風雲急を告げる
顔面を狙った刺突を首だけ動かして避ける。気合の入り過ぎた攻撃のあまり、前傾姿勢になった相手の足元を掬ってやる。
前のめりに崩れていく相手の首筋に短剣を突き刺し、抜いた。
「……これで何人目だ」
「9人目だぜ旦那」
「分かっちゃいたけど多すぎるな」
探索者が増え始めるのは昼前あたり。オールドマギとの特訓をしていた所為もあり、予定より少し帰路につくのが遅れた。
そのおかげで、僕を狙う人間が多い。
後ろに例の二人がいるのが大きいのかもしれない。隙さえつくれば、あいつらも参戦してくれるに違いない、という淡い期待を抱かせているのだ。
その期待を悉く打ち砕いているのだが、無謀な挑戦者は後を絶たない。
最初は背後で殺気を振りまいていた巨漢も、今じゃ大人しいものだ。そのお仲間に至っては、同業者に対して憐れみの視線を向けている始末。
「悪いな、荷物の追加だ」
「いいってことよ」
ナルダには探索者たちから剥いだ荷物を任せている。魔石と骨は他の二人。
「マレビト……いや、えーと」
「如月だ」
「如月さん。荷物、持とうか?」
「変に気を遣うなよ気持ち悪い」
あれだけ息巻いていた巨漢も、今のなってはこの有様だ。狼が突如として子犬になってしまったほどの変貌ぶり。
マジで気を遣わないでほしい。こき使いづらくなる。
何を考えているかは分かる。目をつけないでほしい、次会ったときはうまい汁を吸わせてほしいってことだろう。僕がなまじもうひとりの方に情けをかけたからな。
器がデカいって勘違いしたんだろうさ。僕としては、片方に餌をやることでもう片方の暴走を抑制してくれることを期待していただけなんだけどな。
「旦那、出口だ」
「乗合い馬車は……丁度来てるな。おい、乗り遅れる前に走るぞ!」
慌てて迷宮入り口から階段を駆け下り、馬車の荷台に転がるようにして乗り込む。
「ちょっと、代金!」
「分かってる分かってる」
懐から御者に銀貨を放る。四人分には十分すぎる額だ。
一昨日までの僕ならば釣りを返すよう要求していただろうが、今はそんな気力すら湧かない。
今日の運動量だけで、過去三日分の探索を上回っている。もう、疲れて頭が回らない。
「わりぃな旦那」
「いいよこんくらい」
「オメーらも旦那の懐の広さに感謝しておけよ!」
虎の威を借りる狐とはまさにこのことか。ナルダの小者ぶった物言いに苦笑する。
僕よりも参った様子の二人が必死に首を縦に振った。
「お前は舎弟かよ……」
「美味い汁吸わせてもらってんだ。似たようなもんだろ」
「お前は取引相手だろうが」
こいつマジで虎の威を借るつもりだ……。
僕と親し気な様子をアピールしておくことで、他の探索者から舐められないようにしているのだろう。
まあ、こっちもあいつを利用しているわけだから、悪い気はしない。持ちつ持たれつだ。
僕が殺した奴も、あとでナルダが片しにいかなきゃならないわけだし。
車輪の止まる音と共に、荷台が軋む。
「着いたな」
迷宮からアールメウムまでドナドナされること十数分。乗り心地は相変わらず最悪で休んだ気にならない。
魔石と骨を組合で換金して、ナルダと盗品を分け合う。それで、その後盗品を持ってアイリスの下へ。
もう早く宿屋に行って休みたい……。
だが、金が絡む以上おざなりにはできない。
探索者組合に入って、買取窓口へ。四日連続で馴染の受付嬢と顔を合わせることになる。
「あのー、如月さん。後ろのお二人は?」
「迷宮内で雇った荷物持ちですよ。支払いはもうすませてあります」
言って、鞄から魔石を机の上に並べる。窓口からどいて、後ろの二人に指で合図を送った。
二人が鞄をひっくり返す。僕と会う以前の戦利品も混じってるとはいえ、相当な量だ。並べる、というよりはぶちまけるに近い。
「お三方まとめて買取ですか?」
受付嬢の笑顔に、小ぶりのメイスを提げた男が答える。
「いや、これ全部如月さんが狩ったんで……」
歯切れが悪い。っていうか、馬鹿。三人で狩ったって言っておけって!
こんな量僕一人でやったとか信じてもらえないだろうが。
「あ、あの。本当なんですよ。迷宮最新層に到達したとき、如月さんは、その……」
「魔物、枯らしてたんですよ」
巨漢が仲間の言葉を補足する。
受付嬢の胡乱げな視線が僕に突き刺さる。
いや、まあとてもじゃないが納得してはもらえないよな……。
「悪いんですけど、ペーターさんを呼んできてもらってもいいですか?」
こうなってしまっては、彼と交渉するしかない。
僕と仲良くしたい、と言ってきたのは彼の方だ。
彼を信じて交渉するしかない。アイリスとの約束まで時間がないとはいえ、場合によっては初日のように再度力量を証明するのも厭わない。
それだけ金額がデカくなるんだからな……。
「ペーターさーん! 如月さんがお呼びですよー!」
受付嬢が事務所の方へ呼びかける。それと同時に、隣の受付嬢にどつかれる。
「馬鹿! ペーターさんは今応接中だってさっき言ってたでしょ!」
「あ、そうだった……」
これはまた後で来ることになりそうだな。
面倒だな、と思ったのも一瞬。
「宗一!?」
事務所の方で大きな声が上がった。扉が乱暴に開けられる音。
少女特有のハスキーボイス。少し我儘だが、その実誰よりも誠実な少女の声。
今も尚、耳に焼き付いて離れない女声。
僕は二人の肩を叩いて、駆けだした。
「換金は任せた! 分け前はナルダから聞け!」
疲れた体に鞭を打ち、慌てて組合から出る。
「……旦那。何かあったな?」
「ナルダ! 今すぐこの場を離れる! 着いてきてくれ!」
僕の表情を察して彼が下ろしていた荷物を背負う。
こういうとき、こいつが頭の良い奴で良かったと心底思う。
組合の横で待機していたナルダを急かし、駆けだす。
「畜生! いつかは来ると思ってたさ!」
あの声は――。
「でも、今じゃなくていいだろうが!」
僕を買った女の子。
オリヴィエ・ド・ラ・マルクスタ。
僕と友達になっていたかもしれない少女だ。
 




