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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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迷宮踏破

白鎧迷宮二階層。

この迷宮は浅い。探索者組合で見た地図だと全三階層で構成されている。

地上一階、地下一階、地下二階と言った具合だ。大半の迷宮は既に最深部まで攻略されているが、その中でも白鎧迷宮は最も浅い。

謂わば、初心者向けの迷宮。


魔法による加速、疲労状態での戦闘。それらに慣れたとき、オールドマギは言った。


『午前中に迷宮最深部まで踏破する』


別にそこまでやる必要はないのではないか。そのように返答すると、オールドマギはこう返してきた。


『少なくとも、同格相手に魔眼を使用せずとも勝てるレベルにまで持っていきたい』


今後を見据えたうえでの発言。

確かに、魔眼に頼り過ぎている節はある。誓約の魔眼(ミリオンガンド)はリスクもあるが、使用制限時間も存在する。つまり、使いどころを見誤ってはならない。


『特殊な状況。特に、格上相手にのみ使うのが好ましい』


そのためには、僕個人の技量を上げなくてはならない。

ズルなしでの、力量を。


「――はぁっ、はっ」


ソードスケルトニア三体相手の戦闘を、何とか切り抜ける。

最初は魔眼を使い相手を一体にしたうえで、ひたすら見切りの練習。

次は、同様の状況を疲労が蓄積した状態でこなす。


求められるのは、必要最低限の身のこなし。必要最小限の魔力消費。

今迄は、一戦一戦力を入れてきた。だが、今後は連戦を視野に入れなければならないという。

オールドマギが急にこのようなことを始めたのには理由がある。


『探索二日目。君は死にかけた』


僕の力量が及ばず、殺すという選択肢しかなかった。

僕はその選択を躊躇し、死の一歩手前まで行ってしまった。


『君は体力がない。一撃受ければ機動性が死んでしまうほどに』


その通りだ。僕は何も武器による攻撃を受けたわけではない。

ただ、殴られ、蹴られただけ。


『魔眼も酷使するのが当たり前になりつつある』


これも正論だ。僕の対人戦闘は、魔眼を使うことが前提になっている。


『探索三日目。君は近接戦闘で魔法を用いた。判断は間違っていない。しかし、技量に身体がついていけば魔法を使うまでもなかった』


荷物持ち(キャリー)に持ち逃げをされたのも、隙があると思わせてしまったことが原因でもある。その所為で、危ない橋を渡らざるを得なくなった。

最適解ではあったが、決して評価していいものではない。そう言いたいのだろう。


『戦闘にも慣れつつあり、適した環境もある今のうちにやっておいた方が良いと判断した』


素人が三日で戦えるようになった時点で大分凄いことではあるが、命が懸かっている以上、妥協はできない。

僕の基礎能力さえ向上すれば、魔眼を行使した戦闘にも幅が出る。ドーピングした際の戦闘力を伸ばす為にも、土台を整えなければならない。


「……っ、はぁ!」


四体目のソードスケルトニアを倒し、床に崩れ落ちる。


『休憩したら、次は三階層だ』


「……また敵が強くなるのか」


『私の見立てでは違う』


「どういうことだよ?」


オールドマギが迷宮の断面図と思しき者をページに浮かべる。

こいつ、こんなこともできたのか……。


『迷宮に存在する魔物は、迷宮で生成される魔力によって存在している。魔力は地上に近づくほど薄くなる。逆に、深層に行くほど濃くなる』


「だから敵が強くなるんじゃないの?」


『組合の情報に武器持ち以外のスケルトニアはいたか?』


「そういえば、組合で調べた魔物は全部二階層で遭遇しきったな……」


あれ、ということは二階層と三階層って差がないのか?

案外ショボい……?


『三階層は敵の巣窟になっている筈だ。アリの巣と同じだよ』


「それって、今まで以上に遭遇する頻度が上がるってこと?」


『倒した傍から次の敵が湧いてくることも考えられる』


連戦か……!


確かに、オールドマギの予測通りだとしたら、何の用意もなしに三階層に向かえば間違いなく死んでいた。魔物相手に人格交代を使わざるを得なくなっていたかもしれない。

魔眼が切れたら、そこで最後だ。


『君には連戦を経験して貰い、この迷宮を踏破してもらう』


「体力は急に増えたりしないだろ。できるのか?」


『技量はあるんだ。最低限の消耗で一戦一戦こなしていけば……可能性はある』


無理なら途中で撤退すればいい、これは練習なんだから。と彼が言う。

敵の強さが変わらないのであれば、撤退は容易だ。

だが、今日は探索最終日だ。どうせなら、ここできりよく迷宮を踏破してしまいたい。


「分かった。行こう」


息を整え、最終層へと足を踏み出した。


――――


「『水針(ヴァサナデル)』」


六体ものスケルトニア亜種が僕目掛けて押し寄せてくる。

最初は少し泡を食ったが、今は冷静に対処できる。

高水圧の一閃が、最小、最速で敵の鎖骨を撃ちぬく。


「『水針(ヴァサナデル)』」


同様のことを、もう一度。これで接敵する前に敵を実質四体までに減らせた。


「『疾風《セレラティオ》』」


敵が十分間合いに入ってから、加速魔法を使用する。

こちらから敵に向かっていくのは得策ではない。敵に来てもらった方が、体力の消耗は少ない。

この魔法は、飽くまで機敏に立ち回るためのもの。敵を攪乱するためのものではない。


前方へ軽くステップ。加速状態であれば、僅かな力でも十分接敵できる。

踏み出すと同時に、腕を素早く前方へ差し出す。


「!?」


魔物が動揺するのが分かる。向こうからすれば、瞬間移動したと思ってもおかしくはない動きだ。そして、その驚愕と同時に攻撃は終了している。

接敵するや否や、鎖骨を砕いた。動き出しの段階で、攻撃の入りは完了していたのだ。故に、最速で敵を無力化できた。

敵が僕を認知できた段階で一体無力化できたことは大きい。


――構える隙さえ与えるものか。


甲高い叫び声を歯牙にもかけず、魔物の隙間を縫うように足を運ぶ。

その足取りは、ワルツに近い。ステップと回転の連続。

いつの間にか、僕は敵の背後に立っていた。

そして、移動と同時に攻撃は終わっている。


「「「――――!!!」」」


輪唱するように響く叫び声。


……全て、一瞬の交錯の内に砕いた。


眼が慣れたというのもあるが、身体が疲弊しており、動きが縮こまってきたのが良い方へと作用した。その感覚を、僕は完全につかみ切った。

今ならば、万全の状態でも同じ動きができる自信がある。

無力化した連中にトドメをさしながら、オールドマギに問いかける。


「……ふぅ。なぁ、今何連戦目だっけ?」


『これで14連戦目だな』


「もうそんなに戦ったのか」


足元に散らばる魔石を壁の端の方へと避けていく。

既に山積みだ。とてもじゃないが、持ち帰れる量じゃない。


『時間的にも、次が最後だな。調子はどうだ?』


「コツを掴んでからは楽勝だよ。戦い慣れてた相手だから、攻略法が分かり切ってるのも良かった」


『現実の肉体疲労ばかりは追体験では補えないからな。少しでもモノになったのであれば良かった』


余計なことを考えずに集中できたことが、短時間で最小限の動きで敵を倒す技術の獲得に繋がったと思う。

退路がある、というのが何より精神衛生上良かった。

練習としては上々の出来なんじゃないか?


「よし、じゃあ最終戦と行こうか」


こちらから行かずとも、敵が向こうから出てくる。

何せ、この階層は魔物であふれかえっているからな。

だが……。


「ん~?」


待てども待てども魔物が出てくる気配がない。

さっきまでは倒した端から湧いてたんだが……。


「なあ、もしかしてさ」


『……既に迷宮を踏破した可能性が出てきたな』


もう少し待ってみることにしたが、やはり敵は現れない。


「なんか呆気ないな……」


『たまにはこういうこともある。元々格上の敵ではないしな』


問題は……。

隅で山積みになっている魔石と骨を一瞥する。

あまりにも量が多すぎる。


「というか、これ他人の獲物を横取りしたとか思われないかな?」


『ここを狩場にしている人間からすれば心証は良くないだろうな。だが、基本は早い者勝ちだろう』


そんな会話をしている折。背後から複数人の足音が近づいてくる。

振り返ると4人組の探索者がこちらを見ていた。その中には一人、見知った者がいる。


「よぉ、ナルダ」


「二日ぶりですかね、旦那」


他の三人がこちらに敵愾心を剥きだしの視線を浴びせてくるのに対して、彼だけは僕に友好的な様子だ。

まあ、あいつは僕どころかオールドマギの力量まで知ってるからな……。


「ナルダ……と他の三人には謝らなくちゃならないな」


「どういうことです、旦那?」


壁の端っこへと追いやった魔石と骨の山を指し、申し訳なさそうな体裁で告げる。


「悪い。この階層の敵枯らした」


三人の視線が敵視するものから畏怖へと変わっていく中。


「流石だな、旦那ァ」


こいつだけ顔色を変えない。それどころか……。


「それで、このうち幾つ頂けるんです?」


死体清掃人は僕の意図するところを瞬時に見抜いたのだった。


ボロボロになる日もあれば、快勝する日もある。

逆もまた然り、です。

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