肉体の強化
本日2話目の投稿です。
明日投稿分を早めに持ってきたということで、、、
迷宮探索四日目。
今日も今日とて早起きをして迷宮行の馬車に乗る。
外套のフードを深めにかぶり、体育座りのままオールドマギを開く。
昨日や一昨日よりも向けられる視線は少ない。
不審者の方がマレビトよりも好奇の視線を浴びない、というのはどうかとは思うが、まあ結果的には良かった。
「新しい魔法ねぇ……」
新たに刻まれたページを眺める。
『疾風《セレラティオ》、君の足りない要素を補う魔法だ』
今朝、出立前にオールドマギはそう言った。
『君が異世界に来てから今日で9日目か。だが、君が体感しているもっと長い筈だ』
「あぁ……」
僕はまだ、9日しかこの世界にいない。
にも関わらず、追体験の影響で僕は少なくとも3、4カ月は異世界にいる感覚に陥っている。
『それは決して悪いことではない。だが、君は肉体を作る前に技術を先取りしすぎてしまった』
オールドマギの言葉は正しい。彼が齎した技量は、僕の身体能力には余ることが多い。
十全に活かし切れていない、と言える。
『この魔法は、一時的に術者の脚力を強化する』
今迄の魔法とは打って変わった前衛向けの補助魔法。
彼の言いたいことは分かる。最終的には、魔法なしで同じことができるようになれということだ。
一足先に完成した動きを、それこそ本当のドーピングにより体感することでイメージしやすくするのだろう。
『しかし100%以上の力を引き出す以上、身体にも負荷がかかる。全体の負荷は、心臓に大きく響く』
故に、彼はこう告げた。
『一度の発動につき、10秒。それ以上は魔法を持続させない方が良い』
魔眼よりはマシとはいえ、下手すると心臓が止まりかねないわけで。
飽くまでも、肉体を強化する用途で使えと。暗にそう言いたいのだろう。
実戦での10秒は長いとはいえ、勝負が長引いたときに速度差が生じたら肉体と脳の感覚はズレるし、眼が慣れた相手からすれば捉えやすくなる。
この魔法は、さながらシンデレラ。刻限を超えると辛い現実が待っているのだ。
「白鎧迷宮だ。そら、降りた降りた」
思案している内に、馬車が目的地に到着。
僕は探索者の最後尾を行き、いつも通り一人になる。
目指すは深層。
一階層の魔物に用はない。とはいえ――。
「遭遇した以上、逃げられないよな」
手ぶらのスケルトニアと遭遇。
異世界初日や、迷宮攻略一日目のときは驚異的に見えたこいつも、最早格下の相手だ。
現実ではたった三日前の話なのに、僕からすればもう数か月前のように感じられる。
「丁度いい。お前で試すとするか」
左手には魔導書。右手には黒短剣。
戦闘で使用するとなると、このスタイルになるか。
「『蒼穹を駆ける者。無窮の地より時を置き去る。刹那よ、今永遠のものとなれ』
三等級魔法。
――行くぞ。
「『疾風』」
詠唱の開始と同時に、迷宮の床を蹴る。イメージとしては、素早く魔物の背後を取る立ち回り。
……なのだが。
「あっぶぇ!」
何とも形容しがたい感嘆詞が口をついて出る。
予想以上の加速。僕のイメージとは裏腹に、魔物とあわや衝突する寸前。
スケルトニアの腕が大きく振り上げられる。向こうからしてみれば、突如目の前に獲物が現れてきたのだ。当然の反応か。
その攻撃を反射的に横へと避ける。
「はやっ!」
たったひとつのステップを踏んだだけなのに、スライドするかのように距離が離れた。
ステップというよりは、空を滑っているような感覚に近い。
「これ、まずは感覚を掴むところから始めないと駄目だな……」
と、いうか。この動きを魔法なしでいずれできるようになれって。いっけん無理にしか思えない。
明らかに人間の動きじゃないでしょ。
……だが、決して不可能なわけではない。
現世では無理でも、異世界には魔法がある。魔法により肉体に強力な負荷をかけて、細胞を酷使させる。
そして、休息中に肉体を回復させる。すると、身体は負荷に応じた肉体をつくろうと働き出す。アスリートのトレーニングにも取り入れられることがあるという、超回復。
オールドマギは、それを狙っているのだ。
僕も詳細は知らない。だが、追体験の中で彼が似たようなことをやっていたことを覚えている。
『10秒だ。魔法を切って応戦しよう』
「ああ」
ここは彼に教えを請い、肉体を強化していくしかない。
そのためにもまず、練習そのものが成立するようにしなければ……。
――――
一階層で戦うこと、およそ一時間。
なんとなくではあるが、感覚を掴めてきた。
魔法も、三等級とはいえ限定的な行使なので魔力にも大分余裕がある。
「なあ、お前が狙ってるのって超回復だろ?」
息を整えながら、魔導書に問いかける。
『知っていたのか』
「聞きかじった程度だけどね。詳しいことは知らないよ」
『そうか。だが、そんなこと意識しなくてもいい』
「……え?」
思わぬ返答に、言葉をなくす。
素人知識ではあるが、正確なデータを取り、それに基づいたプランニングが必要な筈だ。
「休息期間や、超回復が行われる時間を把握しないといけないんじゃないの?」
最もな疑問だと思う。
魔導書は即座に返答を寄越した。
『それは元の世界での話だ。この世界にきて、君は幾度となく生命の危機を感じている』
「まあ、そりゃあね」
命のやり取りなんて、もう何度行ったか覚えていない。
『アスリートとは環境が違う。君が感じていることを、身体も感じている。君の身体は常に環境に適応しようとしている』
アスリートの身体づくりはスポーツのため。直接的には命に関わることはない。
だが、僕は一歩間違えれば即死。
『ここには公共の交通機関も、便利な乗り物もない。戦闘以外でも、常に肉体は酷使されている』
確かに、毎日体力の限界を感じて生活している。
『私は飽くまでも魔法によって負荷を上げるだけだ。どんな時間帯も訓練しているような現状である以上、いつ休むかなんて気にしなくてもいい』
そもそも、休める時間は限られている。夜以外は休みたくても休めないのが現状。
『それに、これは疲労状態から戦闘を開始するテストでもある』
「……格下相手だから、余裕なくても倒せってことか?」
『それは違う。人は常に万全の状態で戦闘を行えるとは限らない。バッドコンディションでの戦闘を体験しておく必要がある。その経験があるのとないのとでは大違いだ』
オールドマギが人格交代を使った場面を思い出す。
あのとき、僕の身体は戦闘不能。緩やかな死に向かっていくも同然の状態だった。
にも関わらず、オールドマギはその状態から万全を期していた筈の相手を三人も殺してみせた。
……これが、経験の差か。
『明日この街を離れる以上、修練を行える場も限られてくる。今日の午前までに、最低でも感覚だけは身に着けてもらう』
そういえば、こいつは元々指導者なんだっけか。言葉が板についているというか、雰囲気があるというか。字面だけなのに。
僕のことも弟子、とか言ってたし。
……うん、そうだな。
「分かった。宜しく頼むよ、先生」
『任せておけ』
今回は冗談ではなく、本気で彼のことをそう呼んだのだった。
飽くまで、肉体が環境に適応しようとしている程度に捉えて下さい。
今後また離れ業やるための下地。




