国王と側近会議
王宮の宰相執務室で仕事をするルードルフのもとにある知らせがもたらされた。
刑務の長官からもたらされたその報告を持ってルードルフは国王の執務室に急いだ。
執務室の前の衛兵が扉を開けルードルフが入室する。ルードルフが入室すると国王ヘンドリックは近衛騎士団長のフーベルトゥスと筆頭侍従のノルベルトを除く全員を退出させ部屋に防音の結界を張った。
ノルベルトが全員にお茶を入れ四人がソファーに腰を下ろすとフーベルトゥスが国王に報告をした。
この会議は今では定期的に非公式で開かれておりここでの話し合いで王家の方針や政治的決定を下すようになってきていた。
今までもフーベルトゥスやノルベルトは国王の側近として個人的に助言等を行ってきたが、王太子ジークハルトの婚約問題以降定期的に四人で話し合うようになった。
ルードルフとヘンドリックは当事者の親であるので第三者の意見、派閥争いやおべっか等を取り除いた意見を貰えるのは有り難かった。
但し今日の議題はジークと関係ない話である。いや、きっかけはジークの報告(元はと言えばはヴィヴィの暴走)にあるのだから無関係ではない。
「マーベルの町の隠れ家の調査が終わりました」
ジャンとベニート、この二人は昨年の夏ルードルフの領地で密猟をしようと企み子竜を捕え、ヴィヴィを誘拐までしたのだが牢から逃げ出していた。この時もヴィヴィの証言からトシュタイン王国が関与していることが報告されたが証拠がなかった。そして今年の夏、竜の森で捕縛された後も頑として黙秘を貫いていたのだ。
「トシュタイン王国が言い逃れできないような証拠が出て来たのか?」
「はい、ジークハルト殿下のお手柄ですな。殿下の報告にあった通りトシュタイン王国第三王子ガスパレの密書と第三王子が与えた指輪が隠してありました。指輪は第三王子の紋章が刻まれており、トシュタイン王国への入国や、物資を調達するときに優遇されるように与えられたものと判明しました」
「トシュタイン王国の王子が証拠を残していたのか。珍しいな」
ヘンドリックが言うと皆が頷いた。トシュタイン王国は大小さまざまな悪事を仕掛けてくるが大概は証拠を残さず悪事が露見すると実行犯を切り捨て知らぬ存ぜぬを貫くのである。仮令どんなに状況がトシュタイン王国の関与を指し示していても、時には密書が見つかっても密書には決定的な言葉は書かず実行犯の独断だと言い逃れるのである。
「密書にはしっかりと王子の指示が書かれているのですか?」
ノルベルトの問いかけにフーベルトゥスが応える。
「ああ。しっかりと第三王子ガスパレの名前で我が国の竜を密猟することと令嬢を誘拐するよう指示が出されている。捕らえたジャンという男はかなり用心深い男で昨年捕らえたときは今回の相棒ベニートという男以外の部下を皆殺しにして逃げた。証拠や足が付くことを恐れたためだ。そうだったな。ルードルフ」
ルードルフは頷くとフーベルトゥスから引き継いで話した。
「ジャンは用心深い男だったから王族から都合よく使い捨てられることを恐れて動かぬ証拠を隠していたのだろう。そしてそれを助言した者がいる」
「マーベルの町で殺されたフォクト商会のハシュテットとかいう男か? 惜しい事をしたな。生きていればもっといろいろな情報を引き出せたかもしれない」
「いや……」
フーベルトゥスの言葉に首を横に振って、ルードルフは一拍置いた。
「トシュタイン王国の第八王子だ」
「第八王子? トシュタインの王の子供は王子が七人と王女が五人ではなかったか?」
ヘンドリックの問いかけにルードルフは頷いた。これこそが刑務の長官から新たにもたらされた報告だった。
頑なに口を閉ざしていたジャンとベニートだったが、隠れ家が見つかったこと、そしてこの国で色々なおぜん立てを手伝っていたハシュテットが殺されたことで、彼等の命を保証することを引き換えに口を割り始めたのだ。
上手く飴と鞭を使い分けて揺さぶりをかけた長官のお手柄でもある。
「ジャンの証言によると王子と認定されなかった八番目の王子がいるそうです。トシュタイン王国の王子は生まれると独立した宮を与えられ、成人すれば領地と兵を与えられます。それを使って功績を立て、最も功績を上げた者が次期王になる、という仕組みですが、その王子には一切与えられなかったらしいとジャンは証言しています」
「へえ、幻の第八王子か。生まれた時から、という事は何かやらかした訳でもない。どうして認められなかったんだ? 王の子供ではなかったのか?」
フーベルトゥスの問いかけにルードルフは首を横に振った。
「ジャンはそこまでは知らないらしい。ハシュテットなら知っていたかもしれないが」
「殺されたのが悔やまれますな」
「まあそれはしょうがない。ロットナー伯爵を責められぬだろう。捕まえた時はただの小悪党だと思っていたのだから」
ノルベルトの言葉をヘンドリックが窘める。ノルベルトもそこは十分理解していた。
「で? その第八王子は助言以外にどうかかわってくるんだ?」
フーベルトゥスの問いかけにルードルフは手元の書類に目を落とす。
「ジャンはハシュテットを殺したのは第八王子とその部下に違いないと恐れているそうです」
「おいおい、という事は第八王子は我が国にいるという事か? 王子が暗殺者まがいの事をしていると?」
苦笑気味にフーベルトゥスが問いかけるがルードルフは真剣な顔で受け止めた。
「我が国にいるのは間違いない。昨年、ヴィヴィが誘拐された時にジャンと行動を共にしていたそうだ。私の領騎士たちがアジトに踏み込んだ時は影も形も見えなかったがね。その後どこに行ったのかはジャンは知らないが、ハシュテットとは連絡を取っていたらしい。ジャンの言葉通り言うと『ガキのような無害なツラをしてやべえヤツ』らしい」
「という事はまだ子供か? 第七は二十代前半だったか?」
フーベルトゥスが呆れた声をあげた。と、ふと気がついたようにノルベルトがルードルフに問いかけた。
「もしかしてヴィヴィアーネ嬢が誘拐された時にその第八王子を見ていませんか?」
「いや、特には聞いていないが……そうだな、一度確かめる必要があるな」
「その第八王子の名前はわかっているのか?」
ヘンドリックの問いかけにルードルフはもう一度書類に目を落とした。
「名前はアメディオ。歳はわかりません。アメディオは王子として認められなかったために殿下ではなく若様と呼ばれていたそうです」
ふーとヘンドリックは息を吐いた。
「第八王子の事は一旦置いておくとして......今回見つかった証拠によりトシュタイン王国に揺さぶりをかけられそうだな。まずは糾弾する書簡をトシュタイン王国の国王に送ろう。しらを切るようだったら以前のように竜騎士隊でトシュタインの王宮に乗り込むか」
ニヤッと笑うと他の三人も笑みを浮かべた。
「乗り込むのに反対はしませんが……また陛下自ら向かわれるおつもりで?」
「俺は行くぞ。今度は俺があいつらの首を撥ねてやる」
ヘンドリックより先に答えるフーベルトゥスの勢いにルードルフは少し笑みを漏らしたが、すぐに表情を引き締め報告の続きを行う。
「それから、もう一つ重要な報告が。ジャンと相棒のベニートを竜の森に引き入れたのはウルプル伯領にある門の騎士でした。手引きしたのはハシュテットです。ハシュテットはウルプル伯領内にある悪徳カジノの店主とつるみ騎士たちをカジノに引きずり込み多額の借金を負わせた挙句、ジャンとベニートが門を通ることを黙認すれば借金は帳消しにすると脅したそうです」
先ほどの勢いを一瞬でひっこめたフーベルトゥスが続いて報告する。
「その三名は既に除名処分とし牢に収監していますが、騎士団全体でも普段の素行や金遣いなど問題があるものがいないか調査中です。最近少し気が緩んで風紀が乱れていたようだ。面目ない」
もう一度ルードルフが言葉を引き継いだ。
「ウルプル伯領の悪徳カジノの店主や従業員も捕縛済みですがウルプル伯領はかなり治安が乱れているようです。ウルプル伯爵についても何らかの処罰が必要と思われます」
「ルードルフの従兄弟じゃなかったか?」
「とっくの昔に縁を切りました」
ヘンドリックの問いかけにルードルフは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「ジャンという男は捕まった時に竜を密猟して素材を集めていたらしいが令嬢の誘拐はしていなかったのですか?」
ノルベルトが聞くとルードルフは難しい顔をした。
「それなのですが……昨年の夏我が娘ヴィヴィアーネが誘拐されましたがすぐ救出できました。その後誘拐かどうかはわかりませんが貴族の令嬢の失踪事件は三件起きています。しかし時期は今年の春から夏にかけて。つまりジャンの犯行とは言えない時期です」
「失踪なのか……誘拐ではないのか?」
ヘンドリックは疑わしげだがルードルフはどちらとも言えなかった。
「それについては調査中ですが、身代金などを要求する誘拐事件ではありません。失踪した令嬢たちに共通した何かがあるのか関係者から話を聞いている段階です。しかし失踪は外聞が悪いので伏せている家も多く難航している状態です」
「そちらはもう少し時間がかかりそうだな」
「はい、今回我が国でトシュタイン王国の者を手引きしたり匿っていたハシュテットは殺害された訳ですが、他にそのような密偵がいないとも限りません。と同時にウルプル伯領の騎士のように弱みを握られ、または己の利益の為にトシュタイン王国に協力する者がいないとも限りません」
「そうだな。我が国も他国へ密偵を送っている。まあ、主な目的は情報収集でその国で犯罪を犯したりするわけではないが……」
ヘンドリックの言葉を受けてフーベルトゥスが続ける。
「騎士団の第四隊も頑張っているが、市井に紛れている密偵を全て洗い出すことは不可能だ。犯罪に加担している者を根気よくあぶりだして芽を摘んでいくしかないのだろうな」
「貴族や社会的に影響力がある者がトシュタイン王国の甘言に乗らないかも見極める必要があります」
「私も王宮に出入りする者に目を配りましょう」
ルードルフ、ノルベルトの発言に頷いたヘンドリックであったが、一つ注意喚起をした。
「ご苦労だがよろしく頼む。しかしやりすぎには注意してくれ。全てを疑いの目で見てしまえば忠義の徒を減らすことになりかねん」
「「「御意」」」
三人が声を揃えて答える。
この有能な三人が支えてくれることはヘンドリックの治世において何よりの強みであった。
「そろそろ竜の契約時期ですな」
会議も一段落してなにげなくルードルフが呟くとノルベルトとフーベルトゥスは両手を組み祈るような顔つきになった。
「そうか……今年はジークハルト殿下の……」
王太子が竜と契約を結ぶ……それは特別な意味を持つ。
特に今回は……
王家から黒竜が居なくなって久しい。
先王が崩御されてから王家に黒竜は存在しない。ヘンドリックが竜と契約したときは公爵家の令息で契約竜は赤竜だった。
平民はヘンドリックの治世に不満を抱いていないまでも王家に黒竜が居ないことに不安を感じている。そしてそれは貴族も同様で、特に前王の時代、数多の竜を従え黒竜に乗る王の雄姿を知っている者は顕著だった。
親の契約竜が黒竜でもその後臣籍降下すれば子の契約竜は黒竜にはならない。この国の不思議である。では、親の契約竜が赤竜でもその後王家に入れば子の契約竜は黒竜になるのだろうか?
こればかりは誰もわからない。しかしルードルフ達三人は先王に頼まれて養子に入り国王の重責を担い、最愛の妻を殺されてなおこの国のために努力を惜しまない目の前の男、国王ヘンドリックのために祈らずにはいられなかった。
王太子ジークハルトの契約竜が黒竜であって欲しいと。




