二年生(1)
冬期休暇が終わる直前、トーマスのお姉さまは家に帰ってきたそうだ。
友達の家にお世話になっていたと言ったそうだが誰にお世話になっていたかは言わなかったらしい。
婚約者とも結婚すると言ったため、家出は無かったことになった。トーマスは釈然としなかったそうだが両親は喜び、婚約者に家出や婚約を止めたいと言ったことは教えていなかったのでそのまま結婚することになりそうだとトーマスは言った。納得はしていない口ぶりだったが。
私たちは冬期休暇が終わる直前、トーマスからお姉さまが帰ってきたことと心配かけてすまなかったというお詫びの手紙を受け取った。
詳細を聞いたのは学院に戻ってからである。
学院に戻り、初々しい新入生を迎え私たちは二年生になった。
新しい二年生の教室に入る。一年の最後の親睦会で親しくなったみんなと挨拶を交わした。このクラスは二年生までだ。三年生からはコースに分かれるためコースごとのクラスになる。
そして二年生前期の目玉は何と言ってもクラス対抗戦だろう。
クラス対抗戦はなんと竜の森で行われる。
私たちは竜の森に初めて足を踏み入れるのである。と言っても竜の森は広大なので私たちは学院の南東にある門から比較的近い場所、危険が少ないエリアにしか入れない。
前期初日のお昼休み。私たちはサロンを借りて昼食を摂っていた。
私たちがサロンを借りるのは珍しいが、今日はトーマスのお姉さんの話をほかの人に聞かれたくなかったためサロンを借りた。サロンに集まったメンバーは私、トーマス、カール、アリーのほかにヘンデルス様とリーネだ。
ヘンデルス様とリーネはお茶会情報を集める過程で協力してもらっていた。もちろんトーマスに許可を取ってからだ。
「みんな、ご心配おかけしました」
トーマスが頭を下げた。
「お姉さま、戻ってきて良かったわね」
アリーの言葉にみんなが賛同し、トーマスは小さい声ながらもお姉さまが戻ってきた後の事情を話した。
「結局お姉さまはどこにいたのかを仰らなかったの?」
リーネの言葉にトーマスは頷いた。
「今更なのかもしれないけれど……」
アリーがお茶会について調べたことを話し始めた。
「近頃王都のお茶会で話題になっている商会があるそうなの」
「私も聞いたわ。その商会のご子息をお茶会に招くと令嬢が欲しがるような商品を格安で売ってくれるんですって。それにそのご子息が……お顔立ちが整っていて女性にもすごく優しい方でメロメロになってしまう方が大勢いらっしゃるそうよ」
リーネが引き継いで話すとヘンデルス様が抗議の声を上げた。
「リーネ! まさか君もその男に……」
「ヘンデルス様、私は会ったことございませんわ。それにヘンデルス様より素敵な方なんていませんもの」
「僕もリーネより素敵な女の子なんて——」
「はいはい! その続きは後で二人で存分にやってくれ!」
カールが見つめあう二人に割って入った。
「コホン、それで私トーマスのお姉さまが出席したお茶会に出席していたご令嬢に話を聞いてみたのだけど……」
アリーがまた話を引き継いだ。そう、お茶会の出席者の一人がアリーのルームメイトのお姉さまだったので私と二人で話を聞きに行ったのだ。
「その商会、コズモ商会というらしいのだけど来ていたと言っていたわ。コズモ商会のご子息はハイディ・ビーガー様と相当親密そうだったと言っていたの……」
アリーは申し訳なさそうに言った。ハイディ様はトーマスのお姉さまの名前だ。
トーマスはショックを受けたようだったので私は急いで言った。
「でもお姉さまは帰ってきて婚約者と結婚すると言ったのでしょう? きっと最初はポーっとなっていたかもしれないけどお世話になっていたご友人に諭されて目が覚めたのではないの?」
「きっとそうよ。そんな商会のなよなよ男より婚約者の方が素晴らしい方だと気が付いたんだわ!」
アリーも賛成意見を言ったが、私もアリーも商会の息子もトーマスのお姉さまの婚約者も見たことがあるわけではない。すべて想像だ。
トーマスは考え込んでいるようだった。
「姉上が帰ってきて……すべて元通りになって……両親は喜んだけど僕はなんか釈然としないんだ……」
「姉さんが許せないとか?」
カールの言葉にトーマスは首を振った。
「姉上の言葉が……僕は上手く言えないんだけど……本心じゃないっていうか……アーベル、あ、婚約者の名前なんだけど……アーベルに対しても愛情が感じられないっていうか……」
「でもお姉さまは婚約者と予定通り結婚するって仰ったんでしょう?」
「そうなんだ……だから僕の気のせいかもしれない」
トーマスの声はだんだん小さくなっていった。私たちは彼が納得がいっていないことはわかったけれど、事態はもう収まっていてできることは何もない。
「お姉さまが結婚して幸せになれるといいわね」
私が言うとトーマスは吹っ切ったように笑った。
「そうだね。アーベルは姉上のことをすごく大事にしていたからきっと結婚したら幸せになるよ」
でもトーマスの勘は正しかった。この問題を放置してしまったことを私たちは後に悔やむことになるのであった。
その後は平穏な日常が続き私たちはクラス対抗戦の日を迎えた。
この日までに何とかグレーテ様とアウレール様と親しくなりたいと私たちは何度かコミュニケーションを取ろうとしたがすべて無駄に終わっていた。
朝早く私たちは学院の最南東、竜の森の門の前に集結していた。
これから竜の森に入るのだ。私だけでなくみんなの顔が期待で輝いている。
今日は私たち女子も制服でなく動きやすいズボンを履いている。騎士コースの女生徒がするような服装だ。
学年主任のヘンドリック・バスラ―先生から注意事項が述べられる。二組の担任の先生だ。
「君たちは今から竜の森に入る。入ったら渡した地図にあるルートを通り山の頂上にあるチェックポイントで印を押してもらいルートの通り戻ってくる。チェックポイントでは五組の先生が待っている。必ずクラス全員で到着すること」
「一人が途中でへばって脱落したらどうしますか?」
一人の男子生徒が質問するとバスラ―先生はじろっとその生徒を見た。
「私は必ずクラス全員でと言った。一人でも欠けたら失格だ。皆で協力してたどり着け」
質問した生徒はしゅんとして「はい」と小さく答えた。
私たちは門を通り竜の森に入る。
門は五人の騎士が守っていた。すぐ近くに兵舎があり、常時二十人ほどの騎士が駐在しているらしい。
通常は三人の三交代制で門を警備しているほか、巡回業務も行っていると聞いた。
今日は生徒が竜の森に入るため、三人の王国騎士団の騎士のほかに二人の竜騎士が待機している。
カール達はあこがれの眼差しで竜騎士を見ていた。
竜の森に足を踏み入れる。と言っても入ったところは広場になっていて特に変わったところはなかった。
一クラスに三個の信号筒が手渡された。
これは誰かが怪我をしたり不測の事態が生じたときに使う魔道具だ。魔力を込めると空に打ち上がり赤い光が弾ける。この信号筒が打ち上がると騎士や教師が竜に乗って駆けつけてくれる。当然その時点でそのクラスはリタイアということになるが。
まず五組と四組がスタートする。
五組は東ルートを通り山頂でチェックを受けた後、西ルートを通って帰ってくる。四組は西ルートを通り山頂でチェックを受けた後、東ルートを通り帰ってくる。
三十分空けて三組と二組がスタート、また三十分空けて私たち一組のスタートとなる。
コースは崖や小川など数カ所難所があるそうだが危険な生物はいないらしい。
もちろんコース外に出ることは禁止。竜は手出しをしない限りは人を襲わない。竜に近づくことも禁止だ。勝敗はタイムトライアル、スタートからゴールまでの時間で決められる。
勝ったクラスはサロン貸し切りで豪華なディナーが用意される。それももちろん嬉しいが身体能力や協調性、困難に対する柔軟な発想やリーダーシップなどが評価されるためみんな真剣だった。
「みんな、気をつけてな」
担任のエルトマン先生は平民で魔力は無いのでここでお留守番だ。
エルトマン先生に見送られて私たちは出発した。
出発してしばらくは順調に進んだ。
グレーテ様もアウレール様も黙ったまんまではあるが大人しく後ろをついて来ていた。が、徐々にアウレール様が遅れ始める。
私たちは二人並んで進めるくらいの踏み固められた小道を歩いているのだがアウレール様はきょろきょろとあたりを見るのに忙しかった。そしてしばしば立ち止まるのでみんなから遅れがちになるのである。
アウレール様がひょいと道から外れて森の中に踏み出そうとした時、トーマスに首根っこを掴まれて引き戻された。
「何処へいくんだ? アウレール」
カールが問いただす。
アウレール様はしばらくもごもごと言い訳をしていたが、突然開き直ったように大声で宣言した。
「僕はここから別行動する!」
「「「はあ!?」」」
「クラス全員でとバスラ―先生は言った。別行動なんかできるわけないだろう」
呆れたようにヘンデルス様が言うがアウレール様は「僕なんて目立たないしいてもいなくてもわからないよ……」と呟いている。
「何故アウレール様は別行動をしたいのですか?」
私は聞いてみた。暫く下を向いていたアウレール様はポツリと言った。
「ここには珍しい植物が沢山あるんだ……」
「「「植物??」」」
「僕は植物の研究をしたいんだ。ここには図鑑でしか見たことがない植物がたくさん生えているんだ」
私たちが呆気に取られているとアウレール様は続けた。
「僕は本当は植物の研究第一人者の教授がいる学校に行きたかったのに魔力があるからってこの学院に入らなきゃならないなんて……でも今日この森に入って初めてこの学院に入ってよかったと思ったんだ」
ふーっとため息をついてカールが言った。
「そうか……お前はこの学院自体来たくなかったんだな」
「君の事情はわかったけれど、今は団体行動だ。君だけ置いていくわけにはいかないよ」
「そうだな。一人欠けたら信号筒を打ち上げなくてはならない。そうしたら君も含めて僕たちは強制退去だ」
カールに続いてヘンデルス様やエーリク様も意見を言った。
「でも……」
不満そうなアウレール様に私は言った。
「アウレール様、今日は私たちに協力して欲しいの。ここに残っても強制退去だわ」
「退去させられるまでの時間だけでも……」
「それより頑張って優勝しましょうよ。優勝のご褒美のサロンでのディナーはいらないから竜の森の植物採取の許可を貰えるように頼んでみるの」
「それ、いいな!」
カールが真っ先に賛同してくれた。
「そうね。今日こそこそ観察するより堂々と許可を貰って採取する方がいいと思うわ」
アリーも同意する。ほかの人達も頷いている。ヨアヒム様はちょっと豪華ディナーに未練がありそうだったが。
「みんな……いいのか?」
アウレール様はおずおずと聞くとカールがドンと背中を叩いた。
「クラスメイトだろ!」
「でもまずは優勝しなきゃならないぞ!」
ヘンデルス様の言葉でみんな張り切って出発した。
が、アウレール様は相変わらずきょろきょろと森の中に興味をそそられるため先頭のヘンデルス様の横を歩くことに決められ、後ろをトーマスが歩いた。
うっそうとした木立は徐々に上り坂になっていってやがて私たちは崖の前で歩みを止めた。
私たちの前に五メートルほどの崖が聳えている。聳えているというほどでもないか。
「うーんここを登れっていうことだよな」
とカールが言った。
「一人が登って上からロープを垂らすしかないだろう」
ヘンデルス様の言葉にエーリク様が名乗り出た。
「僕が登るよ。僕の領地は山間部だからね。このくらいの崖なら簡単に登れる」
そう言ってエーリク様はひょいひょいと崖を登っていく。
私たちは万が一を考え崖下に障壁を張ったがエーリク様は難なく崖上に到達した。近くの木にロープを結び崖下に垂らす。
「女性から行こう」
ヘンデルス様の指示で私はロープに飛びついた。
ロープを掴みながらスルスルと崖を登って......
「あっ!」
足を掛けた場所がガラッと崩れ、気づいたときは私はみんなが張ってくれた障壁の上に寝転んでいた。
「ヴィヴィ! 心臓が止まるかと思ったわ!」
アリーの声に私は頭をかきながら起き上がった。
「ごめんごめん、もう一度」
再びロープに飛びつく。ロープだけで身体を持ち上げるほど腕力は無いのでロープを両手でつかみながら足がかりになりそうな場所に足を掛けながら登っていくのだ。
「「「あー!!」」」
今度は崖半ばで落っこちた。何故? 私はもう一度ロープに飛びつく。
「待て、ヴィヴィ」
カールの声に私は崖に掛けた足を止めた。
「お前は慎重さが無さすぎる。闇雲に登ろうとするな、足元を一つ一つ確かめるんだ」
「? でもエーリク様は……」
「はあ……お前にエーリクと同じことが出来る訳無いだろう。いいか、エーリクが登った時のイメージは捨てろ。一歩一歩慎重に登れ」
なんかちょっと不満だったけど三度目は慎重に足を運んだ。あとちょっとで登りきる、というところでまたもや足を掛けた岩が崩れた。
「「「落ちる!!」」」
下から声が聞こえたと同時に私は魔力を噴出した。
ふわっと身体が浮き上がる。その一瞬をエーリク様は見逃さず、崖上から手を伸ばして私の腕を掴んで引っ張り寄せてくれた。
「「「はあーーー」」」
崖下から安堵の声が聞こえた。
「落ちなくて良かった。しかし……魔力で身体を浮かせるなんて……ヴィヴィアーネ嬢は凄いな」
エーリク様の言葉に私はえへへと笑いながら言った。
「一瞬しかできないのですけど。エーリク様、ありがとうございます」
「おーいヴィヴィ! あんまりひやひやさせるなよー!」
カールが下から叫んでいる。みんなもうんうんと頷いていた。
その後リーネも危なっかしくはあったが(みんなは私より安心して見ていられたというけど)何とか登ってきた。
次にアリーだが、アリーは全く登れなかった。コツを教えて何度かチャレンジした後「無理だわ!」と悲鳴を上げた。そしてグレーテ様も「無理です」と主張した。
一同が困っていた時、トーマスが小さい声で言った。
「僕の背中に女の子を括り付けてくれ」
トーマスはみんなの中で一番背が高く逞しい。嫌がるグレーテ様を説き伏せトーマスの背中に括り付ける。
トーマスは二人分の体重をものともせずに崖を登り切った。
残るはアリーだ。
ヘンデルス様が口を開こうとした時カールが言った。
「俺がアリーを背負う」
カールは小柄だ。昨年一年で大分身長は伸びて女子よりは大きくなったけれど男子の中では一番小さい。それでもカールは譲らなかった。
おっかなびっくりアリーがカールに背負われる。落ちないようにしっかりロープで固定した後カールは崖を登り始めた。
顔を真っ赤にして一歩一歩崖を登る。
アリーが背中から「頑張って」と声をかけると「絶対にアリーは落とさないから安心してくれ」と笑った。本当は笑う余裕もないくせに。
何とか崖を登り切りアリーを降ろすと土の上で大の字になった。
「はーーっ重かった」
「失礼ね!」とアリーがむくれた。
その後も私たちは協力して難所を乗り越えた。山頂に到着してチェック印を貰って昼食を摂る。
山頂はちょっとした広場になっていて二組が昼食を取っていた。三組は出発するところだ。三組のミヒェル様が手を振ってくれたので振り返した。
五組はもう出発していて姿が見えず、四組は山頂に着く前にすれ違っていた。
「僕たちも早く食べて出発しよう」
私たちは手早く昼食を摂る。二組が出発していくのが見えた。
そんなに高い山ではないが、山頂からは下の森が見える。時折竜が飛び立って森の上を旋回したり子竜が親竜と飛んで行く様も見られた。
来るときには遠くに二度ほど竜が草を食べているのを見かけただけだったので私たちは沢山の竜が森の上空を飛ぶさまをしばし眺めた。
「出発しようぜ」
カールが声をかけて私たちは西ルートを下山していった。最初多少揉めたもののその後は順調だったので私たちは油断していた。
三分の二ほど過ぎたあたりで突如アウレール様が駆け出した。コース外の森の中に入っていく。
「アウレール! 何処へいくんだ!」
ヘンデルス様が声をかけたがアウレール様は叫び返した。
「ごめん! 少しだけ!」
そう言って走って行く。私たちは顔を見合わせた後アウレール様を追いかけた。
突如アウレール様の姿が消えた。
「わあああ―――」
叫び声がする。その場所に駆け付けると草が生い茂って見えなかったが急な坂になっておりアウレール様は転げ落ちたらしかった。
少し下ったところで蹲っているアウレール様に呼びかけた。
「アウレール様、大丈夫ですか?」
私の言葉も聞こえないほどアウレール様は興奮している。
「これ! ここは物凄く貴重な植物の群生地なんだ!何て凄いんだ!!」
私たちは顔を見合わせて肩をすくめた。何とか説得してコースに戻らないと……
その時ヨアヒム様が何かを発見した。
「あれは何だ?」
少し離れたその場所に私たちは近づいた。
「これ……野営の後じゃないか?」
誰かが言った時、私はもっと重大なものを発見してしまった。
「あ……あれ……」
震える声で指をさす。
ここから見える森の中……その中に竜の亡骸があった。
何故亡骸とわかったか……その竜は爪や牙、鱗などが剝がされていたからだった。
「酷い……」
私たちは声もなく立ち尽くす。
「信号筒で知らせよう」
ヘンデルス様が信号筒を取り出した時後ろから声がした。
「おっと、その魔道具から手を放しな」
私たちが一斉に振り向くとアリーとグレーテ様を羽交い絞めにして喉元にナイフを当てる二人の男が立っていた。




