終幕 最悪の旅立ち
短い間に2話あげていますので、話数にお気を付けください。
「受け取れ、我が英雄よ! 『従騎士への施し』」
凛とした声が僕の耳朶を貫いた。
同時に、僕の身体をかつてない充足感が満たしていく。それまでの痛みが嘘のようにひいていき、疲労と引き換えに全身が活力に溢れていくのを感じる。
「なっ……!」
執事の目線が少女から僕の右手へと移る。
僕の肉体を回復するのは飽くまでもついでだと言わんばかりの光景が、そこにはあった。
彼が狼狽したのも刹那。すぐさま壊れた片手剣が振り上げられる。
僕は残り数秒もない魔眼で彼の動作を見上げつつ……。
過去最高の速度で、僕は右腕に握る黒塗りの剣を振った。
「ッ!?」
執事の息を呑む音と共に、剣が弾かれ空を舞う。
僕は、まるで伝説の勇者が佩いているような片手剣を振り上げる。
重さは変化する前の黒短剣と何ら変わりない。羽根のような軽さを持ちながら、威力は執事の握っていた片手剣より遥かに高い。
半壊した片手剣が地に突き刺さる。その剣身は最早ナイフと遜色ないレベルにまで削がれていた。切断された刀身が片手剣の横に音を立てて転がった。
それらの光景を尻目に、僕は叫びながら剣を振り下ろした。
「アイリス――!」
馬の嘶きと共に、宵闇を切り裂くような袈裟懸けが放たれた。
月光を反射する一条の光が闇夜に閃いた。次いで、どす黒い血が空を舞った。
勝者の咆哮にしては悲鳴じみていたかもしれない。眼前の男であれば、まだ平然と立ち上がってくる気さえするからだ。
事実、命を奪った感触はない。魔眼は既に機能を停止し、確認することもできない。
大量の返り血を浴びながら、僕は駆け出した。
視界の端には、こちらをねめつけながら口を動かしている男の姿があった。
何を言っているのかは聞き取れない。だが、恨み言を吐いているのは間違いないだろう。
許してくれとは言わない。後悔もない。ただ、僕が僕であるためにとった行動の結果、こうなっただけだ。
だから、僕は万感の意を込めて一言だけ告げた。
「悪いな」
自身の言葉を置き去るように、脇を駆けていく馬車に飛び乗った。
「宗一!」
背後からオリヴィエの声が聞こえた。どこか甘さを捨てき切れない、追い縋るような声。
僕は黙して振り返らない。
だが、次いで響いた叫び声は予想だにしないものだった。
「私! 諦めないから!」
その言葉に、目を見開いた。
「貴方のこと! 絶対に諦めないから!」
思わず振り返るも、既に彼女の姿は小さくなりつつあった。
だが、確かに。彼女の視線を感じた。
僕の口元が僅かに綻ぶ。
「迷惑な奴だな」
「随分モテるじゃない」
「そんなことはないさ。ただ……」
アイリスのちょっかいに僕は素直に返答する。
荷車の先端に移動し、彼女の背中へ語り掛ける。
「あの様子なら、そう簡単には折れないだろうな」
本当に、迷惑だよ……。ひとりごちる僕に対して、アイリスが振り返って笑った。
「その割にはなんだか嬉しそうじゃない」
「……そうかな」
僕は目線を逸らし、夜空を仰いだ。
澄んだ空には星々が瞬いている。この星のように、僕には沢山の選択肢があった筈だ。
オリヴィエの下につくこと、アイリスと組まないこと、二人の姉弟を救わないこと。
偶然に偶然が重なって、今の僕がいる。そして、幸いなことに僕はオリヴィエにとっての支えである二人を殺さずに済んだ。
死ぬほど苦労したのは確かだけど、結果を見れば万々歳だ。
手元の黒短剣に視線を移す。
こいつにも、助けられた。これが安物のナイフだったら執事の剣戟を受け止めきれずに死んでいただろうし、何より……。
銀髪の少女によって、魔剣のような変貌ぶりを遂げることもなかっただろう。
毛布を被って寝ている少女を見遣る。
彼女は一体、何者なのだろうか。
「宗一を助けたと思ったら気絶しちゃったのよ」
僕が彼女を見ていることを察知して、アイリスが説明してくれた。
「……そっか。起きていたら、色々と聞きたいことがあったんだけどな」
「……」
僕の言葉を聞いて、アイリスが苦い表情を見せる。
何かを知っていそうで、言い出しづらい。そんな顔だ。
僕が問い質そうと声を上げようとした瞬間、それを遮るかのようにオールドマギがパラパラとページを捲った。
『私が話そう』
オールドマギを見て、アイリスは気まずい顔をしたまま正面へと向き直った。
冷たい夜風がオールドマギを扇ぐ。
僕はページの端を抑えて、彼の言葉を待った。
『あの少女が、君をこの世界に召喚した張本人だ。その自覚はないようだがな』
「……そういうことか」
オールドマギから直接告げられて、漸く腑に落ちた。
『冷静だな。知っていたのか?』
「本人が言ってただろ? 我が英雄、って」
それに、魔女も言っていた筈だ。僕を召喚した人間とは既に会っているかもしれないと。
だから、驚きはしない。
ただ……。
「本人に自覚がない、っていうのはどういうことなんだ?」
『彼女は英雄の召喚について知らない。自分が召喚を行った自覚もなかった』
「でも、さっき……」
『ああ。彼女は間違いなく、君の召喚者だ。君が呪いと呼んでいた、彼女を守ろうとする衝動。それが事実を裏付けている。あれは召喚者を守るため、術式に組み込まれたものだからだ』
ここに来て、やっと自分の行動原理を曲げられた謎が解けた。あのときは自分を恨まずにはいられなかったが、オールドマギの言う通りであれば仕方のないことなのだろう。
加えて、僕が執事に勝てたのも彼女がいたからこそだ。
「アイリスは、彼女が僕の召喚者であることをこいつから聞いたんだな?」
「……うん。ごめんね」
「謝る必要なんてないだろ」
後ろめたく思う必要なんてない。何も裏切ってはいないんだから。
さしあたっての問題は、何故彼女に僕を召喚した自覚がないのか。
そして、先程僕に魔法をかけた者は誰なのか。
「オールドマギ。もしかして彼女は二重人格なのか?」
問いかける僕に、オールドマギは何も返さない。
僕に知らない何かを知っているとしたら、こいつしかいない。
先程受けた支援魔法があれば、今後格上と戦う際にかなり役立つ。
故に、彼女の素性を暴くのは必須と言える。
「おい、オールドマギ?」
『……すまない。少し考え事をしていた』
少しして、オールドマギが慌てたように文字を浮かべた。
こいつが変なのは今に始まったことではないが……。何か引っかかることでもあったのだろうか。
もしかして、僕が危険を冒したことを怒っているのだろうか。
「……もっと早く人格交代しろよ、って思ってたのか?」
苦々しく僕が零すと、彼は即座に否定の言葉を浮かべた。
『それは違う。大きなリスクを伴うのだから、躊躇うのは当然だ』
滲むように文字が消えて、先の問いに対する返答が浮かんできた。
『二重人格、という線が現在は濃厚かもしれない。もしかすると、私達のように危機に陥らない限り人格が交代しない……ということも考えられる』
「とんだ面倒なご主人様を抱えちまったもんだなぁ」
彼女が常にあの支援を行ってくれれば迷宮探索も楽になるんだけどな。
「まぁ、仕方ないか」
そう呟き、今後についてアイリスに声をかけようとして……。
ゴホッ、という咳払いが連続して後方から聞こえた。
「どうし――」
どうした、大丈夫か? そう問おうとして、僕は愕然とする。
「……」
少女の弟が、虚ろな目で僕を見ていた。その口元には、僅かに血が滴っている。
再度、彼が咳をした。喉奥から血が吐き出される。
僕は慌てて彼の額に手をあてた。
「っつ!」
触れた手は直射日光を浴びたアスファルトのように熱かった。
喀血、咳、高熱。間違いない。
「……病気だ」
全身から血の気がひいていく思いだった。
僕は慌てて御者台のアイリスへと声をかける。
「おい! 弟の様子がマズい!」
「え!?」
彼女は馬を止めて、荷車の方へとにじり寄ってきた。
「咳と同時に血を吐いている。加えて、高熱だ。この症状に心当たりはあるか?」
僕が手早く説明すると、彼女はかぶりを振った。
何も知らないのかと思いきや、彼女は僕の想像とは正反対の言葉を告げた。
「心当たりが多すぎて分からない。最悪の環境にいたのよ。どんな病気にかかっていてもおかしくない」
「……それもそうだな」
彼女は僕を……ともすると、自身を叱咤するかのように手綱を激しく振った。
馬が啼き、それまでのゆっくりとした足取りから一転して激しく駆けだした。
「……この先を半日ほど進めば宿場があるわ」
アイリスがこちらを振り返らずに呟いた。
「そこに教会がある。医者を除けば、病気に詳しいのは神父様よ」
取り敢えず、何かしらの手段があるようで安心したのも束の間。
彼女が舌打ちしかねない口調で言った。
「ただ、それは一般の人間の場合」
「……そう、だったな」
彼女の言わんとしていることを理解して、僕は歯軋りした。
そうだ。後ろで横になっている二人は……。
僕と同じ、奴隷なのだ。
「密告でもされたらお終いよ。こうなったら、僅かな良心にかけるしかないわ」
「オールドマギ……」
歯噛みして、これまで幾度となく僕を救ってくれた彼に縋る。
だが、僕の望む答えが返ってくることはなく……。
『……彼女の言う通り、症状の当てはまる病気が多すぎる。仮に薬を手に入れたとしても、病名が分からなければ空振りになる可能性もある』
苦々しげな言葉が並ぶ。
抗生剤のような、万能な薬があれば良いのだが……。
この世界には保険証はないし、医学が進んでいるとも思えない。薬だって高価だ。端から買って試すわけにもいかない。
「くそっ、どうすればいいんだよ……!」
――こうして。
晴れてアールメウムから脱出して始まった旅路は、早くも暗澹した様相を見せていた。
奴隷少女の弟を救うにはどうすればいいのか。
魔導王に会うための行う救済とは何か。
魔女の目的はなんなのか。
少女の正体は、英雄とは、召喚とは、他の英雄が何をしているのか。
――僕は、元居た世界に……母の下に帰れるのか。
何も、分からない。
知るべきことは多すぎる。
けれど、これが生きるということなのだ。今まで散々理不尽な目に遭ってきて、そのことはとうに身に沁みている。
人生とは、ままならないものなんだ。
僕はまだ英雄にはほど遠く――。
理不尽なことに……異世界は、僕に牙を剥くのだ。
【お知らせとお願い】
約3ヶ月もの間、本物語にお付き合い頂きありがとうございました。
これにていったん完結となります。
エタらない、と初めにお約束したので序章は必ず書き切ろうと思い、このひと月を駆け抜けました。エタってるじゃん、って思うかもしれませんが辛いんです。もう伸びない小説を書き続けるのは。許してください。
そして、お願いというのはですね……。
先程の話とは矛盾しますが、この話を続けたい、続けさせてください。というものです。
直接的に言うと、ポイント投げてない人は投げてほしい。ブクマしてない人はしてほしい。そして、個人ができる中で一番影響力の大きいレビューを滅茶苦茶してほしい、ということです。
完結させる理由として、数字が取れなかった。結果を残せなかったから、ということが挙げられます。それはつまり、今からでも数字が取れれば完結を撤回することができるわけです。
数字を得るためには何かしらランキングに行く必要があります。
僕は既に二度、この機会を逸しています。11月の間更新のなかった一週間は、この事実を受け止めて尚、序章完結まで書き続けるべきか迷っていたからなんです。
と、いうわけでして。こういった理由で、 いったん 完結と述べたわけです。
悪いのは自分だとは思うのですが、最後に皆さんのお力を頂ければ、と思った次第です。
暫く様子を見て、駄目そうだなと判断したら完結表示に致します。
とはいえ、実は幕間用の話があと二話ありますので……公開できる範囲内の設定と共に、それらの話を今後あげていこうと思います。
これは、数字の問題に関係なく決定事項です。
と、いうわけで。拙い文章、お目汚し失礼致しました。
感想の方もお待ちしております。
できればブクマ、ポイントも含めて全部して下さい。特にレビュー、あれ凄いんですよ……。
続きが読みたい、と思われた方。是非、ご協力お願いいたします。
意地汚くて申し訳ないです。
重ねて、宜しくお願い致します。
それでは、またお会いできることを願って。
結城紅




