お前らも死ぬぜ」


「じゃあ妹の方だけ拘束!」


 肩をいからせたニコラスがじっとりとした不機嫌な目のミランダに手錠をかける。ダニーが謝罪にも似た表情をチャールズに向けた。


「一日だけの形式だけですから」


 タバコに火を点けたチャールズは思いっきり中指を立てて鼻息でニコラスのヒゲが揺れるほど詰め寄った。


「恩を仇で返されるってのはこのことだな腐れポリ公。今夜ゾンビが攻めてきて俺とミランダが死んだらてめぇらのせいだからな」


「わたしは死なないしこのユナイテッド・ステイツ・オブ・ゾンビじゃ前科があっても全然就職にも進学にも困らないし大丈夫よ兄さん」


 ミランダは気にしていない。チャールズにとっての不運、ミランダにとってのどうでもいいことは、このそばかすの少年には幸運だった。


「チャールズ。サイドキックに空きが出来たんじゃないの?」


「ぁんだと?」

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