化け物
10月中には終わりませんでした。すみません。
流石に11月内には終わります。
もう佳境に入ってますからね……。
「申し訳ございません、取り逃がしました」
燕尾服を纏った男が首を垂れ、膝を折る。
「……裏路地に入ったところまでは補足できたんだけど、そこからは……」
一方で、侍女は主に傅く様相を見せずに呟いた。
妹の言葉を、兄が補足する。
「動きが尋常ではありませんでした。加速魔法を使用しているのでしょう」
「魔法、か……」
主たる少女、オリヴィエ・ド・ラ・マルクスタ伯爵令嬢が口元に手をあて唸った。
如月宗一がマルクスタ家から脱走して五日が経っていた。
脱走の三日後に父親から宗一を連れ戻すように言われ、その当日中に出立。
翌日には私用で街に滞在していた漂流組合の長と対談。組合は中立の立場を維持し、彼に肩入れしていないという事実と探索者組合に向かったのではないかと聞いた。
そしてその翌日。アールメウム探索者組合支部長ペーターとの対談中に、偶然が訪れた。
表の受付嬢から聞こえた如月という名前。宗一にとっては不幸なことだが、オリヴィエにとってはこれ以上ない幸運だった。
何の力も持たない彼が逃走して僅か五日。如何に英雄の器と言えど、元高ランク狩人である二人から逃げられる道理はないと考えていた。
だが、現実は彼女にとって厳しいものとなった。
「漂流組合長の榊原は彼に肩入れしていない、とは言っていたけど。それは飽くまで組合上の話。私的な援助を行ったに違いない。宗一が魔法を使ったことから、モニカ様の仰っていた通りアーティファクトを保持していると見て間違いないわ」
少女の眉間に皺が寄る。
「如月宗一。僅か数日で、魔法使いとして大成していただなんて……」
彼女の漏らした呟きに、受付窓口で呆けていた探索者が驚愕の声を上げた。
「えっ。如月さん、魔法使いだったのかよ」
「あの動きは魔法使いじゃないだろ……」
無意識に漏れたであろう二人の言葉に、少女の視線が幽鬼の如く揺らめく。
「貴方達……宗一の知り合い?」
「え、いや、そんな大層なものでは!」
「おれ……いや、わたくしめ如きが如月さんの知り合いを名乗るなんて滅相もねーでごぜーます!」
ぎくしゃくとした言葉が紡がれる。
高貴な出で立ちをした少女が、尋常ではない形相で二人に振り向いたのだ。
普段は接することのない人種。それも、受け答えを間違えたら首が飛びそうな場面。
緊張しないわけがない。
「……結構な量の魔石ね」
窓口に雑然と並べられた魔石の山を見て、オリヴィエが零す。
「貴方達、宗一とチームを組んでたの?」
「いや、俺らは……」
「単なる荷物運びよ。これは全部如月さんが取ってきたものだ」
戸惑いながら、答える二人。慣れない敬語は一瞬にして消し飛んでいた。
二人の言葉に衝撃を受けたのは、オリヴィエではなく、その背後に控えていた執事とメイドだった。
「失礼。この魔石は何層のものだ?」
「殆どは最深層だよ。なんでも、全部狩りつくしたとか言ってたぜ」
「……お嬢様」
探索者の言葉に苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ、執事がオリヴィエに振り返る。
真剣な面持ちはいつも通りだが。彼の表情が強張っているのを見て、オリヴィエの総身に緊張が走る。
「モニカ様は彼を英雄の雛と呼称していましたが……」
常ならば滔々と語る彼の口調が、何かを言い淀んでいるかの如く重い。
妹は兄の言いたいことを察しているのか、黙している。
「ねぇ、五日よ? まだ五日なのよ? 流石に……」
雰囲気を察したオリヴィエが、執事の言わんとすることを先んじて否定する。
現実を否定する少女に、執事が事実を突きつける。
「彼は最早雛にあらず。既に英雄としての頭角を現し始めています」
「……五日、ともすると四日で迷宮を踏破。尋常じゃない」
いつもはおちゃらけているメイドの口振りが重い。
「何にせよ、ペーター様……」
応接室から出てきた支部長に、執事が振り返る。
「如月宗一が探索者組合にいることは確定しました。先程までは、そのような人物は存じ上げないと仰っていましたが……」
渋い表情を見せる支部長に、執事が一歩詰め寄る。
「もう、思い出せて頂けたかと思います」
執事が手袋の裾を引っ張り、気合を入れる。
「さて、洗いざらい喋って頂きますよ」
支部長は、観念した様子で三人を応接室に通した。
――――
「ナルダ! 如月さんに言われた通りやって来たぜ」
少女の重圧から解放された二人は、通貨がたんまりと詰まった重い皮袋を引っ提げて死体清掃人と合流していた。
場所は大通りから離れた裏路地の一角。
ナルダは皮袋を受け取ると、静かに溜息を吐いた。
「お前らが持ち逃げしなくて良かったぜ。そんなことされた日にゃ、俺の首が飛んじまう」
「俺らだってあんな化け物からパクるような真似はしねーよ!」
「化け物、か……」
「な、なんだよ……」
どこか遠い目をするナルダに、二人が動揺する。いつも飄々としつつ、どこか侮れない雰囲気を醸し出している彼が、このように黄昏ている姿を目にするのは初めてのことだった。
「いや、言い得て妙だな。なんせ、旦那はてめぇの身体ひとつで屋根まで飛んでいきやがったからな……」
「ど、どういうことだよ……」
ナルダが建物に挟まれた通り……その左右の壁を指して二人に問いかける。
「お前ら、あの壁から壁に高度を上げながら跳ぶことできるか?」
「人間には無理だろ」
「何言ってんだよナルダ」
「だよなぁ……白昼夢だったのかねぇ」
宗一と別れて少し。自らの取引相手が気になった彼は、宗一の叫び声を聞き現場に駆けつけた。駆けつけてしまった。
彼の視界に映ったのは、極めて非現実的な光景だった。忍びの如く壁から壁へと跳躍する人間の姿。驚愕の光景を目の当たりにした彼の胸中に浮かんだ感情は、恐怖や畏怖を通り越したもの。尊敬でもなく、また無でもなく。ただ、ひたすらに諦観だった。
「旦那はさ……お前らの言う通り人間じゃねぇよ」
「ナルダ、マジなのかよ……?」
「迷宮内でも動きは人外じみてるとは思ってたけどよ」
死体清掃人は全てを諦めた嘆息をつく。
「次元が違う、ってこういうことを言うんだろうな。初見のとき、判断を誤らなかった自分を褒めてやりたいぜ……」
裏の世界で何年も暗躍し続け、今日まで生き延びてきた男。僅かに冷や汗を流す彼の姿に、二人の探索者は今更ながら総身が身震いする。
今なら如何に自分たちが無謀だったが分かる。仲間を殺された怒りなど、恐怖の前で既に霧散していた。
「そんな旦那様が、お前らにも分け前をくれるんだと」
重く息を吐き、死体清掃人が歩き出す。
「着いてこい。待ち合わせ場所まで案内してやる」
二人の探索者は顔を見合わせて、死体清掃人の後を着いていった。
余談ですが、モニカの表現は適切です。
まだ雛で合っているんです。
最近はやたら宗一君が持ち上げられていますが、他のアーティファクト使いからしたら弱いです。
また、宗一君自身が言っているように上にはまだ上がいます。
 




