ホームデップで、帰りにトラブル?
瑞樹、真子、私は、学校のシャトルバスから市内のバスに乗り換え、揺られながらホームセンター『ホームデップ』へと向かった。
ネットにテレビに、私の顔が広まっているということで、創也から二度ほど変装を忘れないようにと言われている。よって、私は今、茶髪である。コンタクトは真子に入れてもらって黒い瞳である。
バスに乗り込んだ私は、もしやっ、もしかしなくともっ、という感じで真子と瑞樹と初めて外出することになるのではと気づいた。だから、目的である防犯ブザー購入は少し横に置いといて、この時間を満喫する。
「――そういえば、さっきメールチェックしたらお母さんから来ててね、テレビでウチらの授業が映ってるとこ、見たんだって。道奈ちゃんによろしくって言ってたよ。だから今伝えとくね」
会話の話題はコロコロと変わり、私がテレビに映った話になった。
「…親から私も連絡が来てたわ。私の姿も映ってたみたいで興奮気味だったけど、ただの見切り程度であそこまで反応されてもって感じよ。―――こっちは映ったこと自体、不本意だっていうのに…」
「真子はもうテレビの映像見たんだ」
「ええ、まあ…」
「いいなー。ウチも見てみたい!」
「瑞樹は映ってなかったわよ」
「そうなんだっ。じゃぁ次の番組に期待するかなっ。ウチ、一度もテレビに映ったことないから映ってみたかったんだー。道奈ちゃん、次はいつごろ放送されるの?」
「次は来々月あたりにあるバラエティー番組で流れる予定だったかな。水曜日の夕方七時のやつ」
「…っ! ゴールデンタイムじゃない!」
瑞樹の質問に答えたら、真子が慌てだした。最初の放映日はみんなに教えてたけど、次の放映日はなんとなくしか伝えていなかったからね。でも真子は初耳で驚いて慌てているんじゃなくて、きっと、お昼のワイドショーよりも人が多く視聴する番組だから、余計に目立つじゃないっ、てな感じで嘆いているのだな。最近真子の思考が読めてきた気がする。
「……聞かなかったことにするわ」
そしてこれは、考えてもどうしようもないわいっ、てな感じで、現実逃避に走っているのだろう。良識のある乙女は相手の気持ちを慮って話題をさりげなく変えてあげるものなのだ。
無難にケーキの話題を出してみたりと、しばらくまた会話を続けていく内に、真子の調子も元に戻っていった。また3人で楽しいおしゃべりの時間になったのだが、
それもホームデップに到着して、すぐに状況が変わる。
「ウチは道奈ちゃんと真子が防犯ブザー探してる間、ペットショップにいるからっ。あとでね、じゃっ!」
じゃっ、と言い終わる頃には既に瑞樹は彼方へと小さくなっていた。
「はぁ。いくわよ」
残された私と真子。勢いに押された私はポカンとしており、慣れているらしい真子にため息交じりで引っ張られて防犯コーナーへと進む。
「あったあった」
一度買ったこともあり、目的のものはすぐに見つかった。
防犯ブザーのパッケージを眺めていると、真子から視線を感じて目線を上げる。真子とバッチリ目があった。
「どうしたの?」
「ウィッグにカラコンで結構雰囲気変わるものなのねって、しみじみ感心していただけよ」
「私も最初つけた時、同じこと思ったよ」
「でも、普段の姿で外歩けないなんて、やっぱり目立っていいことないわね」
やっぱりその考えに直結しちゃうのか。
「そうだわ。思い出した。あなたに言いたいことがあったのよ」
「なになに?」
二人きりで学校外にいる所為か、真子がいつもより警戒を緩めていることに気付きながら、私は大人しく続きを待つ。
「風間、林道、火宮、鬼山、薫子を含めた人と私をなるべく関わらせないで」
「へ?」
予想外なお願いに、ポカンとする私。二度目だな。
「ついでに、天雷、鳥羽、不破間には特に。私の存在すら教えちゃダメよ」
その3人に用心しないといけないのはなんとなくわかる。けどそれ以前に、どんな経緯でそんなこと思ったのか。なんでこの人たち限定なのか。しかも呼び捨てだなんて、と色々と疑問はわんさかあった。とりあえず、まずは理由を聞いてみる。
「…なんで?」
「モブの私が関わると碌なことないからよ。モブはモブらしくスポットライトの影にいるのが一番」
「モブって何?」
「…」
「え、なんで黙るの?」
しまった、といった風に口に手を当てる真子。
知らない言葉を口にしたり、創也たちと関わらせないでと言ったり。
目立ちたくないのはわかったけど、なら周りに誰もいない時に創也たちと話すは大丈夫なのかっていうわけではなさそう。話からして、目立ちたくないというよりも、別の理由があるように思えた。
「もういいや、これはあとで瑞樹に聞いてみよっと」
とりあえず、『モブ』の意味さえわかればいいのだから、教えてくれそうにない真子から無理やり聞き出さなくても、私は別に損はしない。そう思って言ったら、諦めたように真子が口を開く。
「…モブっていうのは、『その他』の存在のことをいうわ」
「その他?」
「物語に出てくる登場人物がいるでしょう、それ以外の、いてもいなくても、特段ストーリーに影響しない人物のことよ」
意味は理解したが、まだわからない。
「なんで真子は、自分がモブだって思ってるの?」
「…そうだからよ」
目をそらして、この話はもうしたくないというように、これ以上の追求を拒んでいるのが感じられた。
自分のことを自分でどう思うかは、その人の自由だ。
出会ってまだ数ヶ月の私では分からない、そう断言する理由が自分なりにあるのだろう。
真子がそう思うのが自由なら、逆を言えば、私が真子のことをどう思うのかも、私の自由となる。
「――真子は、私にとっての友達で、瑞樹にとっての親友だよ」
だから、真子の考えに否定もしないし肯定もしない。
その代わりに、私が思っていることは伝えるだけ伝えといた。真子は誰かにとっての大切な存在で、いなくなったらたくさん影響が出る存在なのだと。
目をそらしていた真子の瞳が、また私を映す。
嘘なんかじゃないよ。ほんとだよ、という気持ちを込めて、まっすぐ見つめ返した。
「……早く買って帰るわよ」
ぷいっとそっぽを向きながら真子が言う。
気持ちは伝わったのかわからないけど、言うだけ言ったから、これで十分だ。
真子に同意して、私も何も言わずに真子の隣を歩いた。
市内のバスが、学園の最寄りのバス停についた。
この後は、歩いて学園の門を通った後、学園内にあるシャトルバスのバス停に向かえば、中等部校舎まで到着するというわけだ。
道すがら、他愛もない話で盛り上がりながら、学園の大きな門が見えてきた時、瑞樹が異変に気づく。
「ねぇねぇ、なんか門の前で争ってない?」
「ほんとね」
「どうしたんだろ」
気になるが、あの門を通らないと私たちは帰れないので、歩は止めずに近づいていく。そうすると自然に、より詳しく状況が見えてくるわけで、
「だーかーらー! 何度言ったらわかるのよ! 私の子供がここに通ってるっていってるでしょ!?」
「ですから、そのお子さんのお名前と年齢を伝えていただければ、こちらから確認をとるので――」
「生き別れた息子だって言ってるじゃない!? 名前なんてわかるわけないでしょ!?」
「それでは通すことができないと、なんども――」
「上の人間を出してきなさい! 話にならないわ!」
厚化粧に、盛り盛りの髪型。遠目からでもその女の人の姿は目立った。高いヒールをカツカツと足踏みして苛立ちを示しながら、キーキーと大声で警備員を困らせていた。
私たちも困っている。この女の人がいる限り、門を開けれそうにないのだ。
どうしよう。話に入ったら入ったで、あの面倒な女の人の相手をするのはいやだ。でも早く帰らないと、やることあるし。このままスムーズに行けば、応援団の練習に少しでも参加できるのに。
瑞樹と真子に相談しようと目を向けてみると、瑞樹は別の方向にある景色を堪能して関わらないように徹していて、真子は目を全開まで見開いて、驚愕といった表情をしていた。
見開いた目は、その女の人を向いている。直視である。
「真子、どうしたの? 知り合い?」
「…なんでもないわ」
といいつつも、目線を離すつもりはないらしい。そんな調子の真子を尻目に、私はこの状況をただ見ているばかり。
そんな時だ、ちょうど学園の前を通り過ぎようとしていた一台の黒い車が、Uターンで戻ってきて、一人の男の人が降りてきた。
その男の人はスーツを着ており、清潔に整えられた顎髭に、高そうな腕時計をしていることから、ただならぬ印象を受けた。
顎髭男が警備員と女の人の仲介を取り持ち出す。
女の人をどう説得したかは、距離的に聞こえなかったが、しばらく話した後、男の人が電話で別の車を呼んだようだ。その車に女の人を乗せて、どこかへと走って行ってしまうのを、私たちは見ていた。
それから警備員さんが私たちを通してくれて、無事にシャトルバスのバス停へと向かう。
やれやれ、やっと学校に戻れそうだ。
ただのいざこざとして流した私だが、ずっと考え込んでいる真子を、少しだけ気がかりに思った。
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時は進んで、体育祭の日が間近に迫る今日この頃。
私は水合戦の演習、リレーの練習に、応援団の練習と、体育祭に向けての準備を着々と進めていた傍、日々の勉学と文化祭の演劇の台本覚えもこなしていた。
今夜もいつものように、台本を一通り音読していると、電話がなりだす。
携帯の画面をみると『創也母』の文字が。
「もしもし」
『もしもし、道奈さん? 久しぶりね』
久々に聞く創也母の声。話すのは一緒に買い物をして以来だ。その後、創也伝えで妊娠したと聞かされていたが、なんとなく元気がないように聞こえるのはその為だろうか?
あ、そういえば、あの時は携帯がなかったので、きちんとお祝い伝えれてなかったのを思い出す。
「ご懐妊おめでとうございます。お体の調子はいかがですか?」
『ふふふ、ありがとう。実はつわりがここのところ酷くて、道奈さんをテレビで見て、すぐに電話したくなったのだけど、できなかったのよね。落ち着いたから今ならって思って、電話をかけてみたの。今時間は大丈夫かしら』
「キリのいいところだったので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
それから、少しの間、近況をお互い話していく。創也母は暴走癖があるが、おしゃべりで話が面白いので、話していて楽しく感じるのだ。
『だんだんお腹も大きくなってきたのよ? 体育祭の時は私もいく予定だから、その時はこの子にも挨拶してあげてね」
おおお。創也母の近況はもっぱら妊婦日記のようなもので、聞いていて思わず別の命が自分の中で育つ感覚を想像しまった。
でもやっぱり、いまいち想像できない。
それに、よく考えると、とても不思議なことだ。
生命の神秘にいつまでも浸るわけにもいかないので、話題を変えることにする。兼ねてから創也母に報告しておきたいことがあったのを、思い出したのだ。
「はい、次会うのが楽しみです。――ところで、創也のお母さんに報告があるのですが」
『あらあらまぁまぁ、なぁにー?』
妙な食いつきを感じたが、そのまま構わず続ける。
「創也がですね」
『創也がぁ?』
「女子を、人間として扱っていたのですっ!」
ズバッと報告する。
これまで女子をただの花を眺めるような、女子を人として扱っていなかった創也の態度はここ最近見受けられない。これについて入学前に創也母と話していたのを私はまだ覚えている。
息子の成長を感じて、きっと母親としてさぞ嬉しいだろう、と思っていた私なのだが、
『…まあ、それは、嬉しいことだわね』
少しがっかりしている口調なのは、なぜだっ。説明が足りないのだな。よし、もっと詳しく言ってあげよう。
「水合戦という体育祭の種目の練習時間で創也の周りに群がっていた女子たちを冷たい態度であしらっていたんです。柔らかい笑顔で適当に流していた今までの創也はもういないのですっ」
『…そういうこと』
何か理解したような言い方だが、本当にわかってくれたのか、未だわからず。
「…あの、嬉しくないのですか?」
黙り込んでしまった創也母に恐る恐る聞いてみる。
『…ん? ええ、さっきも言ったように、もちろん嬉しいわよ。――ところで質問なのだけど、もし、創也がいなくなるって知ったら、どう思うかしら?』
突拍子もない質問だが、考えてみる。
いつもの日常の記憶から、創也を消してみた。
「…つまらないと思います。あと、寂しさも感じます」
心で感じたものをそのまま伝えた。
『つまらない、ねぇ。…ちょーっと創也に話す用事ができたから、私はここで切るわね。体育祭で会いましょう』
「はい、お電話できて良かったです。では、また今度」
創也が創也母と話してて疲れると言っていた意味がなんとなくわかった気がした。あれだな。創也母は突拍子もない行動が多いから、振り回されて疲れてしまうのだ。
創也、頑張れ。
電話を切りながら、心の中で応援してから、台本の音読を再開した。
体育祭まであと数日…、この調子で乗り切るぞ!




