災難は突然に。
2か月もすると姫様は初心者修練のダンジョンを卒業
私が姫様と同じ修練を収めるには半年かかったのに
姫様はとても有能でいらっしゃる。私も教え甲斐があるというものだ。
今は千腕の修練窟という巨人族のダンジョンに挑んでいる
ちなみにこのダンジョンの由来は巨人族の 千腕王 が築いた鍛錬の迷宮で
試練をこなした者には宝が与えられると専らのダンジョンだ
因みにアンデッドコリドーと同レベルの宝箱が湧いていて
難易度も、ほぼ同一、ただこちらは巨人族の排除がある分手数だ。
宝箱がミミックだった場合も、姫様手ずからレイピアで処理される。
腕前はというと既に剣術は習得されていてAランク冒険者相当だそうだ。
この調子で行けば半年もしないうちに私のお役は御免となりそうだ。
「先生!全部解除しました!」姫様は宝箱を慣れた手つきで開け
バックパックに宝箱の中身を移し替えている。
ちなみに罠解除に失敗した時は、クラリサさんが状態異常や負傷
全て一瞬のうちに解決している。
「流石姫様ですね、最早私の存在は必要なく
お二人だけでも修練が可能なように感じます。」
私がそう言うと。
「いえ!先生から学ぶ事はまだ山の様にあります!」
と若干怒り気味に頬を膨らませて言う。
「次行きますよ!次!」と言いながら姫様は
次の宝箱のスポーン位置に向かう。
最初の日の隊列が懐かしいくらい今は姫様が先頭を切って移動している。
エティン・オーガ・サイクロプス
全て姫様の体躯の3・4倍は超えようという巨体の
攻撃をひらりとかわしレイピアで突き崩す
そして止めに心臓をレイピアで串刺しにし息の根を止める。
その亡骸に足をかけながら
「見ていてくださいましたか?先生!」
とドヤ顔までがセットだ。
私はその光景を見ると生前飼い猫がネズミを捕らえ
私の目の前に置きドヤ顔をしているのをいつも思い出す。
姫様は猫みたいで可愛いなぁ。
姫様が宝箱のスポーン地点に到達し
私たち二人は少し離れて見守る
これが最近のパターンになっていた。
姫様がカギを開けようとすると
突然その男は現れた。
姫様はその男に長い髪を掴まれ拘束され
レイピアを抜き取られる。
「な…何をする!卑怯者!」姫様は声を上げる
私とクラリサさんは臨戦態勢をとる。
私は冷静を装いその男に問う。
「ハイディングスキルか…何者だ。」
「なーに、バックパックのお宝を全部おいて行けば
この小娘返してやる。」
男は下卑た笑みを浮かべながら言う。
「この無礼者!離せ!」姫様はもがく
「ガタガタうるせぇな!このじゃじゃ馬が!」
男は姫様の髪を後ろにグイと引っ張る。
「いた…い…」姫様の顔が強張る。
私の眉がピクリと動く。
「大人しくしねぇと!てめぇの目ん玉くり抜くぞ!!」
怒声を上げると男は姫様のレイピアを投げ捨て
懐からダガーを取り出し姫様の目にダガーの先端を付きつける。
「ひっ…や…やめ…」姫様の顔が恐怖に染まって行く。
「ならず者よ……はじめは、その子を無事解放するのなら
取引してやっても良いかと思ったが、辞めだ。
お前死ぬ覚悟はできているんだろうな…?」
私は男に殺意を込めて言い放つ。
姫様が見せた初めての恐怖の表情を見て
私の頭には完全に血が上っていた。
「なにっ?」男に隙ができる
「えっ?」私の言葉遣いと殺意に姫様は戸惑いを感じたようだ。
クロノコントロール、スタティック。
私は心で詠唱し時間を止めた。
私は男に歩み寄ると姫様の髪を掴んでいる手首をカタールで
なで斬りにし骨をへし折る。姫様の髪を丁寧に解き
そのまま男の手を手首ごと投げ捨てる。
男のダガーを取り上げ、そちらの手も同様の手順を踏み切り離し投げ捨てる。
これで両手は奪ったからポーションもアイテムも使えないだろう。
アキレス腱はザックリと丁寧にカタールで切断しておく
これでこいつはこの場に倒れ込み、もう動けないだろう。
私は姫様を優しくお姫様抱っこで抱きかかえ
元の位置に戻る。リリース。
時間は動き出す。
抱きかかえている恐怖に怯える姫様と目が合う。
「安心して下さい、もう大丈夫ですよ。
男は姫様に酷い事をしたので私が罰を与えました。
少しの間このまま我慢してくださいね。」
私は精一杯の笑顔と優しさを絞り出し姫様に話しかける。
「せ…先生…怖かった…うぅ…」
声を押し殺すように私にしがみつき姫様は泣いている。
私は男の方に目をやる。男は床に転がっていた。
表情を見るに自分に何が起こったのか理解できていないようだ。
事故などで四肢が欠損するような重症の場合
アドレナリンの過剰分泌及び脳内麻薬エンドルフィンの放出により
痛みを感じない事があるというがそれだろうか。
両の腕から噴出する血液と共に痛みが戻ってきたのか
男は叫びながら地面をのた打ち回り
血だまりは段々と広がって行き、やがて男は失血死し
物言わぬ躯となった。
「さぁ姫様、あの男への罰は終了しました。
降りる事は出来ますか?」私は姫様に聞く。
「もう少し…このまま…。」そう言ってぎゅっと姫様の手に力が入る
「分かりました、大丈夫になったら、言ってください。」
私は姫様の気が落ち着くまで、そのままでいた。
(時間経過)
「先生…ありがとう…もう大丈夫。」そう言うと姫様は地面に立つ。
「今日はお疲れになったでしょう、帰りましょうか?」私が問うと
「いえ、大丈夫です!続けます!」
そう言うと姫様は次の宝箱のスポーン地点へと歩き出した。
それ以来、私は常に姫様の横にスタンバイするように行動した。
意味があって離れていたのだが先ほどの事件は私の落ち度だ。
二度は同じ轍を踏むまい。
その日のその後、姫様は調子に乗られることなく
淡々と修練に勤しんだ。
私ならば帰還を尋ねられた時に帰っていただろう。姫様は芯の強いお方だ。
城に戻り、姫様は王への報告をし、三人は挨拶をし各々の部屋に戻った
部屋へ戻る道すがら私は姫様と一緒に並んで歩いた。
いつもとは違い姫様は私の腕に抱きついていた。
侍女の目もある。普通ならおやめくださいという所だけれど
今日ばかりは何も言わず、そのまま一緒に歩いた。
部屋の分かれ道へ来ても姫様は腕を放してくれないし動こうとしない。
ちょうどソファがあったので、そのまま姫様を膝の上に乗せソファに座り
前世でよく甥っ子や姪っ子を負ぶって聞かせた
子守唄をハミングした。
体をゆっくり左右に振りながら優しく揺らし続けると。
姫様はいつの間にか微睡み、そのまま眠りについた。
当然侍女たちは、その様子を見ていた。
私は姫様を起こさないようお姫様抱っこに持ち替え
侍女の先導で姫様の部屋に行きベッドに寝かせつけた。
「あとの事はよろしくお願いします。」小声で侍女たちに囁くと。
「承知しました。アリシア様有難うございました。」そう囁き返してくれた。
私は自分の部屋に戻り窓の外、遠くを眺めて目を細め
その日は温もりと懐かしさで郷愁に耽りつつ夜は更けていった。