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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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不義理の清算

陽は沈み切り、月明かりが通りを照らす時間。

僕は、閉店後の探索者組合にいた。


「如月様、この度は当組合によってご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます」


僕と受付嬢以外誰もいない組合で、彼女が頭を下げた。

頭を下げるのは日本人ならではの謝意だ。これも研修で習うのか、それとも僕が日本人であることを知っているのか。

彼女が面をあげ、迷宮での戦果を取り出す。

魔石は19個。骨が3つ。


「こちら、現在の時価で魔石がひとつあたり9500リル。スケルトニアの骨に関しましては、部位毎に相場が異なります。如月様がお持ちなられたものは、腕と足、胸骨がひとつです」


受付横に提示してある相場表を示しながら受付嬢が説明する。

表は読めないが、ここで嘘をつくことはないだろう。組合の威信に関わることだ。


「腕と足がひとつあたり8000リル、胸骨が1,0000リルになります」


「では、合計で20,6500リルですね?」


「え、ええはい。計算がお早いですね……」


金に関する計算で僕を侮ってはいけない。僕の暗算能力は会計や給与を誤魔化されないように培われたものだ。4桁程度の暗算なら朝飯前だ。


「それで?」


「は、はい?」


僕は受付嬢に顔を近づける。

あからさまな圧。


「どこまで色を付けて下さるんです?」


受付嬢の口端が微かに引き攣る。


「で、では買取額の1.5倍ということで……」


「1.5倍ですか? あんな危険な目にあったのにも関わらず?」


「その節は、大変申し訳ございませんでした。なにぶん、お客様が潔白であった前例がなかったものでして……」


やっぱり決めつけられてたのか。

組合の立場から考えれば、探索者を殺したと考えるのが妥当だもんな。みんながみんな、オールドマギの基準で考えるわけじゃない。

とはいえ、だ。ここで引き下がるわけにはいかない。

僕の演者っぷりを見せるときだ。


「一昨日はあんなに親切にしてもらったのに。疑われ、決めつけられ……僕は悲しかったですよ」


「大変申し訳ございません」


「ああ、謝罪はいいんですよ。もう、過ぎたことですし」


僕の言葉に受付嬢が安堵の表情を見せる。

それはまだ早いんだよな。


「ただ、謝意を見せて頂きたいだけで」


「謝意、ですか……?」


「ええ。そちらが失態を重く受け止められているのであれば、当然のことかと存じますが」


これは言外に、今回の出来事を軽く見ているのか? これは組合の信用に関わることだぞ? と仄めかしている。

直截的な言い回しは品がないと思われがちだからな。


「具体的には……3倍。これくらいの誠意を見せて頂きたいものです」


「さ、さんばっ……」


サンバじゃないよ。3倍だよ。

誠意、という利便性の高い語彙に対して、受付嬢が言葉を失う。


「で、では! 1.5倍から1.7倍に……」


「嫌です」


「へ?」


やべっ。本音が漏れた。


「僕は組合を信用しています。同様に、組合もまた僕を信用して下さるものかと思っています。そうですよね?」


取り繕うように、言葉を並べ立てる。

潔白を証明した以上、僕のことを信用してるよなオラァァン。と、いうことである。


「も、勿論です! 如月様の潔白が証明された以上、信用するのは当然のことです!」


はい、言質を頂きました。

金に関する僕の貪欲さを舐めてはいけない。

ああ……異世界にきて、今一番生きているという充実感を得ている……!


「で、あるならば。今後も僕が組合を信用できる証が欲しいのです。互いに、良い関係を築き上げていくためにも」


僕の身の潔白と共に、力も証明された。

組合からすれば、迷宮の魔物が増加して溢れる事態は避けたい。頼りになる探索者は喉から手が出るほど欲しい筈だ。


さあ、誠意を見せてもらおうか!


「し、少々お待ちくださいませ!」


受付嬢が慌てた様相で奥の事務所へと引っ込んでいく。

まだ他に事務員が残っていたのか。

何やら裏でやり取りをしている声が聞こえてくる。うまく聞き取れないのがもどかしい。

暫くして、彼女が戻ってきた。その相貌は緊張に滲んでいる。


「2倍、ということで手をうっては頂けませんか?」


「2倍ですか……」


さも、不満があるといった様子を見せる。

まあ、落としどころとしては妥当かな。

そう思い、了承しようとした矢先に彼女が慌てて二の句を継いだ。


「勿論! それだけではありません! 如月様の探索者組合の等級を上げさせて頂きます」


組合登録時に貰った登録証に記載されている、Gランク。あれのことか。


「元Cランク探索者である当組合員に勝利したことも加味しまして、Dランクとさせて頂きます」


「Cランクではないんですね」


ぶっちゃけ、ズルして勝ったようなものなので妥当なラインだとは思うけれども。

対外的に見れば、僕が圧倒したので彼以上のランクになってもおかしくはない筈だ。


「すみません……。今回のことは非公式ですので、飽くまでも建前上は魔物の討伐数が多かったということで……」


ああ、なるほど。組合としては落ち度を隠したい。買取額の引き上げやランクが上がるのも、その口封じということか。

僕に利益があるのなら、喜んで口を噤ませていただくとも。

ただ……。


「ランクが上がるのって、何か恩恵あるんですか?」


強さの指標程度、とは伺っているけれど……。


「傭兵や商人の護衛等の仕事を受けやすくなります。Dランクは探索者として一人前と判断される基準値ですので、雇用条件にDランク以上と記載されることは多いです」


「そういうことですか……」


それならば、乗合馬車に客としてではなく護衛として同行することもできそうだな。

これは思わぬ拾い物だぞ。


「また、それに伴いまして如月様にお願いがございます」


お願い……?


「今後の迷宮探索におかれましては、迷宮の深部にて攻略を行って頂けないでしょうか? 強力な魔物を討伐できる人員には限りがありますので、何卒ご協力頂ければ……」


「その場合、買取額の方はどうなりますか?」


雑魚を沢山倒した方の稼ぎが良いのであれば、僕はそうしたい。

力をつけることも重要だが、当面は逃亡のための資金が必要だ。


「無論、こちらからお願いしていますので買取額は通常の相場より高めに致します」


「そういうことであれば」


「如月様におかれましては、詐称することはないかとはおもいますが、魔石の質と魔力の含有量で魔物の力量が図れますので誤魔化すことのないようお願いいたします」


「分かりました」


ズルはできないってことか。

力をつけつつ、金も稼げるのであれば一石二鳥だ。


「ありがとうございます。それでは、買取の方に移らさせて頂きます」


本題だ。2倍となれば、413,000リル。庶民の日給41日分になる。

とんだ大金だ。


「通常の買取額20,6500リルの倍ということで、413,000リル……」


これだけあれば、例え乗合馬車が出る前にマルクスタ家に見つかったとしても逃げ回ることができるだろう。

野宿の為の用具を買って、馬車を待たずして街の外に出るという強硬策にも出られる。

大金をもらう瞬間というのは、いつでも高揚するものだ。



「そこから仲介手数料として4割引かせて頂きまして、247,800リルになります」



……?


…………んん!?


今、なんて言った……?

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