三年生(3)
次の日、午前中に国王陛下たちが部屋に訪ねてきた。
昨日のようにお茶を入れてもらい人払いをしてから陛下は切り出した。
「朝から申し訳ない。私たちも王宮を長く空けておけないので」
国王陛下や王太子、宰相であるお父様まで長く王宮を不在にしておけないのはすごくよくわかる。というか今現在不在にしているのもものすごく異例のことだろう。
「早速だが、あなたの身は王宮で預からせていただきたい」
「あの、私はこれから王宮で暮らすということでしょうか」
おかあさんはものすごく不安そうだ。私にとっておかあさんはいつも相談に乗ってくれ支えてくれる心強い存在だった。そんなおかあさんが心細いような頼りなげな表情を浮かべている。
「私としてはあなたが望めば王位も——」
「それは無理です!」
おかあさんは急いで否定した。
「いや、これは性急すぎたな。もちろんこれから必要な教育を受けたうえでのことになるが」
「あの……私がマリアレーテ王女なのだということは何とか理解しました。実感はありませんが……でも!でも私は既に嫁いだ身です。平民で孤児のオリバーの妻です。ですから平民であることには変わりありません」
「しかしその夫は……」
「オリバーは帰ってきます!! 絶対に!」
おかあさんの剣幕に気おされたように国王陛下は少し口をつぐんだ。
「そうか……しかしあなたを王宮で預からせてもらうことは決定事項だ。これは譲れない。あなたが王位を望まないのであればあなたの夫が帰ってきた暁にはしかるべき爵位を授けることになるだろう。それまでは王族として過ごしてもらう」
「今まで通りメイドというわけには……」
「それは無理だ。私たちもあなたもあなたの素性を知った。いくら秘密にしていても知るものは増えていくだろう。あなたの安全のためにも、あなたを利用させないためにも王宮で保護をする。そして国民にもあなたのことを公表するつもりだ」
おかあさんはしばらく目を瞑っていた。再び目を開けた時には目に力が戻っていた。いつものおかあさんの眼だった。
「わかりました。これからよろしくお願いいたします」
おかあさんが頭を下げると国王陛下はやっと肩の力が抜けたようで優しく微笑んだ。ジークに似た微笑みだった。やっぱり親子だなあなんて考えているとおかあさんがもう一度口を開いた。
「ヴィヴィのことはどうなりますか?」
「ヴィヴィアーネ嬢はあなたの娘だ。もちろん王族となる」
「ジークハルト殿下との婚約は?」
「本人たちの不満がなければもちろん続行となる。むしろ望まれることになるだろう。先王の娘であるあなたの子のヴィヴィアーネ嬢と婚姻することはジークが王位を継ぐことに正当性を与えることになるだろうからな」
「それなら私には何の不満もありませんわ」
おかあさんは微笑んだ。
さすがはおかあさんだ。さっきまで不安そうな眼をしていたのにもう対等に国王陛下とお話をしている。私が感心していると陛下は私に向き直った。
「そこでだヴィヴィアーネ嬢、マリアレーテ王女はこれから王都に向かってもらうとして、君も一緒に王都に来てもらいたい」
「はい、学院のほうは多少お休みしても私は構いませんが」
私もおかあさんが一人で慣れない王宮に行くのは心配だ。落ち着くまで傍についていてあげたい。
「いや、異例のことではあるが王宮で教育を受けてもらいたいんだ。君の今のカリキュラムは一人の授業が多いと聞いた。クラスで受ける授業内容も王宮で王太子妃教育や王族教育を受ければ何ら問題はないということだ。そして魔術の授業はアルブレヒトに王宮に来てもらえばいい」
私もこれから王宮で暮らす? ジークと婚約してからは数年後はそうなるんだろうなと漠然とは考えていたことだけど……
「君から学生生活や友人との触れ合いを奪ってしまうのは心苦しいが……もちろんこの学院でしか受けられない授業、特に竜の森での演習の際にはここに戻ってきて参加してもらうことになる。幸いなことに君は竜に乗れるから誰かに送らせることができる。移動時間は短くて済む」
カールやアリー、トーマスたちと離れるのは寂しい。いろいろあったけど学院は自由だった。ジークに会えることは嬉しいしおかあさんを一人にはしたくない。
寂しさと嬉しさとおかあさんを放っておけない思いと色々なものが入り混じりながらも私は了承した。
「あの、友達と話すことはできますか?」
アリーたちとこのまま別れたくはなかった。
「そうだな……君たちのことはいずれ王家から発表するがそれまで秘密を守れるのであれば。そして人数は最低限に抑えてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
急遽私とおかあさんは王都に向かうことになった。出発は明日。必要最低限の荷物だけを持っていく。
私とおかあさんは荷造りのために寮に戻った。生徒は授業中の時間なので寮は閑散としている。
学院の女性職員が数名手伝いに派遣され騎士も一名ドアの外に待機していた。寮の外では更に数名の騎士が護衛に当たるという徹底ぶりだった。
陛下やお父様、ジークは一足先に竜で王都に戻るため、王都まで護衛してくれる騎士を紹介してくれた。
護衛騎士は十名。隊長を務めるのはユストゥス・クラフト様という三十歳くらいの人だった。
お父様に紹介されたその人はおかあさんを見るなり歓声を上げた。
「ヒューー! こんな綺麗な人の護衛ができるなんて光栄だなぁ! よろしくお願いするっす!」
おかあさんの手を握ろうとしてお父様に阻止される。
フーベルトゥス騎士団長が苦笑しながら言った。
「こいつはこの軽薄な性格のおかげで未だに独身で、小隊長ですが腕だけは確かです」
お父様もおかあさんに言った。
「マリアレーテ様、こいつは不埒な真似は多分? しませんが不埒な言葉は言うかもしれません。後で私に報告してください」
おかあさんはにっこり笑って頷いた。
「旦那様、私は小娘じゃありませんから大丈夫ですわ」
お父様はその言葉を聞いてなぜかちょっとワタワタした後、おかあさんにそっと耳打ちをした。
「マリアレーテ様、旦那様と言うのは……ご勘弁願いたい。その……ヴィヴィがお父様と言ってあなたが旦那様と言うと……」
おかあさんはあっ! という顔をした。メイド服の時は旦那様と言っても違和感なかったが今のおかあさんは貴族の夫人のような恰好をしている。その恰好で「旦那様」と言うとまるで……
「すみません、だん……アウフミュラー侯爵様」
おかあさんは顔を真っ赤にして謝っていた。
真赤な顔をパタパタと手で仰いだおかあさんは顔色がちょっと静まると、改めてクラフト様に向き直って言った。
「私に対しては多少大目に見ますが娘に不埒な言動をしたら許しませんわよ」
「あっ、大丈夫っす。俺、子供は守備範囲外なんで」
クラフト様はフーベルトゥス騎士団長に拳骨を貰っていた。
ジークがボソッと呟く。
「やっぱり僕もヴィヴィと一緒に馬車で帰ろうかな」
「ジーク、フィリップの頭から角が生えるぞ。フィリップを押しとどめてお前がここに来たんだからな」
陛下に言われてジークは渋々と言った感じで「ヴィヴィ、王宮で待ってるから」と諦めた。
その日の午後、国王陛下やジークたちが帰るのを見送るために学院の竜場に向かった。
学院はまだ授業中の為この竜場に来る生徒はいない。だけど赤竜や青竜、そしてジークの黒竜が空を飛ぶ様を見た生徒は、何事だろうとそわそわしていることだろう。
竜場にはジークの黒竜を始め陛下やお父様、フーベルトゥス騎士団長の赤竜、そして陛下の護衛の為の竜騎士団第三隊がスタンバっていた。
「じゃあ......王宮で待っているからね」
名残惜し気にジークがイグナーツの方に歩きかけた時、新たに一頭の青竜が飛んでくるのが見えた。
その青竜が竜場に着地すると背から降りた竜騎士が急ぎ足でフーベルトゥス騎士団長に駆け寄る。
「なに!?」
フーベルトゥス騎士団長の大きな声が聞こえた。
ただならぬ雰囲気を感じてみんながフーベルトゥス騎士団長の近くに集まる。
フーベルトゥス騎士団長は私とおかあさんを見て一瞬躊躇ったのちに口を開いた。
「女性には聞かせたくない話ですが……」
「私たちに関係のない話ならヴィヴィと私は離れています。関係のある話なら聞かせてください」
おかあさんが私を見たので私も頷いた。
おかあさんはこの二日ですごく強くなったと思う。ううん、強いのは元からだ。私が記憶が無かった間、おかあさんは親子だと一度も悟らせることなく私を見守ってくれていた。おとうさんがいなくなって私とも親子として過ごせなくなって辛いこともいっぱいあっただろうに、おかあさんはいつも穏やかに微笑んで私を支えてくれた。
だけどメイドのマリアとしてだったらおかあさんは私をかかわらせまいとこの場から離れていたと思う。
おかあさんの強い瞳を見てフーベルトゥス騎士団長は口を開いた。
「囚人護送馬車が襲われました」
「被害は?」
陛下の言葉に眉間に深い皺を刻みながらフーベルトゥス騎士団長が答える。
「上空から確認しただけで確かではありませんが、護送されていたパルミロの部下や護送兵士、御者、全員死亡している可能性が高いとのことです」
私は息を呑んだ。
私とおかあさんを襲ったパルミロの一味はパルミロこそ逃したものの残りの三人は捕縛した。王都で捕縛したコズモ商会の従業員やパルミロの屋敷で働いていた人たちはパルミロの正体について知らなかったけど、ここまでパルミロと行動を共にしていた部下はトシュタイン王国の人間である可能性が高い。
どういうルートでこの国に入国したのか? 協力者は? 今回の事件の目的は? 潜伏先は? 知りたい情報は沢山あった。
だから通常は囚人護送馬車に付き添う護送兵は三~五名のところを倍の十名に増やし、竜騎士二名が上空から監視するという体制をとったのだ。
その護送馬車は二日前に学院を出発していた。
馬車が襲われたのはここから北にある山間部。木々が生い茂り見通しが最も悪い場所。上空の竜から馬車は常に見えているわけではない。山道を走る馬車は木立の隙間から見え隠れしながら走って行く。木々の隙間からもう見えてもいいタイミングでも馬車がなかなか姿を現さないことを不審に感じた竜騎士がギリギリの低空飛行で馬車を襲っている賊を発見した。ウォンドで攻撃したものの仕留めたのは一人で、後は逃げられてしまった。
麓の町に一人が急行し、兵を出してもらい、もう一人の竜騎士が急遽ここまで飛んできたという事だった。
兵士は騎士とは違うとはいえ、それなりに戦闘訓練を積んでいる。その兵士が十名もあっさり(かどうかはわからないけれど)殺されてしまった。襲った賊というのは相当な手練れの集団なのかもしれない。
不意にマーベルの町で見たパックリ喉を裂かれたハシュテットを思い出して私は鳥肌が立った腕を擦った。
「ヴィヴィ、大丈夫?」
ジークの心配そうな瞳に頷く。
大丈夫とは言えないかもしれないけれど、知らされないよりはずっといい。
「あ……アンゲリカは?」
確か彼女も一緒に護送された筈。おかあさんに光線を放ったアンゲリカを許すつもりは無いけれど、死んで良かったとは思えない。
「地面に座り込んでいる女性が一人見えました。その女性がアンゲリカ・ウルプル嬢かどうかはまだ確認はとれておりませんがおそらく存命と思われます。怪我をしているかどうかはわかりません」
フーベルトゥス騎士団長に視線を向けられた竜騎士が答えるのを聞いて、私はホッと吐息を漏らした。
「竜騎士隊第三隊を二つに分ける。半分は私と一緒に王都に最速で戻るが半分はマリアレーテ殿を護衛しつつ王都に帰還せよ」
陛下の言葉に整列していた第三隊が一斉に騎士の礼をした。
「私も馬車でヴィヴィと一緒に帰ります」
ジークのその言葉に陛下は首を横に振った。
「パルミロの件はお前が主導で調査を行っていた。至急王宮に帰りすべきことは沢山ある」
「しかし、ヴィヴィの乗った馬車が襲われる危険も......」
「馬車には私が同乗しよう」
振り返るとその言葉を発したのは私たちと一緒に陛下たちの見送りに来ていたアルブレヒト先生だった。
「私は急いで王宮に帰る必要はない。それにこの先王宮でヴィヴィアーネに魔術を教えるのだから一緒に王宮に向かっても問題ない。心配しなくてもヴィヴィアーネとマリアレーテ殿下は私が守ろう」
アルブレヒト先生は騎士ではないけれど、ジークや私の魔術の先生だけあって魔術の腕は一級品だ。ウォンドの扱いも慣れている。
それに続いてクラフト様も口を開いた。
「王太子殿下、王女様たちは俺と俺の隊が護衛するんすよ。俺の隊は美人を守るときは通常の二倍、いや五倍強くなりますからね、千人の賊が襲ってきたってチョチョイのチョイっすから大船に乗ったつもりで待っていてくださいよ」
ジークは苦笑してアルブレヒト先生とクラフト様の手を握った。
「よろしく頼みます」
「よろしく頼みますね、クラフト様」
おかあさんと私も続けるとクラフト様はチッチッと人差し指を口の前に立てた。
「硬いっすよ。俺の事はユストゥスと呼んでください。間違っても様なんて付けないで欲しいっすね。なんならユスちゃんでもいいっすけど」
クラフト様改めユストゥスは軽薄な性格だとフーベルトゥス騎士団長は言ったけど、ユストゥスのおかげで場の雰囲気は随分明るくなった。
ジークたちを見送って荷造りも終わった夕方、私とおかあさんは貴賓室に戻った。
アリーやカールたちのところに行こうと思ったが騒ぎになると言われてこっそり呼んできてもらうことにした。呼んできてもらうのはアリー、カール、トーマスの三人だ。リーネにもお別れの挨拶をしたかったがリーネは伯爵家の令嬢で家のしがらみなどがあるのでかえって教えない方がいいと判断した。
アリーたちはおっかなびっくり貴賓室にやってきたが部屋の中にいるのが私だとわかると駆け寄ってきた。
「ヴィヴィ! 心配したわ!」
「そうだぞ! お前また休んでいただろ。怪我したとか犯人の一味だとかいろんな噂が飛び交っているんだ」
トーマスもうんうんと頷いている。
数日前のパルミロの騒動はパルミロの手下が騎士と戦ったり、その後騎士たちが学院の敷地内を探し回ったりしたおかげで学生たちの知るところとなり大騒ぎになっているようだった。
学生たちには詳細は知らされていない為凶悪犯が学院に潜入したとか、生徒に内通者がいるとか、いや襲われた生徒がいるとかいろいろな噂が飛び交っているらしい。
「それで、お前どうしてこんなところにいるんだ?」
それにはまずメイドのマリアが私の本当のおかあさんだというところから説明しなくてはならない。
そしてあることが切っ掛けで(そこの事情は伏せたけど)おかあさんの背中に魔力封印の印があることがわかった。そしてその印に刻まれた紋章は……
「王家の? え? マリアさんが昔亡くなられたと思われていたマリアレーテ王女? え?」
「ヴィヴィが……王女様の子供……」
話している途中でおかあさんがお茶を持ってきてくれた。
おかあさんを見て三人はまたポカ――ンとしていた。メイドのマリアは何度も会ったことがあるけど眼鏡を外したおかあさんを見るのは初めてだったのだ。そういえば魔道具の眼鏡をジークに渡した去年の夏以来バタバタしていたから基本寮の私の部屋にいるおかあさんと間近で顔を合わせる機会は無かったかも。
「ひっひえっ! お、王女様にお茶を入れていたたたただくなんて……」
アリーにつられ三人が平伏しそうになったのでまいった。
「それは一旦忘れて!! 私もおかあさんも何も変わっていないわ!」
三人はやっと落ち着いて話を聞いてくれた。そして絶対に他言しないと約束してくれた。家族にも。
その後は色々な話をして名残を惜しみ、手紙を書くからと約束をして三人は帰って行った。
そうして翌朝、私とおかあさんは王都へ向かったのだった。




