彼の帰国。
『世界の果てまでニックキュウ!』……猫の世界の人気番組。ベテラン芸人のウッニャンが番組を華麗にまわす。
ちなみにウッニャンの相方のナンニャンは昼の番組で忙しい。
『ニャームレス』……猫の世界のホームレス。
最近は年老いた猫だけでなく2010年代生まれの若い猫たちのニャームレスも増えた。
『ネコノミクス』とはなんだったのであろうか?
「ニャトソンさん……少しお話を聞かせて欲しいのですが……」
ドーサツのケーブが訪ねてきたのは私が『世界の果てまでニック!キュウ!』を観ながらダラダラしていた日曜の夜だった。
「……どうしましたか?」
ケーブの顔は険しく、これはただ事ではないと私は思った。
「ニャンキチさんが亡くなられました。ネコネコアザラシの奴らは『教祖のホワイトが呪い殺した』と言っていますが、信じませんよ私は!」
「……ニャンキチさんが!?」
◆◆◆
「父は愚かな猫でした」
翌日、『死んだら人の多い場所に埋めて欲しいな』とよく口にしたニャンキチさんの意思を尊重し、ニャンキチさんの遺体は自然公園に埋められた。
ここなら人もよく訪れるので人間好きなニャンキチさんも寂しくないだろう。
……しかし今のニャン美の発言は許せない。
埋葬に訪れたニャンキチさんの友人や親戚、ドーサツ関係者も怒りに震えている。
一匹の猫が吠えた。
「ニャン美! ふざけるな! どうしちまったんだお前! あんなに明るい娘だったのに……なんでそんな変わった?」
確かに以前のニャン美は明るくオシャレな愛嬌のある猫だったが、今は死んだ目をし、ヘッドギアのようなものを頭に着けている。
ニャン美は男の言うことなど訊かず、演説を始めた。
「皆さん! 悲しむことはありません! 父はネコネコアザラシ教祖ホワイト様によって魂を洗浄され、清らかなる者として生き返るのです! 皆さんもホワイト様に逆らってはいけません! もうすぐハルマゲドンがきて世界は滅びます! 世界を救えるのは教祖ホワイト様のみ……我々ネコネコアザラシの民は新たなる光の戦士を求めています! 是非ネコネコアザラシ教に入信を!」
「なにが呪いだ! ホワイトをとっつかまえてやるぞ!」
ケーブが立ち上がり叫んだ。
「あら? 呪いをかけたら逮捕されるのかしら?」
「ぐむ……」
ケーブは怒りで身体を震わせながら着席した。
確かに呪いを裁く法律はない。
「……ネコネコアザラシ」
「ネコネコアザラシ……」
「……ネコネコアザラシ!」
ニャン美を迎えに来たのだろうか?
ネコネコアザラシの信者たちが呪文を唱えながら自然公園に姿を現した。
「ネコネコアザラシ……ネコネコアザラシ……」
ニャン美も呪文を唱え集団に交じり、ネコネコアザラシの信者たちは総本山のある山の方向に去っていた。
「クソ……こんなときにニャームズ先生がいないなんて……」
私は怒れるケーブの肩に肉きゅうを置いた。
「落ち着いてくださいケーブ。推理は知ることと観察すること……まずは一度戻り、今回の事件の話についてまとめましょうよ」
「ブラヴォー!」
「ん?」
関係者たちの集団の中からチューリップ帽を被った汚い黒猫が現れた。
「……あなたは?」
「やだなぁニャトソンさん。忘れたフリして。そんなに時は経っていないでしょうに……失礼」
男は前足で顔をかいた。
ノミが元気よくピョンピョンと飛んだ。
「……ニャームレスですか?」
「おっと驚いた! 本当にお忘れのもよう! ひどいなぁ! アフリカでライオンと戦い、ゴリラと殴り合い、象に追われていた時、私が思い出したのはいつもあなたとニャームズだったというのに!」
「アフリカ……ライオン?ん!?」
思い当たる奴が一匹いた。
『彼を頼りたまえ』
そしてニャームズの言葉も思い出した。
「……ニャンダイチ! 君か!?」
ニャンダイチは帽子を脱ぎ、芝居ががった動作で深々とお辞儀をした。
「ジュースト(正解!)! お久しぶりですね」
「いやはや変わったなぁ!」
端正な顔立ちは変わらぬが、汚く臭い。
「この格好ですか? 見栄えなんか気にしてられない修羅場を生きたのでね。それにしてもニャトソンさん。何かお困りのようで? 私に何か手伝えることはありませんか?」
これほど頼もしい助っ人はいない。