商人の少女
昨日は3話投稿しました。
今日も少なくとも2話投稿します。
迷宮の攻略を早期に切り上げ、重い荷物を背負って街へと帰る。
探索者組合に魔石を納め、その後に盗品を売り捌く作業が僕を待っている。
白鎧迷宮発、アールメウム行きの乗合馬車。荷台に詰め込まれた探索者たちの視線が痛い。
顔立ちでマレビトということが露見してしまうこともそうだが、大荷物を抱えている所為でもある。
こいつ、また何かやったのか。或いは、グラナを殺しただけあって相当な膂力の持ち主なのか。そういう風に考えられているのが手に取るように分かる。
首元のスカーフを触る。奴隷の首輪を隠したものの、マレビトであることも隠さないといけないのかもしれない。
僕を奴隷商に売り飛ばした男、グラナを殺したおかげで探索者連中から下手に注目を集めてしまった。
報復がくるかもしれないことを考えると、正体は隠さないに越したことはない。
馬の蹄と車輪の回る音が泊まる。一瞬の揺れと共に、御者が荷台を振り返った。
「あい、着いたよー」
ぞろぞろと人が荷台を降りていく。その最後に、大荷物を背負った僕が落ちるように降りた。
蟻が巣に餌を持ち帰るように、探索者たちが列をなして探索者組合へと吸い込まれていく。僕はその最後尾だ。
早めに切り上げたからか、組合の中は比較的人が少ない。大して待たされることなく、窓口から呼び出しの声を受ける。
「……随分と重そうですね、如月さん」
「ええ、まあ……」
「あの、荷物持ちの方は?」
「逃げられました。荷物は何とか取り返せましたが……」
受付嬢のカナレさんから可哀そうなものを見るような目を向けられる。
本当に可哀そうなのは、僕を狙ったあの男なんだけどな。
迷宮探索初日には人殺しの疑いをかけられ。二日目には探索者同士の殺し合いに発展し。三日目には荷物を持ち逃げされかける。
「散々ですよ、ほんと……」
「心中お察し致します」
「同情して頂けるのであれば、買取額に色を付けてもらえると助かります」
「いえ、それはできないですね」
魔石が12個に、骨が5つ。
深層の魔石は通常の買取より高く売れ、骨も一階層と比べると高値が付いた。
169,000リルから仲介料が引かれ、手元には10万と少しのリルが残る。
これで、残りの手持ちは20万弱。
僕は、全然重さの減らない荷物を背負い組合を出る。
早めに切り上げたのには、理由がある。
昨日取引で手に入れた盗品と、先程剥いだ荷物を売るからだ。
市場が閉まってからでは遅い。
組合の外に出るなり、荷物を足元に下ろして奪った外套を羽織った。
背丈が大体同じだったこともあり、サイズはぴったりだ。
フードを下ろし、荷物を再度背負う。
傍から見たら完全に不審者だ。
陽は既に中天を少し過ぎている。時刻は体感で14時くらいだろうか。夕陽が差すと共に、店が閉まり始めるので急がなければならない。
「腹減ったけど、飯は宿屋でも食えるし」
ここは我慢だ。
今日売る予定のものは、取引で入手した複数の装飾品とお下がりのナイフを3本。それと、皮の手袋を始めとした小さな防具類に荷物持ちの男から剥いだ日用品の類。
背嚢は使う予定もないし、売ってしまってもいいだろう。正直なところ、背中に荷物があるというだけで不安でしかない。
信頼できる仲間でもいれば話は別なんだけどな。
ナイフに関しては、できれば売りたくはない。だが、現状3本目以降のナイフを仕舞うスペースがない。私の師匠がやっていたように、外套の内側等に細工をする必要がある。
腰にじゃらじゃら提げていても邪魔でしかない。
これだけあれば、初日の稼ぎにも劣らない金になる筈だ。
そう思い、意気揚々と市場に繰り出したわけだが……。
「あんちゃん、ウチに盗品を持ってくるとはいい度胸してんな」
武具屋では盗品であることを見抜かれ。
「日用品の買取はやってないかなー」
雑貨屋にはそもそも買取を拒否され。
そして……。
「兄ちゃん、この装飾品偽物を掴まされたな」
「は? 偽物?」
「例えばこの腕輪」
装飾を扱う商人が、売りに出した腕輪を持ち上げる。
「内側に刻まれた文字から分かる通り、これ習作だよ」
そんなこと言われても分からない。
何せ、文字が読めないのだから。恐らく、この商人はそれを承知のうえで言っているのだろう。
一瞬、魔眼を使うことを考えたが……。嘘をついていたとしても、その証拠を僕は示せない。何より、戦闘以外で使わないと誓ったばかりだ。
「ウチで値をつけるとしたら、3,000リルかなぁ」
こちらを値踏みするような眼と共に、買取金額が伝えられる。
これは間違いなく買い叩かれているだろう。
こういうときは、強気に余所へ持っていくと言えばいい。
「じゃあ、結構です。他のところで見て頂きます」
「アールメウムで装飾の類を主に扱ってるのはウチだけだよ」
「……」
そうですか……。
僕は無言で店を出た。
参ったな。そもそも、買取以前の問題だ。
どうする。仲介料の4割を取られてもいいから組合で買い取ってもらうか?
組合なら足元を見られることもない。
ただ、盗品だしなぁ……。
壁にもたれ掛かっていると、前方の日差しが遮られた。伏し目で見ていた地面にはひとつの人影。
顔を上げると、快活そうな少女の顔が目に入った。
外套のフードから覗けるのはショートボブの赤髪に、人の良さそうな猫目。
短パンにへそ出しルックという、何とも挑発的な格好をしている。
歳は僕と同じくらいに見えるから……多分、少し年下かな。外国の人は歳の割に大人びて見えるから。いや、その逆で東洋人が幼く見えるのか。
って、そんなことはどうでもいい。
……誰だ、こいつ。僕に何か用か?
アーモンドのような、好奇心に満ちた瞳が僕を覗き込んでいる。
僕は慌てて視線を切った。そんなに見られたら外套を羽織った意味がない。
「お兄さん、噂のマレビトの人だね?」
「……」
黙して、答えない。
「どう、儲かってる?」
足元に下ろした荷物を一瞥して、彼女が問いかけてくる。
どうも、先程のやり取りを見られていたようだな。
「儲かってるように見えるか?」
「見えないかな!」
元気に答えるなよ。
少女が一歩、距離を詰めてくる。
「お兄さん、売り方が下手だよ。あたしなら全部売り切ってみせるのになぁ」
「……そういうことか」
僕の代わりに盗品を全て売り捌く。その代わり、売り上げを幾らか寄越せ。
つまるところ、手数料を取りたいわけだ。
「何割欲しいんだ」
「お兄さん話が早いね! やっぱりマレビトの人ってみんな頭が良いんだね」
自尊心をくすぐるような甘い声。
ああ、なるほど……。
挑発的な格好と言い、今の声音といい。この少女は男心を掴むのが上手いのだろう。
極めて合理的だと思う。男尊女卑気味なこの世界に於いて、職に就いている大多数の人間は男だ。
金を持っているのは男。現世でお昼のお茶の間で主婦層向けの番組が流れるように、この少女もターゲットとなる層を絞っているのだろう。
「下手な世辞は要らない。交渉がしたいなら数字で語ってくれ」
「お兄さん、顔の割にクールな物言いだね」
うるさい、そんなこと関係ないだろう。
からかうような表情と言動に一瞬苛立つ。
自分の顔に迫力が足りないのは自覚している。
「そうだなー。4割、これでどう?」
「馬鹿にしてるのか? 組合と同じ仲介手数料を取ってどうする」
「あ、流石に知ってたか!」
……仕方ない。
話を円滑に進める為にも、ここは顔を見せておこう。
フードを外し、顔を白日の下に晒す。
耳の早い商人であれば、僕がグラナを殺したことは知っている筈だ。
奴隷として売られたマレビトとは別に、探索者殺しを殺したマレビトとして。
「僕は探索者だ。この顔に見覚えはないか?」
僕の顔を見て、少女が笑う。
これまでの女の子らしさとは打って変わった、獣のような獰猛な笑みだ。
「……グラナを殺した探索者」
笑みを深めて、一言。
「これは大物が釣れたね」
これが、この女の本性か。




