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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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容疑者如月宗一

薄暗い闇の中、魔物の後ろ姿が朧げに浮かんでいる。

警戒を怠り、背後を見せる姿は隙だらけだ。

迷宮内に魔物の軽い足音が響く。その足音に重ね、ゆっくりと感知されないよう距離を詰める。

間合いは既に図っている。


キルレンジ。僕の間合いに入った。


「――っと」


強烈な一歩と共に駆けだす。背後からの強襲。短剣を逆手に、スケルトニアに肉薄する。

敵が僕の存在を感知。だが、遅い。

短剣は既に、お前の鎖骨を砕いている。

力無く項垂れる両腕を尻目に、僕は短剣の柄で魔物の頭蓋骨を粉砕した。


「『コール』」


魔物が灰になったのを確認して、オールドマギを呼び出す。


『手慣れてきたな』


「まあね。油断は禁物だけど」


灰の中から鉱石の如く暗い光を湛えた魔石を拾い上げる。


「鞄の重量もそろそろ限界かな。これ以上は戦闘に支障が出そうだ」


『帰還の頃合いだな』


「そうだね」


進路は既に入り口に向けて取っている。

元々、今日は奥にまで行くつもりはなかった。

偶然剣を持ったスケルトニア亜種と遭遇したものの、深層にまでは到達していない。

帰り道は楽だった。魔物を目にすることもなく、他の探索者を見かけることもなかった。

いや、それは語弊があるか。


「探索者の成れの果て……か」


『死体か』


「行きに見た奴だ。服を剝がれている」


迷宮を進むに連れて、死体を見かける頻度も増えてきた。

嫌悪感は残るものの、初見のときのような失態を犯すことはもうない。

人は、環境に順応する生き物だ。例え、どんなに適応したくなくとも、嫌でも慣れてしまう。


「初日でもう、見慣れてしまうなんてな……」


それどころか、死体の傍でスケルトニアが出現した際には、戦闘の邪魔になるとすら思ってしまった。

死者に敬意はないのか、と嫌悪していた僕だが、そんなものはないのだ。

考える余裕が、ない。迷宮内は常在戦場。感傷が命取りになることがある。

死体の位置把握をして、邪魔だと考えるのは探索者として正解だ。

ただ、人として不正解なだけで。


「僕も徐々に、異世界に毒されてきてるな」


『適応しなければ生きていけない。必要なことだ。

 気に病むことはない』


「……ありがとう」


光が見えてきた。外が近い。

僕は灯の魔法を消す。


「それじゃあ、また後で」


『ああ』


「『エンド』」


魔導書を手元から消し、迷宮を出た。

麓にはアールメウム行きと思しき馬車が停まっている。


「すみません! 乗ります!」


僕は慌てて階段を駆け下り――。


「――ッ!?」


ふと、背後から視線を感じた。

咄嗟に手が腰元の短剣に伸びる。だが、背後を振り返っても誰かがいる様子はない。


「どうした? もう出発するぞ!」


「今行きます!」


御者の声で我に返る。

小走りで馬車に駆け寄り、運賃を支払う。

そうして僕は初日の探索を終え、白鎧迷宮を後にした。


――――


「随分と沢山狩ってきましたね……」


陽が沈み始めた頃、僕は閉店間際の探索者組合にいた。

今日の戦果を金銭に変えるためだ。


買取窓口の女性は、僕が鞄から取り出した魔石と骨の量に驚いていた。

魔石は19個。骨が3つ。魔石の内5個は死体から漁ったものになるが……まあバレないだろう。バレたとしても、僕が魔石狙いで殺害したわけでもないし……。


浅ましいにも程があるが、開き直るしかない。金の重みを、僕はいやというほど思い知っている。


「短剣も扱えるので。魔力が切れても問題なく倒せました」


「た、短剣で倒したんですか……」


どこか奇異なものを見る目。小学生の頃、遠足にパンの耳を弁当として持って行ったとき、同じ目で見られたことがある。

……あれと同じくらい、変わったことをしたのか。


「あの、後学として……どうやって短剣でスケルトニアを倒したのか教えて頂けますか?」


「あ、はい。簡単ですよ。刃は使いません。柄の部分で鎖骨を砕いて敵を無力化。その後に頭蓋骨を破壊すれば討伐できます」


「……正面から、ですか?」


窓口の女性は怪訝そうな顔を隠そうともしない。


「背後からの奇襲が最も容易でしょう。正面の場合は、間合いを図ったうえで敵の関節に打撃を加え、重心を崩す等の施策が必要です」


「……少々お待ち頂いてもいいですか?」


「あ、はい……」


少し考え込むような仕草を見せた後、受付嬢の女性は事務所の方へと引っ込んでいってしまった。

何かやらかしてしまったか……?


「オールドマギ、何か心当たりあるか?」


僕は小声で、手元の魔導書に問いかける。


「『残念ながらない。この程度、ナイフ使いなら出来て当然のことだ』」


「……だよな?」


「『ああ』」


追想で見た記憶の中では、多くのナイフ使いが同様の手口で敵を無力化していた。


対人戦に於いて、剣やメイス等の重い武器は余程の膂力がなければハンデにしかならない。人間は、刺せば死ぬ。急所を突く必要はあるものの、一撃で決着がつくのは他の武器と変わりない。


ならば、機動性を活かすことができ、片手を空けることのできるナイフの方が良い。記憶の中でも、空いた片手で道具を使う人間は多かった。

それに、万が一片腕を負傷しても戦闘を続行できるのは大きい。


「お待たせしました」


僕とオールドマギが思案していると、受付嬢が戻ってきた。

何故か、その傍らには屈強な偉丈夫が控えている。


「え、あの。買取は……?」


「通常、魔術師でもスケルトニアは5体狩ることができれば良い方なんです」


「え、そうなんですか……?」


いや、でもそれはおかしい。


「範囲魔法を駆使すればまだ倒せますよね?」


「如月さんは灯の魔法をお持ちですよね?」


「え、はい。どうしてそれを……?」


「腰元にランタンがありませんから」


……なるほど。

受付嬢が続ける。


「灯の魔法と範囲魔法が使えることは分かりました。それでは、1体の魔物相手にも範囲魔法を使うのですか?」


「いや、普通に単体用の魔法を使いますけど……」


「……やはり」


何かを確信したように、受付嬢が頷いた。


「ボロを出しましたね。1冊の魔導書と契約できる魔法は2つまでです。3つ目の魔法なんてありえないんですよ」


「え?」


おい、オールドマギ。これは一体どういうことだ!?

全力で疑問を投げかけたいところだが、目の前に人がいるが以上それもできない。

心なしか、オールドマギが小刻みに震えている気がする。


「大変申し訳ございませんが……」


受付嬢が、先日とは打って変わった事務的な口調で言う。


「お客様には、探索者殺しの疑惑がかかっております」


探索者生活一日目。

僕は早くも探索者としての生命を絶たれようとしていた。

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