因縁の相手
今回2話分あります。
区切りの良いところまで進めたかったので……。
なので、今日は実質3話投稿です。
「ありがとうございます。それでは、買取の方に移らさせて頂きます」
本題だ。2倍となれば、413,000リル。庶民の日給41日分になる。
とんだ大金だ。
「通常の買取額206,500リルの倍ということで、413,000リル……」
これだけあれば、例え乗合馬車が出る前にマルクスタ家に見つかったとしても逃げ回ることができるだろう。
野宿の為の用具を買って、馬車を待たずして街の外に出るという強硬策にも出られる。
大金をもらう瞬間というのは、いつでも高揚するものだ。
「そこから仲介手数料として4割引かせて頂きまして、247,800リルになります」
……?
…………んん!?
……今、何て言った?
「ちゅ、仲介手数料……?」
40万が25万に……?
いや、それでも約ひと月分の平均給与に相当するから破格ではある。
だが、買取額2倍という大阪のおばちゃんなら群れを成して店に押し入ってくるであろう滅多にない機会。通常はその半分なので、今回の場合10万ちょいとなる。
高給といえば、高給かもしれないが命を懸けるに値する金額かと言われると疑問が残る。
……いや、待てよ。
脳裏を迷宮内で放置されていた死体たちが過る。
加えて、奴隷という人権を度外視した存在。
そうだった。この世界では、命の価値は極端に低い。僕の倫理観が、異世界に於いておかしいのだ。
だとすれば、猶更。この安い命で得た利益を最大限にまで膨らませる必要がある。
「組合から探索者の方々に支払われる金額は先払いのものとなります。組合は独自の販売網を保有しており、それらに魔石を始めとする迷宮の産物を卸している形となります」
「……なるほど。売れないかもしれないリスクを背負っている。だから、仲介手数料が高めなわけですね」
「……理解が早くて助かります」
要は、魔石に需要がなくなった時でも組合は買い取ってくれる。その時の赤字を補填するのものは何か? それが、常日頃からマージンとして取っている高い仲介手数料なのだろう。
迷宮の魔物を狩る存在がいなくなれば魔物による被害が街に及ぶ可能性がある。そう考えると、組合の存在……延いては探索者の存在は必須となる。金にならなければ探索者が動かない以上、非常時でも金を出せる仕組みは必要だ。
無論、組織を運営するためにも資金は必要となる。慈善事業ではないのだから、当たり前だ。
故に、4割という数字なのだろう。元居た世界の富裕層が稼ぎの6割か7割以上は取られていたことを考えると優しく思えてこなくもない。そこまで取らないのは、社会的に必要な組織だからだろうな……。
と、ここまで理解したうえで。
僕は敢えて口にしよう。
「今回だけ、見逃してもらえません?」
「……はい?」
一転して、今度は僕が低姿勢になる。
「買取額が増えれば増えるほど、仲介手数料が上がるのであれば色を付けても意味合いは薄いでしょう?」
「ですが、全くの無意味ではないですよね?」
はい、仰る通りです。
だが、簡単に引き下がったりはしない。
「そうですか。では、卸先にも2倍の値段で販売されるんですか?」
「いや、そういうことはないかと思いますが……」
「そうですよね?」
正直、受付嬢の担当外のことに付け入るのは可哀そうな気もするが……。
こちらも生活どころか命が掛かっている以上、付け入る隙があるのならばとことん突っ込んでいくまで。
「でしたら、本来の仲介手数料は206,500リルの4割。82,600リルと考えるのが妥当ではありませんか?」
「え、と。そう、かもしれないですが……。規定上、最終額の4割を頂くことになっていますので……」
出たな、規定では~ってやつ。これが出たということは、最早理屈では対抗できないという証左!
あと一押しで、勝てる!
「今回私が受けた損失は、名誉やDランクに相当する探索者の、探索者生命の危機といった、とてもじゃないですが金銭には代えられないものです。それをお金で補填できる、と考えれば多少の道理は無視する価値があるのではないでしょうか?」
簡潔に言おう。脅しである。
僕があれだけ被害を被ったのに、なんでそっちは融通利かせてくれないの? という要求。加えて、組合にとっては迷宮攻略の戦力となり得る人材をへし折ろうとしたよね? という至極単純な恐喝。
僕が幼い頃から嫌っていた存在が使用する手口でもある。やられていたから分かる、そういうもの。
ただ、取り立ての連中と違うのはこちらに正当性があることだ。
何せ、理屈は通っている。
本来の仲介手数料、その倍を取られそうなのだから抵抗して当然だろう。
「彼の仰る通りですよ、カナレさん」
目が泳ぐ受付嬢の視線を逃がすまいと追いかけていると、彼女の背後から上等な服を纏った老人が現れた。
ひと目見た印象は、好々爺といった感じ。孫がいれば、溺愛してそうな雰囲気。
だが、僕には分かる。この人は、やりにくい相手だ。
かつて、家電量販店でバイトのお兄さん相手に値引き交渉をしていたときに、電卓を片手に出てきた現場責任者のおじさんと同じ臭いがする。
定価の半分で買えそうだったのに、最終的には3割引きで手を打たれた屈辱を僕は忘れていない。
「ペーターさん!」
「カナレさん、お疲れ様です。定時過ぎまですみません。今日はもう帰って頂いて良いですよ。あとは私が担当します」
「あ、はい! ありがとうございます!」
受付嬢のお姉さん……カナレさんが喜色満面の様子で奥へと引っ込んでいく。
と、いうか。
「定時とかいう概念あるんですね……」
「私達マレビトの関与する組織だけですよ。有給や休みもあります。知ってます? ここの職場、求人倍率100倍以上なんですよ」
多分、高給取りだろうし……そこに定時や有休なんてものがあれば誰でも働きたいだろうさ。
って……。
「貴方もマレビトなんですか?」
「ええ。如月さん……は、日本人ですよね?」
「あ、はい」
「私はドイツ人です。以前は貿易関係の職に就いていましてね。日本人の方とは頻繁に取引させて頂いておりました」
この人の言葉は本当だろう。何せ、欧米諸国の人たちは東洋人を見ると大概中国人かと聞いてくるから。
「さて、では買取の方を続けさせて頂きます。通常の買取金額が206,500リル。その仲介手数料が82,600リル。買取金額を2倍とさせて頂きまして、413,000リル。そこから82,600リルを引かせてもらいます」
和紙のような薄い紙に、ペーターさんが僕にも分かるよう数字を羅列してくれる。
「合計、330,400リル。こちらでお間違いないでしょうか?」
「は、はい。よ、よろしくお願いします……」
なんだかあっさりと融通を利かせてくれたな……。
「それでは、只今リルの方をお持ち致しますのでお待ちください」
お待ちください、と言われたものの、僅か数秒で彼が戻ってくる。
最初から準備してあったのか。
「こちら、330,400リルになります」
カウンターの上に積み上げられた金貨と銅貨を確認し、財布代わりの皮袋にしまった。
都合、82,600リル損せずに済んだことになる。
これは大きい。
「随分とあっさりされてるんですね」
僕の疑問に対し、ペーターさんが微笑する。
「規則というものは人のためにあります。規則のために人があるわけではありません。規則が柔軟に対応できない以上、人が融通を利かせるのは当然のことでしょう」
「なるほど……」
大人だなぁ、と素直な感想が浮かぶ。僕にはそこまで広い視野で物事を考えることはできそうにない。
「それに、優秀な探索者の方とは良好な関係を築くに限ります。今後も、何卒宜しくお願い致します」
「あ、こちらこそ。よろしくお願いします」
「それと……」
軽く会釈をした後、僕の視界にペーターさんの笑みが映る。
「今後は当組合職員に優しく接して頂けると、助かります」
あー、なるほど。
お金は払うから、次に同じような真似はしないでねってことか。
これは、釘を刺されたな……。
やはり、大人の方が1枚上手ということか。
こうして僕は、試合に勝って勝負に負けるという、何とも言えない結末を迎えた。
――――
迷宮攻略開始から2日目。
脱走してからは3日目になるか。
僕は魔導書に起こされる前に朝を迎えた。
「やあ、オールドマギ」
『契約者よ、おはよう』
「お……」
おはよう、と返そうとしたところで昨日のオールドマギとのやり取りを思い出す。
僕の、先生という言葉に対して『悪くない』とか、『励むように』といったユーモアを解するような言動。
ふと、それを試してみたくなり……。
僕は満面の笑みで魔導書に告げる。
「オールドマギ、おっはー!」
『……!?』
あからさまに魔導書が動揺する。
何せ、字面で驚愕しているわけだし。
「おっはー!」
尚も僕は続ける。
おっはー、とは5年前、つまり2000年の流行語大賞に輝いたナウい言葉である。
転じて、おはようの意。
オールドマギがユーモアを解するのであれば、応じてくれるかも……とは思ったが、いきなりこれはないか。
何せ、昨日のやり取りとは振れ幅が大きすぎる。
知り合いが急に親友面してくるようなものだ。
ま、これは無理か。
「よし、じゃあ出かけるか」
着替え、荷物の点検等支度を終える。
そうして、部屋を出る為オールドマギを引っ掴もうとして……。
彼が、何か言いたげに震えているのに気が付いた。
「オールドマギ?」
『お……』
「……ん?」
何かを言おうとしている。
魔導書が震えながら文字を浮かべる。
『おっはー……』
「お、お前……!」
目頭に熱いものがこみ上げて来そうになる。
総身を震わす、謎の感動。まるで、我が子が初めて2足で立った時のような感情。知らないけど。
「やればできんじゃん!!」
『……』
魔導書は沈黙した。
そして、馬車に乗るまで口を聞いてくれなかった。
……ごめんって。
――――
馬車から降りて、迷宮内に入る。
昨日と同じで、人と会わないよう三叉路で人のいない道を選ぶ。
目指すは迷宮の深部。組合のお姉さんの言葉に従い、今日は浅い層で狩ることはしない。
道中見つかってしまったら、話は別だけど。
「探索者生活2日目で、いきなり深層か……」
『不安か?』
「いや、なんか不思議とそれほどでもないんだよな……。死体も、気が付いたらもう何とも思わなくなっちゃったし。見慣れたのかな?」
『それは追体験の影響だろう』
オールドマギが僕の疑問に答えた。
『技術に伴う形で、精神にも影響を及ぼしたと考えられる』
「前契約者が発狂したのって、記憶の混乱だけじゃなくて精神にも影響があったのかな」
『恐らくは。今回は良い方向に作用しているようだが……』
「あんまり使わない方がいいってことだよな。分かってる」
『ああ』
僕はオールドマギとの親和性が高いので、今のところ特段影響はない。そう思っていたが、こういうところで影響が出て来るとはな……。
どちらかというと、迷宮に対してというよりは、そっちの方が不安だ。
現段階では、自分を見失うようなことはなく、何かを急に思い出せなくったりといったことはないが、今後どうなるかは分からない。
「よっと」
目視にて先方に確認できたスケルトニアをナイフで仕留める。
昨日の組合員との決闘のおかげか、やけに弱く感じる。
「……成長したってことかな」
灰から魔石を取り出し、呟く。
たった1日で、こうも変わるとは思わなかった。
成長というよりは、ドーピングといった表現の方が適切かもしれない。
苦笑を漏らす。
迷宮の暗闇に響く微かな笑い声。
それを掻き消すかのように、前方から濁声が響いた。
「随分と強くなったみてぇじゃねぇか!」
灯火の照らす薄明りの中から、1人の皮鎧を纏った男が現れる。
その男に付き従うように、男の背後から3人の探索者が姿を現した。
「よぉ! 久し振りだな、マルクスタの奴隷」
「お前ッ……!」
先頭にいる男の顔。
忘れなどするものか。あいつは……あいつは!
「1週間ぶりの再会か? 元気してたか?」
こいつは……!
「よくもそんな口がきけたもんだな」
「お、やっぱり元気そうじゃねぇか!」
男の笑い声に、追従の大笑が湧く。
こいつは、こいつは……!
僕を、奴隷商に売り払った男だ……!




