譲れないもの
明日の分だったんですけど、もう投稿しちゃいます。
本日既に投稿済みですので、話数にお気を付けください。
「宗一、お願い。話を聞いて」
「……聞きたくない」
僕は執事を睨んだまま、構えを解かない。
そんな僕に酷く悲しみを覚えたのだろう、悲哀の滲んだ声でオリヴィエが訴える。
「どうして私を見てくれないの? やっぱり私のことは嫌い?」
「……君の執事が卑怯だからだよ」
目線はそのままに、彼女へ告げる。
「話がしたいのなら、お供を下げてくれ。それが最低条件だ」
……お前がオリヴィエを利用するというのなら。
僕もまた、彼女を利用するまでだ。
ネイ。お前が思うほど、僕はもう綺麗な人間じゃあなくなったんだよ。
彼女と違って、僕はもう穢れた身だ。奪い、殺し、他人を顧みない。僕が僕であるために、僕はなんだってしてきた。
純粋無垢で、底知れない悪意を知らないほど無知な青年はもういない。
「なりません、お嬢様。護衛を下げるのは自殺行為です」
「黙れよ従僕。僕は彼女と話している」
僕の返答が予想外のものだったのだろう。少し慌てた様子で執事がオリヴィエを窘めようとする。今、彼女に意識を逸らされるわけにはいかない。僕は敢えて強い言葉を使い、彼女の注意を引きつける。
「……宗一」
縋るような目を向けられる。
胸中で罪悪感と言う名の情が鎌首をもたげている。裏切ったくせに、世話になったくせに、彼女に報いようとは思わないのか? 良心につけ込む自分の声が聞こえる。
……構うものか。もう、決めたことだ。
「……両方取りは許されない。君の従者か、僕の言葉を聞くか。どちらかだ」
唇を噛む。
……彼女が僕を切望していることは分かっている。こんな危険に満ちた場所と時間帯に、護衛を連れているとはいえやって来たんだ。
それなりの覚悟があってのことだろう。
それでも、だ。僕は彼女の下へ戻るわけにはいかない。
例え領主が僕を殺さないとしても。都合良く利用されるのは目に見えている。
何よりも……魔導王に会うという目的がかなわなくなる。
領主の下につくということは、自由ではなくなることを指す。自然と行動範囲は狭まり、許しがなければこの街すら出られない。
そんな身分で魔導王を探しにいけるのか。
……できるわけがない。
どうあっても、僕と彼女は相容れない。
「無論、その執事の言葉を聞くようであれば……殺し合いだ」
オリヴィエの肩が恐怖に震えた。信じられないとばかりに、僕を見つめている。
僕だってこんなことしたくはない。
「交渉にさえならなければ、武力で決着をつける。当然だろ? 従者を失う覚悟もないままにやって来たのか?」
「嘘……嘘よ。宗一がそんなことできる筈が……」
「君にとって彼らが掛け替えのない存在であることは理解している。そのうえで、だ」
しっかりと彼女を見つめ返し、告げる。
「殺す。そう言った」
少女の総身が震えだす。手に入れたくば、何かを差し出せ。僕がオールドマギを通じて理解した摂理。
何のリスクもないままに、大きなものは手に入らない。
「僕は英雄として呼ばれた」
少女の伏した瞼が持ち上げられる。
「望まない召喚だ。それでも、希望はあった。君は僕から一抹の光さえも奪うというのか?」
彼女は僕の境遇を理解している。
執事とメイドの主は彼女だ。彼女を情でほだすことができれば、戦闘を回避できるかもしれない。
執事が苦々しい顔つきをしている。お前が僕の罪悪感につけ込むのであれば、僕もまた同じことをやり返すまでだ。
「宗一にとっての光って……?」
「知っているだろ? 魔導王に会って、僕の願いを聞き届けてもらう」
「そんなことは不可能です!」
たまらずといった様子で執事が割り込んできた。
「魔導王は一万年以上前の人間だ。生きているわけがない!」
「……」
まあ、そう考えるのが妥当だ。
だが、あの魔女は言ったんだ。救済の果てに魔導王がいると。
僕はその言葉に賭けている。
「どうする? 僕は強いよ。ネイとメイ、どちらか欠けるのは覚悟しておいた方がいい」
執事の言葉を無視して、僕は言った。
得るよりも、失う恐れの方が大きければ僕の言葉を呑むはずだ。
「……ネイ、メイ」
彼女は静かに従者たちへと振り返った。
少女の後ろ姿に迷いはなかった。
「……お願いします」
毅然と告げ、彼女は二人の背後へと隠れた。
……交渉決裂。想定外だ。彼女は、戦いを選択した。
「宗一。貴方がお母さまを想うように、私もお父様のことを想っているの」
月明かりの下で、彼女が悲しく微笑んだ。
その気持ちは痛いほど理解できる。
自分を差し置いてでも、誰かの願いをかなえたい。尽くしたいと思う、その気持ちは。
身が裂かれるほどの狂おしい感情を……僕も知っている。
「……それでいいんだな?」
「……ええ」
それが、僕の最後通牒だった。
眼を伏せて頷く彼女から、視線を切る。
彼女の選択を尊重しよう。
戦いだ。或いは、殺し合いだ。
「『光よ、あれ
灯火』」
魔法の明かりを灯す。暗闇での戦闘には慣れている。とはいえ、戦闘経験は向こうのが豊富だ。
闇夜に乗じるメリットより、向こうに同じことをされるデメリットを潰すことが優先される。
「……最後に、ひとつだけよろしいでしょうか?」
オリヴィエとメイを守るように、執事が一歩前へと出た。
彼は強い眼差しで僕を見据えている。
「……なんだよ」
「貴方の希望にはできるだけ沿うつもりです。ご領主様の下へ来て頂ければ身の安全も約束します。地位も保障されるでしょう」
「そうか」
「それでも、こちらに来ては頂けないのですか?」
「ああ」
頷く僕に、彼の背後で魔導書を構えるメイドが零した。
「……お嬢様に迷惑かけないで。何も知らないくせに」
「そっちこそ、僕のことなんて何も知りはしないだろ」
彼女からそれ以上の言葉はなかった。
執事が嘆息をつく。
「仰る通りです。ですが、貴方も分かっているのでしょう? お嬢様にとって、貴方が大切な存在であることを」
「……」
オリヴィエに聞こえないよう、執事が告げた。
僕は答えない。肯定してはいけない。
「……どうか、お願いしたい」
執事がゆっくりと剣先を持ち上げる。僅かに、躊躇いが観られる動作。
「実のところ、私にとってご領主の都合はどうでもいいのです」
「……何?」
ネイが、悲しげな面持ちで剣を構える。
「私達では、お嬢様の孤独を埋められない。でも、貴方なら……」
「……」
彼の言う通り、身分を超えて対等に話せる友人になれるのは僕をおいていないだろう。
彼の言うことは一理ある。
「元より私とメイは拾われた身。この身はご領主ではなく、オリヴィエ様に忠誠を誓ったもの。お嬢様のために、貴方を取り戻したい」
彼の瞳は真摯そのものだ。
その言葉を嘘だと断じたくはない。
恐らく……ここが、第二の転換点。
――今、この一瞬がターニングポイントだ。
「戻って頂けるのであれば、お仲間の安全も約束しましょう。貴方が手に入るのであれば、大抵の条件は飲んで頂けるはずです。それこそ、後ろの二人を奴隷から解放することも」
ここで彼の言葉を呑めば、オリヴィエに償うことができる。彼女と共に、マルクスタを再建することになる。当初思い描いていたように、彼女の手助けをすることができる。
でも……。
他にも、結んだ約束がある。僕を信じて、博打に出た馬鹿がいる。
自分の身を顧みずに、危地に助けにきてくれる。そんな、向こうみずな相棒がいる。
僕は、相棒を裏切りたくはない。
「……『エンド』」
僕は、返答代わりに魔導書を消し、短剣を構えた。
「……残念です」
彼の構えから完全に迷いが消えた。
「メイ、全力でいきますよ。殺しさえしなければ、治療はできます」
背後の妹へと指示を下す。
それは、僕を殺しにかかるということに他ならない。
「アイリス。隙をつくったら全力で馬を走らせてくれ」
「……宗一、まさか自分の身を犠牲にしようだなんて思ってないでしょうね?」
僕は自嘲するように笑った。
「安心してくれ。今度こそ、約束を果たすよ」
右眼へと、手をあてる。
勝負は一瞬だ。
30秒で、雌雄を決する。
「起動しろ、誓約の魔眼」
僕は右眼を呼び起こした。
オリヴィエは父のために、従者たちは主であるオリヴィエのために
そして、宗一は母のために
それぞれの光のため、意地を張りあう




