30秒の死闘 序
時間かかった……。
「起動しろ、誓約の魔眼」
僕は右眼を呼び起こした。
……異世界に来て11日。探索者として活動した期間は僅か4日だが、それでも多くのものを得た。
僕には過ぎた力や、生前では得られなかった大金、人との関係。失ったものも多いが、引き換えに掛け替えのないものが手に入った。
オールドマギ、アイリス。現世では考えられなかった、心の裡を話せる本当に友人と呼べる存在。
彼らと共に、僕はこの狭い庭から世界へと出る。
僕の願いを叶えるためでもあるが……正直なところ、彼らと旅することを楽しみにしている自分がいる。上っ面だけの関係ではない。信頼で結ばれた仲間と苦楽を共にできる。一人で何もかもを背負わなくてもいい。互いの苦しみを理解し合える者同士、手を取り合うことができる。以前の僕にはかなわなかった環境。
故に、この船出を決して邪魔させはしない。
邪魔させてたまるものか。
「『薔薇咲く園の乙女――』」
メイドが詠唱を開始する。耳にしたことのない文言が夜気に響く。
執事の言葉からして、上級攻撃魔法の可能性が否めない。
後衛から攻撃魔法を連打されたら勝機はない。
僕は執事から視線を切り、一直線にメイドの下へと駆ける。
「――ッ!」
視界に執事が割って入る。重い片手剣を扱いながら動きは身軽。彼の大腿には予備武器と思しき短剣が革のホルダーに収まっている。左手は完全にフリー。
魔眼のおかげで動きは予測がつくものの、攻撃を防げるかどうかは別問題だ。
スポーツに於いて、アマチュアがプロの動きを事前に知っていたとしてもどうにもならないように、身体機能に歴然とした差が存在する。今までのごろつきとは格が違う。技術だけで圧倒できる相手ではない。
正面から相手して、その脅威に初めて気が付いた。
こちらが防戦に回った瞬間に負けるだろう。そう確信させるほど。
魔眼がもつのは30秒。攻撃こそ最大の防御と信じて、攻め手を休めないように努めるしかない。
「フッ――!」
横っ飛びして射線上から執事の姿を消し、ナイフを構えた腕を振る。
狙いは後衛の魔法使いだ。
「『水面に映るは鏡の姿』」
狙われている自覚がないのか。メイドは粛々と詠唱を続けている。
こちらを舐めているのか……?
疑念を覚え、腕を振り切る。指の先端からナイフが離れた瞬間――。
――執事の姿がブレた。
「なっ――!?」
予知にない行動。
僕の動きを見た瞬間に、反射で行動を変更した、だと……?
どんな反射神経しているんだこいつ!
引き戻された現実で、僕の手から離れた短剣が虚空を裂く。
薄暗い闇を駆ける銀光。並みの相手であれば、これで良かった。
だが、戦闘経験を積んだ僕の第六感は激しく警鐘を鳴らしていた。
一手打ち損じた、と。
その光景は現実のものとなる。
僕が腕を振ると同時に身を捩った執事が、虚空に蹴撃を放つ。傍目から見たら奇行にしか見えない行動だが、僕には分かる。
一瞬で、僕の思考が読まれたことを。
執事の靴先が銀光を弾く。革靴の先端が、鈍い光沢を発していた。靴先に何か仕込んでいるのか……!
僕が魔眼で体感時間を引き延ばして思考しているのに対して、彼にはそれがない。それにも関わらず読み負けた。思考の瞬発力に差がある。
スペックでも、経験でも負けている。
だが、悔しさに歯軋りする暇はない。
僕は全力で顔を逸らす。刹那、僕の頬をネイによって蹴り返されたナイフが掠めた。
獲物は回転しながら、後方へと消えていく。手元の武器がひとつ減った。
「『コール! 水滴よ、貫け!』」
蹴りを放ち終えた執事が無防備に見えるが、僕は追撃を選択せず引き下がる。
彼の姿勢は完全には崩れてはいない。魔眼で透かした彼の体幹はバランスを保っていた。
「『茨姫の血を以て、冷たき心を穿つ』」
問題は、メイドの魔法だ。詠唱は既に三節。執事の後衛を死守する立ち回りから見て、攻撃魔法と見て良いだろう。
僕の持つ最大の魔法も三節で、効力は絶大だ。だが、それは補助魔法。同じ位階の攻撃魔法となると想像がつかない。
絶対に、詠唱を完了させるわけにはいかない。
「『水針!』」
故に、一節の魔法で牽制する――!
スケルトニア相手に撃ちなれた魔法。速度はこちらが上。
魔法の出現座標、威力共に即座に固定して撃ち出した。
空を裂く音と共に、高水圧の針が放たれる。
最善手を打った。その自覚はある。
なのに、何故不安が拭えないのか。
僕は自然と一歩、後退する。魔眼が執事の動きを捉える。彼は着地と同時に、横合いから鋭く剣を振り抜いた。
研磨された鉄が月光を反射し、薄闇に剣閃が走る。
「ばっ――」
馬鹿な、という驚愕の言葉さえ出ない。
反則、ズル、インチキといった言葉が脳裏を駆け巡る。眼前の光景を脳が受け入れることを拒否している。
振り抜かれた剣先から水飛沫が淡い光を纏って散っていく。
――斬られたのだ、魔法を。完璧に。
どんな動体視力をしてるんだ、化け物じゃないか……。
執事が伏せていた面を上げた。鋭利な視線が絡む。その程度か、と訴えている。
「『永久に、訪れることない春を願い』」
メイドが四節目の詠唱を終える。全身に怖気が走る。最低でも、四節の攻撃魔法。
だが、今度こそ執事は態勢を崩した。無理して僕の魔法を捌いたからだ。
「『水滴よ――』」
詠唱開始と共に、執事の左手が動く。僕は反射的に残った黒短剣を引き抜いた。
直後、彼の手元がブレる。暗闇に閃く微かな光。
僕の十八番、投擲だ。隙を埋める最適な一手。普段使っている手段だからこそ、その強さは身に沁みている。
黒短剣で投擲を弾くも、その隙に執事は飛び上がっていた。大上段に構えられた剣が、両手でもって苛烈に振り下ろされる。
「うっ、ぐっ――!」
回避する隙も無く。僕は黒短剣で剣戟を受け止める。
即座に、膝が屈した。膂力差は歴然。並みのナイフで受けていたら、この時点で死んでいた。
投げ出されたオールドマギが宙を舞う。両手で受け止めた攻撃は、最悪なことに鍔迫り合いへと発展する。
こうなれば、膂力がものを言う。魔法を唱えることも敵わない。僕は追想で見た光景を思い出し、懸命に剣先を逸らそうとして――。
ふと、執事の筋肉が弛緩したことに気が付く。その隙を見逃さず、全力で彼を押し返した。
「『コール!』」
即座に後退する。距離を詰められる前に魔法で対処しなければならないと感じたからだったのだが……。
予想とは裏腹に、執事も後方へと退いていく。その視線の先は――。
「しまっ――」
彼の背後に控えていた魔法使いの双眸が煌めく。
「四節魔法――」
「誓約の魔眼ッ!!」
一か八かで魔眼を見開く。
観測しろ、見極めろ――!
奴の魔法を……!
「『氷槍』」
涼やかな声と共に、極大魔法が撃ち出された。
付け焼刃ではない、本物の強さ。




