刹那の逃走劇
本日二話目の投稿です
オリヴィエがいるということは、執事とメイドの二人も来ていると思った方がいい。
「旦那! 速い速い!」
慌てて大通りに出たが、土地勘は向こうの方が強い。
このままじゃ追いつかれるかもしれない。
大荷物を背負ったナルダが悲鳴を上げた。僕は舌打ちしながら振り返る。
荷物を持たせたのは僕だし、疲れてるのも分かる。だが、運が悪すぎるあまり悪態をつかずにはいられない。
いや、ナルダには本当に申し訳ないんだけどさ! 捕まったら死ぬのよ僕!
メイドが魔法使いだったことから、執事も何かしらの武術を身に着けていることが考えられる。最低でも、貴族に仕官できるレベル。つまり、最高に運が悪ければ僕二人分の力量があるかもしれないのだ。
ナルダを掴んで裏路地に入る。そのまま壁に手をつき、逃げられないようにこいつの前に立ちはだかる。
「ナルダ! 取引だ!」
「な、なんだよ旦那!」
「金貨20枚やる! 今すぐその荷物を寄越せ!」
「無茶苦茶言うなよ旦那ァ!」
無茶を言ってるのは分かる。ぶっちゃけ、中身を鑑定しきってないから金貨20枚が足りるか足りないか分からない。
落ち着ける場所で、取り分を決めてから分け合うべきだ。
それは分かってるんだが……。
僕一人だけならば疾風を使えば逃げられるかもしれない。
だが、このままナルダを連れていたら捕まるのは明白だ。
向こうが加速魔法を持っていたら分はとてつもなく悪い。決断は早くしなくてはならない。
「いいか! 追いつかれたら僕は死ぬ!」
「え? 僕? いや、は?」
「お前も捕まったら事情聴取って形で死ぬ!」
「いや、旦那わけがわからねぇよ!」
僕はナルダの胸倉を掴み、殺気を込めて言い放つ。
「相手は領主なんだよ! お前は死体清掃人だろうが! 叩けば叩くほど埃が出るのはわかってるだろ!?」
「り、領主って!? 旦那一体何を……!」
くそっ! 時間がないのに!
幾ら物分かりが良くてもこいつは超能力者とかっていうわけではない。
全て察してくれるのは到底無理な話だ。
こうなったら……!
「さらに金貨20!」
「はぁ!?」
金でぶったたくしかない!
「魔石と骨。ざっと見ただけでも合わせて100は超えてる! お前はあの二人が持ち逃げしないように見張って夜に黒鴉亭で僕を待つ! あいつらにはナルダから分け前を聞くように言ってある! そこで追加の金貨20枚払う! これでどうだ!」
本当はあいつらに金をくれてやるつもりはなかったんだが、あの場はああでも言わないと後で収拾がつかなくなると思った。
あいつらは兎も角、ナルダに関しては信用できる。取引の実績があるからな。
「ご、合計40枚も貰っていいのかよ旦那……?」
「そんだけ急いでんだよ! お前も捕まったらこの話はパーだからな!?」
「わ、分かった! じゃあ、一昨日と同じ時間帯に落ち合おう旦那!」
「絶対に捕まるんじゃねぇぞ!」
金で無理矢理話を解決させ、荷物を受け取る。
即座に魔導書を呼び出し、走りながら詠唱を開始する。
畜生、荷物がクソほど重たい!
「『疾風』!!」
10秒だ。10秒でできる限り撒くしかない。
裏路地から再び大通りに出る。遠目に小さく映る探索者組合から執事とメイドが出てくるのが見えた。
ああもうヤバい!
形振り構っているわけにはいかない!
大通りから狭い裏路地を見つけ出し、再度魔法をかける。
「『疾風』!!」
これがないと、どうにも逃げ切れる気がしない。
通常よりも多くの魔力を注ぎ、魔法の効力を10秒のまま最大限強化する。
『魔法を使いすぎだ!』
「仕方ないだろうが!」
オールドマギの抗議に叫んだ。
足が悲鳴を上げているのは分かってる。間髪入れて使う魔法じゃないし、練習以外の用途に使うなとも言われてる!
でも、死んだら全部終わりだろ!?
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
痛みを誤魔化すように。疲れを誤魔化すように。気力を振り絞るように。
僕は、粉塵を巻き上げて地を蹴る。次いで、壁に跳躍。ここまでは三角飛びと同じだ。
違うのは、ここから――!
「っあぁ!!」
声にならない叫びを上げながら、向かいの壁へと跳躍。高度を上げながら、壁から壁へと蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴って跳躍、する!
高度を上げて上げて上げて――!
「うっ……ぐっ!」
建物の屋根へと、身を投げるように転がり落ちる。
全身がクソ痛い、が、泣き言を言っている暇はない。
ここからアイリスとの待ち合わせ場所まで向かう。建物から建物へと、伝っていくように走る。
流石に僕がここまでするとは向こうも予想がつかない筈だ。
「『疾風』ッ!」
荷物を背負いなおし、屋根から跳躍。隣の建物へと乗り移る。
気分はさながら大泥棒だ。と、いうか状況は遜色ないな本当に。
捕まったらヤバいことが共通してるし。
「アイリス!!」
待ち合わせ場所近くまで到達。屋根上から声をかけると、アイリスがあからさまに眼をむいているのが分かった。
「あんた! なんでそんなとこにいんのよ!?」
「昨日の裏路地まで来てくれ!」
魔法が切れる前に、屋根から飛び降りる。
先程の人外じみた動きを、ビデオで巻き戻すように再現。
裏路地に降り立ったと同時に、アイリスがこちらへと駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
「アイリス! お前は僕の事情を知ってるよな!?」
こいつは商人だ。だから、僕が奴隷であることは知っている。それで以て、グラナを殺したマレビトと結び付けて理解しているのはこいつだけ。
これらを理解したうえで、僕と取引を交わしている筈なんだ。
首元を指す僕に、アイリスが気まずそうに頷いた。
「いや、まあ。分かってはいるわよ? 口にはしなかったけど、あんたの人柄と実力は買ってたし……まぁ、同情する余地はあったから黙ってたけど」
「マルクスタが来た」
僕の一言に、アイリスが全てを察した顔をする。
「僕には土地勘がない。逃げ切れるか分からない」
正直言って、こいつが金の亡者なら僕を切り捨てるだろう。
いや、どう考えてもその公算の方が高い。
伯爵に恩を売れる、というのは商人である以上大きなメリットになるのだから。
だが、乗合馬車は明日出る。
つまり、最低でも一日はこの街でやり過ごす必要がある。
そのためには、この街に詳しい奴が必要なんだ。
僕はもう、アイリスに懸けるしかない。
「だから、アイリス――」
助けてくれ、と口にする前に彼女が僕の手を引っ張る。
「うだうだ言ってないで逃げるわよ! 着いてきて!」
彼女は迷うことなく、僕を助ける道を選んだ。
何故か私も慌てて書いてました……。
まだ序章なのにどんどん人外じみていく……。




